
大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
2025年6月25日、欧州委員会はEU宇宙法(EU Space Act。以下「EUSA」といいます。)の草案を公表しました※1。EUSAは、EU加盟国の宇宙事業者のみならず、EUで宇宙サービスを提供するEU非加盟国の宇宙事業者にも適用され得るため、EUにおいて宇宙サービスを行い又は行う可能性のある日本の宇宙事業者も、EUSAの規制内容を理解し、今後の動向を注視しておく必要があると思われます。
そこで、今回の宇宙法アップデートでは、EUSAのポイント及び今後留意すべき点を、当事務所宇宙プラクティスグループのメンバーが解説します。
なお、EUSAは、現在はまだ草案が公表された段階であり、今後、EUの欧州議会及び理事会による立法手続を経て具体化され、2030年1月1日(但し、一定の移行期間が設けられる予定です。)から適用されることが予定されています。
EUSAは、EU内における宇宙活動に対する法的枠組みを統一して、欧州宇宙産業の競争力を高めることを目的として、以下の3つの柱で制度を整備しています。
EUSAは、EU加盟国の宇宙事業者のみならず、EUで宇宙サービスを提供するEU非加盟国の宇宙事業者にも適用され得ます。
「EU加盟国の宇宙事業者」とは、EU内で設立された又は宇宙サービス提供者※2である自然人若しくは法人により支配された宇宙事業者※3をいいます※4。また、「EU非加盟国の宇宙事業者」とは、EU以外で設立された宇宙事業者であって、(i)EU加盟国の宇宙事業者に対して、若しくは、EUの資産に関連して宇宙サービスを提供し、(ii)宇宙ベースのデータの一次提供者としての役割を果たし、又は、(iii)宇宙ベースのデータの一次提供者に対してサービスを提供する者をいいます※5。
但し、中小企業、研究機関、教育機関等に対しては、一定の適用除外制度が設けられています※6。
EU加盟国の宇宙事業者が、EU加盟国において宇宙サービスを提供するためには、設立国の所轄官庁によって付与される宇宙活動の実施のための認可を取得する必要があります※7。そして、EU加盟国は、他のEU加盟国が発行した認可を承認するものとされています※8。当該認可を付与したEU加盟国は、宇宙事業者の情報を欧州連合宇宙プログラム機関(以下「EUSPA」といいます。)に通知し、EUSPAはその情報を宇宙物体連合原簿(以下「URSO」といいます。)に登録します※9。
EU非加盟国の宇宙事業者が、EU加盟国において宇宙サービスを提供するためには、EUSAに基づく認可を取得する必要があります。当該認可を取得するためには、EU非加盟国の宇宙事業者は、EUSPAに対してEUSAが定める要件※10を満たすことを証する書面を添えて申請を行う必要があり、当該申請を受領したEUSPAは5カ月以内に審査結果を欧州委員会に通知します。欧州委員会が、当該審査結果に基づいて認可の決定を行った場合、EUSPAはEU非加盟国の宇宙事業者の情報をURSOに登録します※11。
但し、EU非加盟国において、当該EU非加盟国に設立された宇宙事業者に対して、EUSAと同等の法的規制が適用されており、かつ、効果的な監督及び執行を受けていると欧州委員会が評価する等の場合には、欧州委員会は同等性決定を採択することができます。同等性決定が採択されたEU非加盟国の宇宙事業者は、EUSA上の要件の一部を充足するものとみなされます※12。
したがって、今後、欧州委員会が日本について同等性決定を採択するか否かについて、注視する必要があります。
なお、上記の認可を取得するに当たって必要となる技術要件等は、EUSAにより統一的ルールが定められることになりますが、詳細については今後委任規則等を通じて具体化される予定です。
EU非加盟国の宇宙事業者は、EU加盟国のいずれかに所在する法人を、EU内における法定代理人として指定する必要があります※13。当該法定代理人は、EU非加盟国の宇宙事業者に代わって、管轄当局、欧州委員会及び宇宙庁等から指摘される問題への対応等を行うことになります。
欧州委員会等は、EU非加盟国の宇宙事業者に対して、業務を遂行するために必要な情報を提供するよう求め、また、調査、立入検査を行うことができます※14。これらによって、EU非加盟国の宇宙事業者による違法行為が発見された場合、欧州委員会は罰金又は違約金を課すことが可能です。なお、当該罰金の最高額は、違法行為によって得られた利益の額の2倍とされています※15。
EUSAの適用が開始された場合、EU加盟国で事業を行う日本の宇宙事業者は、EUSAの技術要件等を遵守する必要が生じ得ます。欧州委員会の影響評価報告書※16によれば、これにより、EUにおける宇宙機の製造コストは3~10%増加する可能性があるとされています※17。
また、同報告書によれば、欧州委員会の認可を受けるための申請費用はおよそ10万ユーロとされており、他にもリスクマネジメント体制の構築のために最大24万ユーロ、打上事業者の安全性システムの構築のために20万~150万ユーロのコストが増加するとされています※18。
日本の宇宙事業者が負担するコストがどの程度増加するかについては、各事業者の事業内容・事業体制によって大きく変わると考えられますが、少なくとも相応の追加コストが発生することになると予想されます。
また、日本の宇宙事業者は、EU内に法定代理人を設置しなければならないことになります。この点に関連して、どの程度の対応を行わなければならないのかについては、今後具体化されるものと考えられますが、当該義務は、日本が欧州委員会によって同等性決定を受けた場合であっても免除の対象になっていないと思われる※19ことについては留意が必要です。
さらに、今後EUSAに関する委任規則やガイドライン等が整備されていく中で、日本を含む非EU加盟国の宇宙事業者に対して負担となる規制が追加される可能性もありますので、引き続き注視が必要です。
※2
「宇宙サービス提供者」とは、宇宙サービスを提供する者をいうとされています(Article 15 of EUSA)。
また、「宇宙サービス」とは、(i)宇宙物体の運用及び制御、(ii)発射サービスの提供及び発射サイトの運用・維持管理サービスの提供、(iii)宇宙ベースのデータの一次提供者が提供するサービス、(iv)宇宙空間における運用及びサービスの提供を目的とした宇宙物体の運用及び制御(ISOS)、及び(v)衝突回避宇宙サービスをいうとされています(Article 5, Item 14 of EUSA)。
※3
「宇宙事業者」とは、宇宙プログラムの実施の承認等に基づき、(i)宇宙物体の運用、制御及び回収等を行う宇宙船事業、(ii)宇宙物体の発射プロセスの運用、制御及び監視等を行う発射事業、(iii)宇宙物体の発射プロセスに用いられる施設の制御及び維持等を行う発射サイト事業、又は(iv)宇宙空間における運用及びサービスの提供を目的とした宇宙物体の運用及び制御を行うISOS事業を行うことにより宇宙インフラを運営する公的又は私的な実体をいうとされています(Article 5, Item 16 of EUSA)。
※4
Article 5, Item 17 of EUSA
※5
Article 5, Items 19, 20 and 21 of EUSA
※6
Article 10, Article 62, Article 96, Item 8 of EUSA等
※7
Article 6, Item 1 of EUSA
※8
Article 6, Item 3 of EUSA
※9
Article 7, Item 7 of EUSA
※10
但し、EU非加盟国の宇宙事業者が提供する打上サービスに代替性がない場合や、戦略的に重要な技術的能力を促進するものである場合は、いずれかの要件を満たしていなくても、加盟国の要請により、認可が付与される可能性もあります(Article 19 of EUSA)。
※11
Article 17 of EUSA
※12
Article 105, Article 16 and Article 15 of EUSA
※13
Article 23 of EUSA
※14
Article 50 and Article 51 of EUSA
※15
Article 56 of EUSA
※16
https://defence-industry-space.ec.europa.eu/document/download/18cb5e4d-c060-4ca8-b15c-00a45cd5f61a_en?filename=SWD-Impact-assessment-report-part1.pdf
https://defence-industry-space.ec.europa.eu/document/download/b093b1ce-91ca-41af-bd8e-817026c2c1c3_en?filename=SWD-Impact-assessment-report-part2.pdf
※17
同報告書46頁
※18
同報告書52頁
※19
Article 16 of EUSAは、Article 23 of EUSAを除外していません。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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