長島・大野・常松法律事務所

対談録

どうする人権デュー・ディリジェンス
~ ESG/SDGs推進の要としてリスクからチャンスへ

最終更新日:

【はじめに】

近時、企業の人権尊重責任について国際的な関心が高まっています。EU指令による人権デュー・ディリジェンスの義務化の方針が公表され、人権侵害に対する制裁が欧米諸国を中心に積極的に発動されるなど、日本企業も対応を迫られています。アジアでも、ウィグル問題、香港問題、ミャンマー問題など、人権問題が多発しています。本対談では、「ビジネスと人権」の分野に精通した弁護士2名が、このようなグローバルな動向を踏まえて、考えるべき企業の取り組みについて議論します。

CHAPTER
01

「ビジネスと人権」を
取り巻く潮流の変化

福原:
最近はEUの法規制や中国新疆ウイグル自治区等の人権侵害に対する制裁等、「ビジネスと人権」に関する話題が多く、企業の方からの人権コンプライアンスに関するご相談も増えています。佐藤先生は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)法務官等のご経験を含め長年人権の問題に携わられていますが、近時の「ビジネスと人権」の議論の流れについてどのようにご覧になっていますか。
佐藤:
2011年に国連で策定された「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」)は、法的拘束力を持たないソフトローとして人権尊重における企業の責任を求めていますが、それから10年が経ち、英国の現代奴隷法や本年6月に可決されたドイツのサプライチェーン法等、各国が関連する立法を競い、指導原則のハードロー化が急速に進んでいるという点で時代の転換期にあるといえるでしょう。「誰一人取り残さない」という理念の下に採択された国連の持続可能な開発目標(SDGs)も設定され、2030年の達成に向けて、ようやく日本企業もビジネスチャンスとして取り組み始めた矢先でした。新型コロナウィルスのパンデミックの影響によって、脆弱な人々がより深刻な影響を受けていることも「ビジネスと人権」に関する議論が急速に高まってきた背景にあると思います。
福原:
人権に対する意識の高まりを受けて、欧米では企業の人権侵害を理由とするクラスアクション等の訴訟も増加している印象です。他方、日本では2020年10月に国別行動計画(NAP)が策定されましたが、ハードロー化という点ではグローバルの流れに比べて遅れているという批判も受けていますね。
佐藤:
そのような側面は否定できません。人権侵害に対する制裁は米中の政治的な駆け引きも背景にありますので、日本での法制化は今後慎重な議論がなされるのではないでしょうか。とりわけ、ウィグル問題、香港問題、そしてさらにはミャンマー問題などで、これまで想定されていなかった自由権、市民権侵害を理由とする経済制裁や輸出規制が米国、欧州などでも発動され、日本でも超党派の議員が議員立法を目指しています。これらが連動、共鳴し合い、グローバルなサプライチェーンでビジネスをしている日本企業にも直撃し、市場から法的に排除されるリスクがあります。一方で、ソフトローの段階では企業にとっては柔軟な制度設計がしやすいという意味では「融通が利く」というメリットもあると思います。
福原:
現在(2021年7月時点)法制化が議論されているEUのデュー・ディリジェンスに関する指令等、ハードローとしてEU市場でビジネスを行う日本企業にも適用されうる法令もありますし、企業としては双方を見据えた人権コンプライアンスの制度設計をする必要がありますね。
CHAPTER
02

「人権デュー・ディリジェンス」の、その先

福原:
人権リスクの特定・評価・対応の枠組みとしての人権デュー・ディリジェンスという言葉は日本でもだいぶ浸透してきましたが、企業として特に留意すべき点は何でしょうか。
佐藤:
人権デュー・ディリジェンスが表面的な取り組みにならないようにすることが重要だと考えます。例えば、オーストラリアのANZ銀行がカンボジアで農地収奪をした上で児童労働等を行っている現地企業に融資していたということでNGOから告発を受けた事案があります。この事案では、ANZ銀行は批判を受けて融資を引き上げましたが、農地収奪の被害者に対する救済措置を怠ったということで国際的な非難を浴び、最終的にANZ銀行が被害者に対する一定の補償を行うということになりました。人権デュー・ディリジェンスを行うことはもちろん重要ですが、その過程でサプライチェーンにおける強制労働等の人権リスクが判明した場合にそのサプライヤーとの取引を終了したからといって、人権リスク自体が消えるわけではないことは注意しなければなりません。
福原:
先ほどのANZ銀行のような事案で融資を継続しつつ対話・救済を行うといった判断をした場合、企業としては人権リスクを抱え続けることになるので難しい判断を迫られることになりますが、取り組みの内容を積極的に公表していくことでステークホルダーからの評価につなげていくということも考えられますね。
佐藤:
「ビジネスと人権に関する指導原則」の中でも救済は非常に重要な柱だと考えています。NGOやNPOなどのステークホルダーも含めて水平的な対話を行うことも今後必要性が高まっていくでしょう。また、人権リスクが発現した場合も、企業としては、その取り組み次第ではむしろこれを「気づき」として生かせる場合もあるはずです。
CHAPTER
03

企業に求められる
多面的な取り組み

福原:
本年6月にはコーポレートガバナンス・コードにおいて人権の尊重等が言及される改訂版も公表されました。対応して投資家から人権等のサステナビリティへの取り組みに関する開示を求められることも増えそうです。
佐藤:
シンガポール証券取引所などでは、サステナビリティ報告書によるESGに関する取り組みという非財務情報の開示も求められるようになっています。米石油大手企業で環境対策の強化を求める機関投資家が推薦した取締役が選任された事例も先日報道されていましたが、機関投資家によるESG投資の流れが今後も続くでしょうね。土地収用に関する先住民の権利の侵害の事例など、人権リスクが環境リスクと重なり合う部分も多く、一貫した枠組みで対応していくことが必要です。逆に、ESGは、これらを企業の評価の基準とするものですから、これを攻めの戦略として取り組めば、リスクをチャンスにも変えられるのです。
福原:
一方で、人権のみに限っても、強制労働・児童労働から、LGBTQ、ヘイトスピーチの問題など広義では様々なものが含まれるため、企業の担当者の方からは、どこに力点を置いて対応すべきかの判断が難しいというご意見をいただくこともあります。
佐藤:
人権とは、穿った見方をすれば「異質なものを遠ざけない」ということです。これは先ほどの「誰一人取り残さない」というSDGsの原則ともつながりますが、このような考え方を念頭に置きつつマルチステークホルダーに対応することが求められています。非常に難しいバランスが求められますが、各リスクの評価や優先順位付けといった平時の対応や人権リスクが発現した有事の場面において、今後は弁護士がよりお役に立てるのではないでしょうか。欧米と中国の対立軸の中にあって、アジアを主戦場とする日本企業がグローバル市場でのリーダーシップを発揮できるためにも、日本の弁護士のますますの活躍を期待します。
福原:
企業にとってサステナブルな形で「ビジネスと人権」に取り組めるよう私たちもサポートしていきたいですね。本日はどうもありがとうございました。

本対談録は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。