
大川剛平 Kohei Okawa
パートナー
東京
NO&T Restructuring Legal Update 事業再生・倒産法ニュースレター
現状、過剰債務に苦しむ企業(以下「債務者」といいます。)が事業再生を試みる場合、
のいずれかを選択することになります。
しかし、現在、私的整理が、参加する債権者の全員同意ではなく、一定の多数決及び裁判所の認可でなされる法制の検討が進められています。
具体的には、令和4年6月7日に閣議決定された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」において、コロナ後に向けた我が国企業の事業再構築を容易にするため、新たな事業再構築のための法制度について検討し、早期に国会に提出するとされました。そして、当該新しい事業再構築のための私的整理円滑化法案の国会提出に向けた検討を行うため、同年10月27日以降、新しい資本主義実現会議の下、新たな事業再構築のための私的整理法制検討分科会(分科会長神田秀樹学習院大学大学院法務研究科教授。以下「分科会」といいます。)が開催されています。弊所の山本和彦顧問(一橋大学大学院教授)も分科会の構成員になっています。
分科会では、現在の私的整理について、参加する債権者の全員同意を要することから、早期かつ迅速な事業再構築が行いづらいという課題があるとして、欧州各国では、我が国と異なり、裁判所の認可の下で、一定の多数決で債務者の債務の減免等の権利変更を行う制度もあると指摘した上で、以下の法制度の目的を掲げ検討しています※1。
経済的に窮境に陥るおそれのある事業者が、主務大臣の指定を受けた第三者機関の関与の下で、収益性の向上のための事業活動に必要な債務の整理について、対象となる債権者の多数の同意を得、かつ、裁判所の認可を受けた再構築計画(事業再構築に関する条項を定めた計画)を定める手続について定め、当該事業者の事業再構築を円滑化する。
分科会は、第1回で新たな事業再構築のための法制度の方向性(案)(以下「方向性(案)」といいます。)の説明及び各構成員の討議等、第2回では金融機関の関係者からの意見聴取等、第3回では事業再生の実務関係者からの意見聴取等がなされる形で進んでいます(本レター脱稿時点では第3回までの資料等が公表済)。
私的整理が一定の多数決で成立することになれば、我が国の現状の私的整理及び法的整理の実務、つまり倒産・事業再生実務全体に大きな影響を与えます。
そこで、本レターでは、方向性(案)の概要を紹介した上で、それに関してなされている主要な指摘・意見・問題提起について説明します。なお、方向性(案)は、分科会第1回において新しい資本主義実現本部事務局から提出された、方向性の案であって、未だ分科会の議論の最中であり、今後の議論に応じて変更等され得るものであることにご留意ください。
なお、私的整理手続の概要については、当職の以前のニュースレター(NO&T Restructuring Legal Update~事業再生・倒産法ニュースレター~No.16(2023年1月))※2もご参照ください。
方向性(案)によれば、新しい法制度の手続においては、前述の目的のとおり、事業再構築に関する条項を定めた再構築計画を定めることが想定されており、事業再構築とは、「新分野展開、業態転換、事業構造の変更その他の収益の向上のための事業活動及びこれに必要な債務整理を行うこと」と定義されています。
方向性(案)によれば、対象債権とは、分科会で検討されている新しい法制度の手続により減免の権利変更の対象となり得る債権であって、「事業再構築のために弁済することが必要なものとして一定の基準に該当するもの等を除く全ての債権」と定義されています。
方向性(案)は、債権者平等原則に基づき、原則は全債権を等しく減免の対象とするものの、事業再構築に必要な債権は例外的に減免の対象から除外するとの考え方を示しており、除外債権の一定の基準については、「法令等において、具体的に考慮基準(例えば、事業再構築の開始後において商品の納入等の取引が必要となる事業者の債権、労働債権、租税債権等)を示すことを想定している」としています。
債務者は、事業再構築の方向性等を記載した再構築概要書、債権リストや対象債権の選定理由書等を主務大臣が指定する指定法人(以下「指定法人」といいます。)に提出します。
指定法人は、事業再構築の定義への該当性、対象債権の選定の合理性、債務調整の必要性、再構築計画案成立の見込み、当該計画案が対象債権者一般の利益(清算価値保障)に適合する見込みにつき確認します。
指定法人は、前述①の確認後、対象債権者集会を招集・主宰し、手続や決議の適法性・公平性を監督します。
また、指定法人は、再構築計画案の法令適合性等を調査し、報告書を作成し、債権者の決議前に債権者に提供します。
債務者による対象債権者への情報提供及び対象債権者の対象債権者集会における意見陳述の機会を与えた上で、再構築計画案を対象債権者の多数決(例えば、総議決権の2/3以上の議決権を有する対象債権者の同意)で可決できることとします。
債務者は、前述②の可決後、裁判所に対して計画認可の申立てを行います。
裁判所は、指定法人及び債権者の意見の陳述を聴取しつつ、後見的に決議の瑕疵(手続の法令違反、詐欺的な方法等の決議の公正性を損ねる点が無いか)や清算価値保障を判断します。
計画の効力は裁判所の認可により生じます。ただし、対象債権者の全員同意の場合は認可無しで効力が生じます。
認可に対しては、債権者による即時抗告が可能です。
指定法人については、主務大臣が、業務を適格に実施するに足りる経理的及び技術的基礎を有するものであること等の要件を備える法人を指定法人に指定することができます。
分科会においては、多数決原理に基づく私的整理というコンセプト自体について反対する意見は見受けられないようですが、その具体的な制度内容については、相互に対立するものを含め、様々な指摘・意見・問題提起がなされています。
以下、主要な指摘・意見・問題提起を列挙した上で、筆者にて若干付言します。重要点等は太字にしています。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
円滑な事業再生のために簡易迅速な手続が好ましいという要請と、多数決で権利変更をされる対象債権者の保護の要請のバランスをどのように取るかという問題が現れているように見受けられます。
また、既存の私的整理制度との棲み分けや関係等については、今後、新制度の具体的なイメージがより固まっていくにつれ、さらに議論が進んでいくものと思われます。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
そもそも、事業再構築がどの程度広いものとなるか、その概念への該当性をどの程度厳しくチェックするかによって、どの程度新制度が利用されるかに影響すると思われます。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
対象債権の範囲は最重要論点の1つです。特に商取引債権が対象債権に含まれるかについては、既存の私的整理と同様に原則として金融機関の金融債権のみを対象とすることで円滑な事業再生を可能にすべきとの要請と、金融機関の金融債権のみを対象にして権利変更することについて債権者平等の観点から合理的な説明が必要という問題点を踏まえて、慎重に検討される必要があります。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
担保権の取扱いについても最重要論点の1つです。
現在の私的整理実務では、被担保債権のうち担保権でカバーされる部分にあたるいわゆる保全債権については、債権放棄対象から除かれますが、対象債権者として私的整理手続には参加します。そして、担保対象が事業に必要なものか遊休資産か等を踏まえ、処分するか否かを決し、手続内で定められた評価や実際の処分価額により被担保債権を保全債権・非保全債権に分け、非保全債権のみが債権放棄の対象になります。スポンサーに事業譲渡されるいわゆるスポンサー型の場合も、スポンサーに譲渡される担保対象の評価によって、スポンサーから受領する事業譲渡対価の担保権者と無担保権者への弁済配分が決まります。
したがって、担保権の取扱いは私的整理手続において極めて重要であり、新制度で、債権者の全員同意でなく多数決により決せられる場合に、保全非保全をどうやって決めるか、また保全債権について議決権を認めるかを含め、上記列挙されているとおり、様々な重要問題があります。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
私的整理の成否が多数決で決せられるとすると、対象債権者がそもそも私的整理手続への参加を躊躇する事例が現在より増える可能性も否定できません。不参加が自由に認められると、新制度の意味が乏しいものになってしまいます。また、その時点で参加に応じるべきかについてあまり重過ぎる審査がなされることになれば、新制度の使いやすさが減殺されます。どのように新制度の実効性を保つのか、難しい問題です。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
決議要件についても、頭数要件の採否、議決権額要件をどの程度の割合にするかも悩ましい問題です。頭数要件については、商取引債権が対象債権になるかによっても考え方が分かれるかもしれません。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
裁判所の審査をどの程度のものにするかによって、手続の重さや柔軟性、対象債権者の保護に影響するものであり、難しい問題です。指定法人と裁判所の役割分担をどのように考えるかにもよると思われます。
【主要な指摘・意見・問題提起】
【筆者による若干の付言】
今後も、新制度がより具体化されていく中でさらに課題が出てくると思われます。
新制度は、我が国の現状の私的整理及び法的整理、つまり倒産・事業再生実務全体に大きな影響を与えるものです。債務者及び対象債権者双方の利益に配慮しつつ、使いやすい制度となることが望まれます。
今後も議論の推移を慎重に見守る必要があります。
※1
分科会の開催状況、資料、議事録等は以下で公開されています。
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/bunkakai/index.html
※3
例えば、事業再生ADRでは、経済産業省関係産業競争力強化法施行規則第28条2項で、事業再生計画案で定める資産及び負債並びに収益及び費用の見込みに関する事項について、以下の要件を満たさなければならない旨が定められている。
一 債務超過の状態にあるときは、事業再生計画案に係る合意が成立した日後最初に到来する事業年度開始の日から原則として三年以内に債務超過の状態にないこと。
二 経常損失が生じているときは、事業再生計画案に係る合意が成立した日後最初に到来する事業年度開始の日から原則として三年以内に黒字になること。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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