安西統裕 Nobuhiro Anzai
パートナー
東京
NO&T Corporate Legal Update コーポレートニュースレター
昨年7月、日本公認会計士協会の第56回定期総会において、倫理規則の改正が承認されました。倫理規則は、公認会計士の職業倫理に関する自主規制規範であり、企業側に直接に規律を及ぼすものではありませんが、今回の倫理規則の改正点の中には、監査役、監査等委員又は監査委員の実務に影響を与える改正も含まれています。とりわけ、会計事務所等又はネットワーク・ファームによる非保証業務※1の提供に関し、監査役等の事前の「了解」が求められることになったことは、企業側の実務に与える影響が大きいため、かかる改正点について整理すると共に、監査役等の善管注意義務に与える影響や企業グループにおいて検討すべき事項について考察します。
改正後の倫理規則では、主として「社会的影響度の高い事業体」(全ての国内上場会社が含まれます。以下「PIE」(Public Interest Entity)といいます。)である監査業務の依頼者に対する非保証業務の同時提供に関する制約が強化されています。具体的には、主に以下の点において、制約が強化されました。
改正後の倫理規則は、2023年4月1日から施行されることになっていますが、上記の非保証業務に関する改正については経過措置が設けられており、非保証業務の契約が2024年3月31日までに締結され、かつ、同日までに業務の提供が開始されている場合には、従前の契約条件に基づき、当該非保証業務が終了するまで、なお従前の例により非保証業務を継続することができる(監査役等の了解を得ることも要しない)とされています。もっとも、非保証業務に関する改正について、上記の経過措置を利用せず、2023年4月1日から準拠することを目指している会計事務所等も存在します。
従前から、監査役等は、会計監査人の監査の方法及び結果の相当性の判断を行ううえで、会計監査人の独立性が確保されているか否かについても確認することが求められています。日本監査役協会が、監査基準の基本モデルとして公表し、多くの企業で参照されている「監査役監査基準」においても、会計監査人の独立性の確認が監査役等の職責であることを前提とする規定が存在します(31条2項、32条1号)。「監査役監査基準」の各規定は、遵守の必要性の程度等に応じて5つのレベルに区分されていますが、これらの規定は、Lv2(=不遵守があった場合に、善管注意義務違反となる蓋然性が相当程度ある事項)とされています※4。したがって、現在においても、監査役等は、会計監査人の独立性の確認を怠った場合には、善管注意義務違反を問われ得る立場にあるといえます。
改正後の倫理規則において、PIEである会社が、会計監査人又はそのネットワーク・ファームから非保証業務(自己レビューという阻害要因が生じる可能性があるもの以外)の提供を受ける場合には、監査役等による事前の了解という手続を経ることが必要になりますが、かかる手続は、会計監査人の独立性を確認するという従来からの監査役等の職責の範疇にあると考えられます。したがって、基本的には、今回の倫理規則の改正によって、監査役等の善管注意義務の範囲や求められる義務の程度が拡大するわけではない、と見ることができると考えられます。もっとも、監査役等は「了解」という能動的行為を行うことが必須になるため、万一、後日に会計監査人の独立性に影響を与える事実が発覚した場合に、会計監査人に加えて、「了解」を行った監査役等も責任を負うべき主体であると見られやすくなる、という事実上の影響は生じる可能性があると思われます。
会計事務所等の独立性に問題がないことについては、一義的には会計事務所等自身が判断することになりますが、改正後の倫理規則において、監査役等は、かかる会計事務所等の結論について、了解を行うことになります。改正後の倫理規則では、監査人は、監査役等からの了解を取得するにあたり、会計事務所等の独立性に対して及ぼす影響を適切に評価することを可能にする情報を、監査役等に提供することとされています。監査役等としては、後日に善管注意義務違反を問われないようにするために、かかる了解を行うにあたり、監査人による説明や情報が不足していると考える場合には、監査人に対して、追加の説明や情報の提供を求めるという対応が重要であるといえます。
実務上は、どの程度まで追加の説明や情報を求める必要があるかという点について、判断が悩ましい場合もあると思われますが、監査役等に要求される善管注意義務の程度は、監査役等の地位にある者として一般的に要求される注意義務であると考えられていますので、このような考え方が一つの参考になると思います。もっとも、監査役等の経歴や知見等により注意義務の程度が異なることはあり得ますので(例えば、監査役等が公認会計士である場合には、より高度な注意義務の下で事前の了解を行うべきであるとされる可能性があります)、留意が必要です。
上記II.1.②に記載のとおり、改正後の倫理規則の下では、親会社及び子会社の両方がPIEであり(例えば、親子上場の関係にある場合)、かつ、その両社の会計監査人が同一である場合において、当該会計監査人又はそのネットワーク・ファームが親会社又は子会社に非保証業務を提供する場合には、原則として、親会社及び子会社の両社の監査役等による事前の了解が必要になります。
もっとも、この点について、改正後の倫理規則は、企業グループ内において事前了解を行う者を、会計監査人側との合意のうえで特定することを許容しています。日本公認会計士協会が公表している2022年12月15日付「倫理規則に関するQ&A(実務ガイダンス)」において、複数のPIEが含まれる企業グループにおいて、一例として、以下のような了解のプロセスを構築することが考えられるとされています※5。
複数のPIEが含まれる企業グループにおいて、会計監査人やそのネットワーク・ファームから非保証業務の提供を受ける可能性がある場合は、上記のQ&Aの内容や、当該企業グループにおけるガバナンス構造等を踏まえて、事前了解を行う者を誰とするかについて検討する必要があると思われます。
上記①の例のように、親会社の監査役等に事前了解の権限を集約する方が、グループ全体のガバナンス強化の観点から望ましい場合もあると思われます。他方、子会社の事業内容については、親会社の監査役等よりも子会社の監査役等の方が詳しく把握していることが多いと思われますが、そのような場合には、上記②の例のように、子会社への非保証業務の提供については、子会社自身の監査役等のみが事前了解を与える方が適切である場合もあると考えられます。このように、各企業グループの特性を踏まえて、事前了解のプロセスについて会計監査人と相談することが必要であると考えられます。
※1
一定の情報等について想定される利用者のために信頼性を付与する業務を保証業務といい、監査業務は保証業務の一部である。非保証業務とは、保証業務ではない業務のことであり、アドバイザリー業務やコンサルティング業務等が含まれる。
※2
会計事務所等による監査において、当該会計事務所等又はネットワーク・ファームが非保証業務の提供の際に行った判断又は実施した活動の結果に依拠し、それらを適切に評価しないリスクがある場合は、自己レビューという阻害要因があるとされる。
※3
自己レビュー以外にも、会計事務所等の独立性に対する阻害要因は存在する(自己利益、擁護、馴れ合い、不当なプレッシャー)。会計事務所等は、提供予定の非保証業務について、当該非保証業務の提供が禁止されておらず、会計事務所等の独立性に対する阻害要因が生じない業務であるか、又は阻害要因が許容可能な水準にあること、許容可能な水準にはないが除去若しくは許容可能な水準にまで軽減される業務であると判断したことを、監査役等に通知する必要がある。
※4
過去の裁判例の中にも、監査役の善管注意義務の内容の判断にあたり、「監査役監査基準」の内容を斟酌するものがある。
※5
上記Q&AのQ600-10-5。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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