学校現場で発生するいじめの問題は、子どもの人権を侵害する重大な社会問題です。今後も、子どもの人権擁護の観点から、重要なトピックを取り上げていきます。
今回は、令和6年8月改訂後の「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142_00006.htm)のうち、重大事態調査後の事柄についての概要及び改定のポイント(本ガイドライン第9章~第12章)について解説いたします。なお、本ガイドラインでは、行うことが求められる事項については「~するものとする」「~が必要である」との表記が、取り組むことが望ましいとされる事項は「~が望ましい」との表記が、複数の選択肢のうち考えられる方策を例示する事項は「~することが考えられる」との表記がそれぞれ採用されており(本ガイドライン1~2頁「はじめに」)、本ガイドラインを読むに当たっては、これらの表記の違いを意識することが重要です。
まず、本ガイドライン第9章~第12章の全体像は、次のとおりです。
「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン」
概要 | 章 | 節 | ||
---|---|---|---|---|
重大事態調査後の事柄 | 第9章 | 調査結果の説明・公表 | 第1節 | 対象児童生徒・保護者への調査結果の説明 |
第2節 | いじめを行った児童生徒・保護者への調査結果の説明 | |||
第3節 | 地方公共団体の長等への報告及び公表 | |||
第10章 | 重大事態調査の対応における個人情報保護 | 第1節 | 個人情報保護法に基づく基本的な対応 | |
第2節 | 調査報告書の提示・提供について | |||
第3節 | 調査報告書の公表に係る個人情報保護法との関係 | |||
第11章 | 調査結果を踏まえた対応 | 第1節 | 対象児童生徒への支援やいじめを行った児童生徒への指導及び支援 | |
第2節 | 調査報告書で提言された再発防止策の実施 | |||
第3節 | 調査後に学校の設置者において検討を要する事項 | |||
第12章 | 地方公共団体の長等による再調査 | 第1節 | 再調査の概要 | |
第2節 | 再調査の進め方 | |||
第3節 | 再調査結果の説明、報告及び再調査結果を踏まえた対応 |
まず、本ガイドライン・第9章(調査結果の説明・公表)では、第1節(対象児童生徒・保護者への調査結果の説明)において、対象児童生徒・保護者への調査結果の説明内容及び説明方法、対象児童生徒・保護者による地方公共団体の長等への調査結果に対する所見書の提出、並びに追加調査について記載されています。
対象児童生徒・保護者への調査結果の説明については、説明方法(調査報告書本体又はその概要版資料を提示又は提供し、口頭で説明する方法)並びに説明内容(調査を通じて確認された事実関係(いじめ行為がいつ、誰から行われ、どのような態様であったか、学校がどのように対応したか)、学校及び学校の設置者の対応の検証、並びに当該事案への対処及び再発防止策)が明記されるに至りました。加えて、当該説明に当たっていじめを行ったとされる児童生徒のプライバシーや人権への配慮が必要である旨が新たに記載されましたが、「いじめを行った児童生徒のプライバシーや人権への配慮」の方法等についての具体的な言及はなく、事案に応じて現場の判断が求められることとなります。
また、第2節(いじめを行った児童生徒・保護者への調査結果の説明)では、対象児童生徒・保護者から自身に関する記載部分について事前に要望があれば、その意向を踏まえて、該当箇所を伏せるなどの処理を行った上で、調査報告書の提示又は提供、説明を行うことが必要であると記載されるに至り、対象児童生徒・保護者への保護・配慮がより意識されていることが注目されます。
第3節(地方公共団体の長等への報告及び公表)では、地方公共団体の長等への調査結果の報告及び調査報告書の公表について記載されているところ、新たに、報道機関等の外部に公表しない場合であっても、再発防止に向けて、調査報告書の内容について、他の関係児童生徒・保護者等に対しても説明を行うことが考えられる旨が記載されています。
次に、本ガイドライン・第10章(重大事態調査の対応における個人情報保護)では、令和5年4月の改正個人情報保護法の施行により、これまで別々の法令に基づいて各学校の設置者が取り扱っていた個人情報に関する規律が個人情報保護法に一元化されたことを踏まえ、個人情報保護(特に調査報告書の取扱い)について詳細に記載されています。
このうち、第1節(個人情報保護法に基づく基本的な対応)では、地方公共団体等と国立大学法人及び学校法人等につき、個人情報保護法上適用される規定が異なる※1点に留意するよう記載された上で、具体的な対応の詳細については個人情報保護委員会のガイドライン※2を参考にする旨が記載されています。
また、第2節(調査報告書の提示・提供について)では、調査報告書の内容の対象児童生徒・保護者への提供・説明に当たっての個人情報保護法に基づく具体的な対応について記載されています。前述のとおり、地方公共団体等と国立大学法人及び学校法人等とで詳細は異なりますが※3、いずれについても、調査の対象となる関係児童生徒・保護者や学校関係者に対し、調査を始める前の事前説明において、調査結果の調査報告書への記載や対象児童生徒・保護者への説明について同意を得ておくことが必要であるとされています。
加えて、第3節(調査報告書の公表に係る個人情報保護法との関係)では、調査報告書の公表に当たっては児童生徒の個人情報保護やプライバシーの観点から公表部分を適切に整理するとした上で、学校の設置者において、調査報告書の公表のあり方や公表方法について事前に方針等を定めておくことが望ましい旨が記載されており、学校側における事前対応の重要性が指摘されています。
本ガイドライン・第11章(調査結果を踏まえた対応)では、第1節(対象児童生徒への支援やいじめを行った児童生徒への指導及び支援)において、いじめを行った児童生徒に対する当該児童の背景事情等を踏まえた指導及び支援の方法について具体的に記載されるに至っており、いじめの抜本的解決を念頭に置いた内容となっていることが窺われます。第2節(調査報告書で提言された再発防止策の実施)では、調査報告書で提言された再発防止策が確実かつ継続的に実施されるよう、学校の設置者の責任の下、第三者の視点も入れながら、取組の進捗管理や検証を行うことが求められる旨が記載されており、いじめ重大事態への対応が調査で終わることのないよう、PDCAサイクル※4を意識した再発防止策の現実の実施の重要性が強調されています。第3節(調査後に学校の設置者において検討を要する事項)については、記載内容の実質的な変更はありませんが、教育委員会において、教職員への懲戒処分を行う場合に備え、懲戒処分基準において予め処分に該当する事由を明示しておくことが推奨されるに至っています。
いじめ防止対策推進法は、学校の設置者等からいじめ重大事態の調査結果の報告を受けた地方公共団体の長等において、同事態への対処又は同種の事態の発生の防止のために必要があると認めたときは、当該調査の結果について調査を行うことできる旨を規定しており(同法29条2項、30条2項、31条2項、32条2項)、制度上、再調査制度が設けられています。
本ガイドライン・第12章(地方公共団体の長等による再調査)では、第1節(再調査の概要)において、再調査を行う必要があると考えられる場合の3つの具体例が記載されています。ここでは、調査組織の構成に公平性・中立性が確保されていないと判断される場合について、新たに、「事前に対象児童生徒・保護者に説明していないなどにより対象児童生徒・保護者が調査組織の構成に納得していない場合」という条件が加えられた点が注目されます。
また、第2節(再調査の進め方)においては、児童生徒の心理的負担に配慮し、再調査における新たな聴き取りやアンケート調査は必要最小限の確認になるよう記載されました。
最後に、第3節(再調査結果の説明、報告及び再調査結果を踏まえた対応)については、記載内容の実質的な変更はありませんが、各学校の設置者が文部科学省に対して再調査報告書の提供を行う旨が明記されています。
本ガイドラインでは、いじめ重大事態に対する平時からの備えや重大事態調査の実施等に当たり基本的な項目についてチェックリスト形式にまとめた「いじめの重大事態の調査に関するガイドライン チェックリスト」(https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/seitoshidou/1400142_00006.htm)が新たに作成されました。各学校等においては、チェックリストを活用し、今回のガイドラインの改訂内容を踏まえた平時からの備え及びいじめ重大事態調査の実施を行うことが求められています。
これまで(上)(中)(下)の3回にわたって、本ガイドラインの概要及び改訂のポイントについて網羅的に説明を行ってきました。
本ガイドラインは、「はじめに」に記載された本ガイドラインの作成・改訂経緯からも明らかなとおり、既発生の重大事態への対応や再発防止について、対象児童生徒だけでなくいじめを行ったとされる児童生徒を含む全ての関係者の利益を不当に害しないように策定されたものであり、学校の設置者等においては十分理解しておく必要のあるものといえます。また、学校の設置者等でない方々であっても、子どもの人権擁護の観点から一読しておく価値があるものと考えます。
学校現場で発生するいじめの問題は、子どもの人権を侵害する重大な社会問題です。今後も、子どもの人権擁護の観点から、重要なトピックを取り上げていきます。
※1
地方公共団体等は、個人情報保護法の第5章が適用される「行政機関等」(同法第2条第11項)に位置付けられており、また、国立大学法人及び学校法人等は、同法第4章が適用される「個人情報取扱事業者」(同法第16条第2項)に位置付けられています。
※2
個人情報保護委員会ホームページ、法令・ガイドライン等については、https://www.ppc.go.jp/personalinfo/legal/参照。
※3
①地方公共団体等の場合は、調査の対象となる関係児童生徒・保護者や学校関係者に対して、調査を始める前の事前説明において、調査結果の調査報告書への記載や対象児童生徒・保護者への説明について同意を得ておくことが必要である旨が、また、②国立大学法人及び学校法人等の場合は、まず個人情報の利用目的をできる限り特定する必要があり、原則として、関係児童生徒・保護者や学校関係者の同意なしに、その利用目的の達成に必要な範囲を超えて、個人情報を取り扱ってはならず、さらに、調査の対象となる関係児童生徒・保護者や学校関係者に対しては、調査を始める前の事前説明等の場において、利用目的を通知又は公表し、かつ、当該関係児童生徒・保護者や学校関係者の個人情報が個人データに該当する場合には、対象児童生徒・保護者への調査結果の提供、説明についての同意を得ておくことが必要である旨が、それぞれ記載されています。
※4
「Plan(計画)」「Do(実行)」「Check(評価)」「Action(改善)」の頭文字をとって名付けられた業務改善に関するフレームワークを意味します。
本記事は、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。