
田村優 Yu Tamura
パートナー
東京
NO&T Corporate Legal Update コーポレートニュースレター
本年4月14日に東京証券取引所(以下「東証」といいます。)から「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」という資料が公表され、同年5月14日までの間、東証の定める企業行動規範の見直し内容についてのパブリック・コメントが実施されています※1。
現行の企業行動規範においても、MBO※2については、上場会社による意見表明について「必要かつ十分」な開示が求められ※3、支配株主等※4が関連する公開買付けに対して上場会社が意見表明を行うこと等※5を決定する場合には、当該決定が少数株主にとって不利益なものでないことに関して当該支配株主との間に利害関係を有しない者による意見の取得及び「必要かつ十分」な適時開示が求められています※6。
一方で、近年、MBOや支配株主による完全子会社化など構造的な利益相反の問題が生じ得る取引の件数が高水準で推移している状況の下で、特別委員会の実効性に関する懸念や価格の公正性を判断するために必要な株式価値算定に関する開示等の不足に関する懸念が投資家から示されていることを踏まえて、2019年に経済産業省が公表した「公正なM&Aの在り方に関する指針」(以下「公正M&A指針」といいます。)の実効性を高めることを目的として、MBOや支配株主を含む関係会社による完全子会社化等に関する企業行動規範を拡充する方向で見直しが行われています。
このニュースレターにおいては、東証から公表されている新制度の要綱を概括します。
上述のとおり、現行の企業行動規範においても、MBOや支配株主が関連する公開買付け等についての規範が設けられていましたが、今回の見直しにおいては、「上場会社がMBOや支配株主・その他の関係会社等による完全子会社化等を決定する場合」を対象とすることを想定しています。具体的な対象となる行為としては、MBOや支配株主その他の関係会社等による公開買付けに対して意見表明を行うことのほか、支配株主その他の関係会社等が関連する株式交換等を行うことを決定すること(いずれも上場廃止となることが見込まれる場合に限る。)等※7が想定されています。
MBOに対しての意見表明に際しては、これまで利害関係を有しない者による意見の取得は求められておりませんでしたが、支配株主が関連する公開買付けと同様に構造的利益相反の問題が生じ得る類型であることから、支配株主が関連する公開買付けと揃えた形になります。
また、今回の見直しにより、上記のとおり、支配株主が関連する公開買付けのみならず、いままで対象とされていなかった「その他の関係会社等」による完全子会社化についても「必要かつ十分な開示」と意見の取得が新たに求められることになりました。ここで「その他の関係会社」とは、財務諸表等規則8条17項4号に規定する「その他の関係会社」を指し、公開買付対象者に対して20%以上の議決権を有している株主や、保有する議決権が15%以上20%未満で重要な影響を与えられる株主が想定されていますが、見直しにおいては、その他の関係会社「等」として、財務諸表等規則8条17項4号に規定する「その他の関係会社」以外の者も含み得る記載がされているため、「その他の関係会社等」の具体的な範囲については、改正文言の公表が待たれます。
以上を踏まえて、企業行動規範による規制内容の拡張を簡易的に図式化すると下表のようになります。
買付者等義務内容 | MBO | 支配株主 | その他の関係会社等 |
---|---|---|---|
意見の取得 | ×→○ | ○ | ×→○ |
必要かつ十分な開示 | ○ | ○ | ×→○ |
現行の企業行動規範においては、支配株主を有する上場会社に対する公開買付け等において、「当該支配株主との間に利害関係を有しない者」による意見が求められており、意見の取得先は必ずしも特別委員会に限られませんが、見直しにおいては、特別委員会からの意見取得を義務付けることが検討されています。
東証は、特別委員会からの意見取得を義務付ける理由として、実務の進展を挙げています。実際、公正M&A指針が対象とするMBOや支配株主による従属会社の買収(支配株主による株式交換等による完全子会社化を含みます。)のみならず、上場廃止が見込まれる公開買付けへの意見表明にあたっては、特別委員会から意見を取得する実務が定着しており、明示的に特別委員会からの意見取得を義務付けたとしても実務に対する影響は軽微と考えられます。もっとも、公正M&A指針においても、公正性担保措置としての特別委員会の設置の重要性を強調しつつも、経営破綻企業の買収等緊急性が高く、迅速な実施が要求される場合等において、特別委員会を設置することが困難な場合があることが指摘されているところであり、一律に特別委員会からの意見の取得を義務付けることについての是非は様々な意見があり得るところと思われます。
現行の企業行動規範上、「少数株主にとって不利益なものでないこと」についての意見が求められていますが、見直しにおいては、「一般株主にとって公正であること」についての意見を求めることが検討されています。この改正案は、一定のプレミアムが付された価格で一般株主に売却機会が与えられることを理由に、価格の公正性に疑義がある場合であっても、「不利益でない」と意見する事例が見られることを受けて、公正M&A指針も踏まえ、企業価値の増加分※8が一般株主に公正に分配されるような取引になっているかという観点から、「公正であること」に関する意見を求めることを理由としています※9。
特別委員会としては、公正M&A指針において「M&Aを行わなければ実現できない価値」とされている価値(シナジー等)が一般株主に適切に分配されているかを踏まえて「公正であるか」について従前より踏み込んだ検討・判断が求められることになりますが、具体的にどのような取引条件であれば「公正である」といえるかは一義的に判断が困難な場面もあり得ると思われ、今後特別委員会での検討の実務に影響を与える可能性があると考えられます。
特別委員会が検討・判断すべき事項についても、上場規則上明確化することが予定されています。具体的には、①取引条件について、(i)公開買付者との協議・交渉の過程、(ii)株式価値算定の内容及びその前提とした財務予測・前提条件等の合理性、(iii)過去の市場株価、(iv)同種案件に対するプレミアムの水準の合理性などの観点から、取引条件が公正なものとなっているかについての説明が求められ、また、②手続きの公正性について、公正M&A指針において例示されている公正性担保措置の実施状況に加えて、措置の一部を行わない場合には、その理由及び措置の一部を行わないことについて全体の公正性の観点からどう考えるかについて説明が求められることになります。
公正M&A指針で例示されている公正性担保措置としては、①特別委員会の設置、②外部専門家の専門的助言等、③マーケット・チェック、④マジョリティ・オブ・マイノリティ条件、⑤一般株主への情報提供の充実とプロセスの透明性の向上及び⑥強圧性の排除があり、特別委員会の答申上もこれらの項目について概ね触れられる実務となっていますが、現状、必ずしもこれらの全てについて特別委員会の答申上言及するという実務とはなっていないように思われ、改正の施行後、答申を作成するにあたっては実務上留意が必要なポイントとなると考えられます。
現状、特別委員会の意見の開示は、特別委員会の答申の概要をプレスリリースに記載することで行われていますが、見直しにおいては、特別委員会の意見書そのものをプレスリリースの添付資料とすることが検討されています。
現状の実務においても、特別委員会の答申の内容については、プレスリリースにおいて相当程度詳細な記載が行われているため、実際上の影響はさほど大きくないことが想定されますが、意見書そのものがプレスリリースの添付資料として開示されることになることも前提に、意見書を作成することが必要となります。
「必要かつ十分」な開示の一内容として、株式価値算定の重要な前提条件の開示の拡充が検討されています。具体的には、下表にまとめた事項の開示を追加的に求めることが想定されています。
拡充される項目 (DCFによる場合) |
||
---|---|---|
株式価値の算定の概要 | 財務予測 | 財務予測の期間の設定に関する考え方 |
財務予測の前提となる考え方(事業内容や事業環境等についてどのような前提を置いているか)
|
||
割引率 |
割引率の種類
|
|
継続価値 | 継続価値の具体的な数値(レンジ可) | |
継続価値の算定に用いたパラメータの設定に関する考え方
|
||
非事業用資産 | 個別資産(賃貸等不動産、政策保有株式、余剰資金など)の算定上の取扱い(事業資産と非事業用資産の切り分けについての考え方など)(算定において重要性を有する場合に限る) | |
算定機関との関係 | 第三者評価機関の報酬体系(成功報酬か、固定報酬か等) |
MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度に直接関係するものではありませんが、IR体制の整備を求める見直しも同時に行われており、企業行動規範の遵守すべき事項としてIR体制の整備を求めることが予定されています。但し、整備すべき体制について画一的な定めを置くことは想定されていません。
冒頭に記載したとおり、「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」は現在パブリック・コメントに付されており、施行は本年7月が予定されています。今回の見直しの内容は、MBOや上場会社の完全子会社化の実務に少なからず影響を与えることが想定されますので、見直しの内容については引き続き注視する必要があると考えます。
※1
東京証券取引所「パブリック・コメント MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」2025年4月24日最終アクセス
※2
公開買付者が公開買付対象者の役員である公開買付け(公開買付者が公開買付対象者の役員の依頼に基づき公開買付けを行う者であって公開買付対象者の役員と利益を共通にする者である公開買付けを含む。)と定義されています(有価証券上場規程441条)。
※3
有価証券上場規程441条
※4
①上場会社と同一の親会社をもつ会社等(当該上場会社及びその子会社等を除く。)、②上場会社の親会社の役員及びその近親者、③上場会社の支配株主(当該上場会社の親会社を除く。)の近親者並びに④上場会社の支配株主(当該上場会社の親会社を除く。)及び①から③に記載する者が議決権の過半数を自己の計算において所有している会社等及び当該会社等の子会社(当該上場会社及びその子会社等を除く。)が含まれます(有価証券上場規程施行規則436条の3)。
※5
支配株主が関連する公開買付けに対する意見表明のほかには、株式移転や株式交換等が含まれます。
※6
有価証券上場規程441条の2
※7
東証の公表資料上は、「~等」として、公開買付けに対する意見表明及び株式交換以外の行為も対象に含み得る記載がなされていますが、具体的な対象となる行為については、改正文言の公表が待たれます。
※8
公正M&A指針において「M&Aを行わなければ実現できない価値」とされている部分をいうと考えられます。
※9
東京証券取引所「MBOや支配株主による完全子会社化に関する上場制度の見直し等について」2025年4月24日最終アクセス
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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