
金田聡 Satoshi Kaneda
アソシエイト
シンガポール
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
2024年11月12日に、シンガポールにおいて、職場における差別的取扱いから従業員を保護するための新法案(Workplace Fairness Bill:職場公平法案)が国会に提出された。これまで、職場における従業員の公平な取扱いの確保に関して、シンガポールでは、2007年に、公平な雇用のための原則及び当該原則に基づくあるべき実務を定めたガイドライン(Tripartite Guidelines on Fair Employment Practices:公平ガイドライン)が策定され、現状は、同ガイドラインに則り各社において実務的な対応が行われている。国会での審議の結果として職場公平法案が法律として制定された場合は、これまでのシンガポールにおける雇用実務に加えて追加で必要となり得る対応も存在することから、本稿では、職場公平法案の概要を紹介するとともに、今後の見通しについて触れることとしたい。
職場公平法案は、(i)職場における差別的取扱いからの従業員の保護、(ii)公平な雇用実務の確立、(iii)シンガポール国民(永住権者含む)の雇用機会の確保等、及び、(iv)職場における調和の維持を目的とするものであり(同法案のPart 1)、かかる目的の達成のため、大要、雇用者が、採用時・雇用期間中・雇用終了時における意思決定を行うに際して、同法案が個別に定める「保護されるべき特性」(protected characteristic)を理由とする差別的取扱いその他同法案の定めに違反する行為を行った場合、一定の罰則等に服する可能性がある旨を規定するものである。その詳細は以下のとおりである。
職場公平法案のPart 3では、(i)年齢、(ii)国籍、(iii)性別、(iv)配偶者の有無、(v)妊娠の有無、(vi)介護の責任の有無、(vii)人種、(viii)宗教、(ix)言語能力、(x)障害の有無、(xi)メンタルヘルスの状況、といった事項が「保護されるべき特性」の具体的な内容として個別に列挙されており、かつ、各特性の詳細な定義(たとえば、上記(iii)の性別から、性的指向及び性自認は除外される旨等)も併せて規定されている。
職場環境の公平化に関する三者委員会が2023年に公表した報告書によれば、2018年から2022年の5年間で、職場における差別事案が年平均で315件報告されているところ、そのうち95%以上が上記の「保護されるべき特性」に基づくものであるとのことである。
なお、下記(4)b.に列挙したとおり、「保護されるべき特性」に基づく意思決定であっても、例外的に差別的取扱いには該当しない場合がある点に留意されたい。
職場公平法案は、上述の「保護されるべき特性」に基づく差別的取扱いに関連した事項の他、Part 6(Fair Employment Practices)において、雇用者の義務として、以下の内容も規定している。
職場公平法案のPart 7では、雇用者が差別的取扱いその他同法案の定めに違反する行為を行った場合の罰則等が規定されており、その概要は以下のとおりである。
違反区分 | 罰則 |
---|---|
a. 民事違反(Civil contraventions) |
|
b. 重大民事違反(Serious civil contraventions) (=複数回の差別的取扱いや上記(2)の報復行為を含む重度の違反) |
|
※雇用者が法人の場合であって、当該法人の役員が当該違反行為に同意又は黙認していた事実が立証された場合は、雇用者である法人に加えて当該役員も罰則等の対象となり得る。
上記1.で言及した公平ガイドラインに違反した場合は基本的に就労ビザの発給停止又は制限のみがサンクションとして想定されているのと比較して、より柔軟かつ細かな制裁を科すことが可能となる。
職場公平法案は、雇用する従業員の数が25名を下回る雇用主に対しては適用されない旨を規定している。もっとも、そのような適用対象外の雇用者に対しても、上記1.で言及した公平ガイドラインが(職場公平法施行後も)引き続き適用され、同ガイドラインに基づく実務対応は継続して実施する必要がある点には留意が必要である。また、上記の適用除外は、職場公平法施行後5年経過時に(適用除外の範囲を狭める方向で)見直される予定である。
職場公平法案においては、以下に列挙する場合は、差別的取扱いには該当しない旨が規定されている。個別の除外規定においては、具体的にどのような行為が除外されるかという点がある程度詳細に定められている。
上記2点目及び5点目は、シンガポールにおける高齢者及び障害者の雇用促進の方針に則ったものである。また、上記3点目は、2023年のビザ発給要件の厳格化を含む、近時のシンガポール政府による現地雇用優先の方針を反映したものと考えられる。
職場公平法案は2つの法案で構成されるところ、今回シンガポールの国会に提出された法案はそのうちの1つ目であり、差別的取扱いを受けた従業員等の私人による請求・申立てに関する手続等を内容とするもう一方の法案は来年国会に提出される予定である。そして、両法案が国会で可決される場合、新法が施行されるのは2026年又は2027年となる可能性が高いと目されている。
職場における公平な雇用実務の実現自体は上記1.で言及した公平ガイドラインにおいても雇用者の責務とされており、この点は職場公平法案が新法として施行された場合でも異ならない。もっとも、違反時のサンクションとして、公平ガイドラインに関しては多くの場合は就労ビザの発給停止又は制限によるのに対して、職場公平法案では上記2.(3)のとおり違反の程度に応じた幅広いサンクションが規定されている。
加えて、上記2.(2)に記載した雇用主の義務のうち、特に苦情処理プロセスの整備については、雇用主として積極的に対応することが必要となる事項であるため、職場公平法案が新法として施行される場合は、将来的に、既存の苦情処理システムの見直しや、未整備の場合は整備に向けた検討を行う必要が生じ得ると考えられる。
※1
S$1=JPY112で計算。以下、為替計算について同様。
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