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近年、米中摩擦やロシア・ウクライナ戦争を始めとする国際間の緊張関係の高まりを受けて、経済制裁対象国・企業との取引の継続可否が問題となることが多い。とりわけ中国との関係では、近年一定数の中国企業がいわゆるエンティティリストに掲載されるなど米国の経済制裁の対象とされており、また今年6月には米国のいわゆる新疆ウイグル自治区からの輸入禁止法も施行されるため、日本企業としては米国の経済制裁に従って、一定の中国関連取引を中止すべきかどうか、検討を迫られる局面が考えられる。他方で、中国も米国の経済制裁及びその追従に対する対抗措置として、反外国制裁関連法令を次々と成立させており、米国・中国との取引がどちらも多い日本企業は、いわば狭間に立たされることとなる。反外国制裁関連法令の外延は製品・技術の輸出入規制及び情報の国外移転規制等を含めると広範に亘るが、本稿では、日本企業が米国の対中経済制裁に従って、中国企業との取引を取りやめた場合に、どういった対抗措置を中国で受けるリスクがあるかという問題を念頭に、留意点を取りまとめる。
中国において、外国(主に米国が想定される)の経済制裁に対する対抗及び追従阻止を狙いとする法令は、主に①反外国制裁法(2021年6月10日公布・施行)、②信頼できないエンティティリスト※1(2020年9月19日商務部公布・施行)(以下「中国版エンティティリスト」という。)及び③外国の法律および措置の不当な域外適用を阻止する規則※2(2021年1月9日商務部公布・施行)(以下「中国版ブロッキング規則」という。)の3つである。
3つの法令は適用の優先関係はなく、重複して適用されうる。米国の経済制裁に従って、中国企業との取引を中止した日本企業を想定した場合、各法令(本文末の条文訳を参照されたい)が適用されるリスクとしては、それぞれ以下が考えられる。
上記のうち、③中国版ブロッキング規則との関係では、当局(商務部)が発令する「禁止命令」で追従が禁じられる「外国法令及び措置」が特定される必要があるが、本稿を執筆した2022年5月末日において、同規則に基づく禁止命令は未だに発令されていない。
また、②中国版エンティティリストとの関係では、リストに掲載されることが反制裁措置を受ける要件となるが、本稿執筆時点において、エンティティリストに掲載される企業は未だ公布されていない。
他方、①反外国制裁法については、中国当局はこれまで、香港及び新疆ウイグル自治区関連制裁に関与したとして、米国の個人15名及び団体1名に対して、また台湾への武器輸出に関与したとして、米国企業2社に対して対抗措置を行うと公表した実例がある。しかし、本稿執筆時点において、米国の経済制裁に従って中国企業との取引を取りやめた企業に対して、対抗措置を公表した実例は存在しない。
上記から、現時点において、日本企業が受動的に米国の経済制裁に従って、中国企業との取引を取りやめても、直ちに中国当局から対抗措置を受ける蓋然性は、少なくとも今のところ高くないと思われる。もっとも、そのことでリスクがないと断定するのも早計であろう。中国当局は外国との貿易を重視する観点から、上記のようにこれまでのところ対抗措置を抑制的に運用していると思われる一方、取引を中止された中国企業から、米国の経済制裁に従って取引を中止した日本企業に対し、中国版ブロッキング規則第4条に基づき当局に通報を受けるリスクや、反外国制裁法第12条第2項に基づき、中国の裁判所に提訴を受けるリスクが考えられるためである。
この点、公表されている裁判例をデータベースで確認した限り、反外国制裁法関連法令が制定されてから2年弱ということもあり、適用が肯定された事例はまだ見当たらない。しかし、2021年末に広州中級人民法院が下した以下の判決は注目に値する。
裁判例 |
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事案 |
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判決 |
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上記事案では、買主が行った取引契約の解除の有効性が問題となり、売主からは、イラン等の制裁対象国から対象商品を調達しないことの表明保証が中国の反外国制裁法等に違反するとの主張がなされたところ、裁判所は同表明保証が中国の反外国制裁法等の適用範囲に当たらないと判断したうえで、売主の主張を排斥した。合理的な判断と思われるが、中国の反外国制裁法等の「適用範囲に当たらない」という判断は、本件における制裁対象国に、中国が含まれていなかったという事実が重要であったと思われる。
仮に同種の紛争が起き、問題となる表明保証の内容が中国の特定地区から特定の商品を調達しないというものであった場合には、中国の裁判所は反外国制裁関連法令が適用されるとして、取引当事者の一方による解除を認めない判断をする可能性があると思われる。日本企業としては、そういった紛争を裁判所に持ち込まれることがないようにするよう、取引先選定を始めとする事前予防に関し、慎重な取扱いが求められるであろう。この点、取引中止や解除を受ける企業の立場にたって考えると、解除を行った企業に対して反外国制裁関連法令違反を主張して中国国内の裁判所に出訴した場合、その件での勝訴判決を得られたとしても、今後の解除企業、引いては解除企業所在国企業との取引が難しくなるリスクがあるが、逆に言えば、そういったリスクを考慮しないような企業であれば、出訴を躊躇われない可能性がある。上記裁判例では、買主にとってはメタノールの調達自体本件が初めてであり、売主との関係も、取引直前に売主から買主にコンタクトが行われ、本件が初めての取引であったことが事実認定されており、紛争防止の観点からは示唆的と思われる。
■参考法令
法令 | 対抗内容 |
---|---|
反外国制裁法 |
● 第4条(差別的措置に対する対応措置) 国務院の関係部門は、本法第3条に規定する差別的制限措置の制定、決定または実施に直接または間接的に関与した個人および団体を対抗措置リストに掲載することを決定できる。 ● 第12条(差別的制限措置の実施又は援助の禁止) 第1項 いずれの組織又は個人も、外国が中国の国民又は組織に対して行う差別的制限措置を実施し、又はその実施を援助してはならない。 第2項 いずれかの組織又は個人が前項の規定に違反し、中国の国民および組織の合法的権益を侵害した場合、中国の国民および組織は、人民法院に訴訟を提起し、侵害の停止と損害賠償を請求することができる。 |
中国版エンティティリスト |
● 第2条(エンティティリストに掲載される企業の要件) 正常な市場取引の原則に違反し、中国企業、他の組織または個人との正常な取引を中断し、または中国企業、他の組織または個人に対して差別的な措置をとり、中国企業、他の組織または個人の合法的な権利と利益を著しく損なわせている。 ● 第10条(エンティティリストに掲載された場合の効果) 担当機関は、エンティティリストに掲載される外国法人について、実情に照らして、次に掲げる措置のいずれか又は複数をとることを決定し、公表することができる。 (1) 中国関連の輸出入活動に従事することを制限または禁止すること。 (2) 中国の領域におけるその投資を制限または禁止すること。 (3) その関係者、輸送手段等の立入りを制限または禁止すること。 (4) その関係者の中国での労働許可、滞在、在留資格を制限または取り消すこと。 (5) 事情の重大性に応じた適切な額の罰金刑 (6) その他必要な措置 |
中国版ブロッキング規則 |
● 第5条(域外適用を受けた者の報告義務) 中国国民、法人またはその他の組織が、外国の法令および措置により、第三国(地域)およびその国民、法人またはその他の組織との通常の経済、貿易および関連活動を禁止または制限する状況に遭遇した場合、30日以内に、国務院の管轄商務部門に状況を報告しなければならない。報告者が守秘義務を要求した場合、国務院所管の商務部門およびその職員は、本人のために守秘義務を負うものとする。 ● 第7条 (禁止命令の発令) 第1項 担当機関は、審査の結果、当該外国の法令及び措置が域外において不当に適用されていることを確認したときは、国務院所管の商務部門が当該外国の法令及び措置の承認、執行及び遵守の禁止命令(以下「禁止命令」という。)を発令するよう決定することができる。 第2項 担当機関は、実際の状況に応じて、禁止事項を一時停止または取消を決定することができます。 ● 第9条(損害賠償請求の提起) 第1項 当事者が禁止命令に定められた外国の法律及び措置を追従し、中国国民、法人又はその他の組織の合法的権益を侵害した場合、中国国民、法人又はその他の組織は、人民法院に訴訟を提起し、法律に従ってその当事者に損害賠償を求めることができるが、本弁法の第8条の規定により免除される場合を除く。 第2項 禁止命令に定められた外国の法律に基づいて行われた判決または裁定が、中国国民、法人またはその他の組織に損害を与えた場合、中国国民、法人またはその他の組織は、法律に基づいて人民法院に訴訟を提起し、判決または裁定によって利益を得た当事者に損害賠償を求めることができる。 第3項 本条第1項および第2項に規定する当事者が、施行されている人民法院の判決または裁定を履行することを拒否する場合、中国国民、法人またはその他の組織は、人民法院に対して、法律に従って強制執行を申請することができる。 |
※1
中国法令名:不可靠实体清单规定
※2
中国法令名:阻断外国法律与措施不当域外适用办法
※3
(2021) 粤01民初1365号
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