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人的資本経営における法務戦略 ~キャピタルマーケットと労務コンプライアンスの視点から~


座談会メンバー

パートナー

緒方 絵里子

労働法に関する助言(企業の労務管理全般、労働当局の対応等)、労働訴訟の代理のほか、国内外の企業を代理して様々な紛争案件を取り扱う。

パートナー

宮下 優一

キャピタルマーケット案件を幅広く取り扱っており、その強みを活かし、人的資本を含む企業情報開示や証券発行案件に積極的に取り組む。

パートナー

水越 恭平

キャピタルマーケット分野を中心としつつ、上場会社のコーポレートガバナンス・企業情報開示に関する案件も数多く取り扱う。

カウンセル

清水 美彩惠

労働法務に関する助言・紛争解決を幅広く手掛けている。

【はじめに】

企業のサステナブルな企業価値の向上のために、人的資本への投資が重要であるとの認識が広がってきています。これは、人材の価値を高めることにより、無形資産の価値が高まり、それにより企業価値を持続的に向上させることに繋がるという考え方です。この考え方を背景に、投資家をはじめとするステークホルダーによる、企業の人的資本への投資や人材戦略のあり方への関心が非常に高まっています。当事務所は、2022年8月に設立された「人的資本経営コンソーシアム」に入会いたしました。

また、2022年5月には、経済産業省に設置された人的資本経営の実現に向けた検討会から、同研究会の報告書「人材版伊藤レポート2.0」が公表されました。2020年9月に、持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会の報告書(人材版伊藤レポート)が公表された後、人的資本経営への注目が高まっており、それをアップデートした人材版伊藤レポート2.0により、人的資本経営が加速することが期待されています。

こうした人的資本経営を実践し、投資家への情報開示を進めていくためには、法務の観点からの考慮も不可欠なものといえます。本座談会では、キャピタルマーケット(情報開示)分野と労務コンプライアンス分野からみた人的資本経営の留意点に関して、同分野を扱う弁護士4名が議論いたします。

CHAPTER
01

人的資本経営とは

宮下

近年、人材への投資の重要性が強調されてきていますが、企業にとって、人材はどういった位置づけになっているといえるでしょうか。

緒方

「企業は人なり」といった格言や「人財」といった言葉に代表されるように、企業にとって「人」が重要だということは日本では以前から認識されていたと思います。近年の流れは、それが「投資」や「企業価値」と結びついたというところが、以前との大きな違いだとみています。

宮下

中長期的に企業価値を高めていくという視点に立ったとき、価値を高める源泉となる無形資産が重要になりますが、人材という無形資産への投資の必要性が理解されつつも、なかなか十分に進まないという状況がありました。

水越

2020年9月の人材版伊藤レポート(経済産業省・持続的な企業価値の向上と人的資本に関する研究会報告書)でその点が明らかにされましたね。

清水

はい、その影響は大きく、その後の2022年5月にアップデートされた人材版伊藤レポート2.0(経済産業省・人的資本経営の実現に向けた検討会報告書)の公表により、人的資本経営の加速が期待されています。人材版伊藤レポート2.0では、人的資本経営の実践にあたっての様々なアイデアの引き出しが、具体的な事例とともに紹介されており、各企業の取り組みにあたって大いに参考になるでしょう。
CHAPTER
02

人的資本の可視化と法務

宮下

当事務所は、2022年8月に設立された「人的資本経営コンソーシアム」の会員になりました。人的資本経営コンソーシアムは、人的資本経営の実践に関する先進事例の共有、企業間協力に向けた議論、効果的な情報開示の検討を行う団体です。投資家への情報開示をどのように行うかというのは、キャピタルマーケット実務のコアの1つですので、このキャピタルマーケット分野の長年の知見・ノウハウが蓄積されている当事務所にも企業の皆様へのサポート・貢献ができると考え、入会をすることにしました。

水越

いかにすばらしい人材への投資や人材戦略を行っても、それが外部から把握できなければ、企業価値の評価にはつながりません。それを投資家からの評価につなげるためには、人的資本に関する情報開示、人的資本の可視化が重要といえます。

清水

そのような情報開示・可視化について、グローバルに活発な議論がされていますが、情報開示の枠組みの現状は、どういった状況なのでしょうか。

水越

欧米などの各国の法令に基づく開示基準の策定も進んでいますが、ISO(国際標準化機構)やSASB(米国サステナビリティ会計基準審査会)などの任意の団体による開示フレームワークも多くのものが存在しています。

清水

日本での情報開示の議論はいかがでしょうか。

水越

国内では、2021年6月に改訂されたコーポレートガバナンス・コードの補充原則の中で、人的資本への投資について、自社の経営戦略・経営課題との整合性を意識しつつ分かりやすく具体的に情報開示をすべきことが原則とされました。また、ダイバーシティの観点から、人材の多様性確保に関する目標設定や情報開示に関する原則も加わりました。

宮下

その後、2022年6月に金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループの報告書が公表され、人的資本に関する有価証券報告書の開示についての改正の提言がなされています。具体的には、有価証券報告書に「サステナビリティ情報の記載欄」を設け、サステナビリティ課題の1つとして、人的資本や多様性についての情報を開示することが提言されています。

緒方

非常に多くの、しかも急速な動きですね。

宮下

はい、様々な開示基準・開示項目・開示媒体がある中で、いつ何をどこまで開示すべきか・できるかといった点に悩みを抱えている企業が多いです。投資家への情報開示という視点に立った場合に、本質的には、投資家の投資判断上重要な情報が何かを考える必要があるのですが、実務の現場で企業の担当者が具体的にそれを判断することには困難を伴うことも多いです。

水越

このような開示を強力に推進していくためには、経営陣の理解や十分な関与や、社内での様々な部門の連携、外部アドバイザーの客観的な意見の取り入れなど、総合的な体制を構築することも肝要ですね。

宮下

リーガルの観点からは、人材戦略・方針や人的資本に関する指標・目標の積極的な開示に関するサポートに加えて、バランスのとれたリスク情報の開示を行うことにも目を配る必要があると思います。
CHAPTER
03

人的資本経営と労務コンプライアンス

宮下

それでは続いて労務コンプライアンスの観点を議論したいと思います。

緒方

当事務所が入会した人的資本経営コンソーシアムでは、人的資本経営の実践に関する取組みが行われますが、その実践にあたっては労務コンプライアンスの観点にも留意する必要があります。

水越

人材版伊藤レポート2.0では、人材戦略の内容に関する共通要素の1つとして、動的な人材ポートフォリオが掲げられており、これを構築するためには、外部からの人材獲得も必要になりますよね。日本においてかつて主流であったいわゆるメンバーシップ型雇用から、企業に必要なスキル・経験をもった人を即戦力として採用するジョブ型雇用へと考え方を大きく変えなければならない企業もあるかと思います。リーガルの観点からはどのような点に注意すべきでしょうか。

清水

外部からの人材獲得との関係で、企業が気をつけるべき点としては、まず解雇規制との関係だと思います。日本では、解雇規制が企業側に厳しい傾向にあり、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当性の認められない解雇は無効になります。ジョブ型雇用では企業の中で必要な職務内容に適したスキル・経験を持った人を比較的高待遇で中途採用することが多いと思います。このように、即戦力になることを期待して高待遇で採用したにもかかわらず、その社員が、企業が求める資質を持っていなかったことが採用後に判明した場合などでも、日本の解雇規制のもとでその社員を解雇するために一定のハードルがあろうかと思います。ジョブ・ディスクリプションで、求められる知見・スキル・経験等の要件を明確にしておくことも重要です。

水越

解雇規制のほかに注意すべき規制は何かありますか。

緒方

企業の配置転換命令権との関係でも注意が必要です。日本では、解雇規制が厳しい反面、企業による配置転換は比較的広範に認められています。ジョブ型雇用の場合であっても、就業規則や雇用契約に適切に企業の配置転換命令権を定めることで配置転換することは可能であると考えられますが、ジョブ型で採用した社員の意向や期待とのミスマッチには注意が必要で、紛争予防の観点からは、採用時の説明などを工夫する必要があります。また、日本の労働法制だけでなく、グローバルに展開する企業が海外拠点も含めてジョブ型雇用の方針へと切替えを検討する際には、各国の労働法制上のハードルも確認する必要があるでしょう。

宮下

人的資本経営の別の要素として、リスキリングも重要ですよね。この点はいかがですか。

緒方

社員のリスキルや学び直しは、個人の能力の向上のためだけではなく、変化の激しく不確実性の高い事業環境でも、専門性が高く多様性のある人材がそれに柔軟に対応して企業の持続的な成長に貢献するという企業側にとっての重要な意義があります。2022年6月には、厚生労働省から「職場における学び・学び直し促進ガイドライン」が公表され、企業の取組みを後押ししています。

宮下

リスキリングを進めるにあたって法的な留意点は何かありますか。

清水

企業が提供する様々な学びの場があります。例えば外部の講師による研修やオンライン学習などです。このような場に社員が参加する場合に、その参加時間が労働時間としてカウントされるかといった点や、学びに関する企業と社員の費用負担をどのように整理するかという点は、制度の導入にあたってしっかりと整備しておくことが必要となります。

水越

人材戦略の策定に際しては、このほかにもリモートワークや副業・兼業の推進など、多くの新しい試みを実施する企業が増えてくると思います。

緒方

これらについても厚生労働省からのガイドラインが公表されており、それを参考にしながら進めていくことになりますが、人材戦略・人的資本経営というのは画一的なものではなく、各社それぞれの企業価値向上のための独自の内容を探求することが期待されますので、法的な観点からも個別に検証が必要だと思います。
CHAPTER
04

おわりに

宮下

最後に緒方さんが仰っていましたが、人的資本経営においては各社の個別の状況に応じた独自の戦略を策定して実践していくことが重要ですね。

水越

情報開示にあたっても、独自性を適切に反映して説得力のあるストーリーで投資家に伝えることが必要だと思います。

清水

本日はお話する時間がありませんでしたが、キャピタルマーケットや労務コンプライアンスの観点のほかに、人的資本経営を実践するためのガバナンスについても考えていく必要があるでしょう。

緒方

「人的資本」というのは非常に新しい分野で、動きも速く、関係する法分野も多岐にわたりますので、事務所としての総合力が必要になります。NO&Tはチームワークの力を大切にしていますので、その強みが大いに発揮できると考えています。本日はどうもありがとうございました。

本座談会は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。