はじめに
譲渡益に対する課税繰延措置の適用がある場合には、対象資産の帳簿価額が据え置かれる(あるいは、別の資産に置き換わるときには、その帳簿価額に引き継がれる)ことによって、将来対象資産(又は置き換わった資産)が譲渡される際に、課税が繰り延べられていた譲渡益も含めて課税対象の譲渡益として認識され課税されることになるわけですが、課税繰延措置の適用を受けつつも、後にその適用要件を満たしていなかったことが判明した際に、帳簿価額の据え置き(ないし引き継ぎ)がなされるのか否かは、問題になり得ます。そのようなことが問題となった事案として、本稿では東京高等裁判所令和4年5月18日判決(原審東京地方裁判所令和3年9月17日判決)の事案を紹介いたします。
事案の概要
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本件で問題となった課税繰延措置は、租税特別措置法37条に規定される特定の事業用資産の買換えの場合の特例措置であり、原告らの父は、昭和62年に行われた土地建物の譲渡について、当該措置の適用を申請する旨などを記載した書面などを添付した上で、その適用された結果の金額としてその譲渡による分離長期譲渡所得が0円になるとした昭和62年分所得税の確定申告書を提出しており、それについて修正申告も更正処分もなされたことはありませんでした。しかし、原告らの父は、その譲渡した土地建物を贈与により取得してから10年を経過しておらず、仮に当該贈与が通常の贈与とは異なる負担付贈与として所有期間の通算が行われない所有権の移転に該当するものであった場合には、所有期間10年以上という当該措置の適用要件を満たしておらず、当該措置は適用されるべきものではありませんでした。
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原告らの父は、平成26年に、昭和62年分所得税について上記措置の適用を受けようとする関係で買換資産として取り扱われていた建物を土地とともに譲渡し、それに係る所得税の確定申告もしていましたが、後に死亡し、その共同相続人となった原告らに対し所轄税務署長が更正処分を行ったことにより、平成26年に譲渡した建物の取得価額の算定にあたり、昭和62年に譲渡された土地建物の取得価額を引き継ぐのか、それとも実際に取得に要した価額を基に算定すればよいのかが問題となりました。
租税特別措置法37条及び関連規定
昭和62年当時の租税特別措置法(以下、特に断りがなければ、租税特別措置法及び同法施行令の規定を参照する際には、昭和62年当時の規定を指すものとします。)37条1項及び同項の表の14号は、個人が、その有する土地等で、当該譲渡の日の属する年の1月1日において当該個人の同法31条2項に規定する所有期間が10年を超えるもののうち事業の用に供しているものの譲渡をした場合において、当該譲渡の日の属する年の12月31日までに、減価償却資産で国内にある事業の用に供されるものの取得をし、かつ、当該取得の日から1年以内に、当該取得をした資産(買換資産)を当該個人の事業の用に供したとき、又は供する見込みであるときは、当該譲渡による収入金額が当該買換資産の取得価額以下である場合にあっては、当該譲渡に係る資産の譲渡がなかったものとする旨を定めています。
また、租税特別措置法31条2項及び同法施行令20条2項においては、所有期間は、当該個人が譲渡をした土地等をその取得をした日の翌日から引き続き所有していた期間とされるところ、同条3項は、所得税法60条1項1号に規定する贈与等により取得した土地等については、当該贈与をした者等が当該土地等の取得をした日において、当該個人が、その取得をし、かつ、その日の翌日から引き続き所有していたものとみなす旨を定めています。
さらに、租税特別措置法37条の3第1項の柱書き及び3号では、「第37条第1項(同条第3項及び第4項において準用する場合を含む。以下この条において同じ。)の規定の適用を受けた者(前条第1項若しくは第2項の規定による修正申告書を提出し、又は同条第3項の規定による更正を受けたため、第37条第1項の規定による特例を認められないこととなった者を除く。)の買換資産」について、償却費の額を計算する場合、又は取得の日以後その譲渡等があった場合における譲渡所得の金額を計算する場合において、同条1項の譲渡による収入金額が当該買換資産の取得価額に満たないときは、取得価額は、当該譲渡をした資産の取得価額等にその満たない額を加算した金額に相当する金額とする旨が規定されています。
国側の主張
国は、原告らの父が昭和62年に譲渡した土地建物を取得する際の贈与が、所有期間の通算を行うべき所有権の移転に該当し、所有期間10年以上という要件も含め昭和62年の譲渡につき租税特別措置法37条に規定される特定の事業用資産の買換えの場合の特例措置の適用要件を満たしていたことを主張しました。それに加えて、租税特別措置法37条の3第1項の柱書きにいう「第37条第1項・・・の規定の適用を受けた」には、事後的に同項に規定する要件を満たしていないことが判明したとしても、これに係る修正申告書の提出又は更正処分がない限りは、確定申告書の提出により同項の規定の適用を受けたことが含まれること、したがって、同項の柱書き及び3号の適用により、平成26年に譲渡した建物(買換資産)の取得価額は、昭和62年に譲渡された土地建物の取得価額を基に算定された価額(引継価額)になる旨を主張しました。
原告らの主張
原告らは、租税特別措置法37条1項の規定を適用するための要件を満たさない場合には、同規定を適用することはできないから、同法37条の3第1項の柱書きの「第37条第1項・・・の規定の適用を受けた」に該当せず、買換資産の取得価額について同法37条の3第1項の柱書き及び3号の規定の適用はない旨主張しました。
裁判所の判断
裁判所は、次のような理由を示して、原告らの主張を退け、買換資産の取得価額について同法37条の3第1項の柱書き及び3号の規定の適用により引継価額になるとの国側の主張を是認しました。
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租税特別措置法37条1項の規定による特例は、一定の場合にキャピタル・ゲインに対する課税の繰延べを認めている。この繰り延べられたキャピタル・ゲインに対する課税については、その後に買換資産の譲渡等がされた際に実現されるべきことになるところ、租税特別措置法37条の3第1項は、このような仕組みを、譲渡した資産の取得価額を取得した買換資産に引き継がせるという形で表現し、その取得価額の計算等について規定を置いている。
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租税特別措置法37条の3第1項柱書きは、「第37条第1項(括弧内略)の規定の適用を受けた者(括弧内略)」と定めているところ、一般に、「適用」との文言は、法令の規定を対象となる者、事項、事件等に対して当てはめ、これを働かせることを意味するものである。そして、同法37条の3第1項柱書きは、当該文言に続けて、それ「を受けた者」と定めており、それ「を受けることができる者で、その適用を受けたもの」などとは定めていない。このような文理等に照らすと、自ら同法37条1項の規定を当てはめて同項に規定する要件を満たすとする確定申告書を提出し、これを働かせて同項の規定の適用による課税の繰延べという効果を享受した者は、これに係る修正申告書の提出又は更正処分がされない限り、客観的にみて当該要件を満たしていたか否かにかかわらず、「第37条第1項(括弧内略)の規定の適用を受けた者(括弧内略)」に該当することになると解される。
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自ら租税特別措置法37条1項の規定を当てはめて同項に規定する要件を満たすとする確定申告書を提出し、これを働かせて同項の規定の適用による課税の繰延べという効果を享受した者は、これに係る修正申告書の提出又は更正処分がされない限り、当該確定申告書の提出時から客観的にみて当該要件を満たしていなかったとしても、その効果を享受していることになるところ、それにもかかわらず、以上で述べた解釈とは異なり、同法37条の3第1項柱書きに規定する「第37条第1項(括弧内略)の規定の適用を受けた者(括弧内略)」には該当せず、同法37条の3第1項の規定が適用されないことになると解すると、同項の規定の趣旨、すなわち繰り延べられたキャピタル・ゲインに対する課税を実現しようとする趣旨に反する結果となるから、この点でも、以上で述べた解釈が採用されるべきものといえる。
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租税特別措置法37条の3第1項柱書きは、「第37条第1項(括弧内略)の規定の適用を受けた者(括弧内略)」と定めているところ、その文理等に照らし、同項の規定の適用を受けることができたか否かではなく、同項の規定の適用を受けたか否かが問題にされていることは明らかである。
本判決の評価とそれを踏まえ考慮すべき点
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本判決は、租税特別措置法37条に規定される特定の事業用資産の買換えの場合の特例措置について、法令の規定の文理解釈及び課税の繰延べの趣旨という2つの理由から、買換えのための譲渡の年における課税繰延措置の適用による課税額の減額を前提とした確定申告が行われた場合には、仮に当該譲渡について、当該課税繰延措置の適用要件を満たしていないことが事後的に判明したとしても、これについて修正申告も更正処分もなされていない限りは、買換資産の取得価額が引継価額になることを判断しています。
原告らの主張に基づけば、譲渡に係る課税繰延措置の適用要件を満たしていないことによる課税の是正は、あくまで当該譲渡の年に係る課税の修正申告又は更正処分によりなされるべきであり、それが除斥期間の経過によりできなくなっているのであれば、課税の是正の機会は永久に失われることになります。それ自体は、ある年に誤って過少な課税がなされた場合に、一般的にはその年の課税に係る修正申告又は更正処分が、除斥期間の経過によりできなくなった場合に、課税の是正の機会は永久に失われることと、整合的な考え方ということはできます。
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しかし、単に過少な課税がなされた一般的な場合とは、次の面で異なることを考慮するべきでしょう。すなわち、まず一つ目の点として、対象資産(又は置き換わった資産)が、まだその過少な課税を受けた納税者の手元にあり、それにつき改めて売却等を行う際に取得価額として据え置かれた(又は引き継がれた)価額を用いて譲渡益に対する課税を行う(すなわち、誤って課税されていなかった譲渡益を含めて譲渡益課税を行う)だけで、時点の差等の問題を除けば課税の実質的な是正はできるし、また、少なくとも形式的には改めて行われる売却等に係る課税として行われれば、除斥期間によりかかる是正は制限されないということがあります。
さらに、「課税繰延措置の適用要件を満たしていなかった」というそれまで見過ごされていた事実の下で本来はその利益(譲渡益課税の繰延べを受ける利益)を否定されるべき納税者が、あえてその事実を明らかにすることで、その事実が明らかになりさえしなければ行われるべきであった課税(繰り延べられた譲渡益に対する課税)を免れて、さらに大きな利益(譲渡益課税につき繰延べどころか実質的に免除を受ける利益)を得ることが妥当なのかという問題があります。しかも、「課税繰延措置の適用要件を満たしていなかった」という事実がこれまで見過ごされていたのは、その事実に反する申告に基づくのであって、その申告を行った納税者がそのような利益を得てよいのか、さらに大きな問題と言えましょう。
加えて、課税繰延措置が誤って適用された場合に、納税者が課税繰延べではなく課税免除と実質的に同じ効果を得られるとすることは、税務当局としても本来は課税繰延措置の適用要件を課税繰延べの可否の関係で判断すればよいだけであるはずなのにもかかわらず、課税免除と実質的に同じという重大な効果を誤って与えないように、慎重に判断せざるを得なくなることが考えられ、手続経済を阻害するのみならず、課税繰延べのために不相当に煩雑な審査を受けることになれば、納税者一般の利益も損なわれることも考えられましょう。
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以上のような事情を考慮すれば、本判決が、原告らの主張を認めずに、課税繰延措置の適用要件を満たしていたのか否かに関わらず、課税繰延措置による利益を既に受けているのであれば、繰り延べられていた譲渡益(繰延べが正しく行われたのか誤って行われたのかを問わない。)に対する課税を行うべきことを認めたことは首肯できますし、本判決も示すように、そのような解釈は法令規定の文理上も支持されていると考えられます。
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そのような本判決の解釈が、本判決の対象とする租税特別措置法37条に規定される特定の事業用資産の買換えの場合の特例措置としての課税繰延べの場合に限らず、他の課税繰延べの場合にも適用されるのかは、他の課税繰延措置として様々なものがあり、影響が広範囲に及び得るので、検討しておくべき課題です。
例えば、適格組織再編を行う場合に、当該適格組織再編で移転する資産の含み益につき当該適格組織再編の時点では課税されないが、帳簿価額が引き継がれて後にその含み益については課税されることが予定されるので、課税の繰延べが行われていると解されるところ、適格組織再編として申告し、移転資産の含み益につき課税を受けていなかった納税者が、後から適格組織再編の要件を満たしていなかったとして、その含み益に対する課税を免れられるかという問題があります。
この点、上記2に述べたような事情は、租税特別措置法37条に規定される特定の事業用資産の買換えの場合の特例措置としての課税繰延べの場合に限らず、他の課税繰延べの場合においても同様であることから、既に行われた組織再編がたとえ適格組織再編の要件を満たしていなかったとしても、その組織再編が行われた事業年度に係る法人税について当該組織再編が適格組織再編に該当することを前提とした確定申告がなされ、それにつき修正申告も更正処分もなされていない場合には、当該組織再編で移転した資産につき帳簿価額が引き継がれて、移転時点で存在した含み益についても後に行われる売却等の際に課税されるのが妥当とも考えられます。
他方、法令規定の文理上は、適格組織再編についてそれによる移転資産の帳簿価額が引き継がれる旨が規定されており、客観的に適格組織再編の要件を満たさない場合にはそのような移転資産の帳簿価額の引継ぎはなされないようにも思われます。例えば、合併に関する法人税法62条の2第1項の規定では、「内国法人が適格合併により合併法人にその有する資産及び負債の移転をしたときは、前条第一項及び第二項の規定にかかわらず、当該合併法人に当該移転をした資産及び負債の当該適格合併に係る最後事業年度終了の時の帳簿価額として政令で定める金額による引継ぎをしたものとして、当該内国法人の各事業年度の所得の金額を計算する」とあり、あくまで「適格合併により」「資産及び負債の移転をした」ことを前提として、移転資産の帳簿価額の引継ぎを行うこととされています。したがって、合併の際に被合併法人の最後の確定申告において、当該合併が適格合併であることを前提に移転資産の含み益を課税所得に算入せず、かつ、それが修正申告又は更正処分により是正されていなかったとしても、客観的に当該合併が適格合併の要件を満たさず適格合併に該当しないのであれば、後年度の所得金額の計算において帳簿価額の引継ぎをしたものとして計算することはできず、繰り延べられていた含み益に対する課税(繰延べが正しく行われたのか誤って行われたのかを問わない。)を後年度に行うことはできなくなるようにも読めます。したがって、法令規定の文理解釈を重視する立場からは、適格合併の要件を満たさないため本来は課税繰延べの利益を否定されるべき納税者が、課税繰延べの利益どころか、実質的に課税免除の利益を得られるとの結論に至るようにも思われます。
ただ、適格組織再編の要件には、例えば事業継続見込要件のように、主観的ともいうべきものも含まれており、被合併法人の最後の事業年度に係る法人税の更正期限が経過した後に事業がとりやめられて、しかもそれが合併時から予定されていたというように、納税者が適格合併の要件を満たす外観を作出しつつ、実際には合併時から要件を満たしていないというようなことも考えられるので、そのような場合にも、移転資産の含み益に対する課税について繰延べどころか、永久に免れてしまうことを認めてよいのかということは問題として考えられます。
実際に、そのようなことが起こった場合に、どのような解釈を税務当局及び裁判所がとるのか、極めて興味深い問題と考えられます。
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