
小川聖史 Satoshi Ogawa
パートナー
東京
NO&T Competition Law Update 独占禁止法・競争法ニュースレター
欧州委員会(以下「欧州委」)は本年5月10日に垂直的制限ガイドライン※1及び垂直一括適用免除規則※2の改定成案を公表しました。現行のガイドライン・規則は2010年に発効しましたが、この規則は本年(2022年)5月31日をもって失効し、6月1日から改定後のガイドライン及び規則が発効します※3。したがって、実に12年ぶりの改定となります。現行の規則は1999年に発効した旧規則に近い内容であることからすると、欧州の垂直的制限※4に係る一括適用免除規則は過去20年以上大きな変更がなかったこととなり※5、その意味でも重要な改正です。
欧州の垂直的制限は、例えば販売店・代理店との流通取引における条件付けの可否、排他的供給取引、抱き合わせ、再販売価格拘束への抵触など、欧州での販売方針や流通政策に深く関わります。ある垂直的制限が一括適用免除の対象とされれば、詳細な競争分析なしに適法とされる一方、一括適用免除の対象とならない場合、メーカーに不満を抱く現地の販売店や流通業者から垂直的制限の違反を主張されてトラブルになる事例も数多くみられます。欧州委は、カルテルのみならず、垂直的制限に関する競争法違反に対しても高額の制裁金を課す傾向にあり、日本企業も近時摘発されていることから、垂直的制限に関する規律も競争法コンプライアンス上は重要です。
今般の改定は、近時のデジタル化の進展などの経済社会の変化を反映させることがその主な趣旨であり、現行のガイドライン・規則に対する欧州委の評価作業において特定された4つの事項、すなわち、二重流通(dual distribution)、いわゆる排他的流通・選択的流通における積極的販売(active sales)への制限と一括適用免除の取扱い、オンライン販売及び同等性条件(parity obligations、パリティ条項)が主要な改定項目とされていますが、これら以外にも、例えばサステナビリティの目標を追求する垂直的制限とEU競争法の考え方の明記などの改定も含まれています。本稿では、これらの事項の改定点の概要をご説明いたします。
「二重流通(dual distribution)」とは、ある供給者(典型的にはメーカーやプラットフォーム事業者)がその製品・サービスを独立した流通業者(ディストリビューター)を介してエンド・ユーザーに販売しつつ、その供給者自身も当該製品・サービスをエンド・ユーザーに直接販売し、川下市場において供給者と流通業者が競争関係にある状況をいいます。例えば、メーカーAがその製品を欧州の代理店Bを通じてエンド・ユーザーに販売しつつ、メーカーA自身もその製品をエンド・ユーザーに直接販売しており、小売段階でメーカーAと代理店Bが競争関係にある状況をいい、近時のEコマースの発展によりこのような状況がしばしば見られるようになりました。
今般、二重流通に関して、主に以下の改正が加えられ、一括適用免除の適用範囲が若干狭められています※6。
「積極的販売」とは、特定の需要者に対する積極的な販売活動(訪問、書面、メール、電話等の直接的なコミュニケーション)がきっかけとなって行われた当該需要者への販売をいいます。現行の規則では、川上の事業者が川下の事業者による積極的販売を制限することに対する一括適用免除の余地が狭く限定されていましたが、特に「排他的流通」及び「選択的流通」の場合には、一定の要件を充足することを条件に、こうした制限が認められてきました。「排他的流通」とは、川上の供給者がその川下にいる流通業者に対してあるテリトリー又は顧客グループを排他的に割り当てる流通制度をいいます。また、「選択的流通」とは、川上の供給者が特定の基準に基づき選定した(正規)流通業者のみにその製品・サービスを供給し、その制度のテリトリー内では非正規流通業者に対して当該製品・サービスを提供しない義務を正規流通業者が負う制度をいいます。
今般、排他的流通・選択的流通制度との関係において一括適用免除の対象が拡大され、第三者の特約店・代理店を使って欧州で販売網を構築している日本のメーカーにとっては若干の規制緩和が図られることになります。
具体的な規制緩和としては以下のとおりです。
まず、排他的流通については、供給者は各テリトリー・顧客グループごとに最大5社まで流通業者を指名でき、その場合でも他の要件(供給者の市場シェアが30%以下かつ流通業者の市場シェア30%以下など)を満たす場合には、流通業者に対して、①他の流通業者に排他的に割り当てたテリトリー・顧客グループへの積極的販売を制限するとともに、②直接の販売先に対しても同様の積極的販売の制限を課すことを当該流通業者に義務付ける条項も、一括適用免除の対象に含まれることとされています(規則4条(b)号)。
また、選択的流通については、供給者は、流通業者及びその顧客に対して、供給者が選択的流通を運営するテリトリー内に所在する非正規の流通業者に対する販売につき、当該流通業者及び顧客がそのテリトリー外に所在する場合であっても、そうした非正規の流通業者への販売を禁止できるとして、一括適用免除の余地を拡大しています(規則4条(c)号)。
オンライン販売に関しては、①二重価格(dual pricing:オンラインでの販売が予定される製品につき、オフラインでの販売が予定される製品よりも高い卸売価格を同一の販売業者に適用すること)及び②オンライン販売に関して実店舗での販売に課される基準と同等ではない基準を課すことの取扱いが改正されています。①②につき従前は(オンライン販売に対する過度な制限行為であるとして)一括適用免除の対象外と解釈されておりましたが、現行の規則・ガイドラインの見直し作業において、オンライン販売はもはやオフラインの販売経路と比較して特別な保護を必要としないほど発達して十分機能していることが確認され、これらについても一括適用免除の対象に組み込んでいく方向となったことによるものです。
改定後のガイドラインは、上記①(二重価格)につき、供給者が同一の流通業者につきオンラインとオフラインの販売向けで異なる卸売価格を設定した場合も一括適用免除の適用となることを明確にしています。この卸売価格の差異は、オンライン・オフラインの販売経路のコストや販売経路の構築に要する投資の違いに合理的に関連している必要があるものの(すなわち、卸売価格の差異を、国境を越えた販売の制限や、流通業者によるオンライン販売を妨害する目的で設定することは不可)、これを証明するための複雑なコスト計算や詳細なコスト情報の競争当局への共有などは不要です。また、二重価格を効果的に実施するためのシステム(例えば、後払いの請求処理のために、どの商品が実際にオンライン又はオフラインで販売されたか監視すること)も設定可能なものの、このようなシステムは流通業者がオンラインで販売できる製品の数量を制限するものであってはならないとされています。
また、改定後のガイドラインは、上記②につき、オンラインとオフラインの販売経路がその性質上本質的に異なることを踏まえ、選択的流通において、オンライン販売の関係において供給者が課す基準は、実店舗での販売に課される基準と同等である必要はないことを明記しています。もっとも、この場合でも、オンライン販売に適用される基準を、対象となる製品・サービスを販売するために流通業者又はその顧客がインターネットを効果的に使用することを妨げる目的で設定されてはならないとされています。
同等性条件(パリティ条項)は、最恵国待遇条項(Most Favoured Nation clauses:MFN条項)とも呼ばれ、相手方に対して他の販売経路(例えば、他のプラットフォームや、自社ウェブサイトなどの直販経路)で提供される条件と同等又はそれよりも有利な条件で製品・サービスを提供することを義務付ける条項です。例えば、プラットフォーム事業者Aが、A及び他のプラットフォーム上で取り扱う製品を供給するBに対して、Aのプラットフォーム上の販売価格P1を、他のプラットフォームで提供される販売価格P2よりも同等又はそれよりも有利な価格とする(すなわちP1≦P2)ことを義務付け(この条項を「ワイドパリティ」といいます。)、あるいはBの自社ウェブサイト上で提供される販売価格P3よりも同等又はそれよりも有利な価格とする(すなわちP1≦P3)ことを義務付ける条項(この条項を「ナローパリティ」といいます。)を指します。
改正前の規則は全てのパリティ条項を一括適用免除の対象としていましたが、近年、プラットフォーム事業者による小売段階でのパリティ条項(特に、他のプラットフォームにおけるエンド・ユーザーへの販売条件に関するパリティ条項)に対する競争法違反事件が相次いでいることなどを踏まえ、改正後の規則は、プラットフォームをまたがる小売段階でのパリティ条項(上記の例における「ワイドパリティ」)を一括適用免除の対象外としています(規則5条1項(d)号)。
さはさりながら、他の類型の同等性条件(特に、上記の例における「ナローパリティ」、すなわち、他のプラットフォーム上での販売に関してはパリティを求めず、相手方の直販経路に関してのみパリティを求める条項)については、一括適用免除の要件(特に、市場シェア30%以下などの要件)を満たす場合には、依然として一括適用免除の対象とされます。もっとも、市場集中度が高く少数の有力なプラットフォームしか存在しない市場における小売段階でのナローパリティに関しては、当該条項がユーザーの相当割合をカバーする複数のプラットフォームにより累積的に用いられている場合には、一括適用免除の適用が撤回※7される可能性が高い旨、指摘されています。
サステナビリティの目標を追求する契約等における垂直的制限に関しても、改定後のガイドラインは一定の記述を追加し、EU競争法上の考え方を示している点が注目されます。このような垂直的制限としては、例えば、メーカーが流通業者に対してサステナブルな製品の取扱いを一定割合以上とすることを求める、あるいは、流通業者に対して実店舗における化石燃料使用割合が一定以下であることを求める、といったことが考えられます。
まず、ガイドラインは、サステナビリティ目標を追求する契約における垂直的制限も所定の条件を満たす場合には一括適用免除の対象となることや、競争を一定程度制限するため欧州機能条約101条が適用される場合であっても同条3項の要件を満たす場合には(個別適用免除の適用を受け)適法となることを明確にしています。同条3項の要件との関係で特に問題となる効率性の向上に関しては、欧州委の水平的協力協定ガイドライン案の「サステナビリティ協定」(sustainability agreements)の章における効率性の考え方 ※8が参考になると考えられます。
また、ガイドラインは、サステナビリティの目標追求と垂直的制限につき、以下の例と説明を加えています。
また、今般のガイドラインに付随する欧州委の影響評価報告書では、上記の例以外でも、垂直的制限の文脈でサステナビリティ目標の追求による効率性を考慮すべきとするパブコメ意見とそれに対する返答が幾つかの例示とともに記載されており、この問題に関しては今後も議論がなされるものと思われます。
上記のほか、欧州委の説明文書は主に以下の改定点を挙げております(本稿では概要のみ記載します。)。
冒頭記載のとおり、欧州委の垂直的制限ガイドライン及び垂直一括適用免除規則は、流通販売政策やオンライン販売などに広く関わる重要な規律を定めるものです。欧州では垂直的制限に関する競争法違反に対しても非常に高額の制裁金が課されていることからしても、欧州で事業活動を展開する事業者の皆様におかれましては、今般の改定のポイントをご理解いただき、EU競争法の遵守につき今一度ご留意いただくことが肝要と存じます。
※1
Commission notice – Guidelines on Vertical Restraints OJ [2010] C 130/1
※2
Commission Regulation 330/2010 of 20 April 2010 on the application of Article 101(3) of the Treaty on the Functioning of the European Union to categories of vertical agreements and concerted practices OJ [2010] L 102/1
※3
2022年5月31日時点で効力を有する契約に関しては、2023年5月31日までの移行期間が定められています(規則10条)。
※4
「垂直的制限」とは垂直的協定(契約)における競争制限行為をいい、「垂直的協定(契約)」とは生産又は流通の取引段階の異なる事業者間における製品・サービスの購入・販売・流通等に関する協定又は協調的行為をいいます。
※5
Richard Whish and David Bailey Competition Law (Tenth edn, OUP 2021)
※6
なお、昨年公表された規則の改定案では、川下市場での供給者と流通業者の合算市場シェアが10%以下であることを一括適用免除の要件とするなど、厳格な方針が提案されておりましたが、このような提案は撤回されています。
※7
欧州委・EU加盟国競争当局は、ある垂直的制限が本規則に定める一括適用免除の要件を一応満たす場合であっても、当該垂直的制限を一括適用免除することが相当ではない場合には、本規則の適用を撤回できるとされています(規則6条)。
※8
この点に関しては、拙稿「欧州委員会の水平的協力協定ガイドライン・水平一括適用免除規則改定案の公表(2)~競争者間の情報交換以外の改正ポイント(NO&T Competition Law Update No.8 2022年5月)」をご参照ください。
※9
選択的流通とEU競争法上の適法性に関しては、まず、「純粋な質的基準」に基づく選択的流通か否かを区別することが有益です。なぜなら、「純粋な質的な基準」に基づく選択的流通であるとされれば、いわゆるメトロ判決で示された以下の3つの要件を満たせば、そもそも欧州機能条約101条1項の適用はなく、適法とされるからです。
※10
ガイドラインは、どのような垂直的制限がこれに該当すると考えられるかにつき幾つかの具体例を挙げており、例えば、オンライン広告や価格比較ツールの利用の禁止もこれに含まれる旨、指摘されています。
※11
REGULATION (EU) 2019/1150 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 20 June 2019 on promoting fairness and transparency for business users of online intermediation services(オンライン仲介サービスのビジネス・ユーザーのための公正性及び透明性の促進に関する規則)
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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