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中国における個人情報越境移転のための標準契約等の公表

NO&T Data Protection Legal Update 個人情報保護・データプライバシーニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 2022年6月30日、中国国家インターネット情報弁公室は、個人情報越境移転契約規定(意見募集稿)(以下「本規定案」)を公表した(意見募集期間は2022年7月29日まで)※1。昨年11月に施行された中国個人情報保護法では、個人情報の越境移転時の適法化根拠として一定の場合に標準契約に依拠できることが定められており、その具体的内容の公表が待たれていたものである。標準契約は、実務上活用されることが期待されており、企業への影響が大きいと思われることから、紹介する。

 以下、特に明記しない限り、本レターにおいて条文番号は本規定案の条文番号を指す。

第1 個人情報保護法における越境移転規制の概要

1. 中国個人情報保護法における個人情報越境移転時の規律

 2021年11月1日に施行された中国個人情報保護法(以下「個情法」)※2では、個人情報を中国域外に移転するには、以下の適法化根拠のうち、いずれかを充足する必要がある(個情法38条1項)※3。本規定案は、(3)の標準契約の締結に関するものである。

(1) 国家ネットワーク情報部門による安全評価に合格した場合

(2) 国家ネットワーク情報部門の規定に基づく専門機関による個人情報保護の認証を取得している場合

(3) 国家ネットワーク情報部門の定める標準契約に従って、域外の受領先と契約を締結し、双方の権利及び義務を合意した場合

(4) 法律、行政法規又は国家ネットワーク情報部門の規定するその他の条件を満たす場合

 上記の例外として、(i)重要情報インフラ※4運営者又は(ii)取り扱う個人情報が、国家ネットワーク情報部門が別途定める数量に達した個人情報の取扱者に該当する場合には、必ず上記(1)の国家ネットワーク情報部門による安全評価を経なければならないとされていることから、この場合には、標準契約に依拠することはできない(個情法40条)※5

 欧州一般データ保護規則(General Data Protection Regulation、以下「GDPR」)の下でも、標準契約条項(Standard Contract Clauses、以下「SCC」)が実務上個人データ越境移転の場面で利用されている。また、個情法で認められている他の適法化根拠(すなわち、上記(1)の政府機関による安全性評価や上記(2)の専門機関による認証)が結果の見通しや必要な時間・コスト等の面で不透明であることもあいまって、標準契約は産業界にとって現実的な越境移転の方法として期待されており、その具体的内容の公表が待たれていた。

第2 本規定案の主な内容

 本規定案の主な内容は以下のとおりである。

1. 適用範囲

 標準契約に依拠して個人情報を域外移転できる者は、以下の条件を満たす個人情報取扱者に限定されている(4条)※6

(1) 重要情報インフラ運営者に該当しない場合

(2) 処理する個人情報が100万人未満である場合

(3) 前年1月1日から起算して、域外への個人情報の提供が累計10万人未満である場合

(4) 前年1月1日から起算して、域外への個人センシティブ情報※7の提供が累計1万人未満である場合

 その結果、たとえば、中国域内に100万人以上のユーザーを持つeコマース事業者や、中国域内に1万人以上の従業員を抱え、グローバルに人事データ(健康情報や口座情報が含まれる結果、個人センシティブ情報に該当する場合が多いと思われる)を管理している企業にとっては、標準契約を越境移転の適法化根拠として利用することが難しいと予想されるなど、標準契約に依拠できない範囲に留意が必要である。

 また、本規定案の付属文書である標準契約は、「個人情報取扱者」(GDPRにおけるcontroller、管理者に相当する)が個人情報を域外に移転する場合を想定しているように読めることから、受託者(GDPRにおけるprocessor、処理者に相当する)が域外に移転する際、この標準契約を利用できるかどうかは明らかではない。

2. 個人情報保護影響評価

 個情法では、個人情報取扱者は、個人情報を域外に提供する場合を含む一定の場合に、個人情報保護影響評価を実施することとされている(個情法55条、56条)。本規定案では、このうち越境移転にあたり事前に実施することが求められる個人情報保護影響評価の重点評価項目として次の内容が示されている(本規定案5条)。

(1) 個人情報取扱者及び域外の受領者の個人情報処理の目的・範囲・方式等の適法性、正当性、必要性

(2) 越境移転する個人情報の数量・範囲・種類・機微の程度、個人情報の越境移転が個人情報の権益にもたらす可能性があるリスク

(3) 域外の受領者が負うことを約束した責任・義務、並びに責任・義務を果たすための管理及び技術的措置、能力等が越境移転する個人情報の安全を確保することができるか否か

(4) 個人情報の越境移転後の漏えい、毀損、改ざん、濫用等のリスク、個人による個人情報の権益の保護が円滑に行われるか否か等

(5) 域外の受領者の所在国又は地域の個人情報保護政策法規が標準契約の履行に与える影響

(6) 個人情報の越境移転の安全に影響する可能性のあるその他の事項

3. ガバメントアクセスを含む移転先国の個人情報保護法規の収集及び評価

 上記2.(5)における「域外の受領者の所在国又は地域の個人情報保護政策法規」は、「個人情報の提供に係る要求又は公共機関への個人情報アクセス権限付与に係る規定も含む」とされており(付属の標準契約雛型4条1項参照)、いわゆる政府による民間個人データへのアクセス(ガバメントアクセス)に関する法規を意識したものと思われる※8。特に、付属の標準契約では、双方の当事者に対し、こうした移転先国の関連法規を把握できない場合には、域外の受領者による本契約に定める義務の履行を阻止することへの保証を求めており(同雛型4条1項)、近似のガバメントアクセスに対する懸念の高まり※9を反映したものと思われる。中国から日本への移転に関してこの点が問題とされる可能性はそれほど高くないと思われるものの、企業が移転先国のガバメントアクセスに関する法規をどの範囲で収集し、それをもとにどのように評価を行うべきかについては不透明なままであり、当局からのガイダンスや運用の状況等、今後の動向を注視する必要がある。

4. 標準契約及び個人情報保護影響評価報告書の事前提出義務(7条)

 個人情報取扱者は、標準契約の効力発生日から10営業日以内に、所在地の省級ネットワーク情報部門に届出を行わなければならず、届出においては、標準契約及び個人情報保護影響評価報告書を提出しなければならない(7条)。そのため、標準契約は、中国語で締結することが想定されるが、このほかに外国語で締結して中国語訳を提出することが許容されるか現時点で明確ではない。なお、事後報告で足りることから、届出の有無は域外移転の効力に影響を及ぼさないと考えられるが、届出義務違反の場合には是正命令の対象となり、是正命令に応じない場合は個人情報越境移転活動の停止命令の対象となる(12条)。

5. 標準契約の主な内容

 本規定案には、標準契約雛型が付属文書として添付されている。標準契約は、GDPRのSCCを参考にしたと思われる条項が多くみられる。例えば、標準契約は全9条からなるが、個人情報の主体を第三者受益者として契約上に位置づけており、GDPRと同様に個人情報の主体に多くの権利を与えている(雛型第5条)。他方、独自の点も多く存在する。代表例を挙げると、①そもそも適用対象事業者が限定されていること(上記第2.1参照)、②移転者・受領者の属性に応じたモジュールに分かれていないため、受託者(GDPRにおけるprocessor、処理者)が域外移転する際にも利用可能か否か明らかでないことなどが挙げられる。

 標準契約の準拠法は中国法とされている(標準契約第9条5項)。なお、標準契約で規定される条項と矛盾しないものの、追加的な内容を含めることができるかどうかについては明確にされていない。

第3 まとめ

 本規定案の公表により、中国から中国域外へ個人情報を移転する企業にとっては、標準契約に基づく個人情報越境移転の方法にある程度見通しが立ったといえる。また、標準契約は、GDPRのSCCを参考にしたと思われる規定が多く存在し、SCCに準拠している企業にとってはなじみがあると思われる。しかし、中国独自の条項も多く存在するほか、標準契約に依拠できる範囲が限定されているなど、実際に利用するにあたっての課題がなお残されている。

 本規定案とは別に、今年7月7日に一定の個人情報及び重要データを域外移転する場合に求められる安全評価に関する「データ越境移転安全評価弁法」の最終版が公表され、9月から施行予定であるなど※10、中国データ関連法令を巡る動きは今後益々活発化していくと考えられるため、今後の動向を注視する必要がある。

脚注一覧

※1
中国語では、「个人信息出境标准合同规定」(http://www.cac.gov.cn/2022-06/30/c_1658205969531631.htm)(2022年7月13日最終アクセス)

※2
詳細については、川合正倫・鈴木章史「11月1日より施行 中国個人情報保護法」(NO&T Data Protection Legal Update 個人情報保護・データプライバシーニュースレター、2021年11月)も参照されたい。

※3
加えて、中国域外に個人情報を移転する場合、情報主体に対し移転先の身元、連絡方法、取扱目的、取扱方法、個人情報の種類及び個人が移転先に対して権利行使する方法等の事項を告知した上で、個別同意を取得しなければならない(個情法39条)。また、域外の受領者に中国個情法と同レベルの保護を提供させるための必要な措置を講ずること(個情法38条)、データ保護安全評価報告書及び処理状況記録の3年間保存(個情法55条、56条)も必要とされる。

※4
「重要情報インフラ」とは、「公共通信及び情報サービス、エネルギー、交通、水利、金融、公共サービス、電子行政、国防科学技術等の重要業界及び分野、並びにその他のひとたび破壊、機能喪失又はデータ漏えいを受けた場合に、国の安全、国の経済と人民の生活、公共の利益を著しく脅かすおそれのある重要ネットワーク施設、情報システム等」(重要情報インフラ安全保護条例2条)とされており、業界及び分野ごとの主管機関等が管轄分野の重要情報インフラを認定し、事業者に通知することとされている(同条例10条)。

※5
「国家ネットワーク情報部門が別途定める数量」は、今年9月に施行予定の「データ越境移転安全評価弁法」においても定められている。詳細については、鹿はせる「中国:情報・データ国外移転規制法令の成立が日系企業に与える影響 (9月1日施行)」商事法務ポータル「アジア法務情報」(2022年7月)を参照されたい。

※6
これらの水準は、国家ネットワーク情報部門による安全評価が義務づけられる場合として、今年9月に施行予定の「データ越境移転安全評価弁法」に定められた内容を反映したものであり、同弁法の内容を踏襲したものとなっている。

※7
個人センシティブ情報は、「ひとたび漏えいするか、違法に使用すると、自然人の人格の尊厳を侵害し、人身、財産に危害を及ぼしやすい個人情報」をいい、生体識別情報、宗教・信仰、特定の身分、医療健康、金融口座、行動歴等の情報、並びに14歳未満の未成年の個人情報が含まれる(個情法28条)。

※8
この要件は「データ越境移転安全評価弁法」で要求される自己評価の項目に含まれていないなど、弁法・規定間でも矛盾が見られる。

※9
欧州における状況については、森大樹、今野由紀子「EUと米国による個人データ越境移転に関する枠組みの基本合意」(NO&T Data Protection Legal Update 個人情報保護・データプライバシーニュースレター、2022年4月)も参照されたい。

※10
鹿はせる「中国:情報・データ国外移転規制法令の成立が日系企業に与える影響 (9月1日施行)」商事法務ポータル「アジア法務情報」(2022年7月)参照。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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