大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
2022年9月29日、米連邦通信委員会(Federal Communication Commission。以下「FCC」といいます。)は、2024年から、任務完了後※1の低軌道衛星を5年以内に廃棄軌道に移すことを義務付けることを発表しました。従前は任務完了後25年以内に廃棄軌道へ移行する規則を設けていましたが、その期間を大幅に縮小したという点で重要な改訂となりますので、従前のスペースデブリ低減に関する国際的な取組状況とともに、その改正内容及び日本への影響を含む今後の留意ポイントを、当事務所宇宙プラクティスグループのメンバーが解説します。
スペースデブリとは、軌道上にある不要な人工物体のことを指し、宇宙ゴミとも呼称されています。上記の任務完了後の低軌道衛星のほか、故障した人工衛星、打ち上げロケットの上段、ミッション遂行中に放出した部品、爆発・衝突し発生した破片等によって構成されており、その個数は、現在追跡可能な10㎝以上の物体で約2万、1cm以上は50~70万、1mm以上は1億個を超えると想定されています※2。
スペースデブリは秒速7㎞以上と超高速で周回しているため、微小なものであっても、衝突により任務中の人工衛星等に大きな損害を発生させるおそれ※3や、大気圏に再突入して地球の表面に落下した場合、地球にも大きな損害を発生させるおそれがあり、今後の人類の宇宙活動の発展を阻害するだけでなく、安全な地球活動をも脅かす存在となりつつあります。
上記スペースデブリ衝突への対策として、宇宙ステーションや現在任務中の人工衛星等に関しては、地上から観測可能なスペースデブリとの衝突を回避する運用※4を実施しているほか、それぞれ一定規模のスペースデブリ衝突に耐えられるような構造※5に設計しています。
もっとも、このような対策を講じてもスペースデブリとの衝突を完全に防ぐことはできないこと、上記のような地上落下のおそれもあること、他方事業者において過剰なスペースデブリ対策が必要となることは商業的な宇宙利用の可能性の阻害に繋がることから、スペースデブリの低減と商業的な宇宙利用の可能性のバランスを取るために従前から様々なルール等が考案されてきました。
世界各国では、1990年代からスペースデブリの発生を抑えるために様々な検討が行われてきました。そして、2002年、国際機関間スペースデブリ調整委員会(The Inter-Agency Space Debris Coordination Committee。以下「IADC」といいます。)にて、IADCスペースデブリ低減ガイドラインが策定されました。このガイドラインは、スペースデブリ低減に関する先進国宇宙機関間の初めての合意ガイドラインであり、低軌道での運用終了後の衛星等の扱いに関して、運用を終了した衛星等は、軌道を離脱させるか軌道寿命が短い軌道に移動させる旨、改修も一つの廃棄手段である旨、25年が合理的で妥当な寿命制限である旨定められています※6。
その後、2007年、国際連合宇宙平和利用委員会(COPUOS)においてスペースデブリ低減ガイドラインが定められました。このガイドラインでは、スペースデブリ発生低減対策として、短期的観点から潜在的に危険なスペースデブリを削減するもの(ミッション関連のスペースデブリの削減や破砕の回避)と、長期に亘ってスペースデブリの発生を制限するもの(運用終了した宇宙機やロケット軌道投入段を除去するための運用終了手順に関するもの)のカテゴリーに分類した上で、具体的なスペースデブリ低減措置の内容が定められています※7。なお、このガイドラインの末尾において、詳細な記述・勧告についてはIADCスペースデブリ低減ガイドラインを参照すべき旨が記載されています。
また、2019年、COPUOSにおいて、宇宙活動に関する長期持続可能性ガイドライン(LTS※8ガイドライン)が採択されています。このガイドラインでは、「宇宙活動の長期持続可能性」という議題のもとで、宇宙活動を長期的に持続可能な利用のために自主的に遵守すべきガイドラインの制定を目指して定められたものであり、その中には、スペースデブリ監視情報の収集、共有及び普及の促進や、長期的なスペースデブリの数を管理するための新たな手法の探査及び検討といった21のガイドラインが策定されています。
さらに、2020年10月、アルテミス計画※9を遂行していく上で、月面及び月周辺での活動について国際ルールを設けることを目的として、米国、日本、ルクセンブルク等8カ国※10により定められたアルテミス合意※11の中でも、第12条(軌道上のデブリの安全な処分計画)において、署名国は、軌道上のデブリ緩和を約束する旨定められています。
米国では、商用通信衛星を運用するためには、FCCから周波数の割当てを受けなければならないところ、周波数免許の付与に際して人工衛星によるスペースデブリの防止についても併せて審査されています。その審査に関する規則において、FCCは、2004年から、低周回軌道※12の人工衛星の場合、運用終了から25年以内に大気圏へ突入するような設計にする※13ことを含めていました(以下「25年ルール」といいます。)。
もっとも、2022年9月29日、FCCは、その25年という期間を5年という期間に短縮しました(以下「5年ルール」といいます。)※14。その主な理由としては、25年ルールは、大規模な人工衛星の配備等がなされる前に策定されたものであり、今後のスペースデブリ発生の脅威に適切に対処するには長すぎるといった点が挙げられています※15。
なお、25年ルールを変更し、期間を5年に短縮するにあたって、既に低周回軌道に存在する衛星は5年ルールの対象外になるほか、事業者の負担軽減の観点から、2022年9月29日から2年間の猶予期間が設けられており、既に許可取得済みや申請中の衛星について、2024年9月30日以降に打ち上げられるもののみ5年ルールに従う必要があるものとされています。一方、既に5年より長い処理期間を指定している事業者であり、かつ2024年9月29日以降に打ち上げを行う場合は、新しい処理スケジュールを指定した修正申請をしなくてはならず、かかる修正申請は、変更申請を処理するための十分な時間を確保するため、2024年3月29日までに提出されなければならないものとされています。
また、科学研究ミッションによる人工衛星の打上げの場合には、その公的利益を認め、特別に5年ルールの適用を除外する可能性があるとのことです。
近年、スペースXやAmazon等が、多数の小型衛星を用いて、高速で大容量の情報が送受信できる通信網を構築する通信衛星コンステレーションの実現を目指しているように、宇宙空間の商業的な利用が広がっている一方で、衛星の打ち上げ数の圧倒的な増加によるスペースデブリの増加リスクも深刻化しています。また、日本政府も、宇宙空間の安全保障上の重要性が増大する一方で、スペースデブリの増加のリスクが深刻化しており、宇宙空間の安定的利用を確保していくことが喫緊の課題であるとして、スペースデブリの脅威・リスクに対処するための取り組みを進めており※16、宇宙基本計画においてもスペースデブリの除去等の軌道上サービスの位置づけが明確化されています。さらに、民間企業においても、アストロスケールや川崎重工業株式会社がデブリ除去サービスの提供実施に向けて取り組みを行う等、スペースデブリ除去に関する軌道上サービスも活発化しています。
このように、スペースデブリ除去活動も行われ始めている状況において、FCC規則での5年ルールへの改訂は、米国において人工衛星を低周回軌道に打ち上げる場合には、任務完了後5年で低周回軌道から廃棄等を行わなければならず、法的に拘束される※17という点で、スペースデブリの発生を実効的に低減させることが期待されるとともに、衛星事業者において、今後の人工衛星のシステム設計に大きな影響が生じるという点で重要な改訂となります。この点、改訂FCC規則では、米国において許可を受けていない衛星又は衛星システムであっても、これらを使って米国市場にアクセスしようとする者には5年ルールが適用されるとしている点に留意が必要です。この文言によれば、例えば、日本で打上げ許可を取って日本から打ち上げた衛星を用いてリモートセンシングビジネスを行っている事業者がその衛星で取得したデータを米国でも販売しようとすれば5年ルールを遵守しなければならないことになると考えられます。従って、今回のFCC規則の改正は、日本の事業者にも影響が及ぶ可能性がある点に留意が必要であり、今後の同規則の運用を注視する必要があります。今後人工衛星の打ち上げを検討している事業者においては、本規則の内容を十分に検討し、自身の人工衛星が5年ルールの適用を受けるのか否かを含め検討する必要があるものと言えます。
※1
FCC規則によれば、任務終了の定義は、「個々の衛星が衝突回避措置を行うことができなくなった時点をいう。衝突回避能力を持たない衛星については、個々の衛星が通信サービス、メッセージトラフィックの処理、リモートセンシング等の主要任務を終了した時点とする。」とされています。
※3
1mm程度のスペースデブリであっても、当たり所が悪ければ衛星の故障に繋がる場合があります。過去にも、米国の商用衛星通信システム「イリジウム」の衛星1機が、運用を終えたロシアの通信衛星と衝突して大破した事例(2009年)等、複数の衝突事例が確認されています。
※4
スペースデブリとの衝突回避の運用としては、衛星の推進系を用いた軌道変更機能の他、宇宙物体の打上げ許認可審査から打上げ、軌道離脱、安全な落下処置等トータルの宇宙活動を管理する宇宙交通管理(STM)や、人工衛星やスペースデブリ等の軌道周回物体を把握・認識する宇宙状況認識(SSA)が注目されています。
※5
宇宙ステーションはバンパーと呼称される耐衝突構造を有しているほか、人工衛星も、ハーネス(電線)等重要な一部分に保護シールドを設置しています。もっとも、いかに防御設計を講じても、大型のスペースデブリの衝突には耐えられず、衛星の故障や地上落下に繋がるおそれは防ぎきれません。
※6
平成30年11月13日内閣府宇宙開発戦略推進事務局「スペースデブリ対策の取組について」
※7
具体的には、①正常な運用中に放出されるデブリの制限、②運用フェーズでの破砕の可能性の最小化、③偶発的軌道上衝突確率の制限、④意図的破壊活動とその他の危険な活動の回避、⑤残留エネルギーによるミッション終了後の破砕の可能性の最小化、⑥宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に低軌道(LEO)域に長期的に留まることの制限、⑦宇宙機やロケット軌道投入段がミッション終了後に地球同期軌道(GEO)に長期的に留まることの制限を内容としています。
なお、スペースデブリ低減ガイドラインは、法的拘束力がなく、最大限可能な範囲で自主的に対策を取ることが求められています。
※8
long-term sustainability of outer space activitiesの略称。
※9
NASAが、2019年に、人類初の月面着陸から50周年を迎えるにあたり開始した、再度人類を月面に送るプロジェクトを指します。この計画では、人類を月面に送るだけでなく、月周回軌道上に、新たな宇宙ステーションであるGateway(「ゲートウェイ」)を建設すると同時に、月面には人が滞在可能な宇宙基地を建設し、最終的には月軌道宇宙ステーションを前哨基地として、人類を火星に送り込むという計画を内容としています。
※10
2022年10月時点では、21カ国が署名しています。
※11
「THE ARTEMIS ACCORDS」
※12
高度約2,000km以下の周回軌道。LEOとも略される。
※13
FCC-04-130参照。なお、FCC-04-130では、Ⅲ.discussion 部分において、任務終了後25年以内に軌道上から撤去することを義務付けることにより、かかる人工衛星がさらなる軌道上のスペースデブリの生成に寄与する確率が大幅に減少するといった意見や、IADCガイドラインでは25年が妥当かつ適切な寿命制限であることを明確に示しているといった意見等が記載されています(Ⅲ.discussion C Specific Elements of Orbital Debris Mitigation 4. Post-Mission Disposal)。
※14
47 CFR, part 5§ 5.64(A) (FCC-22-74A1 APPENDIX A)参照。
※15
Ⅲ.discussion A. Promoting Space Safety Through Post-Mission Disposal 参照。なお、FCC-04-130のⅢ.discussion 部分では、通信衛星コンステレーションといった小型衛星を多数用いる事業活動により、長期間多数のスペースデブリを発生させるリスクが大きいことを考慮すると、このような事業活動においては5年ですらも長すぎるかもしれないという意見も存在します。
※16
第1回スペースデブリに関する関係府省等タスクフォース資料「スペースデブリの現状と宇宙空間の安定的利用に関するJAXAの取り組みについて」
※17
5年ルールを遵守しなかった場合の罰則は現状定められていないものの、少なくとも、将来別の衛星を打上げる際の審査において不利に斟酌されるという事実上の不利益を受けることになると考えられます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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