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欧州委員会の水平的協力協定ガイドライン・水平一括適用免除規則改定案の公表(1)~競争者間の情報交換

NO&T Competition Law Update 独占禁止法・競争法ニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 欧州委員会(以下「欧州委」)は、本年3月1日に、水平的協力協定ガイドライン※1及び水平一括適用免除規則※2の改定案を公表しました。この改定は10年ぶりのものとなります。

 現行の水平的協力協定ガイドライン及び水平一括適用免除規則は2011年に発効したものですが、同規則は本年(2022年)12月31日をもって失効し、2023年1月1日から改定後のガイドライン及び規則が発効する予定となっています。改定案はパブリックコメントに付され(パブコメ期間は既に終了しています。)、パブコメにおいて寄せられた意見等を踏まえ、本年末までに成案が策定・公表される見込みです。

 欧州委の水平的協力協定ガイドラインは、特に、共同購買、生産協定、情報交換、販売協定等の競争事業者間における各種の協業等につき有益なガイダンスを提供するものとして、実務上の参照価値が高いものです。また、本ガイドラインは当然ながらEU競争法のガイドラインではあるものの、競争事業者間における各種の協業等に係る詳細なガイダンスを提供するものであり、EU競争法が適用されない場面における水平的な協業等の分析においても参考とされる場合があるという意味においても、重要な指針といえます※3。そこで、以下では、EUにおいて事業活動を展開している日本企業の皆様にとって特にご留意いただくべき主要な改定点に焦点を当ててご説明いたします。また、デジタル・エコノミーやグリーン社会への移行といったホットトピックのみならず、日本独禁法の文脈においても特に参照される頻度が高い、情報交換・情報共有や共同購買等の項目に係る改定も重要であると考えられますので、同様にご説明いたします。

2. 改定案の概観

 ガイドライン及び水平一括適用免除規則の改定案を概観しますと、全体的には、過去10年間における欧州委あるいは欧州裁判所における先例や各種の議論の蓄積を反映して、既存の記述を詳細にしたり、あるいは明確化しようとしたりしている箇所が多くなっております。

 もっとも、改定に係る評価作業において、デジタル・エコノミーやグリーン社会への移行といった事象に十分に対処できていない面があることなどが指摘されていたことを踏まえ、ガイドラインの改定案ではサステナビリティ協定(Sustainability Agreements)に関する章が追加されているなど※4、新たな記述も相応に含まれております。また、分量も、現行ガイドラインの72頁から改定案では149頁へと倍増しておりますので、全ての改定項目につき本ニュースレターで詳細に言及することは現実的ではございません。

 そこで、本ニュースレターでは、前編として、水平的協力協定ガイドラインのうち、特に実務上の参照度が高いと思われる「情報交換」の章(改定案第6章)の改定ポイントをまずは解説したいと思います。その他の重要な改定事項(例えば、JV出資者・JVとEU競争法の適用関係の考え方や、共同購買と購買カルテルの峻別、サステナビリティ協定、水平一括適用免除規則の改定など)については、後編として別途配信して解説します。

3. 競争者間の情報交換・情報共有等と改定ポイント

 「情報交換」章の変更内容の多くは、現行のガイドラインの記述を詳細・明確化しようとしている箇所が多くなっております※5。例えば、主に以下のような改定が提示されています。

(1) M&A取引の過程における情報交換

 改定案は、「M&A取引の過程における情報交換は、状況次第ではあるものの、EU合併規則の定めに従う。ただし、当該取引(支配権の取得)の実行に直接関係せず、またそのために必要ではない競争制限行為(情報交換)は、欧州機能条約101条の定めに従う」との説明を追加しております。

 これは、M&A取引の過程において必要となる範囲内かつ適切な態様でなされる情報交換については欧州機能条約101条1項〔注:カルテルや垂直的制限などの禁止規定〕の適用対象としないというのが実務上のプラクティスであったものの、その内容がガイドライン上も明記されたともいえます。もっとも、M&A取引の過程における情報交換は実務上特に問題となるトピックであることから、更なるガイダンスが望まれます。

(2) 機微情報の例のリストアップ

 改定案は、商業的に機微な情報交換が競争事業者の戦略的行動に影響を与える可能性が高い場合には欧州機能条約101条1項が適用される旨の一般論を述べつつ、特に機微性が高く、競争事業者との情報交換が近時の先例において「目的による競争制限」※6に該当すると判断されたものとして、以下を列挙しております。

  • ・ 価格設定(又はその意図)に関する情報
  • ・ 現在及び将来の生産能力に関する情報
  • ・ 商業上の戦略に関する情報
  • ・ 現在及び将来の需要への対応状況に関する情報
  • ・ 将来の販売に関する情報
  • ・ 現在の状況及び事業戦略に関する情報
  • ・ 需要者にとって関連性のある将来の製品特性に関する情報
  • ・ 金融商品のオークション市場のポジションや戦略に関する情報

 上記の類型の情報につき、その意義・意味合いは必ずしも明確ではないものも含まれておりますが、上記の記述及びそのベースとなっている関連先例は、実務上一定の参考になると思われます。

(3) 情報の集約・加工等

 M&A取引の過程や競争者との一定の業務提携の検討や実行に際して、実務上、競争機微情報の交換が競争に実質的な影響を与えることを防止しつつ、必要な情報交換を実施する手段として、生データ・情報ではなく、集約・加工等をした情報を限定的なメンバーに対して共有・交換することが多くなっております。

 この情報の集約・加工等の問題につき、改定案は、「情報の機微性は競争事業者にとっての有用性による」との一般論を述べつつも、「状況によっては集約・加工等されて有用な意味を与えられた情報よりも生データ・情報の交換の方が機微性は低いとされる場合もある」旨を述べております(ただし、そのような場合もありうると考えられるものの、実務上は相当特殊なケースではないかと思われます。)。また、こちらは従前の実務に沿うものと思われますが、「個々の事業者の情報を認識することが困難なほど加工された情報の交換は競争制限に至る可能性はかなり低いと考えられる」旨も述べております。

 改定案の上記説明を踏まえても、従前の実務を直ちに大きく変更する必要まではないと思われますが、競争機微情報の交換が競争に実質的な影響を与えないようにする手当て・工夫に関しては、ガイドラインの改定成案も見つつ、今後もさらに工夫や再検討が必要になる可能性があります。

(4) 機微情報の一方的な発信

 日本の独禁法では、不当な取引制限の成立要件として競争者間の意思の連絡(合意)が必要とされており、競争者が機微情報を一方的に発信していることのみでは、不当な取引制限に該当せず、独禁法違反とはなりません※7

 この点、欧州委が示した改定案では、この論点に関する現行のガイドライン後のEUにおける重要な先例であるEturas事件※8やContainer Shipping確約決定※9の内容を踏まえて若干の加筆を提案しています。すなわち、欧州委は、「ある事業者が競争機微情報をその競争者に対して開示し、その事業者がその内容を理解し受け入れた場合、状況次第では、違法な協調的行動(concerted practice)に該当する可能性がある。」という一般論を述べた上で、主に以下のような説明を追加しており、これらの先例と併せて実務上の参考に資すると思われます。

  • ・ ある事業者からその競争者に向けた競争機微情報の一方的な発信・開示が「協調的行動」に該当して違法となるか否かに関しては、競争者の認容の程度などが問題になるところ、例えば、担当者個人のメールボックスに向けてあるメールが送信された事実のみをもって、受信者が当該メッセージの内容を把握していたはずであることを示すものではない。受信者は、当該メッセージの内容を把握していたとの推定に対する反証の機会を有する。
  • ・ 例えば、ある事業者が自社のウェブサイト等において今後の自社の価格方針などの情報を公知にする場合、このように一定の情報・データを発信して公知な状態に置くことは、需要者が十分な情報に基づきその公表をしている競争者の商品・サービスを選択したり、それと比較して他の競争者の商品・サービスを最終的に選択したりすることを助けるという意味での効率性をもたらしうる。もっとも、その発信された情報が実際には実現せず、かつ、需要者との関係において公表した事業者が当該公表の内容に拘束されずに行動する場合には、そのような情報の公表は需要者にとって有用とはいえないため、そのような効率性が発現する可能性は低い。
  • ・ 価格設定に関する将来の意図に言及する一方的な公表をしたからといって、需要者との関係でそうした公表をした事業者とそのとおりの価格設定をする契約が自動的に成立するわけではなく、その事業者を拘束するものではないものの、当該事業者の市場戦略に関する重要なシグナルを当該事業者の競争事業者に与えうるものである。したがって、そのような公表行為は、需要者の便益となる効率性をもたらさず、むしろ競争事業者間の(明示または暗黙の)共謀を助長する可能性がある。
  • ・ また、一方的な公表は、(その背後にある)反競争的な合意や協調的行動の存在を示唆する場合もある。競争事業者が僅かしか存在せず参入障壁が高い市場において、需要者に明らかな便益をもたらさない情報(例えば、研究開発コストや環境規制適応に係るコストに関する情報など)を継続的に公表する事業者は、他にもっともらしい説明がない限り、そうした公表行為自体が欧州機能条約101条1項に反して違法となる可能性がある。さらに、一方的な公表行為は、共謀の実施又は監視のために用いられる可能性がある。(もっとも、違反行為が実際に認定されるか否かは証拠関係次第である。)

(5) 第三者を介した間接的な情報交換(いわゆるハブ・アンド・スポーク型やファシリテーター型の情報交換)

 改定案は、第三者を介した間接的な情報交換が欧州機能条約101条1項に反する協定又は協調的行為に該当して違法となると考えられる場合についての説明を新たに追加しています。かかる第三者を介した情報交換の適法性につき、改定案は、(i)特に情報を提供した事業者・受領した(競争)事業者・第三者における当該情報交換に対する認容の度合いなどに照らしてケースバイケースの判断が必要となることや、(ii)当該事案における状況次第ではあるものの、競争事業者のみならず、情報を媒介した第三者等も違反行為者となる可能性がある旨述べております。

(6) アルゴリズムの利用と情報交換についての説明※10

 改定案は、アルゴリズム利用の文脈における情報交換につき、主に以下のような説明を加えています。

  • ・ 競争事業者間によるアルゴリズムの利用は、例えば、市場において共謀が生じるリスクを高める可能性がある。アルゴリズムにより、競争者は市場の透明性を高め、価格の乖離をリアルタイムで検出し、合意から逸脱した競争者に対してより効果的に制裁を課すことができる。一方、アルゴリズムによる共謀が可能となるためには、アルゴリズムの設計に加えて、相互作用の頻度が高いこと、買い手の力が限定されていること、製品・サービスの均質性が存在することなど、市場構造に関する幾つかの条件が必要となる。(なお、アルゴリズムによる共謀は、いわゆる「コードによる共謀」(競争事業者において共通の行動調整アルゴリズムを意図的に利用すること)とは区別される。「コードによる共謀」は通常はカルテルに該当し、市場における諸条件や交換される情報にかかわらず「目的による競争制限」に該当して違法である。)
  • ・ 事業者が会議において競争事業者に対して価格設定に関する計画を開示することは、価格引上げにつき明確な合意がない場合でも、欧州機能条約101条1項に該当して違法となる可能性が高い。これと同様に、共有されたアルゴリズムツールにおいて単一の価格設定ルールを導入すること(例えば、「関連するオンラインプラットフォームや実店舗における最低価格+5%」、「ある競争事業者の価格-5%」といった形で価格設定すること)も、将来の価格につき足並みを揃えるという明確な合意がない場合でも、欧州機能条約101条1項に該当して違法となる可能性が高い。
  • ・ 一般に公開されているデータをアルゴリズム・ソフトウェアに利用することは適法である。もっとも、複数の競争事業者がアクセス可能な価格設定ツール(同一のIT事業者が提供するもの)にそれぞれの競争事業者が自身の機微情報をあえて集約してアクセス可能にすることは、違法なカルテルに該当する可能性がある。

(7) その他の改定箇所

 上記のほか、改定案は、情報交換が違法とされるリスク(すなわち、競争事業者の戦略的行動に影響を与えると判断されるリスク)を低減する手法としてクリーンチームの活用や、データ共有・データプーリングの場合におけるEU競争法上の考え方や情報のアクセス権の設定等に関する説明を新たに追加しています※11。もっとも、これらのアレンジについては実務が先行している面があり、従前のアプローチや実務を大きく変える必要まではないと思われます。

 また、改定案は、競争者間での一定の情報交換・共有が法規制等によって求められている場合でも欧州機能条約101条1項は適用されることを示しており、この場合、法規制等との関係で必要となる情報交換にとどめること、情報を加工するなどの適切な措置を講じる必要がある場合があることを述べておりますが、これらは従前のプラクティスの考え方とさほど異なるところはないと考えられます。その他、改定案は、「真に公知な情報」(genuinely public information)、「情報の古さ」(age of information)及び「情報交換の頻度」などのトピックにつき、現行のガイドラインに対して若干の修正や参考例の追加をしているものの、その考え方につき実質的な変更はないと考えられます。

4.小括

 前記のとおり、本ニュースレターでは、前編として、欧州水平的協力協定ガイドラインのうち、特に実務上の参照度が高いと思われる競争者間の情報交換・情報共有につき主要な改定点を解説いたしました。その他の改定点に関する解説は、近日中に、後編として配信いたします。

脚注一覧

※1
Guidelines on the applicability of Article 101 of the Treaty on the Functioning of the European Union to horizontal co-operation agreements [2011] OJ C 11/1

※2
水平一括適用免除規則は、研究開発協定に係る適用免除規則(Commission Regulation (EU) No 1217/2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to categories of research and development agreements [2010] OJ L 335/36)及び専門化協定に係る適用免除規則(Commission Regulation (EU) No 1218/2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to categories of specialisation agreements [2010] OJ L 335/43)の2つの欧州委規則の総称です。

※3
他の国・法域の競争当局からは、これらの事項につき、欧州委のガイドラインと同様に詳細かつ網羅的なガイダンスが公表された例はあまり見当たりません。例えば日本においては、公取委競争政策研究センターの「業務提携に関する検討会」報告書(令和元年7月10日)が公表されており、公取委の相談事例集等とともに実務上の参考となっておりますが、欧州委の水平的協力協定ガイドラインに相当するような、競争者間の協業に関する包括的なガイドラインは未だ策定されておりません。

※4
なお、本文で言及しているサステナビリティ協定に関する章(第9章)の追加のほか、標準的取引条件(Standard terms)に関する章(第8章)も追加されているものの、これは、現行ガイドライン第7章「標準化に係る合意」(Standardisation Agreements)に含まれていた標準的取引条件に関する記述が独立した章とされたものであり、実質的な内容としては大きく変わっていないと考えられます。

※5
いわゆる二重流通(Dual distribution)の文脈における情報交換に関する指針は、垂直的制限ガイドラインの改定に盛り込まれる予定です。

※6
「目的による競争制限」とは、ある行為がその性質上、競争の適切な機能を害する目的のために実施されたことが立証された場合、当該行為による市場への影響に係る立証を要することなく、EU競争法違反を認定するものです。

※7
公正取引委員会「デジタル市場における競争政策に関する研究会」による「アルゴリズム/AIと競争政策」報告書(令和3年3月)24頁「シグナリングアルゴリズムを利用した協調的行為」も、「値上げを公にするなどの価格情報の発信行為は、通常の事業活動において一般的に行われており、発信される情報が需要者の購買活動に有用であることが多く、価格情報の発信行為自体が不当な取引制限になるということはない。」と、同様の見解を示しています。

※8
Eturas and Others, C-74/14 (Judgment of 21 January 2016)

※9
Case AT.39850, Container Shipping (Commission Decision of 7 July 2016)

※10
この問題に関する日本の独禁法上の考え方については、公正取引委員会・前掲注7も併せてご参照ください。

※11
例えば、改定案は、データ共有・データプーリングされるデータがある市場における大部分を占める場合には、共有されるデータの性質、データ共有の諸条件、アクセス権の設定の仕方及び参加者の市場における地位などを考慮して、欧州機能条約101条1項に違反するか否かを判断する旨述べています。また、データプーリングの参加者は、当該参加者自身の情報、及び、他の参加者のデータにつき加工等された最終的な情報のみにアクセス権を有するべきであるとしています。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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