
井上皓子 Akiko Inoue
カウンセル
東京
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
現在、信用機関法改正が審議されており、草案がパブリックコメントに付されている。改正草案は3条からなる短いものだが、金融機関による担保(抵当権)の実行を迅速・容易に行うことができる旨の規定が盛り込まれており、実現すれば実務に大きなインパクトを与える可能性がある。
本稿では、現行民法における担保制度について簡潔に概観し、改正草案での提案内容を解説する。
現行ベトナム民法では、民事上の債務の履行を担保するための手段として、質権、抵当権、手付、預託、供託、所有権留保、保証、信用保証、留置権の手段が設けられている(民法292条)。
また、これらの担保制度を運用するための詳細は政令で規定されており、主要なものとしては、担保取引全般について民法の規定を具体化する政令21号(21/2021/NĐ-CP号)、及び担保権の設定・変更・抹消等の登記手続を定める政令99号(99/2022/NĐ-CP)がある。
上記の担保手段のうち、実務上、約定物的担保である質権及び抵当権が重要な意義を有している。質権と抵当権は、担保対象物件を相手方に引き渡すかどうかで区別される。担保の対象となる「財産」とは、「物、金員、有価証券及び財産権」(民法105条1項)であり、「不動産及び動産」の双方が対象となる(同105条2項)。また、担保財産は、現存財産(同108条1項)でも将来形成財産(同108条2項)のいずれでもよい(同295条3項)。民法上、担保財産は留置権及び所有権留保の場合を除き、担保権設定者(担保財産を担保に供することを約束する者をいう。)の所有する財産であることとされている(同295条1項)が、債務者が所有する財産である必要はない(第三者担保提供。政令21号3条3項)。なお、ベトナムでは、土地の所有権は基本的に国家に属するとされているため、不動産抵当権は原則として建物に限定されており、代わりに、債権抵当として土地使用権を抵当に入れるという方法での担保がよく用いられている。
担保を設定する場合、担保権者と担保権設定者の二者間の合意が必要となる(政令21号3条5項)。なお、政令の文言上は、第三者担保提供の場合、債務者も加えた三者合意とすることも可能とされているが、それが必要というわけではない。担保合意は、独立した合意でも、主たる債務にかかる契約の中での担保条項でもよい(同項)。法令上、所有権留保と信用保証については書面による合意が必要とされている(民法331条2項、345条)が、その他の担保については、抵当権を含め、法令上は書面による合意は要求されておらず、口頭での合意も有効である。担保権の設定は、登記(合意又は請求により義務付けられる場合)又は担保財産の占有により第三者対抗力を得る(民法297条1項、政令21号23条)。
担保権者は、①被担保義務の履行期限が到来したが、債務者が義務の一部又は全部を履行しない場合、②義務違反により、合意又は法律の規定に基づき、債務者が期限の到来前に被担保債務を履行しなければならない場合、③当事者が合意した場合その他法令が規定する場合、担保権を実行し担保財産を処分することができる(民法299条)。具体的には、担保権の実行について、担保権設定者に対し書面で通知し(同300条)、担保財産の占有者は担保権者に対し担保財産の引渡を行わなければならない(同301条)。担保権者は、引渡を受けた担保財産を、競売・私的売却、その他合意した方法で処分することにより、担保権を実行することができる(同303条)。大手銀行は、通常、競売手続きを選択することが多いようである。
しかし、これらの規定は、担保権設定者・占有者が担保財産やその処分に必要な書面の引渡を任意に行うことを前提としており、担保権設定者らが引渡を拒否した場合、担保権者は、裁判所に訴訟を提起し(同301条)、判決を得て引渡の強制執行をしなくてはならない。そうすると、担保を設定していたとしても、実際には、担保権設定者・占有者の協力がなければ担保権の実行が難しいことになり、簡易・迅速に債務の弁済を受けられるための担保としての機能が十分に果たされていないことが実務上の課題となっていた。
今般の信用機関法改正草案においては、担保権者が金融機関(銀行、金融会社、リース会社等を含む)である場合に、担保権設定契約において明示的に同意があることを前提に、債務不履行時に担保権者である金融機関が、裁判所を介することなく私的に財産を差し押さえることを認めるという規定が提案されている。
具体的には、現行信用機関法198条の後に、担保財産の実行の権利を定める198a条、執行の例外を定める198b条、刑事事件・行政事件に関する担保物権の返還を定める198c条を追加するものであり、中心となる198a条の草案は、以下のとおりである。
なお、文言上は広く「担保」全般を対象としているが、以下のとおり、財産の引渡を強制するための制度であり、抵当権を念頭に置いているものと理解される。
この改正案により、担保財産の引渡を要しない抵当権設定について、担保権の実行にあたり、担保財産や処分に必要な書面等の引渡について債務者・担保権設定者の任意の協力が得られない場合に、より強硬に引渡を求める権利が強化されたことになり、任意の引渡を要請し、拒否された場合には裁判所による引渡を求める判決・執行を待たなければならない現行法の建付に比べると、私的に引渡を求める権利が強化されたことになる。
担保権の実効性の強化については、従前も、例えば土地使用権を抵当に入れる場合、実務上は土地使用権証明書を抵当権者である金融機関が保管することを要求するなど実務上の工夫がされてきた。また、旧民法下では、政令により、債務者・担保権設定者が引渡を拒んだ場合には人民委員会や公安に支援を求めることができるとされていたことがあり、さらに、2017年には決議42号/2017/QH14号により金融機関による担保財産の私的実行について試験的に一時導入されていた。今般の法改正は、これらの私的実行制度を、法令の枠組みの中で明確にしたものといえ、抵当権全般について、その実行がより簡易かつ実効的に行うことができるようになることが期待されている。
他方、この改正案により、交渉力の弱い借手にとっては、一方的に資産が差し押さえられるリスクが高まる可能性がある。また、信用機関法においても、担保実行の要件である債務不履行について争いがある場合などに、債権者・担保権設定者がどのように異議申立てをすることができるか等については、手続きも規定されておらず、運用面での不透明さが懸念される。
借手側の企業としては、既存契約に含まれる担保条項の再点検を行い、今後の法改正の動向に継続的な注意を払う必要がある。特に、法令上私的実行が認められることになる場合には、懸念が払拭されるまでは私的実行を排除する規定を明示的に導入すること等を検討することも考えられる。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
(2025年7月)
加藤志郎、鈴木雄大(共著)
遠藤努、中村日哉(共著)
(2025年6月)
松尾博憲
宮城栄司、井柳春菜(共著)
(2025年6月)
松尾博憲
宮城栄司、井柳春菜(共著)
(2025年6月)
三笘裕、江坂仁志(共著)
井上皓子
深水大輔、勝伸幸、角田美咲(共著)
德地屋圭治、李辛夷(共著)
井上皓子
(2025年6月)
関口朋宏(共著)
德地屋圭治、李辛夷(共著)
井上皓子
長谷川良和
(2025年6月)
佐々木将平
井上皓子
(2025年5月)
中川幹久
(2025年5月)
澤山啓伍、ホアイ・トゥオン(共著)
(2025年5月)
小柏卓也、ガー・チャン(共著)