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NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
近時、M&Aでは中国系企業が買主候補として登場することが増えているが、中国国内の対外投資規制との関連で、取引のクロージングの遅延や、実行できないリスクが問題となることがある。日本側の売主は、買主側から「中国法令上の要請」と言われると、それ以上は追及しないことも多いが、実際にどのような規制があり、どのような対応が求められるかを知っておくことは、買主候補である中国企業と交渉し、取引完了までの日程を確定する上で有益と思われ、簡単に概観した上で、典型問題の対処について検討する。
海外企業の買収を含め、中国企業が対外投資を行うには、大まかに、①発展改革委員会に対する事前届出又は許可、②商務部門に対する事前届出又は許可、③外貨管理局に対する外貨登記が必要となる。そのうち、①と②が「対外投資して良いかかどうか」の許認可であり、根拠法令及び提出先が異なるだけで、申請内容はほぼ共通している※1。③は、認められた対外投資について、投資に必要な外貨を使うための手続と理解して良い。
前提として、規制が及ぼされる対外投資は、海外企業の買収に限られない。根拠法令上、対外投資は海外の不動産の取得、海外企業・資産の所有権・経営管理権を取得すること、海外での企業の設立、増資、契約・信託方式により海外企業及び資産を支配すること等、幅広い定義が設けられている※2。
次に、①及び②の手続において、届出か許可のいずれかが必要かを分けるのは、申請された対外投資の「センシティブさ」による。センシティブさ(敏感度)は、中国投資関連のキーワードであるが、対外投資においては(a)投資先のセンシティブさと(b)投資産業のセンシティブさに分けられる。(a)については中国と国交がない国、戦争内乱が起きている国、(b)については武器製造関連産業、水資源開発利用作業、マスメディア産業が例示列挙されているが、いずれも当局が追加修正できる建付となっている※3。センシティブであるとみとめられる国又は産業への投資は事前許可が必要であり、そうでない国又は産業への投資は事前届出で済む※4。以下では①及び②の事前届出及び許可をまとめて、対外投資許認可という。
対外投資を行う企業は、対外投資許認可を取得してから、管轄の外貨管理局において当該投資資金の資金源及び使途等に関する説明を行い、「国外直接投資外貨登記」を行う。企業は、①、②の許認可の取得証明及び外貨登記証をもって、初めて銀行で投資用の海外送金を行うことができる※5(中国は概して、お金を国外に出すことに対しては厳しく、外貨送金については逐一目的の適切性及び支出の真実性をチェックする制度が設けられている。)。
M&Aの買主(候補)が中国企業である場合、まず問題となりやすいのは、契約を締結しても、買主の対外投資許認可が無事取得できるか、いつ取得できるかがどうかわからない、取得できても、期限内にクロージングしないと、同許認可の有効期限が切れる、という点である。
これらの問題について、確かに、原則上対外投資許認可は「法的拘束力のある契約又は類似する書面」を締結後に申請することとなっており(契約等を申請の添付書類として提出する必要がある。)、また許認可の有効期限は2年とされている。しかし、実際には発展改革委員会によれば「法的拘束力のある契約の提出が困難であり、そのことに関する合理的かつ十分の説明」があれば必ずしも提出が必要ないとされている※6。また、「法的拘束力のある契約又は類似する書面」は必ずしもいわゆる最終契約(DA)ではなく、法的拘束力のあるLOIでも認められる。許認可の有効期限も原則2年とされているものの、延長できることとなっている※7。したがって、買主がこれらの許認可を理由にクロージングを遅らせる、拒む等した場合は、まず先方にそれらが法令上本当に回避できないか、確認検討を求めるべきであろう。
次に問題となりやすいのは、買主から対外投資許認可の関係上、一度決めた取引価格を事後的に変更することができないため、価格調整を行うことができないと主張される点である。
この問題についても、まず正確に法令上の要請を確認する必要がある。確かに対外投資許認可の申請書には「対外投資額」を記載する欄があり、そこで一旦記載した投資を事後的に変更する(特に増額)ことは、変更申請が必要で煩雑となる可能性がある。しかし、発展改革委員会によれば、「投資額」は「形式より実質」を重視して当局に説明すべきとされており、かつ投資額はプロジェクト毎に計算されるので、例えば中国企業A社による日本企業B社の株式取得の場合は、株式取得価額だけでなく、その後A社がB社に供与するインターカンパニーローンやライセンスする知的財産権等の価値も含めて計算する必要がある※8。投資プロジェクト毎に、いくらの価値が国から出て行くかを審査するのが立法趣旨であり、株式の価格調整だけの問題ではないはずである。
したがって、取引の価格調整も、本来買主が「投資額」の記載方法について、投資額のレンジや上限額を設ける等工夫して当局に説明することによって解決をはかるべき問題であり、一概にできないという問題ではない。
上記で触れたように、買主の中国企業から提示されやすい対外投資許認可の問題は、法令上解決策が用意されていないわけではなく、交渉によって先方に確認検討を求め、予め当局と交渉させることで出口を見いだせることも多い。もっとも、審査当局の実際の対応が予測しづらく、地方や担当者によっては硬直的な対応が行われ、クロージングが遅延又は実行できないリスクがあることも事実である※9。
売主である日本企業からすれば、対外投資許認可取得のリスクは、競争法審査と同様、買主が負うべきリスクと整理して、買主に許認可を取得する(最大限の)努力義務を課した上で、取得できないことで取引がクロージングできない場合の対処としては、いわゆるReverse Termination Fee(「RTF」)の取決めを置き、売主が買主に一定の費用を請求できることとすることが一次的な対処法として考えられる。
しかし、RTFの場合、一般的にはクロージングができないことが判明してから請求する必要があり、その時点では買主としても取引ができない以上、自らの帰責性はないとして、非協力的な姿勢をとる可能性が高い。契約上請求可能であったとしても、実際に訴訟・仲裁等を提起し、国境をまたいで請求することは実務上相応の期間・費用がかかることから、より直截的な手段として、LOI又はDA締結のタイミングで、予め買主から一定額の手付金(deposit)を徴収し、買主の帰責によりクロージングできない場合に売主が没収可能としておくことが考えられる。中国企業は、国内取引においても手付金を支払う実務が成立していることから、手付金の提案には理解を示すことが多い(むしろ手付金の支払いを頑なに拒む場合には、クロージングの誠意も疑われるので、きちんと理由を確認する必要がある。)。買主に許認可取得のインセンティブを与えるよう、手続の進捗及び期限に応じて、段階的に手付金を増減させるアレンジメントも考えられ、金額の設定次第では取引の不確実性を十分にカバーできる。その他、買主に対して、銀行名義の支払金額の保管証明の提出を求めることも考えられる。
また、中国企業と取引する際には、買主となるエンティティと支払のエンティティを細かく区別し、確認する必要がある。一定規模の中国企業は、厳重な規制を回避して海外との取引が容易になるよう、香港、マカオ、シンガポール等にエンティティを保有していることが多い。エンティティが中国本土にあるか、香港、マカオにあるか、シンガポール等の第三国にあるかで、対外投資に及ぶ規制が異なり、例えば香港所在のエンティティからの外貨支払いには、上記③の外貨登記が不要になることから、取引対価に先立ち、手付金を香港エンティティから支払ってもらうことが実務上考えられる。
※1
根拠法令は①発展改革委員会管轄の企業境外投資管理弁法(2018)と②商務部管轄の境外投資管理弁法(2014)である。規制内容はほぼ共通しているが、後に成立した企業境外投資管理弁法がより引用されることが多く、本稿でも以降法令の引用は企業境外投資管理弁法に依拠する。但し、①、②いずれの許認可も取得が必要であり、順番の先後もない。なお、①、②は対外投資に関する一般的な規定であるが、その他に投資先の産業に応じた規制(例えば、自動車産業投資管理規定(2018))や、投資元の企業に応じた規定(例えば、中央企業境外投資監督管理弁法(2017))等があり、複雑な規制が置かれている。
※2
企業境外投資管理弁法2条
※3
企業境外投資管理弁法13条。なお事前許可が必要となるセンシティブな投資産業は国家発展改革委員会が目録を公布・更新しており、現行の目録では不動産、ホテル業、スポーツクラブ産業、娯楽産業等が掲載されている。安全保障上さしてセンシティブに見えないこれらの産業が制限されている理由は、中国当局から見て、これらの産業に対する国外投資は、国内資産の海外移転手段として使われやすいと思われているためである。
※4
企業境外投資管理弁法6条
※5
具体的には「境内機構境外直接投資外貨管理規定」(2009)参照。
※6
境外投資許可届出に関する問題及び解答(「対外投資QA」85番)
※7
企業境外投資管理弁法35条
※8
「対外投資QA」78番
※9
但し、許認可を取得できないことが、クロージングの遅延・拒否の口実として使われることもあるので、売主としては、このように買主から言われた場合であっても、どの根拠法令に基づき、当局とどのような交渉、検討が行われたかを確認し、場合によっては買主カウンセルの法律事務所から法令上の問題点と解決方法について意見を取得すること、売主が自らカウンセルを通じて当局に確認することといった手段を講じることが考えられる。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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