
若江悠 Yu Wakae
パートナー/オフィス首席代表
上海
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
2,500万人の人口を擁する中国随一の国際経済都市である上海市において新型コロナウイルスの感染拡大によりロックダウン措置がとられ、すでに1ヶ月半が経とうとしている。本稿では、感染状況及びロックダウン措置の概要とともに、関連する法律問題のうち、操業停止及び操業再開に関連する契約上の問題点について紹介する。
中国では、2020年1月に武漢で新型コロナウイルス感染者が報告されて以降、同市の封鎖を行うなど厳しい措置がとられ、同年4月上旬にはコロナをほぼ封じ込め、その後は、海外からの入国者や貨物等を起点として一部の都市で散発的に市中感染が発生することがあっても、早期に発見、追跡し、隔離することで、市中の感染者数をほぼゼロに抑えるいわゆる「動態清零」(動態的ゼロコロナ)戦略がとられ、国際的な人の移動についてはビザの発出や入国後集中隔離など制限があるものの、中国国内では、会食や出張、旅行を含めてほぼコロナ前と変わらない社会生活や経済活動が可能になっていた。
上海市においてもこの2年間、数ヶ月に一度、少数の市中感染が発生したことがあったがいずれも局地的で、短期間のうちに収束した。特に上海市では、全都市ロックダウンを行うのではなく、徹底した接触者追跡(contact tracing)、濃厚接触者や関連者などの対象者に限って移動制限措置、複数回のPCR検査を行い、中国の他の都市と比しても、社会生活や経済活動に極力影響を与えずに感染を早期に封じ込める手法(「精准防控」(精密コントロール)、「上海モデル」などと呼ばれた。)が採用されていた。これにより2022年2月末までの上海市における累計市内感染者数は426人(無症状感染者を含む。以下同じ。)で、累計死者数は7人(2020年4月中旬以降はゼロ)であった。
しかし、2022年3月、おそらくは当時感染爆発していた香港からの入境者の隔離ホテルからの漏れ出しを端緒として、上海市においてオミクロンBA.2変異株の市中感染拡大が始まった。学校はいちはやくオンライン授業に移行したものの、当初は精密コントロールが堅持され、関連する場所や職場の短期的封鎖と全員検査、小区(一定の敷地を有するマンション群の区画)単位でのグリッド式全員スクリーニング検査などが試みられたが、指数関数的な感染者急増が続いた。すなわち、一日あたり新規感染者数が3月13日には100人、同月24日には1,000人を超え、4月初旬には2万人を超えるなど、3月以降の累計感染者数は60万人を超え、(中国製ワクチンも重症及び死亡防止には効果があるとされるが、中国では高齢者の未接種者が多いこともあり)死者数も約600人に及んでいる(5月10日現在、以下別途記載ない限り同じ。)。
この状況を受け、上海のうち黄浦江の東側、つまり浦東は3月25日から、西側の浦西は4月1日から、原則として市民全員を対象に、小区敷地内で行われるPCR検査以外には自分の家から外に出てはならない(足不出戸)との厳格なロックダウン措置がとられるに至った。特別に操業が許されているもの(下記2で詳述)を除き、上海市内のオフィスや工場は閉鎖され、政府機関の窓口も基本的に閉鎖されている。銀行、物流(通行許可証が必要)や、食料を含む必要物資の小売(ネットショップや団体購入)等の分野は、一部人員が「閉環」管理に服して事業を継続しているが、日常生活や業務に支障をきたす事態も少なからず発生している。
ロックダウン中のPCR検査の結果を踏まえ、4月中旬以降は全市を対象に、市内各地の感染状況に応じて「封控区」(7日以内に感染者が1人でも出た小区。家から外に出られない。)、「管控区」(8日以上14日以内に感染者が1人でも出た小区。小区内での活動のみ可能。)及び「防范区」(14日以内に1人も感染者が出ていない小区)の三区に分類する三区管理が行われている。本来は居住する行政区域内であれば小区の外に出てもよいとされる「防范区」の住民が1,800万人を超えたとされるが、それら住民の多くも、「管控区」に準じて小区の外に出ることができないとするなどの制限が課せられている。
現状、感染者数は減少を続けており、5月16日現在、すでに1日の新規感染者数が1,000人を下回る水準となっている。また、5月1日時点では一部の区のみが「社会面基本ゼロコロナ」(「封控区」住民や隔離措置を受ける濃厚接触者などの中で発見される感染者を除いた、「社会面」での日毎新規感染者数が10万人あたり1人以下を3日間連続して満たすことが基準とされる。)を満たしていたが、5月16日には、上海市全体で「社会面ゼロコロナ」(「社会面」での1日の新規感染者数がゼロを3日間連続して満たすこと)が達成された。今後、5月16日から5月21日まで、5月22日から5月31日まで、6月1日から6月中下旬までの3つの段階に分けて、正常の生産生活秩序を回復するものとされている。
内外資問わず多くの企業の研究開発、生産、販売、物流拠点が所在するこの上海で、過去に例のない規模の厳格なロックダウンが実施されたことの影響は大きく、上海に拠点を有する日系企業をはじめ、中国に関連する事業を行う企業は何かしらの対応を余儀なくされている。
上海市は、4月16日に「上海市工業企業操業再開防疫対策ガイドライン(第1版)」(その後5月3日に第2版に更新)を出すとともに、自動車、医療医薬、半導体など、操業再開を認める重要企業666社のホワイトリストを発表し、その後も条件を満たした企業について操業再開を順次認めているようである。とはいえ、上海日本商工クラブの調査(4月末実施、5月5日公表)によれば、操業許可が下りている企業は37%にすぎず、また稼働している工場についても通常の3割以下の生産にとどまっている。取引先(サプライヤー及び納入先)の稼働状況や物流の影響のほか、従業員の居住地を管轄する居民委員会の許可を得て工場に来てもらう必要があり、その上で、操業再開の前提として求められる「閉環」管理の条件、たとえば従業員を工場の敷地内にて寝泊まりさせ、PCR検査を毎日実施するなどの要件を満たすことも、本格的な稼働再開に向けたハードルになっているようである。
このような状況で、各種契約の期限通りの履行が困難となり、又は拘束力のある個別契約はないとしても重要な顧客からの供給計画に従った注文の受注ができないといった事態が発生している。暫定的に自社の中国国内や日本の他拠点での生産に切り替えたり、他のメーカーに製造委託を実施したりするなどの対応もみられるが、履行が遅滞し又は不能となる場合も生じている。
上海市高級人民法院は、4月、「新型コロナウイルス疫情関連案件法律適用問題のQ&Aシリーズ(2022年修正版)」を4つに分けて発表し、そのうち第三弾の(三)では契約紛争についての法律問題を整理している(なお、(一)は訴訟手続、(二)は刑法、(四)は保険など金融関係。このほか、人力資源和社会保障局と共同で労働関連についてのQ&Aも出している。)。その内容は、2020年4月から6月にわたって最高人民法院が出した「新型コロナウイルス疫情関連民事案件を適法適切に審理する若干問題指導意見」((一)から(三)まで)と基本的に整合した内容となっているが、具体的に踏み込んだ記載もある。
不可抗力については、疫情(感染拡大の状況)及び疫情対策措置は、一般的に不可抗力にあたり、これらにより契約目的が実現できないときは、民法典563条1項1号により契約解除ができるとともに、これらにより期限通りの履行ができないときは、民法典590条1項により全部又は一部の免責を主張できる。この際、因果関係の有無や免責が認められる範囲については、具体的な事実関係による総合判断、すなわち疫情の発生時期、期間、重大性及び地域が契約履行に実際に与えた影響に基づき、対策措置における三区分類(上記)の強さ、業界や紛争の種類による人員流動の制限による影響の程度等の要素を総合的に考慮して判断されるものとされた。具体例として、操業再開の遅延、隔離措置の適用、政府による徴用等により目的物の引渡義務が正常に履行できないときは、一般的に、不可抗力を理由として免除を主張できることが示された。他方、金銭支払債務については、原則として不可抗力を理由とする責任の免除又は軽減を主張できないとしつつ、期限通り支払ができない特殊な状況があるときは、不可抗力による免責の可能性があるとされた。期限通りの履行ができないとなったときは、相手方への通知、協力等の義務があり、適時に必要な措置をとり損害拡大を防止する義務がある(民法典590条、591条)。
他方、履行可能性はあるが、疫情及び疫情対策措置により契約の基礎的条件に重大な変更が生じ、これが契約締結時点では予測できないもので、かつ商業リスクには該当しないものであるときは、事情変更に該当しえ、この場合、民法典533条1項に基づき、相手方と協議を行い、合理的な期間内に合意に至らないときは、人民法院に契約の変更又は解除を請求しうるものとされた。どのような場合に契約価格若しくは履行期限の変更、又は契約の解除が認められるかは、上記司法解釈(二)に規定されている。
上記のように限定的とはいえ操業再開が認められつつある状況において、限定されたキャパシティを使って、一部の顧客に対しては期限通りの履行ができるが他の顧客に対しては履行ができないといったような場合に、後者に関して不可抗力が認められるか、代替的な措置をとる義務がどこまで認められるかなど、個別の事案に応じて複雑な問題が生じうるであろう。また、金銭債務につき、現状、銀行業務が正常通り行われておらず窓口での送金ができない(又は送金に必要な書類が作成できない。)、発票(タックス・インヴォイス。中国の実務慣行上支払の条件として発行が求められることが多い。)の発行ができず資金回収ができず資金繰りが悪化しているなどの理由で、対外的な支払に問題が生じている企業は多い。上記の通り不可抗力の認定は相当限定的であることを踏まえると、中国拠点自前での対応に限らず、増資、親子ローンその他各種手段を検討すべきであるが、そのための手続も銀行や、外貨管理局などの関連する政府窓口が閉鎖されていて実施できないなどの事情もあり、そういった事情もあわせて立証できるよう書面として記録しておく必要があろう。また、不可抗力の認定においては契約書においてどのように規定されているかももちろん重要な要素であり、既存の契約及び今後締結される契約について不可抗力条項を特に注意して確認すべきである。
中国当局は、オミクロン株の特性を踏まえて濃厚接触者の隔離期間を短縮するなどの調整は随時行っているものの、ゼロコロナ戦略そのものは変更しないとのことであり、むしろ今回の上海の経験を踏まえ、他の都市では、感染拡大初期において移動制限措置を含む強い対応をとって封じ込める対応を強めているように見える。しかし、さらなる変異株の発生等により感染拡大が防ぎきれず、再度ロックダウンを強いられる事態も想定する必要があろう。日本企業としては、今回の上海ロックダウンにより生じている各種法的問題に加え、将来生じる類似の事態にも備えて、契約関係書類のレビューを含む準備が必要である。
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