icon-angleicon-facebookicon-hatebuicon-instagramicon-lineicon-linked_inicon-pinteresticon-twittericon-youtubelogo-not
SCROLL
TOP
Publications 著書/論文
ニュースレター

【Q&A】上場会社が事業再⽣ADR ⼿続を利⽤する際の5つの主要ポイント

NO&T Restructuring Legal Update 事業再生・倒産法ニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 コロナ影響は想定外に長期化しており、長引く売上減少等の影響が企業の財務状況を圧迫しています。これまでは、政府や金融機関からの支援による資金繰りの下支えの結果、倒産件数は歴史的な低水準となっていました※1。しかしながら、資金繰り支援による企業の債務は約50兆円増加したともいわれ、多くの企業において過剰債務の問題の解決は喫緊の課題となっています※2

 そのため、事業構造改革や事業の再編計画を策定しようとする上場会社が、法的再建手続(民事再生・会社更生)を経ずに、上場を維持しながら資本増強や債務リストラクチャリングを伴う施策を実現するためには、事業再生ADR手続※3の利用を検討せざるを得ない場面も今後増加するものと考えられます。

 そこで本稿では、公表されている2018年以降9件(うちコロナ影響が拡大した2021年中に4件※4)の上場会社の事業再生ADRについて分析した結果を踏まえ、上場会社が事業再生ADRを利用するに当たって問題となり得る主要なポイントを、Q&A形式でご紹介します。

 なお、上場会社が上場を維持しながら行う事業再生ADRについての留意点と、その場合の企業情報の開示の問題について、具体的な事例を題材に、パネルディスカッション方式で理解を深めるウェビナー(オンデマンド配信)形式のセミナーを以下のとおり配信しますので、ご興味のある方は合わせてご覧ください。

ウェビナーのお知らせ

「事例から学ぶ上場会社の事業再生ADR~上場維持と開示の観点を中心に~」
2021年11月19日(金)~オンデマンド配信(所要時間:約60分)
詳細・視聴はこちら

1.適時開示

1. 上場会社が事業再生ADRを利用する場合、適時開示は必要ですか。

 取引所の上場規則は※5、重要な会社情報の決定または発生時に、直ちにその内容を開示することを義務付けており、一定の事実を個別の適時開示事由として規定しています。以下、事業再生ADR手続(以下「事業再生ADR」)の各段階における適時開示の要否を説明します※6

① 事業再生ADRの開始

 事業再生ADRは、事業再生実務家協会に対する正式申込と同協会による正式受理(以下「正式申込等」)により開始しますが、上場規則はこうした正式申込等やそれに伴う手続開始を個別の適時開示事由としておらず、これらの事由は、原則として、上場規則に基づく適時開示事由に該当しないと考えられます。

 ただし、手続の利用について報道や噂が流布している場合、不明確な情報の真偽を明らかにする開示(コメント開示)として、事業再生ADRを利用している旨の適時開示が必要となります。

 また、金融機関の支援態勢や事業再生ADRが一般取引先に影響を及ぼすものではないこと等を積極的に発信することや、報道等が先行することで社内・ステークホルダーに混乱や信用不安が生じることを避けるため、手続開始時点で開示しておくことが有用な場合もあります。一方、主要な顧客・取引債権者や金融機関との関係を踏まえ、信用不安の惹起を避けるため、手続開始時点では開示を行わないという進め方も想定されます。

② 事業再生ADRの進捗

 手続開始の段階で、当該手続を利用している旨を開示した場合、「事業再生計画案の概要説明のための債権者会議(第1回会議)」、「事業再生計画案の協議のための債権者会議(第2回会議)」の各段階で、手続の経過の開示を行うことがあります。こうした手続の経過の開示では、金融機関の支援態勢や手続の進捗を記載し、信用維持に繋がるメッセージを盛り込むことも考えられます。

③ 事業再生ADRの終了

 事業再生ADRは、「事業再生計画案の決議のための債権者会議(第3回会議)」で事業再生計画案が債権者全員の同意により成立することで、終了します。この段階での適時開示の要否は、返済期限の延長のみを内容とする(債権放棄を伴わない)計画が成立した場合(以下「リスケ案件」)と、債権放棄を伴う計画が成立した場合(以下「債権カット案件」)で取扱いが異なります。リスケ案件は、原則、適時開示事由には該当しませんが、極めて長期の期限延長がなされる等、「債務の免除に準ずると取引所が認める場合」※7には、軽微基準※8に該当しない限り、適時開示が必要となります。債権カット案件においては、債務の免除を伴うことから、「債務免除等の金融支援」が発生した場合として、軽微基準に該当しない限り、適時開示が必要となります。

 その他、事業再生計画の内容に第三者割当による資金調達やデット・エクイティ・スワップ(DES)が含まれる場合、「第三者割当による株式等に係る募集」として、決議後直ちに適時開示が必要です。また、事業再生計画案を策定する前提として新たな業績予想値を算出したときには、「業績予想の修正等」として開示義務が生じることがあります。

2. 債権放棄を伴う事業再生計画案の場合、債務超過額や債権放棄額は開示する必要がありますか。

 債権カット案件では、計画成立時の「債務免除等の金融支援」に係る適時開示において、債務超過額と債権放棄額を開示することが必要です。また、計画の成立に先立ち、第三者割当による資金調達やデット・エクイティ・スワップ(DES)を決議した場合、「第三者割当による株式等に係る募集」に係る適時開示の中で、第三者割当の必要性や相当性を説明するため、債務超過額と債権放棄額に言及することが必要となる場合があります※9

 その他、事業再生計画案の策定過程や成立した計画の内容として、減損処理や事業撤退・人員削減が含まれる場合、減損処理を実施するタイミングや当該施策を正式に決定した時点で、個別の適時開示事由に該当し得る点にも留意が必要です。特に、債権カット案件においては、事業再生ADR上の資産評定基準に従った実態貸借対照表および事業計画に基づき債権放棄額を決定する必要があり※10、これにより、制度会計に基づく減損処理が必要となる場合があるため、注意が必要です。

3. 事業再生ADRの利用は、「継続企業の前提に関する注記」や「監査上の主要な検討事項」に記載されますか。

① 継続企業の前提に関する注記

 財務諸表等に継続企業の前提に関する事項の注記(以下「GC注記」)が記載されている場合には、継続企業の前提に重要な疑義を抱かせる事象もしくは状況を解消し、または改善するための対応策として、事業再生ADRを利用している旨を、有価証券報告書、四半期報告書および決算短信等に記載する必要が生じることがあります。その要否については、従前のGC注記の記載内容や金融機関との協議状況等を考慮して、監査基準※11を踏まえた監査法人との議論が必要となります。

② 監査上の主要な検討事項

 監査基準の改訂により、2021年3月期以降の金商法監査に係る監査報告書から「監査上の主要な検討事項」(Key Audit Matters。以下「KAM」)を監査報告書に記載することが求められるようになりました。KAMの制度が導入された目的は、実施された監査に関する透明性を高めることにより、監査報告書の情報伝達手段としての価値を向上させること、財務諸表の利用者に対して、当年度の財務諸表監査において監査人が特に重要であると判断した事項を理解するのに役立つ追加的な情報を提供し、監査の透明性を高めることにあるとされています※12

KAMの決定に当たっては、監査人は、以下の事項を考慮します。

  • (ア)特別な検討を必要とするリスクが識別された事項、または重要な虚偽表示のリスクが高いと評価された事項
  • (イ)見積りの不確実性が高いと識別された事項を含め、経営者の重要な判断を伴う事項に対する監査人の判断の程度
  • (ウ)当年度において発生した重要な事象または取引が監査に与える影響等

 上記の考慮を経て決定されるKAMを監査報告書に記載するに当たり、従来開示されていない情報に触れる必要があると監査人が判断する場面が生じ得るところです※13。そうした場合、監査人は、経営者に追加の情報開示を促し、必要に応じて監査役等と協議を行うものとされています※14

 前述のとおり事業再生ADRの利用自体は必ずしも適時開示事由に該当しませんが、このようなKAMの導入によって、手続利用に至る原因となる事象や手続を利用している事実が、KAMとして監査報告書への記載が必要であると判断され、上場会社としても開示文書での言及が必要になり得ます。また、これにより、債権者とのコミュニケーションへの影響や、取引先・顧客の信用不安を惹起する点への考慮が必要となり、KAMの内容・開示時期は事業再生ADRの進め方・スケジューリングに影響を与える要素として意識する必要があります。

2.上場廃止

1. 事業再生ADRを利用した場合、上場廃止になるのですか。

 事業再生ADRの正式申込等やそれに伴う手続開始は、上場規則上、破産、民事再生、会社更生の各手続と異なり、それ自体は上場廃止事由ではありません。そのため、上場を維持したまま、抜本的な事業再生を図れることが事業再生ADRを利用する大きなメリットといえます。

 その上で、上場会社が事業再生ADRを利用して再生を図りつつ、その上場を維持するためには、①希薄化率300%を超える第三者割当に係る上場廃止基準の抵触回避、②正の純資産の額の維持に関する上場維持基準の充足、③流通株式比率に係る上場維持基準の充足が問題となります。

 なお、2022年4月4日より東証が新市場区分に移行することに伴い、新たに各市場区分において「上場維持基準」が設けられ、上場維持基準に抵触し、所定の改善期間内に改善が行われなかった場合に上場廃止となるものとされます。その際、従来の上場廃止基準とされていたものの一部※15が上場維持基準として位置づけられます。その他に、残る上場廃止基準※16については、基本的に現行制度を踏襲した制度として存続します。以下は、この改正後の制度を前提にご説明します。

① 希薄化率300%を超える第三者割当に係る上場廃止基準

 事業再生ADRを通じて再生を目指す際、スポンサーからの資本調達を行うことが一般的であり、その場合、第三者割当により株式発行を行うこととなります。上場規則では、上場会社が希薄化率300%を超える第三者割当を行うときは、原則として上場を廃止するとされています※17。しかし、事業再生ADRの場合を含み、「経営破綻のおそれがある状況下で、株主意思確認手続きを経たうえで民間スポンサーによる救済的な対応として実施されるケース」で「株主および投資者の利益を毀損しないよう十分に配慮されたものであると認められる場合」には上場維持が認められ得る旨が明らかにされています※18

② 正の純資産の維持(債務超過でないこと)に係る上場維持基準の充足

 事業再生ADRを利用する場合、既に債務超過に陥っているか、そのおそれがあることも少なくありません。現行の上場規程では事業年度の末日に債務超過の状態である場合で、1年以内の猶予期間中に債務超過の状態を解消できないときには、上場廃止するものとされていますが、改正後においては、これは上場維持基準として位置づけられます。具体的には、各市場区分共通して、事業年度末における純資産の額※19が正であること(すなわち債務超過でないこと)が上場を維持するための要件となります。

 その上で、原則的なルールでは、当該事業年度末から1年の改善期間内に純資産の額が正とならない場合、上場維持基準への不適合により上場廃止となりますが※20、かかる改善期間の例外として、事業再生ADRに基づく整理※21を行うことにより純資産の額が正の状態となることを計画している場合には、改善期間が「東証が適当と認める期間」に延長されます※22。この延長措置を受けるためには、原則である1年の改善期間内に事業再生ADRを成立させ、東証による審査※23を完了することが必要です。この場合に延長される「東証が適当と認める期間」が具体的にどれくらいになるのかについては改正後の規則の明確な定めはありませんが、事業再生ADRにおいては、計画成立後、最初に到来する事業年度の開始の日から、原則として3年以内に債務超過の状態を解消することを計画の内容とする必要があり(経産省令28条2項1号)、これに応じた期間設定となることが考えられます。

 また、新型コロナウイルスが与える上場会社への影響に鑑み、2020年4月に施行された上場規則の一部改正により、債務超過の状態となった理由が「新型コロナウイルス感染症の影響に起因するものであると取引所が認めたとき」は、上場廃止の猶予期間が2年に延長されています(以下「コロナ特例」)※24。このコロナ特例は改正後の上場維持基準に係る改善期間についても引き継がれます。具体的には、コロナ影響により債務超過の状態となった場合には、「2年」の改善期間内に事業再生ADRを成立させ、東証による審査を完了することで、改善期間がさらに「東証が適当と認める期間」に延長されることになり、計画成立までの時間的猶予が拡大することになります。

 なお、上記の新市場区分への移行に伴う上場規則改正は2022年4月4日から施行されますが、事業年度末における純資産の額は有価証券報告書に掲載する連結貸借対照表※25に基づき判断され、3月期決算の会社においては、現在進行中の22年3月期から改正後の制度に基づいて対応することになります。

 なお、先行して2020年11月に施行された上場規則の一部改正により、上場会社が債務超過の状態となった場合、「債務超過の解消に向けた計画」を事業年度の末日から起算して3ヶ月以内に開示し、債務超過を解消するまでの間、四半期ごとにその進捗を開示することが必要となりました。当該計画には、①債務超過の原因、②その解消に向けた基本方針、③取組の内容およびスケジュールを記載することとされていますが、改正後もこの計画開示は同様の枠組みで継続されます。

③ 流通株式比率に係る新しい上場維持基準

 新制度では、流通株式比率に係る上場維持基準が、現行の基準よりも厳しくなります。具体的にはプライム市場では流通株式比率35%以上、スタンダード市場・グロース市場では同25%以上が求められます※26。事業再生の場面では、資本増強のためにスポンサーが多数の株式を引き受けることがありますが、流通株式比率基準の維持には留意が必要です。この点、上場会社が、第三者からの支援を受けて、上場を維持したまま事業再生を図ろうとした結果、流通株式比率の基準に抵触する場合には、5年以内の適合に向けた具体的な計画が開示されていれば、その間上場廃止を猶予するとされています※27。これにより、スポンサー支援を受けた結果、流通株式比率基準を維持できなくなったとしても即時の上場廃止を避けることが可能ですが、上記のとおり5年以内の基準適合に向けた施策の検討が必要となります。

3.事業再生計画案における経営体制と株主責任

1. 事業再生ADRを利用した場合、経営陣は退任する必要はありますか。

 リスケ案件では、役員の退任について、事業再生計画案に定める必要はありません。債権カット案件では、産強法施行規則29条1項4号に基づき、原則として現任の役員(社外取締役や監査役も含む。)は全員退任することが必要ですが※28、「事業再生に著しい支障を来すおそれがある場合」には留任も許容されます。例えば、窮境に陥ってから再建のために就任した取締役は、経営責任がなく事業再生計画の実行に必要な人材として、この例外に該当し得ます。最近の事例でも、役員の一部が留任したり、取締役以外の役職で引き続き業務に従事する場合があります。

 もっとも、経営体制は対象債権者の重要な関心事であるため、役員の留任等を検討する場合、事業再生のための必要性を踏まえてその理由を説明し、対象債権者の理解を得なければなりません。

2. 事業再生ADRでは、対象債権者に対して債権放棄を求める一方で、既存株式を全部消却せずに上場維持したまま、スポンサーから増資を受けることは可能ですか。

 債権カット案件では、産強法施行規則29条1項3号により、原則として株主の権利の「全部または一部」の消滅を事業再生計画案に定める必要がありますが、既存株式の全部消却は必須ではなく、「事業再生に著しい支障を来すおそれがある場合」には、一部消滅すら定める必要はないとされており、上場維持が事業運営上重要な場合にはこの例外に該当すると考えられています※29。最近の事例でも、対象債権者に対し債権放棄を求める一方、既存株式を消却せずに上場維持したままスポンサーから増資を受けた事例は複数存在します。

 もっとも、株主責任は対象債権者の重要な関心事であるため、既存株式の消却を全部または一部しない理由を説明して、対象債権者の理解を得なければなりません。なお、支配株主や創業家株主が存在する場合には、それらの株主と一般株主との間で取扱いに差異を設けることも考えられます※30

4.事業再生計画案と株主総会

1. 第三者割当増資(有利発行や定款変更)に係る株主総会の承認を得る場合において、どのようなスケジュールで、対象債権者全員の同意を得て、事業再生計画を成立させることになりますか。

 事業再生ADR上、スケジュールの組み方について特段制限はないため、資金調達を必要とするタイミング、スポンサー・対象債権者との協議状況、対象債権者によるDESの有無、株主総会の承認見込み等、債務者企業を取り巻く事情を踏まえて、例えば、以下のように、柔軟にスケジュールを組むことができます。

  • ①正式申込までにスポンサー選定を進めておき、正式申込と同日に、第三者割当増資に係る取締役会決議をして適時開示を行う(以下「ローンチ」)とともに、株主総会の招集決議を行い、事業再生計画の成立(事業再生計画案の決議のための債権者会議(第3回会議))後に株主総会を開催する。
  • ②事業再生ADR中にスポンサーを最終的に選定して事業再生計画案を協働して策定した上で、事業再生計画案の協議のための債権者会議(第2回会議)の招集または開催に合わせてローンチするとともに、株主総会の招集決議を行い、事業再生計画の成立(第3回会議)後に株主総会を開催する。
  • ③事業再生計画の成立(第3回会議)と同日にローンチするとともに、株主総会の招集決議を行い、その後に株主総会を開催する。

 第三者割当増資に係る株主総会の承認は定時株主総会にて行うことも可能ですが、開示されている情報の程度、開示による信用不安/補完の影響、資金繰り、想定スケジュールとその変更可能性、スポンサー・対象債権者との協議状況、株主総会の事務負担等を踏まえて、総会開催の段取りについて早期に検討しておく必要があります。

5.ステークホルダー対応・情報管理

1. 事業再生ADRの正式申込等を開示する場合、ステークホルダー対応や情報管理について留意すべき点は何でしょうか。

 事業再生ADRは、金融機関等以外の一般的な取引先には影響を及ぼさない法的整理とは全く異なる手続ですが、一般的な「倒産」や「事業再生」のイメージにより信用不安を惹起してしまうことも少なくありません。

 そのため、事業再生ADRの正式申込等を開示した場合には、事業再生ADRの制度や、債務者企業の現状と今後について説明をしてステークホルダーの理解を得ることが重要です。具体的には、事案に応じて、商取引債権は事業再生ADRの対象とならず従前通り取引継続すること、スポンサー選定手続中であること/意向表明を受けたこと、メインバンク等による資金繰り支援(プレDIPファイナンス※31)を受けていること等を説明することがあり得ます。

 ただし、予期せぬ情報漏洩によって、スポンサーや金融機関との交渉に重大な悪影響を及ぼしてしまう可能性があります。そのため、ステークホルダーの属性や重要性等も踏まえつつ、開示可能な範囲内で適切に説明を行う必要があり、トーキングポイントやQ&A集等を事前に作成しておくことが有益です。

2. 事業再生ADRの正式申込等を開示しない場合、ステークホルダー対応や情報管理について留意すべき点は何でしょうか。

 事業再生ADRは原則として非公開であるため(特定認証ADR手続に基づく事業再生手続規則7条1項)、事業再生ADRについて何らかの開示をしなければ、事業再生ADR外でのステークホルダー対応は発生しません※32

 もっとも、予期せぬ情報漏洩等が起きないよう※33、各関与者において情報管理を徹底するとともに、債務者企業においては、情報漏洩がされた事態に備えて適時開示等の準備もしておくべきです(情報漏洩時の適時開示の必要性については、上記1.1.①参照。なお、事案によっては、情報漏洩の後追い対応をするよりも、積極的に情報開示をするという対応を取る方が事業継続のために妥当であるという判断もあり得るところです)。また、事業再生ADRの過程では一定の重要事実が生じることも想定されますが、未公表の重要事実を知った役職員等はインサイダー取引規制により自社の株式の売買が禁じられます。事業再生ADRを利用するに当たっては、担当役職員等に対し、インサイダー取引規制や社内規程(内部者取引防止規程など)の遵守を改めて周知徹底するとともに、情報共有の範囲を適切に設定する必要があります。

脚注一覧

※1
東京商工リサーチ「全国企業倒産状況」によれば、2021年上半期(1~6月)における倒産件数は1972年以降の50年間において2番目の低水準となっています。

※2
コロナ危機下のバランスシート問題研究会「コロナ危機下のバランスシート問題研究会提言―事業構造改革の加速による成長実現戦略―」(2020年9月10日)および「コロナ危機下のバランスシート問題研究会提言2―過剰債務問題の解決と人材の育成及び大胆な再配置―」(2021年4月5日)参照。弊事務所の小林信明弁護士は当研究会のメンバーです。

※3
事業再生ADR手続とは、産業競争力強化法2条16項に規定された特定認証紛争解決手続であり、債権放棄や期限の猶予等を行って事業再生を図る準則型の私的整理手続です。

※4
2021年に事業再生計画の成立を公表した事例には、ユー・エム・シー・エレクトロニクス(1月18日成立)、ヴィア・ホールディングス(4月20日成立)、サンデン・ホールディングス(5月7日成立)およびワタベウェディング(5月27日成立)があります。

※5
本稿では東京証券取引所(以下「東証」)の上場企業を念頭に、東証の有価証券上場規程(以下「上場規程」)、有価証券上場規程施行規則(以下「上場施行規則」)に基づいてご説明します。

※6
事業再生ADRにおける適時開示については、小林信明・水越恭平「事業再生ADRと適時開示」NBL1158号12頁および小林信明・大川友宏・水越恭平 NO&T Restructuring Legal Update ~事業再生・倒産法ニュースレター~(2019年12月 No.8)「上場会社による事業再生ADR手続の利用」も参照。

※7
この判断については一律の基準が明確に定まっているわけではなく、個別案件の具体的な事情を踏まえたケースバイケースの判断となるため、開示の必要性については事業再生計画案の策定段階において取引所に相談することが望まれます。

※8
①債務免除等の金融支援の額(返済期限の延長にあっては当該債務の額)が、直前連結会計年度の末日における連結債務の総額の10%に相当する額以上、②債務免除等の金融支援による連結経常利益の増加見込額が、直前連結会計年度の連結経常利益の30%に相当する額以上、③債務免除等の金融支援による親会社株主に帰属する当期純利益の増加見込額が、直前連結会計年度の親会社株主に帰属する当期純利益の30%に相当する額以上、④有価証券の取引等の規制に関する内閣府令50条8号に定める事項に該当しない場合には適時開示が必要です。

※9
こうした説明の必要性やタイミングは、増資によって生じる希薄化の規模や上場維持の有無等の案件スキームの内容など、既存株主に与える影響を踏まえたケースバイケースの判断となります。

※10
経済産業省関係産業競争力強化法施行規則(以下「産強法施行規則」)29条1項1号、同2号。

※11
日本公認会計士協会監査基準委員会「監査基準委員会報告書570『継続企業』」参照。

※12
日本公認会計士協会監査基準委員会「監査基準委員会報告書701『独立監査人の監査報告書における監査上の主要な検討事項の報告』」参照。

※13
監査人がKAMを報告しないと判断できるのは、KAMの報告による企業または社会に与える不利益が非常に大きいと想定され、その不利益がKAMを報告することによりもたらされる公共の利益を上回ると合理的に見込まれる場合とされています。前掲(注12)A53項参照。

※14
前掲(注12)A36項参照。

※15
債務超過のほか、株主数・流通株式に関する基準が対象です。

※16
例えば、銀行取引の停止、破産手続、再生手続または更生手続、有価証券報告書または四半期報告書の提出遅延、虚偽記載または不適正意見等などです。現行の上場規則では、債務免除額が直前事業年度の末日時点の債務の総額の10%以上となる場合の債務免除が上場廃止事由とされていましたが、改正によりこれは上場廃止事由でなくなります。

※17
改正後上場規程601条1項15号、改正後上場施行規則601条12項6号。

※18
東証「会社情報適時開示ガイドブック2020年11月」401頁参照。

※19
「純資産の額」とは、連結貸借対照表に基づいて算定される純資産の額(連結貸借対照表の純資産の部の合計額に、準備金等を加えて得た額から、当該純資産の部に掲記される非支配株主持分を控除して得た額)をいい、上場会社が連結財務諸表を作成すべき会社でない場合は貸借対照表に基づいて算定される純資産の額(貸借対照表の純資産の部の合計額に、準備金等を加えて得た額)をいいます。改正後上場施行規則501条6項1号。

※20
改正後上場規程601条1項1号。

※21
再生手続もしくは更生手続または「私的整理に関するガイドライン」に基づく整理による場合も同様に取扱われます。

※22
改正後上場施行規則501条7項5号、同条8項。

※23
かかる改善期間の延長が認められるためには、事業再生ADRが成立した事業年度の末日から3ヶ月以内に、事業再生計画(純資産の額が正の状態となるための計画を含む。)を公表し、改善期間の延長に係る取引所の審査を受けることが必要です。その際、手続の成立を証する書面および当該計画の前提となった重要な事項等が、監査法人により検討されたものであることを当該監査法人が記載した書面の提出が必要です(改正後上場施行規則501条9項)。なお、この再生計画の公表による例外とは別に、大規模な上場会社向けの特例として、事業年度の末日以前3ヶ月間の平均時価総額が1,000億円以上の場合に係る例外も設けられており、この場合には、再生計画の公表を要せず、東証が適当と認める期間、改善期間が延長されます(改正後上場施行規則501条7項5号a)。

※24
コロナ特例を受けるにあたっては、前掲(注23)のような手続・提出書類は明確に定められておりませんが、事業年度末で債務超過に陥る可能性を認識した際には事前に東証に相談することが望まれます。

※25
連結計算書類を作成していない会社は、単体の貸借対照表によります。前掲注19(改正後上場施行規則501条6項1号)参照。

※26
改正後上場規程501条1項1号bの(c)、同項2号bの(c)、同項3号bの(c)。

※27
改正後上場施行規則501条7項2号。

※28
役員退任のほか、役員退職慰労金の不支給や役員報酬の減額等を事業再生計画案に定める場合もあります。

※29
事業再生実務家協会編「事業再生ADRのすべて 第2版」(商事法務 2021年)340頁参照。

※30
例えば、支配株主や創業家株主からは無償による自己株式取得を行うとともに、一般株主については増資による議決権割合・経済的価値の希薄化を生じさせるといった手法が考えられます。

※31
事業再生ADR中に実行される事業継続に不可欠な資金借入を「プレDIPファイナンス」といいます。プレDIPファイナンスは、対象債権者全員の利益となる融資であるため、事業再生ADRに係る対象債権に優先する取扱いを確認する各種規定が存在します。メインバンク等の貸し手側としても、事業再生ADR下においてプレDIPファイナンスを利用することにより、窮境状態にある債務者企業に対して融資をしやすい状況になります。

※32
ただし、事業再生ADRの正式申込等が、取引先等との契約上の報告義務等の対象となっているか、いわゆる期限の利益喪失事由に該当しないかは、個別の契約内容に則して検討する必要があります。

※33
例えば、事業再生ADRの申請、スポンサー選定手続の状況、事業再生計画案の内容(債権放棄等)・成立見込み等が報道されてしまうことがあります。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


全文ダウンロード(PDF)

Legal Lounge
会員登録のご案内

ホットなトピックスやウェビナーのアーカイブはこちらよりご覧いただけます。
最新情報をリリースしましたらすぐにメールでお届けします。

会員登録はこちら

弁護士等

事業再生・倒産に関連する著書/論文

ファイナンスに関連する著書/論文

キャピタルマーケットに関連する著書/論文

決定 業務分野を選択
決定