
酒井嘉彦 Yoshihiko Sakai
アソシエイト
シンガポール
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
2025年1月、企業倒産手続の簡易版プログラム(Simplified Insolvency Programme。「SIP」)の改正に関するシンガポール倒産・再生・解散法改正法案(Insolvency, Restructuring and Dissolution (Amendment) Bill)が可決されたため、本稿では改正内容を概観する。
SIPは、パンデミック期間中であった2021年1月に、財政難に直面した中小・零細企業(micro and small companies/MSCs)の破綻処理を支援するために、暫定措置として導入されたものである。これは、会社再建のための債務整理や会社の効率的な清算のために、迅速かつ費用対効果の高い簡略化された手続を提供することを目的としたものであり、概要以下の2つに分類される。
SDRPは事業継続可能な企業を対象として、事業再建のために簡略化された債務整理の手続を提供するものである一方で、SWUPは債務超過状態にあるなど事業継続が困難な企業に対して、会社清算のための簡略化された手続を提供している。
シンガポール法務省のウェブサイトによれば、SIPは2024年10月25日までに116件の申立てがなされ、そのうち77件が実際に承認されている。なお、通常の清算手続ではその手続の完了までに数年を要する場合もあるところ、SWUPの平均所要期間は約9ヶ月と大幅に期間短縮がなされたとされている。
当初は暫定措置として導入されたSIPであるが、その後3度にわたり延長されており現在のプログラムは2026年1月28日まで延長されている。今回の改正法によりSIPは暫定措置の延長ではなくなり、シンガポール倒産・再生・解散法に恒久的に組み込まれることになった。
以下では、SIPをその2つの分類毎に、その主要な改正点を概観する。
改正前 | 改正後 |
---|---|
1. 手続利用の適格要件の緩和 | |
|
会社の負債総額(偶発債務及び将来の負債を含む)が200万シンガポールドル以下であることのみ。 改正により、必ずしも中小・零細企業ではない会社もSDRPの対象範囲に含まれることになった。 |
2. 必要サポート書類の簡略化 | |
一定の財務諸表、債権者一覧、SDRPの申立てを承認した株主総会特別決議議事録及び会社のキャッシュフロー予測を記載した書類などがサポート書類として必要。 | 原則として、サポート書類として必要となるのはSDRPの申立てを承認した株主総会特別決議議事録のみ。 |
3. 手続の効率化 | |
債務返済計画に係る議決に参加する債権者のクラスは、最大3クラス(有担保債権者、優先債権者及び無担保債権者)。 |
原則として、債務返済計画に係る議決に参加する債権者のクラスは、無担保債権者のみ。 有担保債権者や優先債権者は、無担保債権となる債権の範囲内でのみ債務返済計画に拘束され、有担保部分及び優先部分は拘束されない。 |
債務返済計画は、裁判所により承認されることにより全ての会社債権者を拘束する。 |
裁判所の関与なしが原則となり、会社に対する債権額の3分の2以上の債権者が議決に参加しかつ賛成する場合、債務返済計画は全ての会社債権者を拘束する。 但し、反対する会社債権者は、以下の事由がある場合には、裁判所に対して債務返済計画に関する異議を申し立てることができる。
かかる異議に理由がある場合、裁判所は、計画を中断・撤回し又は計画の修正を指示することができる。 |
債務返済計画が承認されない場合、一定期間を経てSDRPは終了する。 | 債務返済計画が承認されない場合、事業継続が不可能となった会社を効率的に清算・解散できるように、他の倒産・清算手続に移行することができる。 |
4. 債権者保護の強化 | |
モラトリアム期間は、SDRP開始から90日間(但し延長可)。 |
モラトリアム期間は、Insolvency Practitionerの選任から30日間(但し延長可)。 改正により、モラトリアム期間(会社の資産処分・取引が制限され、会社債権者による会社に対する権利行使が制限される期間)が短縮され、会社債権者がより速やかに権利行使を行えるようになった。 |
申立ての反復に関する制限は特になし。 | SDRPの申立てがなされたものの成功しなかった会社は、少なくとも5年間はSDRPを再度申し立てることができない。これはSDRPの濫用的な利用から債権者を保護するための制約である。 |
改正前 | 改正後 |
---|---|
1. 手続利用の適格要件の緩和 | |
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会社の負債総額(偶発債務及び将来の負債を含む)が200万シンガポールドル以下であることのみ。 改正により、必ずしも中小・零細企業ではない会社もSWUPの対象範囲に含まれることになった。 |
2. 申立て手続の簡略化の余地 | |
株主総会特別決議が必要。 | 株主総会の開催が困難な場合など、一定の条件を満たす場合には株主総会特別決議を省略可。 |
3. 手続の効率化 | |
公告方法
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公告方法
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- |
清算人が、資産の調査・回収に必要な資金を債権者から受け取れない場合、当該調査・回収を経ずに会社を清算・解散することができる。 また、清算人は、効率的な清算・解散のため、より適した手続(裁判所による強制清算手続や債権者主導の任意清算手続)に移行させることができる。 |
今回の企業倒産手続の簡易版プログラムの改正は、手続利用の適格要件を緩和して対象となる企業を増やし、また、債権者保護を強化しつつ、手続を簡略化・効率化することで会社再建に向けた債務整理や会社清算に要する時間とコストを抑え、既存の枠組みをより利用しやすいものに改善するものであり、今後更なる利用の拡大が期待されている。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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