対談者
パートナー
本田 圭
再エネ発電プロジェクトや環境法関連案件(ESG投資、排出権取引等を含む)、不動産流動化・証券化案件などを主に担当。
パートナー
宮下 優一
大手証券会社のエクイティ・キャピタル・マーケット部での勤務経験を活かし、キャピタルマーケット案件を幅広く取り扱う。
パートナー
福原 あゆみ
法務省・検察庁での経験をバックグラウンドとして、海外当局が関係したクロスボーダー危機管理案件の経験も豊富に有している。
【はじめに】
ビジネスの環境変化に伴って、さまざまなキーワードが登場してきますが、昨今その代表的なものとして「ESG/SDGs」があります。企業のESG/SDGsに対する意識は近年非常に高まっており、また、それをリスクとのみ捉えるのではなく、企業価値向上の機会でもあると捉えた上で、ESG/SDGsへの対応が急速に求められてきています。
他方で、ESG/SDGsの範囲は広く、どこから取り組んでいくべきか悩んでいる企業も多い中、本対談では、当事務所(NO&T)の本田弁護士、宮下弁護士、福原弁護士が日本企業の取り組み状況と今後について議論いたします。(対談日:2021年11月)
CHAPTER
01
日本企業のESG/SDGsの
取り組みの現状について
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本田
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まず、1つとしては、現状、こうしなければならないという法律やレギュレーションがあるわけではないので、あまり意識をされていない企業は、わざわざやらないという側面はあると思います。一方で、すごく意識されて、部署を新設するなど会社の組織を変える等の対応をしている企業や、ESG/SDGsに資するプロジェクトを積極的に手掛けている企業もあります。そのように、二極化している状況と言えると思います。
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福原
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私は主にコンプライアンス分野の一環として「ビジネスと人権」の問題に取り組んでいますが、おっしゃるとおり、従来から取り組みに力を入れている一部の企業や、過去にNGO等から指摘を受けた業界などは取り組みが進んでいるのに対して、相対的にあまり取り組みが進んでいなかったセクターや企業もあるように思います。ただ、これまで積極的に取り組みを行っていなかった企業の中にも、昨今の「ビジネスと人権」の法制化の流れを受けたり、あるいは個別取引において相手方から人権遵守の誓約を求められるといったことを契機として、意識し始める企業も出てきています。
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宮下
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上場企業であっても二極化が進んでいると思います。投資家側からすると、企業のESG/SDGsに対する取り組みは、投資判断の重要な材料になっているという認識であり、このような投資家動向も意識して取り組みを強く進めている上場企業と、どのように取り組みを進めていけばよいのか悩んでいたり関心がまだ高まっていない上場企業に大きく分かれてきているように思います。
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本田
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具体的な法律やレギュレーションが現状ないと先程言いましたが、他方で、外部からのプレッシャーはあると言えます。例えば、脱炭素目標についてコミットしている政府から脱炭素対応について要請されたり、また、業界団体や投資家から、脱炭素を含むESG/SDGsについてきちんと取り組むよう要請されたりというプレッシャーがあると思います。それから、福原さんが述べたようにNPO/NGOから突き上げを受けたり、また、ESG/SDGsに詳しい社外役員から指摘を受けたりするという形でプレッシャーを受け、色々な形で外堀が埋まりつつあるというのが、現状だと思います。現状、法律/レギュレーションはなく、そのため罰則はないものの、そのようなプレッシャーによってどんどん状況が変わっていくのではないかと思っています。
少なくとも10年ぐらいのスパンで考えてみると、今から対応をしておかないと、なかなか間に合わないのかなと思います。特に脱炭素対応についてはそうだと思います。
CHAPTER
02
具体的な相談のテーマ・内容について
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本田
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私はエネルギー関係の業務を主に手掛けておりますので、再生可能エネルギー(再エネ)のプロジェクト開発等に関する相談が多いです。また、企業が、その使用電力を再エネ由来のものにしていくという取り組みもあり、そのような取り組みに関連する案件も非常に多くなっています。私は、そのように、基本的にはプロジェクトベースでのご相談を受けることが多いです。
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福原
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私の場合で申し上げると、1つは人権ポリシーについてこれから策定する、あるいは抽象的には人権ポリシー自体は策定済みだけれどももう少し具体化して行きたい、人権デュー・ディリジェンスに関する規程を策定したい、といった社内規程に関連するご相談やもう少し具体的な取り組みとして、どのように「人権デュー・ディリジェンス」を行っていくべきか、数ある事業の中でどのように人権リスクのマッピングを行っていくかという点のご相談をお受けすることが多いです。また、新疆ウイグル自治区など人権リスクが高い地域が関連する取引や人権リスクが関連する紛争等、個別の事案に関するご相談も増えてきています。
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宮下
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私はキャピタルマーケットに関する案件に多く携わっています。ESGの文脈で最近の特徴的な動きとしては、例えば、グリーンボンドやソーシャルボンドといった、企業が投資家から調達した資金を、Environment(E)やSocial(S)といったプロジェクトに使う案件が本当に非常に多いです。コロナウイルスの感染が拡大している状況下で、いわゆるコロナ債の発行案件に関与しましたが、こういった案件も象徴的です。もう1つの動きとしては、企業として、ESG/SDGsに関する情報を、どのように外部のステークホルダーに発信するかという情報開示のご相談というのが増えてきているかなと思います。
様々な観点でこれだけグローバル化が進む中で、国内企業は、国内だけでなくグローバルな投資家を相手に対話を行うことが当たり前な時代になっています。特にこのEやSに関するテーマについては、欧州などのESG/SDGsの関心の高い地域の投資家も、無視できないターゲットになっていますので、企業としても積極的に発信をしないといけませんし、言語の問題で英語での情報発信というのが非常に重要なテーマになっているかなと思います。
ただ、現実問題として言語も含めていきなり全部対応するというのはなかなか難しいので、実務的には段階的に準備を進めていくことになると思いますが、最終的には英語でも日本語と同じぐらいの質・量の開示を行うというのが、目指されているところかなと思いますね。
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本田
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再エネ関連について少し補足してお話しますと、2022年4月から新しい制度が施行されるのですが、既に、新しい制度を主に念頭に置いて取り組まれている方々も多いです。また、現状、太陽光案件が非常に多いですが、今後は状況が変わってくると思います。
太陽光については、例えば大規模な蓄電池が実用化されない限り、どうしても発電するタイミングが日中だけになってしまうというデメリットがあるため、再エネを主力電源とするためには、より安定的な電源が必要になってくると言えます。そのような電源の1つとして、洋上風力が昨今さらに注目されてきています。日本は海岸線が非常に長く、その点ではポテンシャルがあると言えるのですが、洋上風力関連の相談案件も非常に多くなっています。
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福原
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制度の変化ということだと、人権関連でも欧州の法制化や、新疆ウイグル自治区等の強制労働に起因する制裁の増加などを背景として、ビジネスと人権に関するニュースが増えてきたり、意識が急速に高まってきたように思っています。人権リスク評価は、自社のサプライチェーンを透明化していくことをコンセプトとするものなので範囲もグローバルになりますし、企業が営む複数の事業や、地域、取引における優先順位付け、あるいはサプライチェーンのどのレベルまで管理するかといった点に難しさを感じる企業が多いのではないかと思います。
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宮下
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ESG関連で企業はどこまで何を行うべきなのか、という点が悩ましいというのは、私もそう思います。日本では今まさに企業のESG情報開示の法令上のルールが整っていないので、企業のみなさんは任意での情報開示を中心に取り組んでおられるのですが、例えば気候変動についてはグローバルに様々な団体の提唱する開示基準が乱立している状況で、各社とも本当に困っていらっしゃる。これを真面目にやろうとすると非常にコストもかかるんですね。また、投資家側から見て、投資対象となりうる会社の情報開示を比較することが難しいという声も上がっています。ですから、そのような中で、各企業が、今の時点で、どこまでどのようにESG情報開示を行うべきかを判断する際に、そのメリットの分析の難しさや実際にやろうとしたときのコストや不安定さも相まって、なかなか前に進めない企業が存在するというのが現状なのかなと思います。
CHAPTER
03
NO&TのESG/SDGsに対する取り組みの特徴
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宮下
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NO&Tでは、このESGの文脈に限らず、企業による投資家に対する情報開示のアドバイスを伝統的にずっとやっています。非常に歴史もあって、かつ、色々な案件を見てきていますので、そこに裏打ちされているアドバイスができるというところがあって、それがESGという切り口で情報開示に関与するときにも活きるところが大きな強みだと思います。
ESG、SDGsというと、新しいテーマのようなイメージを持ちがちなんですが、例えば、上場企業は、経営方針や経営戦略、対処すべき課題、事業等のリスクなどをもともと有価証券報告書等で開示しなければなりません。SDGs対する取り組み方針・戦略は何なのか、あるいはESGに関する課題・リスクは何なのかといった、ESG/SDGsというフィルターを通して、その上で情報開示をどうするかという検討をするので、これまでずっとNO&Tでやってきたことの蓄積が活用できる、これまでずっとやってきた、ということなんです。
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本田
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そうですね、会社組織をどうするか、ESG/SDGsに資するプロジェクトに対する投資のストラクチャリングをどうするか、また、使用電力を再エネ由来にするためには電力規制との関係でどうすればよいのかなど、これまでやってきたようなことをESG/EDGsの視点で改めて見て取り組んでいるという感じですね。
他方で、ESG/SDGsはすごく幅が広い概念です。コーポレート、情報開示、プロジェクトファイナンスなども関係してきますし、また、危機管理や訴訟なども関連してきますので、すごく間口が広いです。そうすると、それぞれについてエキスパートの助言が必要となって、例えば、ある企業が総合的にESG/SDGs法務の取り組みをしようとした場合、人権の部分は福原さんが、情報開示のところは宮下さんが、というように、事務所全体としてしっかりとアドバイスできるかどうか、まさにチームワークがすごく大事になってきます。NO&Tは、チームワークの力を非常に重要な要素として考えている事務所のため、Oneチームとして、ESG/SDGs関連法務についても対応しているところです。その点は、とても事務所の強みが発揮できていると言えると思います。
CHAPTER
04
企業におけるESG/SDGsへのこれからの取り組みについて
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本田
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2030年及び2050年における目標が設定されている脱炭素については、今の潮流は変わらないと思います。他方で、日本企業は既に省エネ化などについてかなり頑張ってきており、脱炭素のためにやれることは相対的に限られてきているとも思います。使用電力の脱炭素化は一つの新しい方策ですが、そのような取り組みに加えて、排出権を買ってオフセットするなどの取り組み事例が2030年/2050年に向けてどんどん出てくるのではないかと思います。そのような取り組みに関する法務については専門知識が不可欠となりますので、適宜、専門の弁護士に相談していただきたいなと思います。
また、情報開示とも絡みますが、現状、ESG/SDGsに関するルールがしっかりとできてないというところはよく指摘されているところです。この点、ヨーロッパはとても進んでいます。情報開示についてもレギュレーションがありますし、また、いまヨーロッパで取り組まれているものの1つに、「何を持ってESGの”E”(グリーン)と言えるのか」という定義付けが挙げられます。すごく野心的な取り組みで、いろんな要素を考えて、何をもって本当にグリーンと言えるのかというのを定めようとしています。いま、“グリーン・ウオッシュ”(見せかけのグリーン案件)が問題になっていますが、そのような定義付けがなされることによって、よりルールが厳しくなってくると思われます。この点は中長期的な問題ですが、今からそのあたりも注意して見ていくことが大事と思います。
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福原
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環境と同じく、ビジネスと人権の分野でも欧州が先行していて、近いうちにEUの人権デュー・ディリジェンスの義務化に関する指令の案が出ると言われていますし、今までの英豪の現代奴隷法などは基本的に開示に関する規制でしたが、最近成立したドイツの法令では、1歩進んで企業の人権リスク管理体制の確立等がきちんとされているかどうかを政府が確認するという枠組みになっており、企業としても、そういうフレームワークをしっかり作って開示するということがグローバルのトレンドになっていくと思います。EUの指令も施行までは時間がありますが、人権デュー・ディリジェンス体制は一朝一夕に整えられるものではなく、サプライチェーンの見直しや人権リスクのマッピングに時間を要すると思いますので、今のうちから少しずつでも取り組みを始められるのがいいかと思います。人権デュー・ディリジェンスは基本的には他のコンプライアンスと同様、リスクの特定、評価、対応のプロセスですが、そのリスクがどこにあるかや、どういう切り口でリスク分析をするについては、一義的な手法があるわけではないという難しさがあるので、弁護士など専門家を入れるということを検討していただけるといいかと思います。
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宮下
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企業の法務部門の方々のESGへの関わりという観点で、ESGについては、会社内にはCSR部門やESG部門、サステナビリティ部門など、法務部門とは別の部署がだいたいあって、法務部門の方がESGに全面的に関わっていることは、まだあまりないのかなという実務的な感覚です。ただ、色々な法的な論点が出てきていますし、とりわけ情報開示に関しては、ESG情報の法定開示化の議論が日本でも始まっており、近い将来に法令遵守の問題にもなってくるだろうというところもありますので、法務の方々の関与も必須になる時代がやって来ていると思います。その上で、そのようなESGの情報開示を法務部門として作成・チェックしようとしても、ミスリーディングな開示であるかどうかや、何か重要な情報が欠けていないかといった判断は非常に難しいのではないかと思います。ESGというのは企業活動の全体に関わってくるので、法務部門の方々もご自身の会社のビジネス全体について知っておかないと、開示の中で何が欠けているかとか、何が誤解を招きそうかという判断も難しい。なので、そういうところで、法務部門のビジネスサイドとの距離の近さも、今まで以上に求められると思いますし、そのあたり我々は普段アドバイスしていますのでご一緒にやっていきたいと思っています。
また、投資家対応について申し上げると、株主総会対応では、昨年の株主総会の状況を見ながら今年の準備をするだけでなく、ESGに関しては本当に動きが早いので、それだけではおそらく準備は足りなくて、最新の状況に積極的に追いついていかなければならないというのが特徴だと思います。COP26も開催されましたし、グローバルでの動きが加速しています。
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本田
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大変ですよね、本当に日々変わるので、日々新しいものが出てきたりする。
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宮下
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株主総会だけでなく、ESGをテーマに対話・エンゲージメントを積極的に行う投資家も多いので、企業の準備は本当に大変だと思います。
ESGについてはやはり個別対応が必要なんですよね。各社の事業や方針によって重要な情報は当然に違ってくるので、開示についても安易な横並びが許されなくなっています。
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本田
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ESG/SDGs法務に関する動向については、先に述べたとおり、ESG/SDGsの間口が非常に広いので、タイムリーかつ包括的にキャッチアップするのは大変と思います。
当事務所のチームではしっかりキャッチアップしていますので、適宜ご相談いただきたく思っています。また、セミナーやニュースレターなどもぜひ活用していただければと思います。
本対談は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。