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信用機関法改正―担保実行を簡易・迅速にする手続きの導入(ベトナム)

NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報

著者等
井上皓子
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Asia Legal Update ~アジア最新法律情報~ No.235(2025年6月)
業務分野
キーワード
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 現在、信用機関法改正が審議されており、草案がパブリックコメントに付されている。改正草案は3条からなる短いものだが、金融機関による担保(抵当権)の実行を迅速・容易に行うことができる旨の規定が盛り込まれており、実現すれば実務に大きなインパクトを与える可能性がある。

 本稿では、現行民法における担保制度について簡潔に概観し、改正草案での提案内容を解説する。

1. 現行ベトナム民法の担保措置

 現行ベトナム民法では、民事上の債務の履行を担保するための手段として、質権、抵当権、手付、預託、供託、所有権留保、保証、信用保証、留置権の手段が設けられている(民法292条)。

 また、これらの担保制度を運用するための詳細は政令で規定されており、主要なものとしては、担保取引全般について民法の規定を具体化する政令21号(21/2021/NĐ-CP号)、及び担保権の設定・変更・抹消等の登記手続を定める政令99号(99/2022/NĐ-CP)がある。

 上記の担保手段のうち、実務上、約定物的担保である質権及び抵当権が重要な意義を有している。質権と抵当権は、担保対象物件を相手方に引き渡すかどうかで区別される。担保の対象となる「財産」とは、「物、金員、有価証券及び財産権」(民法105条1項)であり、「不動産及び動産」の双方が対象となる(同105条2項)。また、担保財産は、現存財産(同108条1項)でも将来形成財産(同108条2項)のいずれでもよい(同295条3項)。民法上、担保財産は留置権及び所有権留保の場合を除き、担保権設定者(担保財産を担保に供することを約束する者をいう。)の所有する財産であることとされている(同295条1項)が、債務者が所有する財産である必要はない(第三者担保提供。政令21号3条3項)。なお、ベトナムでは、土地の所有権は基本的に国家に属するとされているため、不動産抵当権は原則として建物に限定されており、代わりに、債権抵当として土地使用権を抵当に入れるという方法での担保がよく用いられている。

 担保を設定する場合、担保権者と担保権設定者の二者間の合意が必要となる(政令21号3条5項)。なお、政令の文言上は、第三者担保提供の場合、債務者も加えた三者合意とすることも可能とされているが、それが必要というわけではない。担保合意は、独立した合意でも、主たる債務にかかる契約の中での担保条項でもよい(同項)。法令上、所有権留保と信用保証については書面による合意が必要とされている(民法331条2項、345条)が、その他の担保については、抵当権を含め、法令上は書面による合意は要求されておらず、口頭での合意も有効である。担保権の設定は、登記(合意又は請求により義務付けられる場合)又は担保財産の占有により第三者対抗力を得る(民法297条1項、政令21号23条)。

 担保権者は、①被担保義務の履行期限が到来したが、債務者が義務の一部又は全部を履行しない場合、②義務違反により、合意又は法律の規定に基づき、債務者が期限の到来前に被担保債務を履行しなければならない場合、③当事者が合意した場合その他法令が規定する場合、担保権を実行し担保財産を処分することができる(民法299条)。具体的には、担保権の実行について、担保権設定者に対し書面で通知し(同300条)、担保財産の占有者は担保権者に対し担保財産の引渡を行わなければならない(同301条)。担保権者は、引渡を受けた担保財産を、競売・私的売却、その他合意した方法で処分することにより、担保権を実行することができる(同303条)。大手銀行は、通常、競売手続きを選択することが多いようである。

 しかし、これらの規定は、担保権設定者・占有者が担保財産やその処分に必要な書面の引渡を任意に行うことを前提としており、担保権設定者らが引渡を拒否した場合、担保権者は、裁判所に訴訟を提起し(同301条)、判決を得て引渡の強制執行をしなくてはならない。そうすると、担保を設定していたとしても、実際には、担保権設定者・占有者の協力がなければ担保権の実行が難しいことになり、簡易・迅速に債務の弁済を受けられるための担保としての機能が十分に果たされていないことが実務上の課題となっていた。

2. 信用機関法改正草案

 今般の信用機関法改正草案においては、担保権者が金融機関(銀行、金融会社、リース会社等を含む)である場合に、担保権設定契約において明示的に同意があることを前提に、債務不履行時に担保権者である金融機関が、裁判所を介することなく私的に財産を差し押さえることを認めるという規定が提案されている。

 具体的には、現行信用機関法198条の後に、担保財産の実行の権利を定める198a条、執行の例外を定める198b条、刑事事件・行政事件に関する担保物権の返還を定める198c条を追加するものであり、中心となる198a条の草案は、以下のとおりである。

 なお、文言上は広く「担保」全般を対象としているが、以下のとおり、財産の引渡を強制するための制度であり、抵当権を念頭に置いているものと理解される。

  1. 担保財産の私的差押:債務者が債務不履行に陥った場合など担保権実行の開始条件が成就したとき、債務者又は担保権設定者(担保財産の占有者)は、担保権者に対し、担保権設定契約その他の合意に基づき担保財産及びそれに関連する主要な法的書類一式(例えば国家担保取引登録機関(NRAST)による登録証明、動産の場合は購入契約書、領収書、又は当事者の法的資格を証明する書類等のようなものが考えられる。)を引き渡す義務があり、引渡を怠った場合、担保権者は担保財産を裁判所の手続きを経ることなく私的に差し押さえることができる。
  2. 条件:以下の条件を満たすこと

    • 民法第299条の規定に従い担保権実行の開始条件が成就したこと
    • 担保設定契約その他の合意書において、法令に基づく担保権の実行が行われる場合に、不良債権に係る担保財産について担保権者による差押を担保権設定者が予め承諾している旨の合意があること(草案においては、第三者担保提供の場合に、債務者の同意が必要とは規定されていない。)
    • 担保権の第三者に対する対抗要件(抵当権の場合は原則として登記)が有効であること
    • 担保財産が未解決の訴訟中の係争物件でないこと
    • 必要な情報公開が行われていること

      • 担保財産が不動産の場合:差押の15日前までに、自社のウェブサイトでの公開、担保物件所在地の人民委員会及び公安機関への通知、担保権設定者及び関係者への書面による通知
      • 担保財産が動産の場合:差押の10日前までに、自社のウェブサイトでの公開、担保契約に基づく担保権設定者の住所登録地の人民委員会への通知、担保権設定者及び関係者への書面による通知
  3. 地方自治体及び警察の協力義務等

    • 人民委員会及び公安機関は、それぞれの権限・任務の範囲内で、治安・秩序・社会的安全を確保し支援することとする。担保権設定者が協力しない場合や引渡現場に立ち会わない場合、人民委員会の代表が差押に立ち会い、記録に署名する。
    • 金融機関は、自ら、又は自社が設立した不良債権管理・資産処理会社(Asset Management Company)に委託して行うことができる。
  4.  この改正案により、担保財産の引渡を要しない抵当権設定について、担保権の実行にあたり、担保財産や処分に必要な書面等の引渡について債務者・担保権設定者の任意の協力が得られない場合に、より強硬に引渡を求める権利が強化されたことになり、任意の引渡を要請し、拒否された場合には裁判所による引渡を求める判決・執行を待たなければならない現行法の建付に比べると、私的に引渡を求める権利が強化されたことになる。

     担保権の実効性の強化については、従前も、例えば土地使用権を抵当に入れる場合、実務上は土地使用権証明書を抵当権者である金融機関が保管することを要求するなど実務上の工夫がされてきた。また、旧民法下では、政令により、債務者・担保権設定者が引渡を拒んだ場合には人民委員会や公安に支援を求めることができるとされていたことがあり、さらに、2017年には決議42号/2017/QH14号により金融機関による担保財産の私的実行について試験的に一時導入されていた。今般の法改正は、これらの私的実行制度を、法令の枠組みの中で明確にしたものといえ、抵当権全般について、その実行がより簡易かつ実効的に行うことができるようになることが期待されている。

     他方、この改正案により、交渉力の弱い借手にとっては、一方的に資産が差し押さえられるリスクが高まる可能性がある。また、信用機関法においても、担保実行の要件である債務不履行について争いがある場合などに、債権者・担保権設定者がどのように異議申立てをすることができるか等については、手続きも規定されておらず、運用面での不透明さが懸念される。

     借手側の企業としては、既存契約に含まれる担保条項の再点検を行い、今後の法改正の動向に継続的な注意を払う必要がある。特に、法令上私的実行が認められることになる場合には、懸念が払拭されるまでは私的実行を排除する規定を明示的に導入すること等を検討することも考えられる。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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