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借入人の財務状況悪化時のシンジケートローンを巡る実務対応

NO&T Restructuring Legal Update 事業再生・倒産法ニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1.はじめに

 新型コロナウイルス感染症の影響下における経営が長期化する中で、近時、借入人がシンジケートローンの支払に困難を来す事案が増加している。このような事案では、借入人の事業継続にも関わる重要な意思決定を要する場面が増加し、与信をしているエージェント行及び参加行はもちろんのこと、借入人の側でも金融機関の担当者とどのようにコミュニケーションを取るべきか、難しい対応を迫られる場合もある。

 そこで、本ニュースレターでは、金融機関の担当者や、借入人における担当者及び経営者のために、シンジケートローンの有事対応に関する基本的な理解を得られるように、まずシンジケートローンにおけるアレンジャー・エージェントの位置づけ、与信管理に関連する具体的な契約条項(平常時のモニタリング)について整理する。次に、借入人の財務状況が悪化した場合にエージェント又はシンジケート団として取り得る対応について、具体的な実務を紹介する。最後に、借入人の財務状況の悪化への対応がいずれも功を奏さず、借入人が法的倒産手続に至った場合のシンジケートローンの処理及び実務上の対応について説明する。

 本ニュースレターにて提供する情報は、シンジケートローンに関係する各当事者が有事に際して適時に適切な検討及び意思決定を行うために有益であり、これによって、金融機関の担当者と借入人における担当者や経営者との間で円滑なコミュニケーションを行う際の参考となるものである。

2.シンジケートローンにおけるアレンジャー・エージェントの位置づけ

 シンジケートローンとは、複数の金融機関が、集合体として協調して借入人に対して融資を行う取引をいう。各金融機関による貸付金額は異なりうるが、それ以外の契約条件は基本的に同一である。シンジケートローンに基づく債権債務関係は各貸付人と借入人の間で独立に発生し存在するものの、貸付人間の公平性を損なわないために、各貸付人による権利行使には制限が課され、様々な場面で各貸付人が協調するための条項が設けられている。例えば、借入人に対する期限の利益喪失のための通知を行うか否か、また担保権を実行するかどうかといった場面において貸付人の意思決定が多数決により行われたり、弁済金の受領もエージェントを通じて行われ、各貸付人が相殺等による回収を行った場合にも、債権譲渡等の方法により貸付人間の調整が図られる。

 また、シンジケートローンには、アレンジャーやエージェントという当事者が登場する。アレンジャーは借入人の依頼に基づいて貸付人となる他の金融機関を招聘し、借入人と他の金融機関との間に立ってシンジケートローン契約の条件を調整し、ローン契約の締結までのアレンジをする。多くの場合、契約締結後、アレンジャーはエージェントに就任する。エージェントは、参加行の代理人として、他の金融機関からの委任を受けて、弁済金の受領及び分配、借入人からの報告の取次、多数貸付人の意思結集の取りまとめ等シンジケートローンに関わる様々な業務を担う(但し、エージェントフィーは借入人が負担する。)。エージェントとなる金融機関も自ら貸付人となることが一般的である。

 エージェントは、一般に、参加行との間では準委任関係にあり、委任者である参加行に対して善管注意義務(民法第644条)を負うと考えられている。また、エージェントは、シンジケートローンにおけるエージェント及び貸付人となると同時に、シンジケートローン外において相対で貸付を行っていることもあり、このような場合、エージェントの受任者としての忠実義務と相対の貸付人としての利益の間に利益相反が生じることがある。具体的には、他の貸付人への通知義務や、シンジケートローンの他の貸付人に対して適切に情報提供をせずに固有の貸付の回収をいち早く行うことの可否、請求失期事由が発生した場合に、固有の貸付においては請求により失期させる判断をしつつ、シンジケートローンの意思結集の場面では請求による失期に反対することの可否等、様々な問題が議論される。

 日本ローン債券市場協会(JSLA)は、標準的なシンジケートローン契約書として「コミットメントライン契約書(JSLA2019年版)」(以下「CL」という。)及び「タームローン契約書(JSLA2019年版)」(以下「TL」という。)を公表しており、これらが広く参考にされている。

3.与信管理に関連する具体的な契約条項(平常時のモニタリング)

 貸付人としては、平常時から借入人の財務状況等を把握しておく必要がある。そこで、シンジケートローン契約書において、借入人は、有価証券報告書等の金融商品取引法上の報告書や会社法上の計算書類等をエージェント及び全貸付人に提出する義務を負う(CL第21条(1)②、TL第17条(1)②)と同時に、エージェントや各貸付人の請求により、自身の経営や業況について報告する義務を負う(CL第21条(1)③、TL第17条(1)③)こととされる。

 また、借入人の誓約事項として、CL及びTLいずれにおいても、「借入人は各年度の決算期及び中間期の末日における連結貸借対照表及び単体の貸借対照表における純資産の部の金額を●円以上に維持することを確約する。」といった財務コベナンツ条項を規定し、借入人に一定水準以上の財務状態の維持を求めることが多い(CL第21条(5)、TL第17条(5))。この他にも、損益計算書上の経常利益に関して経常損失を計上しないことを確約させるなど、財務コベナンツ条項には具体的な状況に応じて多くのバリエーションがある。この財務コベナンツ条項を遵守していることに関する報告書は、計算書類等とともにエージェント及び全貸付人に提出されることになる(CL第21条(1)②、TL第17条(1)②)。

 シンジケートローン契約書には、上記のような平常時のモニタリングに関する条項が置かれるが、実務的には、貸付人において、例えば営業店において日常的に借入人とコミュニケーションを取っている中で経営の状況を把握したり経営課題についての理解を深める等、与信状況の把握が重要である。他方、借入人としても、万が一有事に至った場合に金融機関の支援を得るためには、平常時からの信頼関係の醸成が重要と考えられる。

4.財務状況の悪化とエージェント又はシンジケート団として取り得る対応

(1) 期限の利益喪失事由の発生又はそのおそれがある場合

 上記3.のとおり、実務的には、借入人と取引関係がある貸付人は、日常的に借入人とコンタクトするので、借入人の財務状況の悪化に関して最も早く情報を取得するのは、当該貸付人(典型的には、エージェント)の営業店であることが多い。この場合の「財務状況の悪化」には、期限の利益喪失事由に該当する出来事だけでなく、それらが発生する「おそれ」がある場合や、おそれにも該当しない「兆候」程度のものまで、幅広い情報が含まれる。

 ところが、シンジケートローンにおけるエージェントは、一般的に借入人に対して守秘義務を負っており、契約上、期限の利益喪失事由が実際に発生するまでは守秘義務は解除されないとされる(CL第33条(1)①、TL第28条(1)①)。かかる規定によると、エージェントとすれば、財務状況の悪化を認識したとしても、実際に期限の利益喪失事由が発生するまでは、それを他の貸付人に伝えることができないことになる。

 これに対し、借入人は、期限の利益喪失事由が発生した場合だけでなく、その「おそれ」がある場合には、その旨をエージェント及び全貸付人に報告する義務を負っていることが一般的であり(CL第21条(1)①、TL第17条(1)①)、エージェントは、借入人から貸付人に伝えるべき通知を受領した場合には、その内容を全貸付人に通知する義務がある(CL第25条(11)、TL第21条(11))。そのため、借入人から、期限の利益喪失事由が発生するおそれがあるとの通知を受領すれば、エージェントは当該情報を各貸付人にも伝えることになる。

 整理すると、期限の利益喪失事由が発生していれば、エージェントの借入人に対する守秘義務は解除されるし、エージェントが貸付人を兼ねている場合は、貸付人として、期限の利益喪失事由が発生したことを(エージェントを通じて)他の貸付人に通知する義務があるが、期限の利益喪失事由が発生のおそれがある段階では、エージェントは、積極的に他の貸付人にかかるおそれがあることを通知する義務はないし、守秘義務上、これをすることもできない。他方で、借入人から期限の利益喪失事由が発生のおそれがあると報告を受けた場合には、その内容を全貸付人に通知する義務があることになる。

 このように、エージェントは、借入人について生じた事象が、期限の利益の喪失事由が生じるおそれに該当すると考える場合には、自身と他の貸付人との間で情報格差をなくすという観点もあり、借入人に対して、借入人自らが各貸付人に対して財務状況の悪化(期限の利益喪失事由が発生するおそれ)に関する事実を通知するよう促すべき場合がある。

(2) 財務コベナンツ条項違反

 財務状況の悪化により財務コベナンツ条項に違反した場合、シンジケートローン契約上の義務違反に該当するため、請求失期事由となる(CL第22条(2)③、TL第18条(2)③)。各貸付人は、上記事由の発生を知ったときは、直ちにその旨をエージェントに通知し、エージェントは当該事由の発生を他の貸付人に通知する義務を負う(CL第22条(4)、TL第18条(4))。

 財務コベナンツ条項の違反を含めた請求失期事由が生じた場合において、実際に期限の利益を喪失させるか否かの判断は、各貸付人が個別に行うのではなく、シンジケート団として集団的に対応する必要がある。具体的には、エージェントが全貸付人に対して多数貸付人の意思結集を行う旨を通知し、各貸付人が期間内にエージェントに対して自らの意思を伝える(CL第27条、TL第23条)。ここで言う多数貸付人とは意思結集を行う時点における貸付金額割合の合計が、シンジケートローン契約で定められた割合以上となる単独又は複数の貸付人をいう(CL第1条39、TL第1条27)。

 各貸付人は、財務コベナンツ条項違反の程度等その他の状況を考慮して請求により期限の利益を喪失させるか否かを判断することになるが、請求せずに期限の利益を喪失させない旨の判断(ウェイバー)を行うことがある。また、各貸付人の判断にあたって、借入人による情報提供の場としてバンクミーティングが開催されることもある。

(3) 貸付条件の変更合意

 財務コベナンツ条項違反等の請求失期事由が発生した場合又はそれが見込まれる場合、シンジケートローン契約の貸付条件変更の合意をすることもある。上記(2)のウェイバーと比較すると、ウェイバーはシンジケート団の多数貸付人の意思結集により行うことができるのが一般的であるのに対して、変更合意には全貸付人の同意(調印)が必要となる場合が多いという点には留意する必要がある。

 変更合意の内容としては、返済期限の猶予(リスケジュール)を規定する場合が多いが、かかる貸付条件の変更をする場合には、リスケジュールの見返りとしての利率の引き上げや新規又は追加の担保提供、保証人の追加を求めるかといった点が検討事由となり得る。

 また、借入人との間でリスケジュール等の交渉をする過程において、一部の貸付人が主張する変更条件が他の貸付人の考えと一致しない場合がある。上記のとおり、変更契約を締結する場合には、全貸付人の調印を必要とするため、貸付人間の足並みが揃わない場合には、シンジケートローンを解体することも検討事由となる。

 かかるシンジケートローン契約の解体に際しては、各貸付人と借入人の間の契約関係は維持される一方で、シンジケートローン契約に規定された各貸付人に対して負担する義務を免れるために、エージェントの辞任又は解任とともに、エージェントと各貸付人・借入人の間の関係及び各貸付人相互の契約関係を解消する。この結果、個別の貸付関係のみが残るため、各貸付人が個別に借入人と交渉を行うことになる。

(4) 新規の取組み

 上記(2)のウェイバー、上記(3)の貸付条件の変更合意と並行して、リファイナンスやつなぎ融資といった、新たな与信についても検討事由となる。

 例えば、借入人の財務状況が悪化している場合、シンジケートローン以外の借入れとの関係でも調整が必要となっている場合が多く、そのような借入れも含めて返済条件を一本化するため、リファイナンス(借換え)が行われる場合がある。

 また、借入人に対して新規の融資をする余地があると判断する貸付人候補がいる場合は、緊急つなぎ融資やプレDIPファイナンスによって資金をつなぐことも考えられる。この場合、既存の貸付との関係でどのように条件を設定し、いかなる契約変更を行うかという調整を行う必要がある。

5.法的倒産局面におけるシンジケートローン

 上記4.による対応がいずれも功を奏さない場合、最終的に借入人が法的倒産手続に至ることがあり得る※1。上述のとおり、シンジケートローンに基づく債権債務は各貸付人と借入人の間で独立に発生するため、法的倒産手続においては、債権の届出や議決権の行使は、個々の債権者が独立して行うことになる。

 エージェントは、契約に基づいた各種の通知等の書類の授受や、借入人からの弁済金の受領及び各貸付人に対する弁済金の分配など、事務的な業務を受託する者であって、各貸付人の代表者ではない。したがって、法的倒産手続の局面においてシンジケートローンの解体がなされていない場合であっても、エージェントは、債務者の提案を各貸付人に伝え、意見を集計することが主たる業務であって、各貸付人の意見の実質的な取りまとめをしたり、説得する契約上の義務はない。破産や民事再生においては担保権は別除権となり、借入人と別除権協定を締結するなど手続外の処理が必要となるため、シンジケートローンのエージェントがセキュリティ・エージェントを兼ねている場合には、担保権との関係でセキュリティ・エージェントとしての役目を引き続き行うことがあるが、その場合においても、上記のとおり、事務的な業務が中心となる。

 なお、エージェントが上記の各種負担から解放されたい場合には、法的倒産手続の申立後であれば、多数貸付人との合意により、エージェントを辞任することができ(CL第26条(5)、TL第22条(5))、エージェントが辞任した場合は、シンジケートローンは解体される。

6.おわりに

 以上のとおり、シンジケートローンにおける借入人の財務状況悪化時の対応は事案や段階によって様々であるが、平時から危機時期を見越して契約条項を整理しておき、早期の段階から適切な対応を行うことが重要である。

脚注一覧

※1
上記4.以外の法的倒産手続に至るまでのステップとして、例えば、請求失期させた上での強制執行や、担保執行(もしあれば)、事業再生ADR等があり得る。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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