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ニュースレター

コンダクト・リスク ~現場社員によるリスクの把握・特定と率直に意見を言える環境について~

NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター

著者等
垰尚義
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Compliance Legal Update ~危機管理・コンプライアンスニュースレター~ No.64(2022年3月)
関連情報

本ニュースレターに関連するウェビナーは以下をご覧ください。
NO&T ADVANCE企業法セミナー
ESGコンプライアンスの潮流~ESGデュー・ディリジェンスの法規制動向を踏まえて~」ライブ配信(2022年4月22日開催)

業務分野
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 昨今、法令遵守に焦点を当てた狭義のコンプライアンスの概念では捉えきれない不祥事事案が増加しており、顧客を含む様々なステークホルダーからの期待に企業が応えられないことにより問題が深刻化し、企業価値の毀損につながりかねない事例が発生している。そして、「ESG(Environment, Society, Governance)」、「経済安全保障」といった多義的な概念が普及し重視されるようになるとともに、企業への期待も多様化・高度化している。近時、このような企業不祥事を発生させるリスクを示す概念として、「コンダクト・リスク」という概念が注目を集めている※1

 金融庁が2018年10月に公表した「コンプライアンス・リスク管理に関する検査・監督の考え方と進め方(コンプライアンス・リスク管理 基本方針)」では、「コンダクト・リスク」について、規律が法令として整備されていないものの、①社会規範に悖る行為、②商慣習や市場慣行に反する行為、③利用者の視点の欠如した行為等につながり、大きな企業価値の毀損を引き起こす可能性のあるリスクとして定義されている。

 筆者は、これまで数多くの不祥事事案への対応に携わってきたが、検査データの改ざん※2等、製造現場等の企業の現場で生じた問題への対応に当たった際、例えば、①そのような問題行為のリスクをなぜ企業が事前に察知できなかったのか、問題行為の近くにいる周囲の者はなぜそのリスクを把握できなかったのか、②(問題行為を認識しながら)周囲の者はなぜ声を上げられなかったのか、といった疑問を感じることが多かった。現場での問題行為が発覚した際、筆者と同様の疑問を持つ企業の方も多いと思われる。

 「コンダクト・リスク」の概念が世界的に注目され始めたきっかけは、英国のFinancial Conduct Authority(FCA)がその重要性を指摘し始めたことにあり、2020年9月にFCAが公表した「’Messages from the Engine Room’ 5 Conduct Questions Industry Feedback for 2019/20 Wholesale Banking Supervision」(以下「FCAレポート」という。)※3では、筆者の感じている上記疑問に関連する重要な指摘等がなされているため、本ニュースレターでは、それらを紹介するとともに、筆者の考え等も若干付記することとしたい。

コンダクト・リスクの把握・特定

 FCAレポートでは、討論会で出された、コンダクト・リスクの把握・特定に関連する以下の意見等が指摘されている。

「参加者は、コンダクト・リスクについて相応の訓練を受けていると感じている。しかし、約180名の参加者のうち、自社部門で、あるいは、企業全体の利益に資するため、ボトムアップでリスクを特定することに貢献するように求められたと答えたのはほんの一握りにすぎなかった。」

「リスクに関する専門知識(risk expertise)の高いことは、コンダクト・リスクの特定に貢献するための要件ではないという見解で参加者は一致した。」

 そして、FCAレポートは、以下のとおり述べている。

「コンダクト・リスクに対する認知度は高まっているが、社員によるコンダクト・リスクの特定のための技能レベルと社員関与の機会は依然として懸念事項である。より身近なところでのコンダクトに関連する問題を把握・特定するスキルや、日常業務で発生する問題を把握・特定する能力を改善することに留意する必要がある。」

「特定の事業部門や業務部門について不十分な知識を持った社員(又は第三者)が用意した、想定されるリスクのおそらく陳腐化したリストに疑問を持たずに依拠するとき、企業はリスクを負うことになる。」

「コンダクト・リスクは非常に幅広い概念であり、ほとんどの従業員は、(バックミラーを通じた)認識や認知から、(フロントガラスを通じた)多種多様なコンダクト・リスクを把握・特定する能力へと移行する初期段階にある。社員が新しいリスクや既存のリスクに対してより注意を払い、より積極的にリスクをエスカレートさせることができれば、企業のコンダクト・リスクを管理する能力は大幅に向上する可能性がある。」

「従前の報告書で述べたように、経営陣は、コンダクト・リスクとそれによる被害の可能性を分析するためのビジネス主導のボトムアップによる訓練をサポートすることによって社員の知識から利益を得ることができる。」

 検査データの改ざん等、製造現場等の現場で生じる問題に対する対応策は、その原因に応じて様々なものが考えられるが、その中でも、問題の早期発見に資する対策は重要であり、事前にその問題が生じるリスクを把握できるか否かが早期発見の鍵となる。もっとも、現場で生じる問題を企業が事前に網羅的に把握することは容易ではなく、特にコンダクト・リスクは、法令等で予め明示的に禁止されておらず、リスクが特定されていないため、また、当該リスクの管理に携わる法務・コンプライアンス部門等の管理部門がリスクの存在する現場の実情に必ずしも精通していないといった事情もあるため、当該リスクを把握・特定することは容易でない。筆者は、不祥事事案の調査で実際に現場の社員をインタビューした際、現場に存在するコンダクト・リスクを把握・特定するために最も適任者であると思われる現場の社員がそのような役割を担っているという意識が希薄であり、そのために当該リスクを把握できず、また、把握したとしても企業内でそのリスクを指摘しようとしない、あるいは指摘する機会がないという実態を数多く目の当たりにした。FCAの討論会で出された上記意見(ボトムアップでリスクを特定することに貢献するように求められたと答えたのはほんの一握りにすぎなかった)は、筆者も従前から同様に感じており、当該意見も含め、FCAレポートで指摘されている上記意見等は、上記①の疑問(そのような問題行為のリスクをなぜ企業が事前に察知できなかったのか、問題行為の近くにいる周囲の者はなぜそのリスクを把握できなかったのか)を検討し、現場の社員によるコンダクト・リスクの把握・特定を促進する対策を検討する上で、参考になると思われる。

問題に対して率直に意見を言える環境

 FCAレポートは、企業のカルチャー、心理的安全性等に関連して、「良き企業を発展させるためには、率直に意見を言う(speaking up)ことのできる環境が健全であることが不可欠である。」、「問題に対して率直に意見をいうことができず、問題へ反応できないことにより、企業は、急速に健全性を侵食され、それは許容できないリスクである。心理的安全性を養成することは、健全な発言環境を育むために不可欠である。」と述べた上、それらに関連する討論会で出された意見等として、例えば、以下を指摘している。

「参加者は、自らの企業文化を、協力的、起業家的、友好的、プロフェッショナル、平等、柔軟、サポーティブ、近づきやすい、安全、公正、オープン、社会的責任がある、と表現した。他方、彼らは、官僚的、遅い、サイロ化、失敗を非難する、透明性がなく、説明責任を示さないマネージャーや同僚によって妨げられているとも表現した。」

「我々の議論で浮かび上がった主な問題は、日常的に率直に意見を言うための心理的安全性の欠如であった。率直に意見を言うことが完全に自然と思われ、組織の中に十分組み込まれている企業もあったが、意見を言うことの帰結に対する恐怖、躊躇、不安という意識が依然として存在した。」

「参加者は、問題かどうかボーダーライン上のもの(声を上げるべきか、上げるべきでないか)、部門を横断する問題(自らが問題を十分に認識しているか)、そして声を上げるルート自体(人事、直属の上司又は第三者ルートが信頼できるか)について、高いレベルの不安を感じている。」

「声を上げるモチベーションも重要である。あるグループは、声を上げることが組織文化に組み込まれている場合、責任をラインマネジャーや他の部門に移すという意図でエスカレートさせるよりも、正しいことをしたいという意欲によって動機づけられる可能性が高いと述べた。」

「参加者は、健全な発言環境に必要な心理的安全性の度合いを確立する上で、直属の上司の役割を一貫して強調し、十分に協力的な上司を持たない同僚に対する同情と懸念を有していた。」※4

 上記の②の疑問((問題行為を認識しながら)なぜ周囲の者が声を上げられなかったのか)の理由等は、FCAレポートで指摘されている上記意見等によく表れており、ネガティブな企業文化に根付いている心理的安全性を阻害する要因や報告先の信頼性の低さ等が指摘されている。筆者が過去に対応に関与した現場で発覚した架空循環取引事案において、上司による長期間にわたる不正取引を知りながら、従属的に事務手続に関与し続けていた部下は、何度も問題を社内で明らかにしようと思いながらも、当該上司への気兼ね、自らが事を明らかにすることへの躊躇、明らかにした場合に予想されるネガティブな会社の反応等から、結局、内部監査等によって発覚するまで問題を社内で明らかにすることができなかった。別の不祥事対応事案では、他人による不正行為を知った同僚が(不正と関係しない)直属の上司に事実を伝え、不正行為が早期に発見されたが、当該上司は、筆者によるインタビューの際、「問題行為の報告を部下がしやすいように取り組んでいる。問題行為を指摘してきた部下の話はよく聞き、決して否定的、消極的な対応はせず、できる限りの対応を自ら行うようにしている。もし部下が私に問題を伝えにくいと感じたとすれば、伝えることに躊躇した部下ではなく、上司である私のマネジメント方法に問題があると考えるようにしており、そのような考え方は、常日頃、部下に伝えている。」などと自らが実践している試みを述べており、その話は非常に印象深く筆者の記憶に残っている。このような試み、そして、FCAレポートで指摘されている上記意見、取り組み等は、上記②の疑問((問題行為を認識しながら)なぜ周囲の者が声を上げられなかったのか)を検討し、現場の社員が問題に対して率直に意見を言えるための対策を検討する上で、参考になると思われる。

脚注一覧

※1
コンダクト・リスクが発現した最近の事案については、垰尚義・内藤卓未「実例から読み解く2022年実務の動向(3)コンプライアンス」旬刊商事法務2022年3月5日号(No. 2288)参照。

※2
東浩「コンダクト・リスク管理と企業カルチャー改革」Business Law Journal2019年12月号では、検査データの改ざん事案が、「法令が定めた安全基準を満たしてはいるが、取引先と合意していた品質基準に満たない商品を出荷する事例など、明白な法令違反とまではいえないものの、顧客からの信用を毀損し社会的に批判を浴びたものである」として、コンダクト・リスクが問題となる具体例の一つとして挙げられている。

※3
FCAレポートの作成に先立ち、FCAは、2019年にホールセール銀行18行と討論会を実施しており、経営陣等のトップマネジメントではなく、約10年の業界経験を有するVice Presidentレベルの実務者が各行から討論会に参加している。

※4
FCAは、討論会での議論を通じて確認したベストプラクティスの例として、①日常的に問題提起をし、また、より深刻な問題について率直に意見を述べることを安心してできない新たな社員のため、サポートグループを設置した企業の取り組み、②若手社員によって提起された問題・課題を収集して、シニアマネジメントへ上申する役割を担う委員会制度を導入している企業の取り組み、③上司に問題提起がなされる場合、部下がさらに話をしやすくなるようにセンシティブな対応ができるよう、マネージャーに対し、聞く技術(listening skills)に関する特別なトレーニングを提供している企業の取り組み等を紹介している。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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