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長島・大野・常松法律事務所は、国内外での豊富な経験・実績を有する日本有数の総合法律事務所です。 企業が直面する様々な法律問題に対処するため、複数の弁護士が協力して質の高いサービスを提供することを基本理念としています。

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ODRの現在と未来 ~企業がODRを導入する意義とは~


鼎談者

パートナー

森 大樹

慶應義塾大学法学部法律学科卒業。長島・大野・常松法律事務所パートナー。上智大学法科大学院・一橋大学大学院法学研究科ビジネスロー専攻非常勤講師、日本ODR協会理事。
訴訟・紛争解決、消費者法関係、個人情報保護関係業務を中心に従事するほか、ADR関係の公益活動にも多数従事している。

ゲスト

山本 和彦

東京大学法学部卒業。一橋大学大学院法学研究科教授。2019年4月より2021年3月まで一橋大学法科大学院長。日本ODR協会代表理事。
法制審議会臨時委員(民事訴訟法(IT化関係)部会部会長、仲裁法制部会部会長)など多数の審議会委員等を務める。

ゲスト

渡邊 真由

一橋大学大学院国際企業戦略研究科博士課程修了(博士・経営法)。立教大学法学部国際ビジネス法学科特任准教授。日本ODR協会理事。
立教大学では、交渉、メディエーション、ODR等、民事紛争解決に関する授業を担当している。

CHAPTER
01

ODRとはどのようなものか ~なぜ今注目されているのか?

お忙しい中お時間をいただきありがとうございます。まず、自己紹介をお願いしたいと思います。
僭越ながら私から自己紹介をさせていただきますと、長島・大野・常松法律事務所(以下「NO&T」)でパートナーをしております、弁護士の森大樹です。紛争解決・個人情報保護・消費者法の3つの柱を中心に仕事をしておりますが、プロボノ活動の一環としてADRに関する様々な活動も行っており、その一つとして本日ご参集いただきました山本先生、渡邊先生と同じく日本ODR協会で理事を務めさせていただいております。その他にも、本日のトピックとの関係では、日本ADR協会の調査企画委員会委員や、第一東京弁護士会仲裁センター運営委員会委員長なども務めております。本日はよろしくお願いいたします。

山本

一橋大学の山本です。私自身は民事手続法関係の研究教育に携わっており、紛争解決手続き一般について関心を持っております。ODRとの関わりとしては、まず裁判手続きのIT化に関心があり、政府の法律改正作業にも2018年頃から関わってきました。現在は法制審議会民事訴訟法(IT化関係)部会の部会長を務めております。ADRの関係では、かつて日本ADR協会の代表理事を務めていたときに、ADRをオンライン化するという意味でのODRについて、何度かシンポジウム等に関わり、ODRの問題を研究したことがあります。そのようなご縁もあって、現在は、森先生からご紹介がありましたように、日本ODR協会の代表理事を務めております。

よろしくお願い致します。続きまして渡邊先生も自己紹介をお願いできますでしょうか?

渡邊

立教大学の渡邊と申します。立教大学では、ADR関係の科目、主に交渉とメディエーション、他にはODRやリーガルデザインに関連する授業を担当しております。
元々はADRの研究をしていたのですが、博士課程在籍中にスタンフォード大学のADRセンターで研究する機会があり、そこで、eBayという世界最大のマーケットプレイス事業者のResolution CenterのResolutionセンターというODRプラットフォームの立ち上げに関わられたコリン・ルール氏との出会いがありました。ODRは今後の紛争解決におけるイノベーションになり、紛争解決のあり方を大きく変えていくものになるだろうと感じて、それ以降、ODRに関する研究をしています。
ODRとの最近の関わりとしては、現在(鼎談日は2022年1月26日)法務省で行われているODR推進検討会の委員を務めさせていただいております。他には、マサチューセッツ大学に設置されております National Center for Technology & Dispute Resolution(NCDTR)という団体でフェローをさせていただいております。
本日は先生方とディスカッションさせていただけることを楽しみにしております。

ありがとうございます。早速自己紹介の段階から、ODRという言葉がたくさん出て参りましたが、この記事を読んでいらっしゃる方には、「ODRって何?」と思っていらっしゃる方も少なくないのではないか思います。そこでまず、ODRとは何なのかということについてお話しいただければと思います。

山本

ODRというのは、比較的若い分野で、私の理解では国際的にあるいは学術的に見て正確な定義というものが必ずしもあるわけではないと思います。広義で言えば、紛争解決手続きにICTの技術を活用するアプローチを広くODRと呼んでいると思います。そういう意味では、先ほど申し上げた裁判手続きのIT化も一つのODRの試みだと思います。
ただ狭義で言えば、オンラインで完結する紛争解決手続きのシステムを、全体的にODRと呼ぶこともあるように思います。そういう意味でのODRというのは、いわゆるプラットフォーム事業者がその事業に関わる紛争を解決するために、包括的な一つのシステムとして、オンライン上で紛争解決システムを提供していること、それを指してODRと呼ぶこともあると思います。そういう意味では、いろいろな見方、アプローチの仕方があるのだろうと思います。

なぜ今ODRが注目されているのでしょうか。

山本

ODRが、今、世界的に非常に注目されている理由として私は二つの理由があると思っています。一つは紛争解決についてのアクセス、広い意味での司法アクセスを改善していくということ、これが国際的に一つの大きな課題になっているということです。最近よく言われるSDGsの中に紛争解決の分野でも、誰一人取り残されない、そういういう社会を目指していくということが提言されているわけですが※注、その一つの大きなツールがODRになるのではないかと思います。身体に障害のある方、移動が非常に困難である方、高齢者、あるいは過疎地域で暮らしている方、そのような従来司法へのアクセスが困難であった方々に対しても、ICT技術を使うことによって、そのアクセスを可能にする、それによって従来いわば泣き寝入りしていたような方々にも紛争解決の機会を与えるという、そういう意味があるのではないかと思います。
もう一つは言うまでもなくコロナ禍の状況です。人と人とが対面でリアルで接触することをなるべく避けるという社会になっていく中で、従来リアルで行われていたことをオンライン化していく、これは社会のどの分野でも今求められていることですが、紛争解決の局面においても、そのことが求められています。これもODRが今まさに世界的に注目を集めている一つの原因ではないかと思っています。

※注
SDGs16.3 「国家及び国際的なレベルでの法の支配を促進し、全ての人々に司法への平等なアクセスを提供する。」”Promote the rule of law at the national and international levels and ensure equal access to justice for all ensure equal access to justice for all”(https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/statistics/goal16.html)

CHAPTER
02

諸外国におけるODRの実装状況

今、山本先生のお話にも出たとおり、私もODRの普及発展はSDGsの取り組みの一つにあたるものと認識しております。しかしながら、我が国では残念ながらまだODRの実装はもとより、その言葉自体の認知度が必ずしも十分ではないようにも思います。諸外国ではどのような状況にあるのでしょうか。

渡邊

自己紹介の際にも少しお話ししましたが、ODRのルーツと言われるのが、eBay社のODRです。eBayが自社のプラットフォーム上で取引をする利用者間のトラブルを解決するために作ったものがResolutionセンターというODRプラットフォームになります。そこからも分かるように最初はインターネット関連企業が、顧客満足度の向上や自社のサービスへの信頼を高めるためにODRを実装するようになりました。
それが最近になり、司法や行政にも、その運用の範囲が広がっています。例えば、アメリカでは最近州裁判所において、主に少額紛争を中心としたODRの実装が急速に進んでおりコロナ禍前の2019年の段階でも70近くの裁判所がODRを導入しています
ヨーロッパに目を転じますと、EUが消費者紛争の解決を目的としてODRのプラットフォームを開設しており、こちらは行政型となりますが、その運用開始から5年の歳月が流れています
他にはリーガルテックの一環として、スタートアップ企業が新たな紛争解決のサービスを提供している例も多く見られています。例えばアメリカなどでは近年、離婚紛争に関するODRプラットフォームの普及なども進んでいます。現時点でも様々な企業や団体がODRの実装に向けての取り組みを進めており、さらにこれからの技術進展やコロナ禍が長期化している中で、紛争解決のサービスがより幅広いものになっていくだろうと考えています。

世界的には司法、行政、民間の全てがODRに取り組んでおり、諸外国では既に実装段階に至っているという状況だと理解しました。
NO&Tは、主に企業法務を取り扱っておりますので、この記事をご覧になっていただく方の多くも、企業の実務者の方だろうと思っていますが、民間企業におけるODRの成功例として、これまでにも話が出ているeBayのケースについてもう少し詳しくご説明いただけますでしょうか。

渡邊

eBayが提供するオンラインプラットフォーム上では極めて膨大な件数の取引が行われており、その中で紛争・トラブルに発展するものが年間約6000万件と言われています。それだけの件数を、人を介して解決することは現実的ではありませんが、他方で、プラットフォーム事業者としてそのような状況を放置するわけにもいきませんので、その解決策としてODRのプラットフォームの開発に至っています。
eBayのResolutionセンターは様々な形でデータを取って公表していましたが、その中で特徴的なものとして、紛争解決のプラットフォームがあることにより利用者の満足度が向上しているというデータがあります。たとえば、eBayのResolutionセンターを介すると、長くても2週間以内で紛争が解決すると言われており、短期間での紛争解決を実現しています。またeBayが決済システムを使って、そのトラブルの和解内容を執行するところまでフォローしてくれるということで、利用者からすると非常に利便性の高い仕組みになっています。それらの結果として、eBayのResolutionセンターを利用した方は、過去にeBayも使って特にトラブルに直面しなかった方よりも、客単価が上昇したというデータもあります。
日本では、紛争解決というとどうしてもネガティブな印象を持たれる企業も多いかと思います。つまり、ODRをサービスとして提供していることを前面に打ち出すと、この企業はトラブルが多いのではないかと思われてしまうという懸念を持たれる企業も多いと思いますが、実際にはそのようなサービスがあることが利用者からすると安心になる、その企業への信頼に繋がるということがeBayの事例からも見て取れると考えています。
CHAPTER
03

民間企業にとってのODRの導入・推進の意義と課題 ~導入事例の紹介

デジタルプラットフォーム上で発生する紛争についてはODRとの親和性が非常に高いということがよく分かりました。ではそれ以外の業態・業種であったとしても、民間企業においてODRを導入・推進することについてビジネス上の有用性はあるのでしょうか。

渡邊

民間企業でも、近年カスタマーサービスのチャネルが増えています。例えばかつては電話だけでカスタマーサービスが運営されていたところ、近年ではそこにメールが加わり、チャットが加わり、といった形です。利用者からすると円滑に迅速にトラブル解決ができる仕組みがあるというのはその企業への信頼に繋がるのではないかと思います。
例えば少し古いデータにはなりますが、2010年にアメリカで行われた調査によると、消費者は問題が発生された際に望むこととして、一つ目が迅速かつ簡便に解決されること、二つ目が電話以外の問い合わせ方法があること、三つ目は企業と交渉したいわけではなく問題を解決したいと思っていること、四つ目としては、他の利用者と同じような待遇を受けられることを望んでいることとされています。
もちろん、いわゆるモンスタークレーマーもいるとは思いますが、多くの消費者にとっては、トラブルとなった企業から特別な計らいをしてほしいというわけではなく、自分の抱えた問題を迅速にフェアに解決してもらえることを望んでいるのだと考えられます。
そういった意味で、企業がそのような仕組みを実装しておく、さらには外部のADR機関に繋がるような仕組みをもっておくことは、顧客満足度やロイヤリティの向上、ひいては企業の信頼確保に繋がるのではないかと考えます。顧客を維持できれば、新規顧客獲得のための多額のマーケティング費用の節減にもつながり得るのではないでしょうか。
さらには、カスタマーサービスセンターも現在では電話での受け答えが主な方法となっている中、企業の費用負担は大きいところかと思います。これもオンライン化を進めることができれば、人件費やその運営コストの削減に繋がります。
またODRのプラットフォームを介して解決がなされた場合、電話と異なり、個々の苦情についてのデータ分析、つまりビッグデータの解析等にも活用することができますので、これを経営層の方に提示することによって、企業が抱えているトラブルの状況などを、かなりタイムリーに把握しそれを経営判断に活かすことできるのではないかと思います。

大変よく分かりました。ただ現状では、日本企業の多くではあまりODRの実装が進んでいないと思いますが、それはなぜか、何か問題点があるのでしょうか。

渡邊

先ほども述べたとおり、紛争があること自体に関するネガティブな印象を払拭していくことが重要なのではないかなと思っています。様々な調査によれば、取引全体のうちに数%はトラブルや紛争が含まれることが明らかになっており、これは企業がいくら企業努力を重ねて顧客対応したとしても完全に防ぐことはできません。そういった意味で、紛争をないものとするよりも、あることを前提としてきちんとした紛争解決の仕組みを設けることが良いことだという、認識の転換が図られていく必要があると考えています。

山本先生はどのようにお考えでしょうか。

山本

元々日本企業は顧客からの苦情への対応については、世界的に非常に進んだものを持っていたと思っています。例えば、ISO10002という規格があります。これは苦情対応についての品質マネジメントの国際規格ですが、このISO10002を作る際には、日本がかなり積極的な寄与をして、日本企業が従来持っていた様々な苦情処理のシステム、マニュアルを参考にしながら作られたと承知をしております。そういう意味では日本企業のカスタマーケアというのはそれなりに評価できるものがあったと思っています。ただ、それがオンライン化の時代に必ずしも十分対応しきれていない部分があって、依然として電話対応等が中心のままで、忙しい顧客がそこにアプローチできない、かえって敷居が高くなっているというような面があると思います。またその企業内で苦情を解決できなかった場合に、それを中立な第三者が間に入って解決するシステムにうまく繋げることができていない。そういういわゆるADRと言われるものについて、ISO10003ではEDR(external dispute resolution)と言われるものですが、それに繋いでいくことが十分にできていない。そういうことがいわゆるモンスタークレーマーの発生に繋がっている可能性があるのではないかと思っています。そういう意味では、企業内のレベルでODRを活用していきながら、それとシームレスな形で、外部でのODRを、これは様々なADR機関との協力が必要になりますが、そういうものを用意していくということは企業の「カスハラ」対策においても大きな意味があると思っています。
他方で日本においては、外部機関の受け皿が必ずしも十分ではありません。コロナ禍もあり従来リアルで行っていた期日をオンラインにするというADR機関は現れてきていますが、まだ本格的なODRが十分な受け皿として整っていません。
その関係で第一東京弁護士会では、特定のプラットフォーム事業者に関するトラブルについて、オンラインチャット方式のODRを開始されたという話を伺いました。森先生もその立ち上げに関与されたということも伺っていますけれども、これはどのようなものか私も非常に興味があるところなので、ご紹介いただければと思っております。

興味を持っていただきありがとうございます。私は約10年強にわたり第一東京弁護士会仲裁センターの運営に関与しておりますが、コロナ禍前から、弁護士会の中でプラットフォームビジネスを研究している弁護士から相談を受けて、特定のプラットフォーム事業者と特定の保険会社と、利用者の方はスマホ一つあれば紛争解決ができる仕組みとして、オンラインチャットで紛争解決が完結する仕組み作りを共同研究しておりました。そのシステム開発や保険商品の開発などが無事にできあがりましたので、オンライン上のチャットのみで紛争解決ができる仕組み、弁護士会では簡易和解手続きと呼んでおりますが、そのような仕組みを作って、2021年7月から運用を開始しています。
具体的には、そのプラットフォーム上で利用者間のトラブルが起きたときに、まずは保険金請求のためのオンライン上の既存のシステムを利用していただくわけですが、結果的に物損事故や人損事故などではなく保険金が支払われない事案であった場合に、そのシステム上で第一東京弁護士会の簡易和解手続きの申立てをすることができ、申立てをするとそこから先は第一東京弁護士会仲裁センターが選任したあっせん人と繋がり、チャットシステムのみを利用してトラブル解決に向けた和解あっせん手続きを受けることができるという仕組みです。保険の仕組みを使うことで、申立人も相手方もこの手続きの利用の対価を支払う必要はなく、従来と比べて格段に気軽に紛争解決手続きを申し立てられるようになりました。申立以降の手続きも全てチャットで行いますので、24時間365日、時間と場所を問わず、利用者の方が都合の良いタイミングで自分の主張やあっせん人からの質問への回答を書き込んでいただくことができますし、これまでどういうやりとりをしたかもすべて画面上で確認することができます。担当弁護士も、特定の日時に縛られず都合の良い時間にやりとりをすることで、非常に迅速な解決を可能とする仕組みになっております。まだ実績はそれほど多くはありませんが、申し立てられた案件はいずれも申立てから1週間程度で解決しておりますので、従来のADRと比べてもかなり短期間で解決することができていると思っております。
CHAPTER
04

ODRの導入・普及に向けた国内外の取り組み・検討状況

話は変わりますが、ODRの実装状況については既にお話をいただきましたが、その他にも世界的にODRの普及拡大に向けて、現在どのような取り組みがなされているのかご教示いただければ幸いです。

渡邊

越境取引に関する紛争解決について有効な仕組みがなかったとの認識のもと、国連が中心となって、ワーキンググループを設置して、そこでの検討結果がUNCITRALのODRテクニカルノートに繋がりました。その議論を継承するような形でAPECでもODRのコラボレーティブフレームワークというものが2019年に公表され、APECの域内におけるB to Bの取引についてODRの実装ができないかということが現在も議論されています。また、まだ議論が始まったばかりですがISOでもe-commerceに関する規格の策定が検討されており、その一環としてODRについても検討が進められております。日本ODR協会も日本でのODR分科会の事務局を担っておりまして、森先生にも委員をご担当いただき、ODRに関するISO規格を制定する方向での議論が始まっているところです。

今後は多くの日本企業にとっても、ODRが他人ごとではなくなってくる、そういう時代がやってくる可能性が高いというふうにお考えでしょうか。

渡邊

はい。特にAPECのB to B紛争に関するコラボレーティブフレームワークは中小企業が海外の企業と取引をした際に、円滑な紛争解決手続きが利用できることを目的として作られたものですので、中小企業が多数を占める日本において今後利用が広がっていくのではないかと思っております。

では、それに対して日本国内ではどのような検討が行われているのかについてもご紹介いただけますでしょうか。

渡邊

日本国内の動きとしては、裁判手続きのIT化に関しては、山本先生から先ほどお話があったように、2017年に検討会が設置されています。また、ODRに関して言いますと、まず2018年の成長戦略フォローアップにODRという言葉が明記されました(令和元年6月21日Ⅰ.5.(2)iii) ①)。それを契機として、2019年に内閣官房がODR活性化検討会を設置しました。そこでの取りまとめを受けて、法務省がODR推進検討会を設置して、現在に至るまで議論が継続しています。また民間団体としましては、日本ODR協会が2020年9月に設立され、今後の日本国内におけるODRの普及について役割を担っていくことが期待されています。

国内を見ても、法務省だけの取り組みではなくて、内閣官房を含めた政府全体としての取り組みがなされていると理解しました。
CHAPTER
05

日本ODR協会の取り組み

では今もお話に出てきた日本ODR協会の設立経緯や活動内容についても、ご紹介いただけますでしょうか?

山本

日本ODR協会は、日本において発展途上段階のODRについて、これを健全かつ公正な形で発展させ、社会に定着させる。そのために、ODRの社会的な信頼性を高めていくために、一つの機関ないし団体があった方がいいと考えた人たちの協力を得て設立されたものです。繰り返しになりますが、元々日本においては、紛争解決というものについて、非常に負のイメージがあったように思います。その中で、これから、先ほど渡邊さんからご指摘があったように、国際的に見ても、非常に発展していくことが期待されているこのODRという仕組みを日本において定着させるためには、その信頼性を、特に発展途上の段階で、しっかりと確保していくことが、この仕組みの発展にとって非常に重要なのではないかと考え、そのためのいわば基盤作りという、公益的な目標を掲げてこの協会は発足しました。
実際の活動については、発足の時期にコロナ禍が直撃したこともあり、なかなかまだ思うような活動が開始できてないところがありますが、既に研究会の活動は行われています。そもそもODRとはどういうものかとか、あるいは国際的なODRの現在の営みなどから少しずつ始めている段階です。
それから設立記念シンポジウムもコロナ禍の中で、思うように実現できていなかったのですが、2022年2月18日に開催されることになっています。ここでは国際的に活動されている方をお招きしたり、あるいは日本におけるODRの将来を様々な立場の方から語っていただくというプログラムを用意しています。NO&Tにも賛助会員になっていただき、また、シンポジウムにも協賛いただくなどのご協力をいただいており、有り難く思っております。日本においてODRを発展させていくためには、やはり「人」が非常に重要であり、今後はより具体的にODRを担う方々に対する研修活動、さらにはその研修プログラムの開発や、外国の同種の団体とも連携をとって様々な形での情報発信など、先ほど申し上げた目的をできるだけ達成すべく活動をしていきたいと考えているところです。

今までの両先生のお話から、ODRというものが、消費者・個人にとって司法・正義へのアクセスというSDGsで挙げられている目標を実現するという意味でも大切であるというだけでなくて、日本企業にとっても非常に重要なものになり得るものであると理解しました。NO&Tとしても、日本ODR協会の設立趣旨に賛同して、賛助会員にならせていただいた次第です。
CHAPTER
06

日本企業、NO&Tに期待される役割

最後になりますが、今後のODRの普及や実装に向けて、日本企業に期待するものは何か、またNO&Tに期待するものは何か、もし何かございましたら、一言ずついただければありがたいなと思っております。

山本

企業について言えば、よく言われることかもしれませんが、IT化と言われるもの、これは紙を電磁的情報に変えるとか、あるいはリアルの会議をオンライン会議にするということですが、それ自体に対しても、日本社会においてはかなり根強い抵抗があるということをよく感じます。しかし、企業に求められているものは、それを超えて最近はやりの言葉であるデジタルトランスフォーメーション(DX)というものであって、それは単に紙を電磁的情報に変えるということではなくて、それを契機としてビジネスのあり方全体を見直していくということなのだろうと思っています。それはこの苦情・紛争解決の分野においても妥当することだと思っており、従来電話で行っていた苦情相談をオンラインで行うということ、それはそれ自体一つの進歩ではあるわけですが、私はこのODRにはそれを超えたものがあると思っていて、先ほど渡邊さんからも言及がありましたが、そこで収集される苦情・紛争関係のビッグデータというものが企業にとって非常に大きな意義があるものになるだろうと思っています。
将来的には、それをAI等によって解析していくことで、それぞれの企業のサービスや製品の品質、どこに問題があるのかということを明らかにしていくとか、苦情・紛争を発生しないように予防していくためには、どこにどういう力を入れていけばいいのか、そういったようなことが、企業の経営にとって、非常に大きな事柄になっていくのではないかと思っています。
そういう意味では、苦情・紛争が発生することを怖がったり、見えないようにしていくということではなくて、むしろできるだけそういうものが出てくるような敷居の低いシステムをODRの中で作っていくということ、それが私は日本企業・日本経済の発展にとって重要なことではないかと思っています。そういう意味ではNO&Tのような大規模法律事務所、顧問先の企業を多く持っておられる事務所には、ぜひそういうような形で啓発活動というか、企業の方々にアプローチをしていっていただければ、そしてODRが、日本の社会の中に定着していくようにしていただければ大変ありがたいと思います。

ありがとうございます。渡邊先生はいかがでしょうか。

渡邊

三つの点についてお話ししたいと思います。まず一つ目が、社会全体が今デジタル化にシフトしていることで、これは紛争解決も同じことだということです。イノベーションという点でODRを捉えると、社会システムとして普及していくには、長期的な視点を持つ必要があると思っています。イノベーションの代表例であるスマートフォンも10年以上の歳月を経て今の社会にこれだけ普及しているということを考えると、ODRも同じく長期的に捉えていくべきで、その中で判明してくる課題の解決をしながら良いものを作っていくという姿勢で向き合っていくのが重要ではないかと思っています。
もう一つは、データの活用によって紛争解決の価値を高めていくことができるということです。データを取れるということは、今までは、例えば相談員の方が、利用者の方がこういうもの望んでいるだろうと感覚的に受け止めていたものが、より具体的なデータとして見えてくると。そうすると、例えば企業からすると、それを解決可能な課題へと展開することができて、経営の課題として取り組むことができる。そういった意味で、トラブルに関するデータの活用は、社会全体にとっても有益だと考えています。
最後に、やはり弁護士のみなさんに、これからぜひODRの分野に積極的に関与していただきたいと思っています。そういった意味でNO&Tのような大手の法律事務所が、日本ODR協会の活動に関与してくださっていることは大変ありがたいと感じています。というのもODR自体がなかなか弁護士に依頼することが難しいような事案を迅速簡易に解決を目指すという側面もあったわけです。それを、例えば本日のお話にもありましたが、保険を活用することによって、弁護士の支援を仰ぎながら問題解決ができるというのは、日本が発信できる一つのモデルではないかなと思います。また、紛争解決手続きに、IT・AI技術等を活用していくという点で言いますと、今私達が認識している技術以外のものもこれからどんどん出てくる可能性があり、そのような新しいものを、弁護士の知見も踏まえて日本社会での普及に向けて活動していくことができればと思っています。そういった意味でも森先生に研究会にご参加いただいたり、また理事としても関与していただいていることも大変ありがたいことだと思っておりまして、今後もぜひ積極的な活動を一緒にさせていただきたいと思っております。

ありがとうございました。私共、法律事務所・弁護士もやるべきことがたくさんあるということがよくわかりました。既に多くのNO&Tの同僚・後輩の弁護士からODR協会の取り組みをサポートしたいという手があがっておりますので、今後も多くの同志を募りながら皆様方と一緒にODRの普及、ひいては司法アクセスの向上に向けてお手伝いできることを探しながら取り組みを進めていきたいと思っております。
本日はお忙しい中長時間にわたってお話いただきまして、本当にありがとうございました。

本鼎談は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。