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本ニュースレターの中国語版はこちらをご覧ください。
近時、中国系企業が沖縄の無人島の土地を購入したことがSNSへの投稿をきっかけとして報道され、購入された島が沖縄本島北方に位置し、国境に近いことから、日本の安全保障への影響について官房長官が記者会見でコメントするなど、大きく話題を呼びました。
報道でも取り上げられましたが、安全保障上の懸念が認められる国境離島や防衛関係施設周辺等における土地の所有・利用をめぐっては、重要施設周辺及び国境離島等における土地等の利用状況の調査及び利用の規制等に関する法律(令和3年法律第84号。以下「重要土地等調査法」といいます。)が、2021年6月23日に公布され、2022年9月20日に全面施行されています。本稿では、重要土地等調査法の成立の経緯、内容及び中国からの不動産投資などの実務への影響や、想定される今後の展開を概観します。
日本では近年、国境離島や防衛関係施設周辺等における土地の所有・利用が安全保障上懸念をもたらすおそれがあることが政府でたびたび議論され、2020年には「経済財政運営と改革の基本方針2020」(同年7月17日閣議決定)において、「安全保障等の観点から、関係府省による情報収集など土地所有の状況把握に努め、土地利用・管理等の在り方について検討し、所要の措置を講ずる」ことが決定されました。
この閣議決定を受け、内閣官房に「国土利用の実態把握等に関する有識者会議」が設置され、同会議の提言を踏まえて、重要施設及び国境離島等の機能を阻害する土地・建物の利用目的を防止するため、2022年に重要土地等調査法が成立・施行されました。
なお、外国資本による森林、水源地、農地の買収を問題視するような報道等がなされていたことから、本法は森林、水源地、農地を管理対象としていると誤解されることが多々あります。しかし、本法は、防衛関係施設等の重要施設の周辺や国境離島等に所在する森林、水源地、農地を除き、森林、水源地、農地そのものについては調査や規制の対象とはしていません。他方で、日本の安全保障の観点から、水源地や農地等、資源や国土の保全にとって重要な区域に関する調査及び規制のあり方について、本法や関係法令の執行状況、安全保障を巡る内外の情勢などを見極めた上で、5年後の見直しを定める本法附則2条に基づき検討することとされており、これらの管理は今後の検討課題とされています。
重要施設(防衛関係施設、海上保安庁の施設、及び生活関連施設※1)の周囲おおむね1,000メートルの区域内及び国境離島等の区域内の区域で、その区域内にある土地・建物が重要施設又は国境離島等の機能を阻害する行為(機能阻害行為)の用に供されることを特に防止する必要があるものを、注視区域として指定することとされています(5条1項)。
また、注視区域のうち、重要施設や国境離島等の機能が特に重要、又はその機能を阻害することが容易で、他の重要施設や国境離島等によるその機能の代替が困難である場合は、特別注視区域として指定することとされています(12条1項)。
内閣総理大臣は、注視区域又は特別注視区域を指定する場合には、その旨及びその指定に係る注視区域を官報で公示しなければなりません(5条3項、12条3項)。2022年12月27日に初めて注視区域・特別注視区域の指定が告示され※2、注視区域として、根室分屯基地(北海道根室市)、松前警備所(北海道松前郡松前町)、八丈島(東京都八丈町)、出雲駐屯地(島根県出雲市)、黒島(島根県隠岐郡隠岐の島町)、対馬(長崎県対馬市)、福江島(長崎県五島市)等が指定され、また、根室分屯基地、松前警備所、小島(東京都八丈町)、黒島、対馬駐屯地(長崎県対馬市)、福江島分屯基地(長崎県五島市)等の一部が特別注視区域として指定されました。
注視区域・特別注視区域内の土地・建物(土地等)を利用して機能阻害行為が行われることを未然に防止するため、それらの土地等の利用状況を調査することとしています(6条)。
特別注視区域内にある土地等のうち、原則として面積が200平方メートル以上の土地等に関する所有権等の移転又は設定をする契約を締結する場合には、契約の当事者は、内閣総理大臣に事前の届出を行う必要があります(13条1項、同条3項)。「所有権等の移転又は設定をする契約」としては、原則として売買を想定しており、賃借権、抵当権等の設定及び移転は届出の対象とはなりません。届出義務があるにもかかわらず当該届出を怠った場合又は虚偽の届出をした場合の罰則としては、6か月以下の懲役又は100万円以下の罰金が課されます(26条)。
内閣総理大臣は、注視区域・特別注視区域内の土地等を利用して機能阻害行為が行われた場合等に、土地等の利用者に対し、必要な措置をとるべき旨の勧告・命令を行うことができます(9条)。機能阻害行為としては、政府の基本方針において、自衛隊等の航空機の離着陸の妨げとなる工作物の設置や、妨害電波の発射等が例示されています。そのような機能阻害行為が認められた場合、政府は利用者に対して土地利用者等に対して報告又は資料の提出を求めること(8条)、及び、必要な措置として機能阻害行為の中止を勧告・命令することができ(9条)、利用者が当該勧告・命令によって損失を被った場合は、「通常生ずべき損失」を補償するとしています(10条1項)。
このように、重要土地等調査法の施行によって、防衛施設等の重要施設や国境離島のような安全保障上重要な地域については、注視区域として指定され、所有者により安全保障上懸念のある行為が行われれば、政府は当該所有者による利用の中止を含む措置を命じることができます。そして、注視区域のうち更に重要な特別注視区域内の土地等を取得する場合には、事前に売買の届出を行う必要があります。外国投資家に対して規制を課す外為法に基づく投資管理と異なり、本法の要件さえ満たせば日本人や日本法人であっても一定の場合には事前届出義務の対象となる点に留意が必要です。
この点、本稿冒頭記載の中国系企業が購入した沖縄の無人島について、岸田内閣の松野官房長官は、同島は国境離島等の要件を満たさず、重要土地等調査法の対象ではないことを記者会見で明言しています。
中国では、国内の不動産価格の高騰等を理由として、近年海外への不動産投資が活発に行われてきましたが、円安等の理由から直近では日本の不動産及び不動産を保有する企業に対する投資も増えています。
重要土地等調査法が対日投資に与える影響としては、単純な不動産投資の場合、特別注視区域内の土地等を取得する場合には、事前に売買の届出を行う必要があります。また、既に取得した土地等が注視区域内にある場合は、当該土地等の利用方法に関して当局より調査を受ける可能性があり、また、本法が定める「機能阻害行為」を行わないよう留意する必要があります。
また、M&A取引において、対象会社が保有又は使用する不動産が注視区域又は特別注視区域に指定され、措置勧告・命令の対象となることで、対象会社の事業を継続するにあたり重大な影響が生じるおそれがあります。そのため、デューディリジェンスにおいて調査の上、適切に契約上の手当を行うことが必要となる可能性があります。加えて、株式譲渡契約等のM&A契約において、対象会社が保有又は使用する不動産が注視区域又は特別注視区域に指定されていないこと等について表明保証の対象とすることも考えられます。
さらに、事業譲渡や会社分割・合併にあたり、譲渡対象に特別注視区域に指定されている土地等が含まれる場合には、事業譲渡契約や吸収分割契約等が「所有権等の移転…をする契約」に該当し、当該契約の締結に先立ち13条1項に基づく事前届出が必要になる可能性があります。その場合には、契約上本法に基づく事前届出が完了していることを確認する規定を設ける等の対応が考えられ、他方、当該事前届出は土地等売買等契約の締結前に行われる必要があるため、例えば事前届出の完了を契約における前提条件とすることでは本法で要求される手続を満たさない点に留意する必要があります。
日本では、近年中国で海外に対する不動産投資が積極的に推し進められているかの印象を持つものも少なくありませんが、中国の個人・法人が海外で不動産を購入する場合には、中国の厳格な海外送金・海外投資規制を遵守する必要があり、そもそも一定のハードルが中国国内において設けられています。
具体的には、中国の個人の場合、「個人財産対外移転外貨売買管理暫行弁法」により、原則としては外国永久居住権を取得した場合に限り中国国内の財産を海外へ移転、すなわち制約を受けずに海外に送金することができますが、そうでない場合は、中国の外貨管理法令における「経常項目」に定められた用途及び金額の範囲内でのみ外貨への換金・送金を行うことができます。この「経常項目」に含まれる用途は旅行や留学等であり、「不動産購入」は含まれていないため、不動産購入目的の場合は換金・送金を銀行等の金融機関に拒否されるおそれがあります。
他方、中国の法人の場合、海外不動産の購入は海外投資規制で制限されており、「海外投資敏感業界目録(2018年版)」によれば、国家発展改革委員会による事前審査を受け、その許可を取得する必要があります。
したがって、日本国内の不動産の売主など投資を受ける側にとっては、中国国内からの不動産投資の場合、買主がきちんと対価を日本側に送金できるのか、どのようにして支払いを確保するのか(例えば、中国国外における資金を対価にできないか)という点について、留意して事前に確認する必要があります。
他方、中国の投資家としては、日本が今後海外からの不動産投資に対する追加の制限を設けないか注視する必要があります。今回の重要土地等調査法は、概要を見てわかる通り、安全保障の観点から立法されたものであり、今のところ、対象地域及び制限内容において極めて限定された範囲内での規制にすぎません。しかし、政府は公示によって対象地域を比較的柔軟に追加・変更することができ、また、対象地域は国境離島に限られず、空港等の生活関連施設を含む「重要施設」の周辺も含まれうることから、今後政府の公示による追加指定の状況を継続して確認する必要があります。また、日本国内では、安全保障の観点とは別に、①海外からの投資による不動産価格の過熱化を抑制する観点、及び②中国において外国人による不動産取得が法規制上困難であることに対する相互主義の観点から、より広いかつ厳格な不動産投資規制を求める声が強まっています。既に日本以外の国(米国、カナダ、オーストラリア等)では、海外投資家による不動産取得について、そのような広範かつ強力な規制が導入されているため、今後の日本がそのような追随的立法を行うか注目する必要があります。
※1
国民生活に関連を有する施設であって、その機能を阻害する行為が行われた場合に、国民の生命、身体又は財産に重大な被害が生ずるおそれがあると認められるもので政令で定めるものとして、原子力関係施設及び空港を定めています。
※2
内閣府告示第121号(2022年12月27日)
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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