学校現場で発生するいじめの問題は、子どもの人権を侵害する重大な社会問題です。今後も子どもの人権擁護の観点から、重要なトピックを取り上げていきます。
平成25年9月に「いじめ防止対策推進法」(以下「法」といいます。)が施行されたことを受けて、文部科学省により設置されたいじめ防止対策協議会※1は、平成29年3月、「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」を策定・公表しました※2。
上記ガイドラインは、法第28条第1項に定めるいじめの「重大事態」の調査※3(下記2.参照)について、学校の設置者及び学校において、法及び法11条1項に基づき文部科学大臣によって定められた「いじめの防止等のための基本的な方針」等に則った適切な調査の実施に資するよう、当時の状況及び課題を踏まえ策定されたものでした。
その後、法の施行から10年が経過し、その間に明らかとなったいじめの重大事態の調査の実施に関する課題、令和5年度から上記協議会において継続して行われてきた検討結果、及び上記ガイドラインの改訂素案に対する意見募集の結果※4を踏まえ、重大事態への学校や関係者の対応をより明確化する観点から、文部科学省は、令和6年8月、上記ガイドラインを改訂・公表しました(以下では、令和6年8月改訂後のガイドラインを「本ガイドライン」といいます。)
(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142_00006.htm)。
そこで、本記事では、本ガイドラインの内容の全体像を改めて概観した上で、まずは重大事態の発生前の事柄についてまとめた部分(本ガイドライン第1章~第3章)について解説いたします。
まず、本ガイドラインの前提となる、いじめ防止対策推進法の各規定について確認します。法2条1項は、「いじめ」について、次のとおり定義しています。
この法律において「いじめ」とは、児童等に対して、当該児童等が在籍する学校に在籍している等当該児童等と一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう。
次に、法28条1項は、いじめの「重大事態」について、次のとおり定義しています。
学校の設置者又はその設置する学校は、次に掲げる場合には、その事態(以下「重大事態」という。)に対処し、及び当該重大事態と同種の事態の発生の防止に資するため、速やかに、当該学校の設置者又はその設置する学校の下に組織を設け、質問票の使用その他の適切な方法により当該重大事態に係る事実関係を明確にするための調査を行うものとする。
本ガイドラインは、「はじめに」に記載のとおり、法28条1項に定める「いじめ」(同法2条1項参照)の「重大事態」の調査の「基本的な進め方や留意事項等をまとめ」たものとなっています。また、本ガイドラインは、「はじめに」において、「調査組織の判断の下、状況に応じてより適切な進め方で調査を行うことを妨げるものでは」ないと述べているとおり、その調査方法等に関し、法的拘束力を有するものではないと考えられます。
もっとも、本ガイドラインは、上記1.で述べた改訂の経緯を踏まえつつ、いじめの「重大事態」の発生時には、「本ガイドラインの内容を踏まえて調査に当たっていただきたいと思います」と言及しており、また、「関係法令や基本方針を踏まえて、行うことが求められる事項は、『~するものとする』、『~が必要である』といった表記」を採用しています。そのため、本ガイドラインは、いじめの「重大事態」に直面し得る全ての学校の設置者及び学校、教職員の方々、そして重大事態の調査に携わる専門職においても、実務上、重要な指標になるものと考えられ、また、児童生徒及びその保護者の方々にとっても、当該調査の適切な実施を促す、あるいは、当該調査を検証等するに当たっての重要な指標になるものと考えられます。
続いて、本ガイドラインの全体像を確認します。まず、本ガイドラインは、第1章~第3章において、いじめの重大事態調査の目的や平時からの備え等の一般的な事項について述べています。次に、本ガイドラインは、第4章~第9章において、実際に重大事態が発生した場合における流れ(重大事態の端緒・発生~調査実施前の関係者に対する事前説明~調査~調査結果の説明・公表)に沿って、段階ごとに個別事項についてまとめています。最後に、本ガイドラインは、第10章において個人情報保護に関する事項についてまとめた上で、第11章では調査終了後の対応について、第12章では再調査について、それぞれまとめています。
また、本ガイドラインには、「不登校重大事態に係る調査の指針(平成28年3月)※5」の要素が盛り込まれたこと、また、各章において大幅な記載内容の見直し・充実が図られ、全体としても、18頁から67頁へと分量が大幅に増えたことを受け、各章の冒頭において、《各章のポイント》及び《法・基本方針の関連する規定》がまとめられており、読み手に対するわかりやすさも意識したものとなっています。
本ガイドラインを、その改訂前のものと比較すると、次表のとおり、第1章(重大事態調査の概要及び調査の目的)及び第2章(いじめ重大事態に対する平時からの備え)が新設されています。
「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」
概要 | 令和6年8月改訂版 | 改訂前 | ||
---|---|---|---|---|
はじめに | はじめに | |||
重大事態の発生前の事柄 | 第1章 | 重大事態調査の概要及び調査の目的 | ― | |
第2章 | いじめ重大事態に対する平時からの備え | ― | ||
第3章 | 学校の設置者及び学校の基本的姿勢 | 第1 | 学校の設置者及び学校の基本的姿勢 | |
第4章 | 重大事態を把握する端緒 | 第2 | 重大事態を把握する端緒 | |
重大事態調査の実施に係る事項 | 第5章 | 重大事態発生時の対応 | 第3 | 重大事態の発生報告 |
第6章 | 調査組織の設置 | 第4 | 調査組織の設置 | |
第7章 | 対象児童生徒・保護者等に対する調査実施前の事前説明 | 第5 | 被害児童生徒・保護者等に対する調査方針の説明等 | |
第8章 | 重大事態調査の進め方 | 第6 | 調査の実施 | |
重大事態調査後の事柄 | 第9章 | 調査結果の説明・公表 | 第7 | 調査結果の説明・公表 |
第10章 | 重大事態調査の対応における個人情報保護 | 第8 | 個人情報の保護 | |
第11章 | 調査結果を踏まえた対応 | 第9 | 調査結果を踏まえた対応 | |
第12章 | 地方公共団体の長等による再調査 | 第10 | 地方公共団体の長等による再調査 | |
チェックリスト | ― |
まず、本ガイドライン・第1章(重大事態調査の概要及び調査の目的)では、いじめ重大事態調査の目的の十分な理解を促す観点から、新たに、第1節(重大事態調査の概要)において、いじめ重大事態調査の概要を説明するとともに、第2節(重大事態調査を実施する目的)において、調査の目的について、対象児童生徒の尊厳を保持するため、事実関係を可能な限り明らかにし、重大事態に対処し同種事態の再発防止策を講ずるものであることが明記されています。また、第1節・4頁には、関連する法令の規定とあわせて、一般的な重大事態調査の流れが図示されており、全体像を理解する上で参考になるものといえます。なお、第2節においては、「不登校の原因はいじめの被害も含めて複合的である場合も考えられる」という、不登校重大事態の実情により迫った言及が行われていることも注目されます。
次に、本ガイドライン・第2章(いじめ重大事態に対する平時からの備え)は、新たに、第1節(学校における平時からの備え)において、いじめ防止対策推進法23条2項に基づいて全ての学校に設置される「学校いじめ対策組織」に関し、平時から実効的な役割を果たすことの必要性や望まれる取組み等について言及しています。ここでは、①全ての教職員が学校いじめ防止基本方針を理解することに加えて、児童生徒や保護者等に対し説明することの必要性についても言及されていること、また、②従前の調査の課題等を踏まえたものと推察されますが、重大事態調査を行う際の記録化に当たって、通常は調査業務に当たることの少ない教職員に向けて、5W1Hを明記した記録化の重要性に言及されていること等が注目されます。加えて、第2節(学校の設置者における平時からの備え)では、必要な外部組織との連携体制の構築や、重大事態発生時の判断事項について記載されています。
さらに、本ガイドライン・第3章(学校の設置者及び学校の基本的姿勢)では、新たに、①第1節(調査を行うに当たっての基本的姿勢)において、重大事態調査を行うに当たって、詳細な事実関係の確認と実効性のある再発防止策の検討が重要であることが明記されるとともに、②《第3章のポイント》及び第2節(重大事態調査中における学校の対応)において、警察への相談・通報及び警察と連携した対応について具体的に記載されるに至っており、注目されます※6。なお、第3節(対象児童生徒・保護者への接し方)及び第4節(対象児童生徒・保護者が重大事態調査を望まない場合の対応)については、記載内容の実質的な変更はありませんが、対象児童生徒・保護者と調査の関係性を適切に理解する上で、引き続き重要な記載といえます。
本ガイドラインのうち今回取り上げた部分(第1章~第3章)は、いじめの重大事態の調査の目的及び概要、並びに対象児童生徒・保護者と調査の関係性といった、いじめの重大事態の調査の基本的な考え方を整理した上で、その内容について具体的かつ分かりやすく記載しており、実際の調査のみならず平時においても、重要な指針になるものと考えられます。
本ガイドラインのうち、重大事態調査の実施に係る事項(第4章~第8章)及び重大事態調査後の事柄(第9章~第12章)について言及した部分等については、次回以降、引き続き解説する予定です。
※1
https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/index.htm(最終アクセス:2024年10月8日。以下同じ。)
※3
本年9月13日に報告書が公表された旭川市いじめ問題再調査委員会による再調査も、法28条1項に基づくいじめの重大事態調査の後、同法30条2項に基づき実施されたものです。
※4
https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCM1040&id=185001379&Mode=1
なお、本意見募集に対し、合計886件の意見が提出されています。
※5
https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1368460.htm
なお、本ガイドラインにより、不登校重大事態に係る調査の指針は廃止され、本ガイドラインに一本化されることとなりました。
※6
この点に関しては、本ガイドラインにおいても言及されている令和5年2月7日付け「いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携等の徹底について(通知)」の内容を十分に理解しておく必要があります(https://www.mext.go.jp/content/20230207-mxt_jidou02-00001302904-001.pdf)。
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