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2022年9月22日、英国政府は「維持されたEU法(廃止・改正)法案」(Retained EU Law (Revocation and Reform) Bill、以下「本件法案」といいます。)を議会に提出しました。この法案は、「ブレグジット自由法案」(Brexit Freedoms Bill)としても知られています。本件法案は、とりわけ2020年1月31日の英国による欧州連合(以下「EU」といいます。)からの離脱後の法的安定性を確保するために、現在英国で適用されている、2018年EU(撤退)法(European Union (Withdrawal) Act 2018、以下「EUWA」といいます。)の改正を目指すものです※1。
本件法案の主な目的は、①英国でのEU法の優位性の原則を廃止すること、並びに②英国政府に対して、「維持されたEU法」(retained EU law)(すなわち、英国において直接的に効力を有するEU法、EUに由来する国内法、EUの判例、EU法の一般原則等)の一部を修正、廃止、または置換する権限を与えること、および③積極的に保存の措置をとらない限り、2023年末で維持されたEU法の大部分を廃止することによって、EUに由来する法律の改正を促すことにあります。維持されたEU法は、「同化された法」(assimilated law)と改称されます。
本稿では、本件法案で定められている主要な条項につき簡単に説明いたします。
本件法案によって、将来の規制変更のための改正と計画を前倒しにし、英国企業と消費者の双方に恩恵をもたらすべく、直接的に適用されるEU法の多数(例えば、EU規則、決定、英国においてEU離脱前に直接的に効果を有していた委任法令およびEUに由来する国内の下位法(EU命令のように直接的に効力を持たなかったEUの義務を履行した英国の二次法など))は、後述のとおり政府が保存措置をとらない限り、2023年12月31日に廃止されることになります。現時点で政府は、この有効期間の満了後にどの維持されたEU法を保存する予定かについての意向を示していません。なお、全ての維持されたEU法が廃止の対象になっているわけではありません。例えば、英国の一次法、本件法案の対象となる法律の範囲外の特定の英国の二次法、および金融サービスに関する一定の維持されたEU法(これらは金融サービスおよび市場法案(Financial Services and Markets Bill 2022-23)により別個扱われることになっています。)は対象外となっています。上述の維持されたEU法の廃止日は、2026年6月23日まで延長することができます。
同様に、本件法案は、EUの判例によって確立された英国において直接的効力を有する全ての権利、義務および救済措置が国内法に優先しないことを保証するために、これらを廃止します。EU法の一般原則は、もはや英国法の一部ではなく、英国の制定する法の解釈には影響を及ぼさなくなります。もっとも、EU原則については、2023年末以降も、それ以前の行為または出来事に関連する法的手続において引き続き適用されます。
本件法案は、維持されたEU法が有している特別な地位を2023年末までに廃止することを目指していて、延長の選択肢はありません。これは、維持されたEU法がもはや最高権威のものではなくなり、国内法が英国の法令の中での最高位の法として復活することを意味します。
失効日後も有効な維持されたEU法は、2023年末には、国内法と「同化」し、それ以降は国内法と同じ扱いを受けることになります。
本件法案は、直接効力を有する維持されたEU法を、国内の二次法と同様の方法で修正できるようにすべく、かかるEU法の地位を引き下げて、そのような全ての法を国内の二次法と平等に扱おうとするものです。本件法案は、二次法である維持されたEU法(すなわち、一次法ではない維持されたEU法、または一次法である維持されたEU法の中で、下位法によって挿入された法文の範囲)を修正し、廃止し、または置き換える権限を政府に与えます。
このような権限は、2023年末に「同化」された後の、二次的な維持されたEU法(すなわち、2023年以降も英国で適用される法)にも及ぶことになり、2026年6月23日まで行使することができます。これによって修正あるいは更新された法は、もはや維持されたEU法(または2023年末以降の「同化」法)の一部には含まれません。
さらに、本件法案は、修正・廃止・置換を行う際の全般的な条件を設置しています。とりわけ、二次法である維持されたEU法の変更は、曖昧さを解消し、疑義を取り除き、法令の内容を明瞭にし、利用しやすさの改善を促進するために行うことができます。なお、全体的な規制上の負担(費用の増加または行政上の不便等)を増す効果のある法律の廃止または置換は禁止されています。
EUWAは、英国の国内裁判所が、2020年12月31日までに欧州連合司法裁判所(欧州司法裁判所および一般裁判所、以下「EU裁判所」といいます。)によってなされた判決の内容に拘束されるべきことを規定しています。本件法案は、英国高等裁判所(控訴裁判所以上の裁判所)が、維持されたEU判例法(すなわち、2020年12月31日の時点で効力を有していた、EU裁判所によって定められた原則およびその判決)から逸脱することを可能にするものです※2。英国高等裁判所は、EU法およびEU由来の国内法に関連して2020年12月31日以前に確立された、国内判例法からも逸脱できる新たな権限を付与されました。もっとも、維持されたEU判例法または維持された国内判例法から逸脱する場合には、英国高等裁判所は、当該判例法と関連性のある状況の変化および当該判例法が国内法の適切な発展を妨げる範囲について考慮する必要があります。
下級裁判所は引き続き維持された判例法に拘束されますが、一定の場合には、指定の法務官は、維持された判例法に関する問題を上級裁判所に付託することができます。
本件法案は、2026年6月23日まで、特定の国内法について、本件法案が定める国内法の優位性の原則を覆し、関連する直接的効力を有する維持されたEU法に可能な限り適合するように当該国内法を読ませる旨の法律を定める権利を関係当局に与えています。もっとも、英国の裁判所は、直接的効力を有する維持されたEU法の規定が国内法と矛盾していることを述べ、例えばEUWAまたは本件法案の適用を制限する旨の措置を定める不適合命令(Incompatibility Order)を発出する権限を有しています。
EU法は多くの事業および産業分野に影響が及んでいた上に、EU法は国際的に認められた基準を反映していることが多いため、英国におけるEU法の全面的な廃止に法的不確実性を伴うことは明らかといえます。本件法案が可決されれば、英国政府は自らのニーズに合った法を制定し、負担の大きいEU法を廃止することができますが、維持されたEU法の多くは2023年12月31日に失効する予定ですので、法を適切に改正するための十分な時間があるかどうかは定かではありません。加えて、本件法案が第二読会に至ったばかりのものである上、維持されたEU法を構成する立法の数は膨大であるため、なおさら時間が足りないと考えられます。2024年後半に予定されている総選挙では、現政権は、選挙前にできるだけ多くの改革を実施するよう圧力を受ける可能性があります。また、維持されたEU法のどの部分が存続するか、および「同化」された法の解釈が、EU法の優位性の原則とEU判例法の権威が失われた場合にどの程度変化するのかについてもなお不明です。いずれにしても、2023年は、EUまたは英国に現地法人を有する企業にとって、英国での維持されたEU法がどの程度存続するか、そして将来の国内法が廃止された維持されたEU法からどの程度乖離するかを確認するための重要な年になるといえるでしょう。
※1
本件法案には、https://publications.parliament.uk/pa/bills/cbill/58-03/0156/220156.pdfからアクセスできます。
※2
なお、英国の最高裁はEUWAによって既にかかる権力を付与されていました。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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