大久保涼 Ryo Okubo
パートナー(NO&T NY LLP)/オフィス共同代表
ニューヨーク
NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
英国政府は、2021年10月から2022年1月にかけて、軌道上活動に関する責任と伝統的な第三者賠償責任保険に代わる制度に関して情報提供の呼びかけ(Call for evidence)を実施し、2022年6月に、政府からの回答(Government response)(以下「本政府回答」といいます。)を公表しました。本政府回答では、情報提供の呼びかけに応じて提示された軌道上活動に関する事業者の責任・保険制度に関する様々な問題への対応として、以下の事項を含む各種の問題提起・提案が行われました。
本政府回答を踏まえて、英国の宇宙産業を所管する英国宇宙庁(UK Space Agency)によって政策案などが検討され、2023年9月14日付でパブリックコメントの募集(Consultation)(以下「本パブリックコメント」といいます。)が開始されました※1。本パブリックコメントの対象となる事項は非常に多岐にわたりますが、本ニュースレターにおいては、衛星運用者の責任上限額の柔軟化、ライセンスフィーの返金制度、第三者賠償責任保険加入の免除制度に関する提案に着目して解説します。なお、本パブリックコメントの結果を踏まえて、提案された各種制度の導入の有無・内容が変更される可能性があります。
英国における宇宙活動は、法律レベルにおいては、The Outer Space Act 1986(OSA)とThe Space Industry Act 2018(SIA)によって規律されています。現在、英国外で英国民・英国法人が行う宇宙活動についてはOSAが適用され※2、英国内で実施される宇宙活動についてはSIAが適用されます※3。
宇宙活動に当たって、打ち上げたロケットや人工衛星が地表に墜落するなどの事故が発生し、それが甚大な被害を及ぼす可能性があります。このようなリスクに対処するため、英国や日本を含めて80以上の国により「宇宙物体により引き起こされる損害についての国際責任に関する条約」(宇宙損害責任条約)が批准されています。非常に簡略化して説明すると、打上げ国は、以下のとおり、損害を被った国家又は自国民(自然人・法人)が損害を被った国家に対して、賠償責任を負うこととされています※4。
したがって、英国が打上げ国となる宇宙物体によって他国・他国民に損害が生じた場合、当該他国・他国民は、最終的に英国政府より、地表上の損害については無過失責任、宇宙空間の損害については過失責任によって、損害の補償を受けることができます。
また、SIAは、英国が打上げ国となる場合に、自国民に生じた損害に関して、条約上、他国・他国民に保障されている権利と同等の保護を与えています。すなわち、事業者に対して、宇宙飛行活動に用いた機体等により英国の地表・領海上の人・財産又は飛行中の航空機(航空機内の人・財産を含む)に損害を与えた場合には、原則として無過失責任を課しています※7。また、事業者の責任上限額や保険金額(下記(2)をご参照ください。)を超える損害責任が発生した場合には、その差額について政府補償が提供されることとなります※8。
英国政府が事業者の行う宇宙活動に関して第三者から責任を追及された場合、当該事業者は、OSA・SIAに基づき、英国政府に対して補償する義務が課されています※9。また、OSA・SIAに基づくライセンスを取得する事業者は、原則として、英国政府を被保険者に加えた第三者賠償責任保険の加入も求められます※10。
もっとも、事業者が負担する責任額は無制限ではなく、OSA及びSIAは、ライセンスの付与に当たって、事業者の英国政府に対する責任上限額を定めることと規定しています※11。
これらの責任上限額について、ライセンス・活動の内容により異なる算定方法が採用されています。打上げ事業や英国内における打上げの調達事業の責任上限・保険要件については、Modelled Insurance Requirementの考え方(米国やオーストラリアで採用されているMaximum Probable Loss Approachに類する考え方)が採用されており、リスクに応じてミッションごとに責任上限額を算定することとされています。これに対して、軌道上の衛星運用については、原則6,000万ユーロが責任上限額として設定されています。ただし、軌道上の衛星運用にかかる事業者の責任上限・保険要件に関しては、リスクの高さに応じた調整が行われうる仕組みが採用されています。すなわち、高リスクのミッションについては6,000万ユーロよりも高い責任上限額・保険金額が設定される可能性があり、低リスクのミッションについては、事業者の責任上限額(6,000万ユーロ)は維持しつつ、付保義務のみ免除される場合があります。
事業者の責任上限・保険要件の概要
OSA | SIA | |
---|---|---|
宇宙物体の打上げの調達、運用その他宇宙空間での活動を行う者に対する許可(orbital operator licence)にかかる責任上限・保険要件 | ||
打上げの調達(英国外) | €60mの責任上限・付保義務 | N/A |
打上げの調達(英国) | N/A | Modelled Insurance Requirement(MIR)を用いてリスクに応じてミッションごとに責任上限額を算定(打上げ実施者と同額) |
軌道上運用(英国外) |
|
N/A |
軌道上運用(英国) | N/A |
|
打上げ実施者に対する許可(launch operator licence)にかかる責任上限・保険要件 | ||
打上げの実施(英国) | N/A | Modelled Insurance Requirement(MIR)を用いてリスクに応じてミッションごとに責任上限額を算定 |
本パブリックコメントにおいて、英国政府が掲げる宇宙の持続可能性に関する目標を推進するため、衛星の運用者が負担する責任上限額を柔軟化する提案がなされています。具体的には、宇宙の持続可能性の観点からライセンス申請されたミッションを評価して、その内容に応じて責任上限額を調整する制度が想定されています※12。本パブリックコメントの結果も踏まえて、今後実現可能性も含めた更なる検討が行われる予定ですが、現時点では、責任上限額の調整に当たっては、以下の枠組みのように2段階の審査プロセスを行うこととされています。
1段階目においては、2つのパラメーターをもとに責任上限額のベースラインを設定します。このパラメーターは、基準の設定可能性が更に検討される予定ですが、①申請者が提案する活動のカテゴリーと②当該活動が実施される軌道をもとに設定されます。これらのパラメーターごとに宇宙の持続可能性の観点から高リスク・中リスク・低リスクの分類がなされ、それを掛け合わせる形で9ボックスグリッドかそれと同等のアプローチで、スコア化が行われます。
そして、算出されたスコアに基づき、以下のとおりリスクに応じた責任上限額のベースラインが決定されます。
2段階目では、英国政府が持続可能性の観点から推進したいと考えている各種政策分野に従って申請対象のミッションが審査され、算出されたスコアに基づいて、1段階目で決定されたベースラインの責任上限額を減額・増額・維持するかの決定がなされます。最終的な責任上限額の審査・決定は、将来義務化を予定している規制要件の早期導入や持続可能性に関する課題の一環として英国政府が推進したいと考えている対応の任意的な導入といった運用を行う事業者による努力を評価するものとされています。
2段階目における審査は、ミッションのタイプによって適用される基準が異なりますが、①衛星やミッションの設計におけるリスクの低減、②運用中におけるデブリの発生可能性の低減、③運用後のリスクの低減、④リスク低減のため第三者サービスの利用※16といった基準に関連して設定される評価項目に従って、スコアが算出されます。
上記の審査を踏まえて算出されたスコアに基づき、最終的に1段階目で決定された責任上限額を維持するか、あるいは増額・減額するかが判断されます。例えば、超小型衛星ミッションについて、1段階目において2,000万ポンドの責任上限額のベースラインが設定された場合、最終的な責任上限額の決定に当たって、かかるベースラインを維持したい場合には2段階目において5-8のスコアを取得できるようにする必要があります。しかし、2段階目において、持続可能性の観点からの対応が不十分とされ0-4のスコアを取得した場合には、最終的な責任上限額は5,000万ポンドとされ、逆にデブリ対策などを十分に講じて9-10のスコアを取得した場合には責任上限額は0ポンドと判断されます。
ミッションタイプ | 基準責任額のスコア | ||
---|---|---|---|
£50m | £20m | £0 | |
超小型衛星(CubeSat) | 0-4 | 5-8 | 9-10 |
コンステレーション | 0-6 | 7-9 | 10-13 |
デブリ除去(ADR) | 0-4 | 5-7 | 8-9 |
地球観測ミッション | 0-4 | 5-8 | 9-10 |
静止軌道(GEO)ミッション | 0-4 | 5-6 | 7-8 |
英国においてライセンスを取得する場合、原則として1ライセンス(1衛星)当たり6,500ポンドの申請手数料が必要となります。現在、多数の小型衛星を運用するコンステレーション事業者について、申請された人工衛星の数に応じて、申請手数料を一定額減額する制度が運用されています。
上記の責任上限額の柔軟化と同様に、宇宙の持続可能性の観点から、事業者が持続可能性のための追加的な対応を行った場合には、責任上限額の調整とリンクする形で申請手数料を全額又は一部返金する制度の導入が検討されています。この点も同様に制度の運用可能性について更なる検討が必要とされていますが、現時点で以下のような運用が想定されています。
責任上限額 | 現行の申請手数料 | 政府による返金額 | 申請が成功した場合の正味コスト |
---|---|---|---|
£0 | £6,500 | £6,500 (100%) | £0 |
£20m | £6,500 | £3,900 (60%) | £2,600 |
£50m | £6,500 | £0 (0%) | £6,500 |
>£50m | £6,500 | £0 (0%) | £6,500 |
本パブリックコメントにおいて、第三者賠償責任保険に関する提案・コメントの募集が行われています。その背景として、英国政府が負いうる軌道上の責任や付保義務に対応できる程度の保険市場が現在存在するものの、将来的には、デブリの増加等が保険会社のリスクプロファイルに変更を及ぼすおそれや、保険会社の宇宙保険市場からの撤退といった懸念も指摘されています。そこで、既存の保険会社による伝統的な第三者賠償責任保険に代わる仕組みの検討が課題となっています。
2022年6月の英国政府の応答において、①小型衛星・コンステレーションの運用者を対象とする相互保険制度、②すべての英国ライセンス保有者をカバーする独立の組織による団体保険制度、③政府による宇宙債制度の実行可能性を更に調査すると述べており、本パブリックコメントにおいて、③政府による宇宙債制度は実行可能性が低いと判断し、残りの①相互保険制度と②団体保険制度についてコメントを踏まえて実行可能性に関する最終判断を行うとしています。
また、本パブリックコメントにおいては、付保義務の免除範囲についても見直しの議論もなされています。
現在、リスクが最も低いとされるミッション(具体的には、ISSから射出される低リスクミッションやISS軌道未満の軌道における低リスクミッション)については、(英国政府に対する事業者の補償義務は維持したまま)付保義務を免除しうる制度が採用されています。この点について、新たな宇宙ステーションの建設(例えば、中国による「天宮」の建設)など低軌道上の開発状況を踏まえて、今後かかる免除制度を継続又は見直しするか検討することが予定されています。
また、英国政府が掲げる宇宙戦略(特にイノベーションに関する課題)の促進の観点から、新たな付保義務の免除制度の導入も検討されています。莫大な開発費用が生じる前例のない技術を事業者が初めて運用できるようにライセンスが付与されるようなケース※17を念頭に、このような場合には英国政府がリスクを負担することとし、当該事業者による付保義務を免除し、更に責任上限額を0ポンドとすることが検討されています。
2023年12月7日まで本パブリックコメントは開かれており、その後、英国政府は2024年初めを目途に、回答結果を踏まえた対応を施行スケジュールと合わせて公表する予定です。
現在、日本を含めて各国において、デブリ問題などを念頭に宇宙の持続可能な利用という課題が認識されています。英国における本提案は、宇宙活動事業者のファイナンシャルリスク上重要な事故時の責任上限額を柔軟化することで、宇宙の持続可能性に資する措置を取る強力なインセンティブになりうるものと考えられます。デブリ対策などの宇宙の持続可能性に関する対応を法的に直接強制する形ではなく、市場の作用を活用した形で促していく形式であり、本制度導入の実現の可否や具体的基準の内容など今後の動向が注目されます。
※1
本パブリックコメントに関するプレスリリースはこちらをご参照ください。
※2
OSA第2条
※3
SIA第1条第(1)項
※4
宇宙損害責任条約に基づく損害の賠償は、国家間の請求権の問題として処理され、その請求も原則として外交ルートに基づき行われることとされます(宇宙損害責任条約第8条、第9条)。
※5
宇宙損害責任条約第2条
※6
宇宙損害責任条約第3条
※7
SIA第34条。例外として、宇宙飛行活動への参加者(事業者の従業員・関係者、乗員など)や被害者に過失がある場合に対しては、厳格責任は課されません(SIA第34条第3項)。
※8
SIA第35条
※9
OSA第10条、SIA第36条
※10
OSA第5条第2項第(f)号、SIA第38条
※11
OSA第10条第1A項及びSIA第12条第2項。なお、現行のSIAは、ライセンスは責任上限額を定めることが「できる」(may)との規定になっていますが、英国政府が公表するSIAに基づく保険要件・責任に関するガイダンスに基づき、すべてのライセンスにおいて責任上限額を定める運用がなされています。また、本パブリックコメントにおいて、上記運用に法的確実性を与えるため、SIAに基づくライセンスは事業者の責任上限を定めなければ「ならない」(must)と、可能な限り早期に改正すると表明されています。
※12
ライセンスの申請を行うと、許可当局である英国民間航空局(Civil Aviation Authority)によってミッションの安全性審査が行われますが、かかる審査と責任上限額の調整にかかる審査とは完全に別のものとして扱われます。すなわち、責任上限額が減額されるかの判断は、ライセンス申請の審査結果と結びつかないものとされており、責任上限額の減免を受けるために宇宙の持続可能性に資する追加的措置を採用するかは申請事業者の裁量に委ねられると説明されています。
※13
0ポンドのベースラインは、軌道上環境へのインパクトを低減するために幅広い追加的な対応を行ったと判断された運用者に適用されます。
※14
2,000万ポンドのベースラインは、軌道上環境へのインパクトを低減するためにいくつかの追加的な対応を行ったと判断された運用者に適用されます。
※15
責任上限額が最も高い基準は、現在の6,000万ユーロと概ね同等となるよう設定される想定とされています。
※16
デブリ除去サービスや軌道上サービスといった第三者サービスは現時点で十分に確立していないため、当面はこれらのサービスの利用は2段階目の審査において追加的な加点要素として位置付けるにとどめられる想定とされています。これらの措置を採用した場合、本文掲載のスコア表内の上限スコア(例えば、超小型衛星の場合には10点)を超えるスコアが算出される可能性があります。
※17
具体的には、様々な革新的なプログラムのもと英国政府が資金援助をしているケースや運用者が新しい技術等によって世界初の活動を示すようなケースが想定されています。既存の技術の改良や反復は含まれません。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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