
松﨑景子 Keiko Matsuzaki
アソシエイト
シンガポール
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
2024年8月19日、マレーシアの首相は、「ブミプトラ経済転換計画2035(プトラ35)」と題する新たなブミプトラ政策の実施計画を発表した。ブミプトラ政策とは、マレーシアにおいて1970年代から実施されているマレー系優遇政策の総称であり、ブミプトラ(マレー語で「土地の子」を意味し、マレー系及びその他の先住民族を指す。)に対して、企業の株式保有、雇用、教育、不動産所有等の様々な分野で優遇措置を与えるものである。
ブミプトラ政策は、ブミプトラの経済的地位を向上させ、他民族(特に中華系・インド系住民)との経済格差を是正することを目的としており、マレーシア国内におけるブミプトラの経済的な影響力を拡大させるため、外資企業の自由な市場参入や事業展開に一定の制約を課している。そのため、ブミプトラ政策は実質的な外資規制として機能しており、外資企業がマレーシアで事業を展開する際には、同政策に基づく規制に配慮することが欠かせない。
本稿では、新たな政策実施計画が発表されたことを受けて、マレーシアへの新規進出を検討している企業や既に進出している企業等に向けて、ブミプトラ政策に基づく外資規制の概要を紹介する。
ブミプトラ政策は、1971年に導入された「新経済政策(New Economic Policy)」に起源を持ち、導入当初の政策下では、製造業やサービス業を含むあらゆる業種において、ブミプトラである個人又はブミプトラ所有の企業(以下、「ブミプトラ」と略記する。)に少なくとも30%以上の株式を保有させることが求められていた。しかし、1990年代以降、マレーシア政府は、外国投資の促進と国際競争力の向上を目指して経済自由化を積極的に推進し、その一環としてブミプトラ政策も見直しがなされ、外資企業や非ブミプトラ企業に対する制約が大幅に緩和された。
具体的には、2003年6月以降、製造業に対する外資規制が撤廃され、現在では一部の例外を除き、外資100%による出資が可能となっている。また、2009年4月以降、27業種(コンピュータ、健康・福祉、観光、交通、スポーツ、レンタル・リース等)のサービス業においても、ブミプトラ資本による30%の出資要件が撤廃され、外資100%による出資が可能になった。さらに、2012年には、その他18業種のサービス業について、ブミプトラ資本による出資要件の段階的な撤廃が発表され、医療、職業・技能訓練等の分野で外資100%による出資が可能になっている。
なお、現在マレーシアにおいて、日本の「外国為替及び外国貿易法」に相当する外国投資を包括的に規制する法令やガイドラインは存在せず、各規制業種に関する個別の法令やガイドラインにより、外資による株式所有の制限やブミプトラ資本による出資要件、規制当局の許認可要件等が定められている。
上記のとおり、経済自由化に伴い、外資企業がマレーシア市場へ参入しやすい環境が整備されてきた一方、一定の業種においては、ブミプトラ政策に基づく外資規制が依然として維持されている。
具体的には、一定の規制業種において、外資企業が営業許可やライセンスを取得し、または政府契約や公共事業への入札に参加するためには、①一定割合以上の株式をブミプトラに保有させること、②一定割合以上のブミプトラ取締役を任命すること、③ブミプトラのパートナーと連携すること等が前提条件として求められており、これにより、外資企業のマレーシアにおける自由な事業展開には一定の制約が課されている。
以下、主要な業種における具体的な規制例を紹介する。なお、以下は専らブミプトラ政策に焦点を当てた規制例の紹介であり、ブミプトラ政策以外の観点からの外資規制を広く一般的に紹介するものではない点にご留意されたい。
流通取引サービス業(卸・小売業)に対する外資規制は、「国内取引・消費者行政庁(MDTCL)」が管轄しており、規制内容は、2020年に直近の改訂がなされた「流通取引・サービスへの外資参入に関するガイドライン」に定められている。
同ガイドラインは、ハイパーマーケット(売場面積が5,000平方メートル以上で多様な消費財を中心に販売するセルフサービス方式の販売店)に対して、最低30%のブミプトラ資本の出資要件を課し、各店舗の陳列スペースにおける商品数の最小管理単位のうち最低30%は、ブミプトラ中小企業商品のために確保することを義務付けている(なお、ブミプトラ資本要件の充足については、MDTCLの裁量により3年の猶予が認められ得る。)。また、コンビニエンスストア(売場面積が180平方メートル以下で24時間営業の小売店)については、30%を超える外資の参入が禁じられ、また、最低30%のブミプトラ資本の出資要件が課されている。
さらに、外資企業が流通取引サービス業に関与する場合(新規店の開設のほか、既存店の移転・拡張・買収等を含む。)で、出資割合が50%を超える場合には、MDTCLの事前承認を得る必要があり、承認取得の条件として、1名以上のブミプトラ取締役を任命すること等の諸条件が課される。
外資企業がマレーシアにおいて陸運業に参入するためには、「1987年商業車両ライセンス委員会法」に基づき、「陸路公共交通庁」(マレー半島の事業者の場合)から、商業車両ライセンスを取得する必要がある。第三者に貨物の輸送サービスを提供する企業は、商業車両ライセンス・クラスAを取得する必要があるが、ライセンス・クラスA取得の条件として、51%以上がマレーシア国籍の資本であることが求められ、そのうち少なくとも30%はブミプトラに保有させなければならない。
建設業は、「建設産業開発局(CIDB)」が管轄しており、外資が30%を超える外国建設業者がマレーシア国内において建設プロジェクトの入札に参加する際には、個別のプロジェクトごとにCIDBから登録業者証明書を取得する必要がある。もっとも、政府調達建設事業の総額の一定割合以上はプミプトラ企業に割り当てると決められていることから、政府契約や公共事業の入札において、外国建設業者単独での入札が許可される場合は限られており、外国建設業者は、入札に参加する資格を得るために、ブミプトラのパートナーと合弁会社を設立することが一般的である。
「首相府経済企画庁(EPU)」が発行する「不動産の取得に関するガイドライン」では、1戸当たりの評価額が100万リンギット未満の不動産、低・中コストの居住用不動産、マレー人保護区の不動産、不動産開発プロジェクトにおいてブミプトラ権益に割り当てられた不動産については、外国人投資家による所有権取得が禁止されている。
また、外国企業が2,000万リンギット以上の不動産を取得し、その結果としてブミプトラや政府機関の所有権割合が減少する場合には、EPUの事前承認が必要であり、承認取得の前提として、ブミプトラ資本による最低30%の出資等の条件が課される。
冒頭で紹介した「ブミプトラ経済転換計画2035(プトラ35)」においては、高技能職におけるブミプトラの比率を2022年の61%から70%へ引き上げること、ブミプトラによる企業株式の所有率を2020年の18.4%から30%に拡大するとともに、ブミプトラ企業のGDPへの貢献を2020年の8.1%から15%へ引き上げること等、2035年までに達成を目指すべき具体的な数値目標が掲げられている。
ブミプトラ政策は、マレーシアの政治及び経済政策において引き続き重要な役割を果たすと見込まれており、新たな計画の実施に伴い、特定の産業において外資規制を強化する方向での調整・改革が行われる可能性も十分に考えられる。マレーシアへの新規進出を検討している企業や既に進出している企業においては、ブミプトラ政策に関するマレーシア政府の動向を引き続き注視することが求められる。
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