
村瀬啓峻 Hirotaka Murase
アソシエイト
バンコク
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フィリピンでは2012年に包括的な個人情報保護法(Data Privacy Act)が制定され、2017年よりその施行規則が施行されている。2023年12月13日に個人情報のデータ処理の適法化根拠の一つである「正当な利益」に関するガイドライン(NPC Circular No. 2023 – 07)(以下「本ガイドライン」という。)が制定され、2024年1月14日に施行された。本ガイドラインでは、「正当な利益」に基づくデータ処理の要件、「正当な利益」に基づき個人情報を処理する場合の記録義務等が規定されており、実務上の重要性が高いと考えられる。本稿ではその概要を述べる。
個人情報のデータ処理(取得、記録、保管、変更、使用又は消去等を含むがこれらに限られない。個人情報保護法3条(j))にあたっては、適法化根拠が必要である※1(個人情報保護法12条)。フィリピン個人情報保護法における適法化根拠は、欧州一般データ保護規則(以下「GDPR」という。)に規定される適法化根拠の内容とも類似する。本ガイドラインは、適法化根拠の一つである個人情報保護法12条(f)に規定する「正当な利益」の解釈指針を示すものである。
「正当な利益」は、個人情報(personal information)のデータ処理の根拠とすることができるが、センシティブ個人情報(sensitive personal information)※2(個人情報保護法3条(l))のデータ処理の根拠として使用することはできない。また、誰の「正当な利益」が必要かについては、データ管理者又はデータが開示される第三者の「正当な利益」が必要とされている。ここでいう第三者とは、個人情報が開示される自然人又は法人のうち、データ管理者、データ処理者又はデータ主体ではない者を指す。
「正当な利益」に基づき個人情報を処理しようとするデータ管理者は、その妥当性について、自らその評価を行わなければならない。その際には、目的テスト、必要性テスト及びバランステストの3つの観点からの評価を行う。この点においてもGDPRの判断枠組みと類似している。
目的テストにおいては、正当な利益が明確に確立されていることを確認する(本ガイドライン5条)。具体的には、正当な利益は、明確に定義された具体的なものでなければならず、漠然としたものであってはならない※3。また、その目的は、法律、道徳又は公序良俗に反してはならない。
必要性テストにおいては、正当な利益を実現するための手段が必要かつ適法であることを確認する(本ガイドライン6条)。正当な利益を実現するための手段は、比例原則に従い、特定された目的との関連において、十分、適切かつ必要であり、また、過度であってはならない。
バランステストにおいては、データ管理者又は第三者が追求する正当な利益とデータ主体の基本的権利及び自由を比較考量する(本ガイドライン7条)。その際には、データ管理者は、(i)データ処理活動により生じるデータ主体に及ぼす影響及び効果、(ii)特定のデータ処理活動に関する個人情報を保護するために、又は特定のデータ処理活動がデータ主体に及ぼす影響及び効果を軽減するために実施される措置、(iii)目的を達成するための他の手段の利用可能性及び(iv)データ主体の個人情報のデータ処理に対する合理的な期待等を考慮する。
データ管理者は、「正当な利益」に基づく個人情報のデータ処理に必要な3つの要件をどのように満たすのかを文書化し、記録することが求められる(本ガイドライン8条)。但し、その記録に関して所定の書式はなく、電子メールでのやりとりであっても、当該電子メールが上記3要件を証明している場合には証跡として利用できる。また、データ管理者は、継続的に「正当な利益」に基づく個人情報のデータ処理を行っている場合には、その遵守状況を定期的に評価しなければならないとされている。なお、個人情報保護法を管轄する国家プライバシー委員会(National Privacy Commission)は、調査の際に、「正当な利益」に関する評価記録の提出をデータ管理者に求めることができる。
本ガイドラインは、2023年12月13日に制定され、2024年1月14日に施行された。本ガイドラインはあくまでも通達という位置付けであるものの、本ガイドラインに違反した場合には、個人情報保護法やその施行規則の規定に従い、罰則の対象になり得る点に留意が必要である(本ガイドライン14条)。もっとも、記録義務に関しては90日間の猶予期間が設けられている。したがって、「正当な利益」を根拠にデータ処理を行う場合には、2024年4月14日からその評価過程を記録する必要がある※4。フィリピン個人情報保護法は歴史が浅く、「正当な利益」の具体的な判断が十分に集積されているとは言えない。本ガイドラインが施行されたことにより、明確化した部分もあるが、今後どのような実務の運用がなされていくのかを引き続き注視する必要がある。
※1
法定の適法化根拠は以下のとおりである。
※2
センシティブ個人情報は、①人種、民族、結婚歴、年齢、肌の色、宗教、思想又は政治的所属に関する個人情報、②健康、教育、遺伝、性生活又は犯罪歴に関する個人情報、③(i)社会保障番号、(ii)過去又は現在の健康記録、(iii)免許証又はその拒否、一時停止若しくは取り消し及び(iv)納税申告書を含むがこれらに限られない、政府機関から特定の個人に対して発行される個人情報並びに④行政命令又は国会の行為によって特に機密扱いとされた個人情報をいう。
※3
本ガイドライン上、「正当な利益」の具体例は明記されていないが、GDPRにおける「正当な利益」の例が参考になる。GDPRでは、顧客管理、ダイレクトマーケティング、データセキュリティの確保等を目的とするデータ処理については「正当な利益」があるとされている。
※4
なお、透明性の原則(すべてのデータ処理活動の透明性を維持し、自らの個人情報がどのように処理されているかについてデータ主体が知り得るようにしなければならないデータ管理者の責任原則をいう。)に従って、データ管理者はデータ主体にデータ処理の根拠を通知する義務を負っているところ(個人情報保護法16条)、「正当な利益」に基づくデータ処理の場合でもかかる通知義務を引き続き負う点に留意が必要である。また、目的テストとの関係で、その確立された正当な利益の内容もデータ主体に通知されなければならないとされている。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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