学校現場で発生するいじめの問題は、子どもの人権を侵害する重大な社会問題です。今後も、子どもの人権擁護の観点から、重要なトピックを取り上げていきます。
今回は、令和6年8月改訂後の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142_00006.htm)のうち、重大事態を把握する端緒及び重大事態調査の実施に係る事項(本ガイドライン第4章~第8章)について解説いたします。なお、本ガイドラインでは、行うことが求められる事項については「~するものとする」「~が必要である」との表記が、取り組むことが望ましいとされる事項は「~が望ましい」との表記が、複数の選択肢のうち考えられる方策を例示する事項は「~することが考えられる」との表記がそれぞれ採用されており(本ガイドライン1~2頁「はじめに」)、本ガイドラインを読むに当たっては、これらの表記の違いを意識することが重要です。
まず、本ガイドライン第4章~第8章の全体像は、次のとおりです。
「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」
概要 | 章 | 節 | ||
---|---|---|---|---|
重大事態調査開始前の事柄 | 第4章 | 重大事態を把握する端緒 | 第1節 | 重大事態の定義 |
第2節 | 児童生徒・保護者から申立てを受けた場合の対応 | |||
重大事態調査の実施に係る事項 | 第5章 | 重大事態発生時の対応 | 第1節 | 重大事態の発生報告 |
第2節 | 重大事態発生時の初動対応 | |||
第6章 | 調査組織の設置 | 第1節 | 調査主体の決定 | |
第2節 | 調査組織の構成の検討 | |||
第7章 | 対象児童生徒・保護者等に対する調査実施前の事前説明 | 第1節 | 事前説明等を行うに当たっての準備 | |
第2節 | 対象児童生徒・保護者に対する事前説明 | |||
第3節 | 関係児童生徒・保護者に対する説明等 | |||
第8章 | 重大事態調査の進め方 | 第1節 | 調査の進め方についての事前検討 | |
第2節 | 調査の実施 | |||
第3節 | 調査報告書の作成 |
本ガイドライン・第4章(重大事態を把握する端緒)では、まず、いじめ防止対策推進法(以下「法」といいます。)第28条第1項に定める「重大事態」の定義が、「いじめにより当該学校に在籍する児童等の生命、心身又は財産に重大な被害が生じた疑いがあると認めるとき」(同項第1号)、「いじめにより当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあると認めるとき」(同項第2号)であることを確認しています。法の文言のとおり、重大事態の調査は、事実関係が確定した段階ではなく、同項に該当するという「疑いがある(と認めるとき)」という段階で開始・実施する必要があることは、正しく理解されるべき点といえます。
その上で、本ガイドライン・第4章では、新たに、第2節(児童生徒・保護者から申立てを受けた場合の対応)において、次のとおり、いじめの重大事態の申立てがあった場合における原則的な対応(疑いが生じた段階、すなわち重大事態の申立てがあったときから対応を開始し、調査・報告等に当たること)、及び、例外的な場合において求められる具体的な対応内容について明記されたことが、注目されます。
また、今回の改訂によって、対象児童生徒の保護者からの申立てがあった場合には、保護者と適切に情報共有を図り、「いじめ重大事態に係る申立様式」(本ガイドライン別添資料2)等を活用して意思疎通を図り、迅速な対応につなげることが提案されています。さらに、児童生徒の退学・転学後に重大事態の申立てが行われる場合には、前在籍校において詳細な事実関係の調査を行うことになる一方で、児童生徒への聴き取り等には現在籍校の協力も不可欠となるため、それぞれの学校の設置者による連携が必要である旨が明記されています。
本ガイドライン・第5章(重大事態発生時の対応)は、重大事態が発生した場合の地方公共団体の長等への報告(報告先、報告事由及び求められる連携)並びに重大事態発生時の初動対応(概要、資料の収集・保存及び報道等への対応)について記載しています。
重大事態発生時には、まず対象児童生徒・保護者との情報共有を行うことが特に重要であり、学校の設置者又は学校において窓口となる担当者を決め、連絡が途切れないようにすることが求められるとされています。
今回の改訂によって、公立学校の場合には、必要に応じて市町村教育委員会から都道府県教育委員会に対して相談を行い、支援を依頼することが望ましく、私立学校の場合であっても支援体制を十分に整備できないときは、都道府県私立学校所管課が適切な支援を行うべきである旨が追記されました。また、調査中の関係資料(アンケートの質問票や聴き取りの記録等)の保存期間について、アンケートの質問票の原本等の一次資料の保存期間は最低でも対象児童生徒が卒業するまで、アンケートや聴き取りの結果を記録した文書等の二次資料については指導要録の保存期間を踏まえて5年、そして重大事態調査報告書についても5年とすることが望ましいと記載されるに至っています。
本ガイドライン・第6章(調査組織の設置)では、調査主体の決定(調査組織の種類)及び調査組織の構成の検討方法について記載されています。
まず、調査組織の種類として、(i) 調査主体が学校の設置者である場合には、①第三者・教育委員会等方式、又は②第三者委員会方式(公立学校の場合には、教育委員会で設置される附属機関(法第14条第3項))、(ii) 調査主体が学校の場合には、①学校いじめ対策組織方式、又は、②第三者委員会方式が考えられるとされています。このうち、学校いじめ対策組織((ii)の①)をはじめ第三者委員会方式を採用しない場合であっても、公平性・中立性の確保の観点から、第三者性が確保された調査組織となるよう努めるものとされています。
次に、調査組織の構成としては、対象児童生徒や保護者が望んでいないなどの特段の事情がない限り、第三者を加えた調査組織となることが望ましく、また、事案の特性等を踏まえ、法律、医療、心理、福祉等の専門的見地から充実した調査を行うことができるよう専門家を加えることも考えられる(第三者と専門家は同じ者であっても構わない)とされています。
また、今回の改訂によって、「専門的見地からの詳細な事実関係の確認や調査組織の公平性・中立性を確保する必要性が高く、調査組織の構成について特に熟慮する必要性が高い重大事態」として、次の3つの事案が具体的に列挙されるに至っており、注目されます。
さらに、今回の改訂によって、専門家及び第三者の考え方についても、新たに整理がなされました。
ここで「第三者」とは、「当該いじめの事案の関係者と直接の人間関係又は特別の利害関係を有しない者」(いじめの防止等のための基本的な方針(平成25年10月11日文部科学大臣決定))を指しますが、今回の改訂により、「専門家」の具体例についても新たに列挙されました。また、「専門家」とは、法律、医療、心理、福祉等の専門的知識及び経験を有するものであり、弁護士や医師、学識経験者、心理・福祉の専門家(スクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカー等)等が想定されています。そして、「専門家」でもあり「第三者」でもある者を調査組織に加えるに当たっては、職能団体や大学、学会に対して公平・中立的な専門家の推薦を依頼することが考えられ、その際に対象児童生徒・保護者から専門家の専門性等について要望があれば併せて伝えることも考えられるとされています。また、域内の他の学校を担当したり当該地域で活動したりしている専門家についても、直接の人間関係や特別の利害関係がなければ、第三者性は確保されると考えられる旨が指摘されています。
なお、不登校重大事態については、引き続き、原則として学校主体で調査を行うことが明記されています。
本ガイドライン・第7章(対象児童生徒・保護者等に対する調査実施前の事前説明)では、調査開始前の事前説明の準備と当該事前説明の内容について記載されています。
まず、第2節(対象児童生徒・保護者に対する事前説明)では、説明事項をリスト化して示すなど、説明内容を「見える化」することが望ましいとされています。この事前説明は、大きく2段階に分けて行うことが考えられるとされており、それぞれ、次に挙げる各事項が説明されるべきものとして列挙されています。
次に、第3節(関係児童生徒・保護者に対する説明等)についても、今回の改訂によって、記載の充実が図られています。関係児童生徒・保護者に対する事前説明も必要であるとして、基本的には、上記②の事項(調査組織の構成や調査委員等調査を行う体制が整った段階で説明する事項)について、調査に関する意見があれば聴き取り、必要に応じて調整することも考えられると指摘されています。また、関係児童生徒・保護者がいじめ行為の事実関係を否定している場合には、本調査が民事・刑事・行政上の責任追及やその他の訴訟の対応を直接の目的とするものではなく、事実関係の明確化及び再発防止を目的とするものであることを丁寧に説明し、調査への協力が得られるよう取り組むことが重要であると明示されています(なお、本ガイドラインに記載されているわけではありませんが、実務上は、調査結果がその後の訴訟等において利用される可能性等、調査の趣旨・目的等について、相互に誤解が生じないよう適切に説明した上で、状況に応じて、説明内容を理解した旨の書面を取得しておくこと等も検討に値するものと考えられます。)。関係児童生徒・保護者がいじめに当たらないと考えている場合については、いじめの定義(法第2条第1項)や法の趣旨(重大事態調査は疑いのある段階から調査を行い、早期に対処していくという趣旨)等について説明することが提案されています。
本ガイドライン・第8章(重大事態調査の進め方)では、調査の進め方についての事前検討、調査全体の流れ、及び調査報告書の作成例について記載されています※1。今回の改訂によって新たに加えられた調査全体の流れの例は、次のとおりです。実際の重大事態の調査に当たっては、この流れを一つの軸としつつ、各事案に応じて必要な調査を展開していくことになると考えられます。
重大事態調査における留意事項、聴き取り・アンケート調査等における事前説明、聴き取り調査の方法及び留意事項、児童生徒を対象としたアンケート調査等を行う場合の留意事項(うわさや憶測、悪意ある記述等が含まれる危険性に鑑み、本来は無記名ではなく記名方式とすることが望ましい等)、調査中の対象児童生徒・保護者への経過報告についても、詳細な記載がされており、実務上参考になると考えられます。
次に、上記流れのうち⑥で言及されている調査報告書の作成については、
の例がそれぞれ記載されており、言及すべき標準的事項を網羅した調査の実施ないし調査報告書の作成という観点からは、実務上も非常に参考になると考えられます。
また、事実関係の確認・整理に当たって、個人的な背景(例:発達的な特徴、人格特性や精神疾患)及び家庭での状況(家庭環境、直近の家庭での出来事)等も併せて調査することが望ましいと指摘されるに至った点については、調査組織による調査には自ずと限界があると考えられるものの、注目されます。加えて、過去の重大事態調査における課題を踏まえ、「いじめ」があったか否かを認定する際の「いじめ」の定義については、法第2条第1項に基づき行うことが明記されるに至っています。
本ガイドラインのうち今回取り上げた部分(第4章~第8章)は、重大事態調査の実施に係る事項について具体例を交えて整理したものであり、実際に重大事態調査をする上の指針として参照すべき重要なものであるといえます。本ガイドラインの改訂は、円滑かつ適切な調査の実施及びいじめ対象児童生徒や保護者等に寄り添った対応を促すことを目的とするものであるところ、新たに記載された①児童生徒・保護者からの申立てがあった際の学校の対応(第4章)、②第三者が調査すべきケースの具体化及び第三者といえる者の例示(第6章)、③加害児童生徒を含む児童生徒等への事前説明の手順、説明事項(第7章)、④重大事態調査の調査項目(第8章)等については、重大事態調査の実施前に特に確認しておくべき内容であると考えられます。
本ガイドラインのうち、重大事態調査後の事柄(第9章~第12章)について言及した部分等については(下)にて解説いたします。
※1
なお、対象児童生徒が亡くなっており、自殺又は自殺が疑われる重大事態については、本ガイドラインに加えて、「子供の自殺が起きたときの背景調査の指針(改訂版)(平成26年7月改訂)」(https://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/chousa/shotou/063_5/gaiyou/1351858.htm)を参照することが必要であるとされています。
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