下田祥史 Yoshifumi Shimoda
パートナー
東京
NO&T Finance Law Update 金融かわら版
買収資金について銀行をはじめとする国内の金融機関が融資を行う場合、敵対的買収案件※1でないことが条件とされ、敵対的買収案件には融資を行わない取扱とすることが一般的であった。現在も大多数の案件はこのような条件下で実施されていると考えられるが、前田建設工業による前田道路の敵対的買収など、昨今次第に敵対的買収についても融資が行われる事例が出てきている。このような近年の動向も踏まえ、本ニュースレターでは、敵対的買収案件への買収資金融資を行うにあたって問題となり得る点について、当該融資の形態についての可能性も含めて検討していく。なお、基本的には公開買付けによって行われる敵対的買収及びその融資を念頭においている。
そもそもなぜ銀行をはじめとする国内の金融機関は敵対的買収案件への融資を行ってきていなかったのであろうか。一つには、利益相反性及びこれに関連するレピュテーショナルリスクへの懸念があったように思われる。例えば、買収に反対する対象会社の主要取引先である銀行が、同様に銀行の顧客である買収者に対して対象会社の買収のための資金を融資するような場合、少なくとも顧客間で利害対立が生じていることから、銀行において利益相反が生じ、又は(実際には利益相反がなくとも)外部からその懸念を抱かれることによりレピュテーショナルリスクが生じるのではないかという点である。この懸念は、2005年の銀行法改正の施行に伴い行われた2006年の監督指針改正※2により、「主要行等向けの総合的な監督指針」に以下に抜粋する記載が追記されたことにも現れており、かかる記載自体も敵対的買収案件への融資に対する金融機関の消極性の一要因となっていたのではないかと推測する。
(主要行等向けの総合的な監督指針の抜粋 ※2006年の監督指針改正時のもの)
Ⅲ-3-1-5-3 M&Aファイナンス等の際の不適切な取引の発生の防止
金融機関は一般に複数の取引先を有していることから、敵対的企業買収において銀行が買収側、被買収側の双方と取引関係を有する場合など、取引先企業間で利害対立事象が生じ得ることを踏まえ、利益相反行為の防止、レピュテーショナルリスクの回避など、業務運営の適切性に対する懸念を招くことのないよう、態勢が整備されているか。
特に、買収資金融資に関与する場合には利益相反の立場が直ちに顕在化することを踏まえ、日頃より、資金使途の把握を踏まえた審査管理、非公開情報の適切な管理、所要の情報遮断措置の確保、人的側面を含めた取引先との関係の妥当性の検討など、適切なリスク管理、法令等遵守確保の観点からの具体的対応策が採られているか。
なお、銀行間の合併等が行われている場合には、取引先の拡大に伴いこうした蓋然性が増すことを踏まえ、特に適切な態勢整備が必要となることに鑑み、実効性ある取組みが行われているか。
もっとも、金融機関内で適切な情報遮断措置を含めた利益相反管理体制の構築がなされていれば、敵対的買収案件に対する融資それ自体が利益相反行為として禁止されると考えるのは、融資提供者が買収との関係では主導的立場にないことを踏まえると、行き過ぎであるように思われる上、レピュテーショナルリスクの点についても、他の融資案件同様にかかるリスクの内容・程度を踏まえた経営判断を行うことで足りるのであって、敵対的買収案件に対する融資のみを別異に扱い一律に制限する合理性はないように思われる。そのような観点も踏まえてか、上記の記載は2009年の監督指針の改正によって削除された。
もちろん、利益相反性行為及びレピュテーショナルリスクの観点から敵対的買収案件に対する融資が一律に否定されるものではないとしても、金融機関がその顧客との関係で敵対的買収案件の取組を行い得ない場合は当然に考えられる。例えば、敵対的買収における対象会社やホワイトナイト候補が当該金融機関の取引先である場合、買収者との関係にもよるが、かかる買収への融資を行うことは経営判断として難しいことは想定され、その反対に対象会社が自己の取引先ではなく、また関連する業界内にホワイトナイト候補と成り得る取引先が少ない場合には、敵対的買収案件への融資に踏み込みやすいということもあるであろう。その意味で、無借金経営で銀行との取引が少ない会社や、業務の性質上他の金融機関と関係を深くすることができない金融機関などを対象会社とする敵対的買収案件のほうが類型的に融資に取り組みやすく、また、幅広い業種・地域に顧客が広がるメガバンク等の金融機関よりも、顧客層が限定されている外資系金融機関や地銀の方が融資に取り組みやすいといったことも想定される。
敵対的買収案件においては、対象会社側が買収に反対していることとの関係で、(当然のことながら)買収に関して対象会社側の協力を得られず、むしろ対象会社側は買収阻止のための手段を講じてくることになる。これによる不安定性・不確定性が、敵対的買収案件への融資の特徴であり、典型的には以下の場面で現れていくことになる。
買収案件への融資の場合、対象会社の事業及び財務状態が与信判断上重要である。友好的買収案件においては、買収者は対象会社の協力を得て法務・財務・税務をはじめとする各種デューデリジェンスを行うことができ、融資を提供する金融機関としては、その結果を参照しつつ、買収者を通じて追加的に必要な情報を収集し、公開情報だけでは必ずしも判明しない対象会社の事業及び財務状態を調査の上で与信判断を行うことができる。しかしながら、これらのデューデリジェンス等は、対象会社の内部情報にアクセスして行われるものである以上、対象会社の協力(例えば、必要な資料を提出する、経営陣がQ&Aに回答する)などが不可欠であり、対象会社の経営陣が買収に反対している敵対的買収案件においては、このようなデューデリジェンス等への協力は通常望めず、対象会社の情報へのアクセスという観点において、敵対的買収案件においては友好的買収案件と比して制約が存在する。
他方で、敵対的買収が生じ得るのは基本的に上場会社であるから、対象会社については金融商品取引法に基づく有価証券報告書をはじめとする法定開示情報及び金融商品取引所により求められる適時開示情報が公開されており、財務状況のほか、事業上のリスクも含め、投資家の投資判断のために公開されている様々な情報にアクセスすることが可能である。当然のことながら、直接的に買収に必要な情報を洗い出すために行われるデューデリジェンスの結果として得られる情報に比していえば限定的ではあり、特にレバレッジが高い融資を行うための与信判断の材料には足りないという場合も想定される。
敵対的買収に反対する対象会社側としては、ホワイトナイトを捜して対抗する公開買付けを行わせ敵対的買収を不成立とさせ、また、差別的行使条件/取得条項が付された新株予約権を発行するいわゆる有事導入型の買収防衛策により敵対的買収に係る公開買付けを撤回させることを企図することが考えられる。この場合は敵対的買収自体が不奏功に終わるため、融資を提供する金融機関としては、(手間と労力が無駄にはなるが)それによって通常は直接リスクが生じるものではないであろう。なお、買収を目的とする買収者が、有事導入型の買収防衛策が実施され、かつその差止等に失敗している場合に公開買付けを撤回せず決済を行うことは現実的には考え難い※3が、仮にそのような事態を想定する場合、買収案件への融資の前提条件には公開買付届出書記載の公開買付けの撤回事由が存在しないことが規定されていることが一般的であるため、融資を提供する金融機関は、かかる買収防衛策の導入が新株予約権の無償割当を対象会社の業務執行を決定する機関が決定したこと(金融商品取引法施行令第14条第1項第1号カ)などに該当するとして前提条件の未充足を主張することが可能であり、そのためにも金融機関としては融資証明書においてかかる前提条件が記載されていることと、公開買付届出書においてかかる撤回事由が記載されていることを確認・確保することが必要となる。
また、敵対的買収に反対する対象会社側としては、その保有する事業又は資産の譲渡や現金の配当により対象会社買収の魅力を低下させ、これにより買収者に公開買付けを撤回させること(いわゆるクラウンジュエル)を企図することも考えられる。この場合も、事業譲渡(金融商品取引法施行令第14条第1項第1号リ)、重要な資産の譲渡(金融商品取引法施行令第14条第1項第1号ソ)及び剰余金の配当(金融商品取引法施行令第14条第1項第1号ネ)※4はそれぞれ公開買付けの撤回事由とすることができるから、買収者がこれにより撤回した場合には融資を提供する金融機関としてもそれ以上の問題は生じない。他方で、②の場合と異なり、買収者としては現金の配当等に拘わらず買収する意図を持っている場合※5があり、この点は金融機関としては留意しておく必要がある。かかる配当等が行われる場合には与信判断として融資ができない場合には、融資証明書において公開買付届出書記載の公開買付けの撤回事由が存在しないことを融資の前提条件として記載した上で公開買付届出書でも撤回事由として記載されていることを事前に確認すると共に、公開買付けが成立したものの融資は実行できないという事態が生じることを避けるため、買収者側にも明確にその意図を伝えておく必要があろう。
なお、現金配当の金額が直近事業年度の末日における純資産の帳簿価額の10%相当未満である場合には撤回事由とできないと考えられていることにも留意が必要※6である。
敵対的買収案件の場合、公開買付期間は当初の30営業日から40営業日で終了することは少なく、買収防衛策の発動等によって延長されることが多い。融資を提供する金融機関との関係では、融資証明書上は当初の公開買付期間を基準に融資証明書の有効期間が設定されており、かつ、公開買付期間が50又は60営業日を超える場合には融資証明書の期間延長を不合理に留保し又は拒絶しない義務を負わない旨記載されていることが多いから、この場合に時期的に無限定に融資実行の義務を負うものではない。他方で、注意が必要となるのは、いわゆる期跨ぎが発生しやすくなる点である。日本の多くの上場会社は、定款上、決算期の末日を基準日(会社法第124条第1項)としており、決算期末から3ヶ月後の定時株主総会で配当決議を行うという流れが一般的であるところ、公開買付けの開始日と決済日との間に対象会社の決算期の末日を跨ぐようなスケジュールで公開買付けを行う場合、その後の定時株主総会で株主としての権利を行使でき、かつ、配当の受領の権利を有する株主は、公開買付け決済前の従前の株主であるということとなり、買収者の不利益の下で従前の株主への配当を増加されるリスクが存在する。このような増配リスクは友好的買収案件においても存在するリスクではあるが、敵対的買収案件においては公開買付期間の延長により当初想定していなかった期跨ぎが発生する事態が想定されるため、より留意が必要である。これを踏まえると、当初の公開買付期間において期跨ぎが発生していない場合であっても比較的近い時期に決算期が到来する場合には、買収者側で、公開買付けの決済後に対象会社の定款から基準日規定を削除し、定時株主総会において配当受領ができる株主を公開買付け決済後の株主にするといった対応※7が行われるよう、融資契約上の前提条件や義務として手当をしていくことが必要になろう。
このような特徴を有する敵対的買収案件への融資については、やはり、借入人となる買収者(買収者がSPCの場合は当該SPCをコントロールする親会社)の信用に依拠するコーポレートファイナンス型の融資形態(以下「コーポレートファイナンス型」という。)との相性が良い。対象会社の事業・財務状態に一定の不安定性・不確定性がある中で、借入人の信用に依拠することができるのであれば、対象会社の事業・財務状態に対する評価は補助的なものに留まり十分に検討が可能だからである。これまでも国内において一定の数の敵対的買収案件に対する融資が実施又は検討されているものの、その多くはコーポレートファイナンス型によるものと思われ、友好的な買収案件が数多く実施されている買収者の信用から切り離された対象会社の信用のみに依拠するいわゆるLBOファイナンス型の融資形態(以下「LBOファイナンス型」という。)が実施された例は存在しないと思われる。
敵対的買収案件も、友好的な買収案件同様、3分の2以上の議決権取得を下限とする公開買付けが成功すれば、スクイーズアウトが可能であり、LBOファイナンス型での融資実行が論理的に不可能というわけではないように思われる。もっとも、対象会社の信用のみに依拠する以上、より上記の敵対的買収案件への融資に特有のポイントに注意を払いつつ、その不安定性・不確定性に対応するためレバレッジを押さえる等の手当は必要となるだろう。
以上、敵対的買収案件への融資について概括した。敵対的買収案件に対する融資の実例は今後も増加するようにも思われ、その中でLBOファイナンス型の検討も進んでいくことが期待される。その際には、顧客基盤から必ずしも敵対的買収案件への融資に踏み込みやすいものではないメガバンク等の金融機関のみならず、より自由度の高い金融機関が大きな役割を果たしていくことも期待されるであろう。
※1
公開買付けの開始時点において対象会社の取締役会等の意思を確認せずに行う買収であり、より正確には友好的でない買収といった表現となるのであろうが、分かりやすさの観点から本ニュースレターでは敵対的買収と呼称する。
※2
2006年3月31日「主要行等向けの総合的な監督指針、中小・地域金融機関向けの総合的な監督指針、保険会社向けの総合的な監督指針の一部改正について」参照
※3
シティインデックスイレブンスによる東芝機械への敵対的買収においては、東芝機械が導入した差別的行使条件/取得条項が付された新株予約権の発行が臨時株主総会で可決されたことにより、公開買付けが撤回されている。
※4
対象会社の剰余金配当に関する決定を、金融商品取引法施行令第14条第1項第1号ネの撤回事由として指定し得ることにつき、「株券等の公開買付けに関するQ&A」問36参照
※5
前田道路の件では前田道路が総額500億円超の臨時配当を決定したにも拘わらず、前田建設は買収を継続している。なお、買収前にも前田建設は前田道路の20%超の株式を保有していたことから全額が外部流出となるものではない。
※6
「株券等の公開買付けに関するQ&A」問36参照
※7
基準日経過後に定款変更によって基準日規定を削除することが可能であることについて、会社法・実務研究会、実務問答会社法(商事法務)62頁
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
中央経済社 (2024年9月)
日本IPO実務検定協会(編)、宮下優一、水越恭平(共著)
日本経済新聞出版 (2024年9月)
石塚洋之、須田英明、水越恭平(共著)
(2024年8月)
月岡崇、大野一行(共著)
(2024年8月)
殿村桂司、カオ小池ミンティ、灘本宥也、山本安珠(共著)
(2024年8月)
月岡崇、大野一行(共著)
(2024年7月)
大野一行(共著)
月岡崇、大野一行(共著)
(2024年4月)
大野一行(共著)
日本経済新聞出版 (2024年9月)
石塚洋之、須田英明、水越恭平(共著)
(2024年8月)
月岡崇、大野一行(共著)
(2024年7月)
大野一行(共著)
(2024年7月)
小林信明、水越恭平(講演録)
松﨑景子
(2024年9月)
大久保涼、逵本麻佑子、伊佐次亮介(共著)
山本匡、小川聖史(共著)
日本経済新聞出版 (2024年9月)
石塚洋之、須田英明、水越恭平(共著)
松﨑景子
(2024年9月)
大久保涼、逵本麻佑子、伊佐次亮介(共著)
山本匡、小川聖史(共著)
日本経済新聞出版 (2024年9月)
石塚洋之、須田英明、水越恭平(共著)