
大沼真 Makoto Ohnuma
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2022年1月4日、英国で国家安全保障・投資法(National Security and Investment Act 2021、以下「NSI法」)が施行されました。
NSI法は英国における新たな投資規制であり、AIなどの先端技術を含む一定の国家安全保障上重要性の高い事業分野におけるM&A取引に関して、当局への事前届出が義務として初めて課されました。また、英国外における取引や、事前届出義務がない取引であっても、同法に基づく審査の対象となる可能性があります。そのため、今後の英国内外におけるM&A取引への影響が予想されます。
NSI法は2021年4月に成立しましたが、その後施行までの間に、当局から複数のガイドラインが公表されるなど、同法に基づく要件や手続の明確化が図られています。また、施行後間もないものの、当事務所が関わる事案においても、既に届出を実施した事例や届出の検討・準備を進めている事例も出てきています。そこで、本ニュースレターでは、ガイドラインを含む最新の情報に基づき、同法の概要と主な留意事項についてご紹介します。
NSI法では、以下の①及び②の要件を満たす場合に、当局への事前届出が義務付けられます。
先端素材 | 政府への重要なサプライヤー | 量子技術 |
先進ロボット工学 | 暗号認証 | 衛星・宇宙技術 |
人工知能(AI) | データ・インフラ | 危機管理に関する重要なサプライヤー |
民生用原子力 | 防衛 | 合成生物学 |
通信 | エネルギー | 輸送 |
コンピューター・ハードウェア | 軍事又は軍民併用技術 |
NSI法の適用対象となる対象エンティティは英国の企業等に限られず、英国外の法律に基づいて設立された企業等であっても、英国で事業を行う場合又は英国に商品・役務を供給する場合には、NSI法の適用対象となりえます。また、上記のとおり、事前届出義務に関して、取引金額を基準とした要件はありません。そのため、買収金額が小さな取引(例えば、先端分野を扱うスタートアップ企業への投資)であっても、事前届出義務が課される可能性があるという点には留意が必要です。
事前届出が義務づけられる場合、取引を実行する前に、当局に届出を行い、クリアランスを取得することが必要となります。クリアランスを得ずに実行された取引は無効となり、また、届出義務に違反した場合、ペナルティとして、全世界売上高の5%又は1,000万ポンドのいずれか高い金額を上限とする罰金を課される可能性もあります。
事前届出義務が課されない場合であっても、trigger events / qualifying acquisitionsと呼ばれる一定の類型の取引にあたり、当該取引が国家安全保障上の脅威である又は脅威となるおそれがあると当局が合理的に判断する場合には、その裁量で当該取引を審査(call in)することができるとされています。
審査権限の対象となる取引は、事前届出義務の対象となる株式・議決権の取得に限られず、他の方法(例えば、取締役を指名する権利)を通じて対象エンティティに対する重大な影響力を取得する取引や、一定の資産(qualifying asset)を取得する取引も含まれます。
特に後者の資産の取得取引には、土地・有形動産だけでなく、アイデア、情報又は技術という無形資産※3を直接又は間接に取得する取引も広く含まれます。また、英国外における資産であったとしても、その資産が、①英国における事業活動に関して使用される場合、若しくは②英国に対して供給する商品・役務に関して使用する場合には、当局の審査権限の対象となり得ます(例えば、英国における装置の製造に必要な設備や英国に電力を供給している洋上風力発電所の設備の取得など)。
なお、NSI法では、国家安全保障上の脅威又はそのおそれについて定義を置いておらず、公表されたガイドラインや声明(Notice National Security and Investment Act: Statement for the purposes of section 3 2021年11月2日公表)においても同様です(声明によれば、自国保護のためには国家安全保障について柔軟に判断する必要があるため、敢えてこのような方針が採られているとのことです。)。ただし、声明では、審査権限を行使するか否かの判断にあたっての一定の考慮要素が具体例とともに示されており、取引の対象となるエンティティ・資産が国家安全保障に脅威を与えるリスク(target risk)、取引の買主の性質(acquirer risk)、買主が取得する取引対象に対するコントロールの程度(control risk)というリスクファクターを考慮して判断すると説明されています。
取引が実行されてから5年間は、当局の審査権限の対象となります。ただし、当局が当該取引について知った場合は、当該取引を知った日から6か月以内に期間が短縮されます。また、NSI法は2022年1月4日に施行されましたが、2020年11月12日以降に実行された取引についても遡及的に審査が可能とされています。
事前届出義務が課されていない取引であっても、任意に届出を行うことは可能とされています。事前届出義務が課されていない場合には、当局からクリアランスを得ずに取引を実行することは可能ですが、当該取引が国家安全保障上の脅威である・脅威となるおそれがあると事後的に判断した場合は、当該取引の解消や一定の是正措置を命じられる可能性があります。上記の通り、当局の審査権限の対象となる取引の範囲が広範であるため、実務が確立するまでの当面の間は、任意届出を活用するケースが増加することが予想されます。
当局への届出は、所定のフォームに従って、オンライン※4で行います。届出書の記載事項についてはガイドライン(Form – Guidance on completing and registering a notification form 2022年1月4日改訂)が公表されています。届出書に不備がある場合、当局は当該届出を不受理とし、届出フォームの再提出を求めることができます。
当局が届出を受理した後の審査は、一次審査期間(review period)と二次審査期間(assessment period)に分かれており、一次審査期間は、届出が受理された時点から最長30営業日とされています。当局は、審査期間中に、追加情報の開示や面談の実施を求めることができますが、これらの要請がなされた場合も上記の一次審査期間の進行には影響しません。なお、ガイドライン(Guidance – Check if you need to tell the government about an acquisition that could harm the UK’s national security 2022年1月14日改訂)によれば、ほとんどの取引は、一次審査中にクリアランスが出されると予想されています。
一次審査期間の終了時に更なる調査が必要だと当局が判断した場合には、二次審査が行われます。二次審査の審査期間は、原則最長30営業日とされていますが、一定の場合には当局は45営業日間延長することができ、当事者の合意があればさらに延長することができるものとされています。また、一次審査期間と異なり、当局から情報提供や面談の要請が発せられた場合は、必要な情報の提供・面談の実施がされるまで、二次審査期間のカウントは停止されます。そのため、二次審査については、審査期間が上記の日数よりも長期化する可能性があるという点には留意が必要です。
当局は、国家安全保障上の脅威である・脅威となるおそれがあるか否かを審査のうえ、審査期間の終了時、当局はクリアランス・条件付きクリアランス・クリアランスを与えない旨の通知を当事者に対して行います。
上記のとおり、英国外の取引であっても、英国内のエンティティ・資産を間接的に取得する場合や取引の対象が英国における事業活動や英国向けの商品・役務に関連する場合には、事前届出義務や当局の審査権限の対象となりえます。
公表された声明(Notice National Security and Investment Act: Statement for the purposes of section 3 2021年11月2日公表)によれば、英国外の取引については、当該エンティティや資産が英国とどの程度強い結び付きがあるのか、どの程度英国が当該エンティティや資産に依存しており、それが英国の国家安全保障にどのような影響をもたらすのか、という点を考慮して、審査権の行使を判断するとされています。もっとも、一般論として、英国外のエンティティや資産を対象とする取引については英国の国家安全保障へのリスクをもたらす可能性が類型的に低いと考えられることから、相対的には当局が審査権を行使する可能性は低いと説明されています。
欧州では近年、ドイツをはじめとして複数の国で外資規制の制定・改正が行われており、EUレベルでも新しい外国直接投資に係る審査枠組みの導入が検討されているなど、外資規制が強化される傾向が見られ、英国におけるNSI法の導入もこれと軌を一にするものとして、その今後の運用についても注視する必要があると思われます。
紙面の制限もあり、NSI法やガイドラインで示された全ての内容をカバーすることはできませんでしたが、本ニュースレターが、NSIA届出の検討をされる際の一助となれば幸いです。
※1
①の17の指定業種については、当局がガイドライン(Guidance – National Security and Investment Act: guidance on notifiable acquisitions 2022年1月4日改訂)を公表し、各業種が指定された背景、当該業種に該当するか否かの基準や、該当する例について具体的に説明しています。
※2
既に一定の株式・議決権を保有しており、追加で株式・議決権を取得する場合であっても、取得後にこれらの割合を超える場合は事前届出の対象となります。例えば、B社の株式を20%保有するA社が更に10%の株式を取得した場合(合計30%)は届出対象になりますが、そこから更に10%を追加で取得した場合(合計40%)は、届出対象にはなりません。
※3
工業的、商業的又は経済的価値のあるアイデア、知的財産、企業秘密、データベース、ソースコード、アルゴリズム、フォーミュラ、デザイン、計画及びソフトウェア等を含みます。
※4
NSI online notification service:”https://nsi.beis.gov.uk/”
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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