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デラウェア州における執行役員(オフィサー)の責任とその免除・限定(デラウェア州会社法2022年改正を踏まえて)

NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報

著者等
大久保涼(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T U.S. Law Update ~米国最新法律情報~ No.91(2023年6月)
業務分野
キーワード
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 2022年8月1日施行のデラウェア州一般会社法(以下、「DGCL」といいます。)第102条(b)(7)の改正(以下、「本改正」といいます。)により、デラウェア州で設立された会社は、一定の執行役員(CEO、CFOなど。以下、「オフィサー」といいます。)の責任を定款により限定・免除することが新たに可能になりました。

 デラウェア州において、執行役員ではなく取締役の責任を定款で限定・免除することを可能にする規定は、1986年に導入されました。1985年のSmith v. Van Gorkom事件判決(以下、「Van Gorkom判決」といいます。)において、デラウェア州最高裁判所は、取締役による判断が十分な情報を得た上でのものでなかったことと認定し、これが取締役の重過失による信認義務(fiduciary duty)違反に該当すると判断しました※1。Van Gorkom判決以降、デラウェア州の会社向けの役員賠償責任保険(D&O Insurance)の保険料は高騰し、この状況に対して市場から懸念が示されていました。そこで、デラウェア州議会は新たにDGCL第102条(b)(7)を制定し、会社の定款(certificate of incorporation)において、取締役の責任限定・免除規定を設けることを許容しました。もっとも、この1986年のDGCL改正による第102条(b)(7)の創設以降、責任の免除・限定は取締役に対してのみ認められており、取締役と同じく会社に対して善管注意義務を負うオフィサーについては長年にわたり責任の免除・限定が認められていませんでした※2。その結果、この取締役とオフィサーの間の制度の違いに着目して、善管注意義務の違反を理由とする訴訟を、定款で責任免除されている取締役ではなく、オフィサーに対して提起する事例が増加することになりました※3。本改正は、このような取締役とオフィサー間における不公平と思われる訴訟が増加する傾向に対応するために適切な措置と言えます。

 本ニュースレターでは、第102条(b)(7)に関する改正の概要、留意点及び一般的なモデル規定を紹介すると共に、日本の実務への示唆について解説します。

デラウェア州法下におけるオフィサーの責任

 デラウェア州の会社のオフィサーは、取締役と同様、いずれも会社及び株主に対して信認義務を負い、その内容は、善管注意義務(duty of care)と忠実義務(duty of loyalty)で構成され、これらの違反による損害を賠償する責任を負います※4。善管注意義務は、会社の経営活動を遂行するにあたって、同様の状況に置かれた通常の慎重な人物が払うであろう注意を払う義務というものとされています※5。また、忠実義務とは、自己の利益ではなく、会社及び株主の利益のために、誠実に行動しなければならない義務のことを言います※6。例えば、利益相反行為は忠実義務違反に該当するとされます。

 訴訟において、取締役による善管注意義務違反を主張するには、一般に、いわゆる経営判断原則(business judgment rule)による推定(presumption)を克服する必要があります。経営判断原則の下では、取締役の経営判断について、誠実かつ合理的に行動した取締役は、判断上の誤りによる責任を問われることはないとされています※7。原告が経営判断原則の推定を覆すには、取締役による重過失(gross negligence)、詐欺(fraud)、自己利益(self-dealing)又は不誠実(bad faith)の立証をしなければならなりません※8。したがって、取締役の行動について経営判断原則が適用される場面において、取締役の善管注意義務違反の基準は基本的に重過失であるとされています※9。デラウェア州の判例上、この経営判断原則がオフィサーに適用されるか否かについて直接判断されたことはありませんが、経営判断原則による推定が執行役員の行動に適用された場合でも、取締役と同じく、善管注意義務違反を証明するには重過失の基準を克服する必要があると考えられています※10。また、取締役及びオフィサーの信認義務から派生する監視義務(duty of oversight)の違反を追求する訴訟では、監視義務違反の責任を判断する際にいわゆるCaremark基準※11が適用され、原告らは取締役・オフィサーの不誠実を立証しなければならず※12、この立証は、非常に困難であると理解されています。さらに、オフィサーは、上司である取締役の指示によって許容される範囲で経営判断を行うことができるという判断もなされています※13

 これらのデラウェア州の判例法により、元々オフィサーの善管注意義務違反に基づく損害賠償請求は容易なものではないと言えます。これに加えて、本改正に基づいてオフィサーの責任が定款で免除・制限された場合、後述の適用除外事由に該当することを立証しない限り、オフィサーの善管注意義務違反を追及する訴訟で原告が勝訴することは極めて困難になると考えられ、オフィサー候補としては、安心してオフィサーに就任できるということになり、その結果デラウェア州の会社は優秀な人材をオフィサーとして集めることが可能になります。

オフィサーの責任免除・限定規定の留意点

 本改正後の第102条(b)(7)によるオフィサーへの責任免除・限定規定の適用に関して留意すべき点としては、以下が挙げられます。

(1) 一定のオフィサーに限り適用される

 第102条(b)(7)による免責の対象となるオフィサーは、以下に該当する者に限定されています。

  • (ア) president, chief executive officer, chief financial officer, chief legal officer, controller, treasurer又はchief accounting officerという肩書きを有する者
  • (イ) 会社の米国証券取引委員会(SEC)ファイリングにおいて、「named executive officer」として指定された者
  • (ウ) 訴状送達を受け取る目的のため、会社と締結した契約に基づいて、オフィサーとして指定されることを応諾した者※14

(2) 善管注意義務違反のみに適用される

 以下の適用除外事由に該当した場合、責任免除・限定は認められません。つまり、オフィサーの責任免除・限定は善管注意義務違反に限定されます。なお、これは取締役についても同様です※15

  • (ア) 忠実義務の違反※16
  • (イ) 誠実に行われなかった又は故意による不正行為若しくは悪意の法違反を伴う作為又は不作為※17
  • (ウ) 取締役又は役員が個人的に不当な利益を得た取引※18

(3) エクイティ(衡平法)上の責任は免除・限定されない

 取締役の場合と同様、第102条(b)(7)は金銭的賠償責任を限定又は免除することは認めているものの、エクイティ(衡平法)上の賠償責任の限定・免除は認めていないため、オフィサーは、例えば、善管注意義務の違反を理由とする差止命令※19又は契約の取消しによる救済等の責任を負う可能性は残ります。

(4) 株主代表訴訟には適用されない

 取締役とオフィサーで大きく取り扱いが異なる点として、オフィサーの責任の免除・限定は、第三者からオフィサーに対する直接請求(クラスアクションを含む。)のみに適用されます。すなわち、第102条(b)(7)(v)は、「[a]n officer in any action by or in the right of the corporation」に関する責任は免除できないとしており、これは、オフィサーは、株主代表訴訟(derivative suit)の被告にはなりうるということを意味します。株主代表訴訟とは、取締役又はオフィサーが善管注意義務の違反、詐欺、横領、不適切な管理などにより会社に損害を与えた場合、その責任を追及するために、会社に代わって株主が起こす訴訟を言います※20。株主代表訴訟は、通常の場合は、会社に損害が生じた場合に提起されますが、株主自身に損害が発生した場合に、当該損害を受けた株主個人が直接提起をすることも可能です。

(5) 連邦法上の責任への不適用

 第102条(b)(7)の規定はデラウェア州法上の規定であるため、同規定は、オフィサーが連邦法(例えば、連邦証券法や反トラスト法)に違反した場合の賠償責任については適用がない点に留意が必要です。

(6) 遡及適用の不存在

 オフィサーの責任免除・限定を認めるために会社の定款が変更されたとしても、当該変更は遡及的に有効になりません※21。従って、定款変更以前に行われた行為又は不作為に責任免除・限定規定は遡って適用されないという点について、留意が必要です。

(7) 幇助への不適用

 オフィサーの善管注意義務違反の責任が定款規定により免除・限定されたとしても、オフィサーの善管注意義務違反を幇助した者には、定款による責任の免除・限定は及びません。従って、オフィサーがその責任を免除される場合であっても、オフィサーに助言を行ったフィナンシャルアドバイザー、弁護士、会計士等のアドバイザーが、オフィサーの善管注意義務の違反を幇助したとして別途責任を負う可能性があることに留意が必要です※22

オフィサーの責任免除・限定規定の導入方法及びサンプル

 本改正に基づくオフィサーの責任免除・限定を導入するには、会社の定款を変更して責任免除・限定規定を設ける必要があります。定款変更には、株主総会による承認に加えて、会社が変更証書(certificate of amendment)をデラウェア州の当局へ提出することが必要となります。

 特に上場会社の場合には、株主総会の承認を得るために、取締役だけでなく、オフィサーに対しても責任を免除・限定すべき理由、具体的にはかかる責任免除・限定により会社にもたらされる利点等の説明を準備する必要があります。

 定款に定めるオフィサーの責任免除の文言としては、各会社の事情に基づきバリエーションはありうるものの、次のように規定することが一般的です。

“To the fullest extent permitted by Section 102(b)(7) of the Delaware General Corporation Law as it exists or may be amended, the directors and officers of the Corporation shall not be personally liable to the Corporation or to its stockholders for monetary damages for any breach of fiduciary duty as a director or officer.”

デラウェア州LLC・ニューヨーク・日本との比較

  • (1) デラウェア州の有限責任会社(Limited Liability Company):デラウェア州の法律に準拠して設立された有限責任会社に関する法律であるLimited Liability Company Actにおいて、本改正に類似する規定が存在しています※23。具体的には、有限責任会社の運営契約(operating agreement)において、当該有限責任会社のマネージャー(経営者)とメンバー(所有者)に関する信認義務を拡大、制限又は免除する規定を設けることができます。ただし、かかる規定を設ける場合には、文言を明白及び明確(plain and unambiguous)にすることが必須であることがデラウェア州の判例上強調されていることに留意が必要です※24
  • (2) ニューヨーク州会社法:ニューヨーク州の会社法であるNew York Business Corporations Law(以下、「NYBCL」といいます。)は、改正前のDGCLと同様、取締役についてのみ定款において、善管注意義務違反に関する個人責任について制限する規定を設けることが許容されており、オフィサーについては許容されていません。
  • (3) 日本の会社法:日本においては、指名委員会等設置会社の執行役は取締役と同様の善管注意義務及び忠実義務を負っていると解されています※25が、それ以外の会社における執行役員は、会社法上任意の機関であり、委任型の場合には委任契約に基づく善管注意義務を負うものの、雇用型の場合には使用人であって善管注意義務を負いません。日本においても、社外役員の導入が増え、取締役でない執行役員(CXO)が実際の会社経営を担っている会社が増えていますが、日本においては、M&Aの場面やその他の場面において、会社の判断に関して取締役でない執行役員に対して訴訟が提起される事例はまだ稀であると言えます。従って、執行役員の責任限定の必要性が議論されているという状況にはないものの、将来的には米国のように執行役員の責任が問題とされることも考えられ、その場合にはデラウェア州における議論が参考になると思われます。

まとめ

 DGCL第102条(b)(7)の適用対象が会社のオフィサーにまでに拡大されたことから、デラウェア州に子会社がある、また子会社を今後設立予定の日系企業は、会社の定款にオフィサーの責任免除規定を設けることを検討すべきと言えます。ただし、責任免除規定導入のメリット・デメリットについて検討する必要もあります。オフィサーの責任免除規定を設ければ、高技能を有するオフィサー候補のリクルート及び確保が容易になるというメリットがある反面、責任免除規定導入に対する否定的な意見もありうるため、会社の株主構成によっては、株主の考え方も配慮すべきであり、また、責任免除規定の導入によりオフィサーへのD&O保険カバレッジにどのような影響があるかといった点も検討する必要があると考えられます。

脚注一覧

※1
Smith v. Van Gorkom, 488 A.2d 858 (Del. 1985)参照

※2
Gantler v. Stephens, 965 A.2d 695, 709 n.37 (Del. 2009)参照

※3
例えば、Morrison v. Berry(2019年)において、デラウェア州衡平法裁判所は、北米に本拠を置く生鮮食品スーパーであるFresh Market社の買収に関するクラスアクションに関して、同社の取締役に対する善管注意義務違反に基づく請求は却下したものの、同社のCEO及びジェネラル・カウンセルに対する善管注意義務に基づく請求の追求については許容しました。また、City of Warren General Employees’ Retirement System v. Roche (Del. Ch. Nov. 30, 2020)において、デラウェア州衡平裁判所は、Blackhawk Network Holdings, Inc.社 の買収に関するクラスアクションにおいて、同社のCEOに対する善管注意義務違反に基づく請求を許容しました。

※4
Arnold v. Soc’y for Sav. Bancorp, Inc., 678 A.2d 533, 539 (Del. 1996), Gantler v. Stephens, 965 A.2d 695 (Del. 2009)等参照

※5
Smith v. Van Gorkom, 488 A.2d 858 (Del. 1985)参照

※6
TVI Corp. v. Gallagher, 2013 WL 5809271, at *11 (Del. Ch. Oct. 28, 2013)

※7
Aronson v. Lewis, 473 A.2d 805 (Del. 1984)参照

※8
同上

※9
In re Citigroup Inc., 964 A.2d 106, 124 (Del. Ch. 2009), citing Aronson, 473 A.2d at 812

※10
In re Xura, Inc. S’holder Litig., 2018 WL 6498677, at *11 n.113 (Del. Ch. Dec. 10, 2018)において、デラウェア州衡平裁判所は、経営判断原則がオフィサーの経営判断に適用されることを前提とはしたものの、経営判断原則がオフィサーの経営判断に適用されるか否かについての直接的な判断はしておらず、この問題はデラウェア州法上未解決となっています。

※11
In re Caremark Int’l Inc. Derivative Litig., 698 A.2d 959, 967 (Del. Ch. 1996)参照。また、In re McDonald’s Corp. S’holder Derivative Litig., 2023 WL 2293575 (Del. Ch. March 1, 2023)では、Caremark基準がオフィサーにも適用されることが判示されました。

※12
In re McDonald’s Corp. S’holder Derivative Litig., 289 A.3d 343 (Del. Ch. 2023)

※13
Lebanon County Emp. Ret. Fund v. AmerisourceBergen Corp, 2020 WL 132752, at *21 (Del. Ch. Jan. 13, 2020)参照

※14
10 Del. C. §3114(b)

※15
なお、取締役のみに適用される規定として、DGCL第102第(b)(7)(iii)により、取締役がDGCL第174条(違法の配当に関する責任及び免除等)に該当した場合、当該取締役に関する責任は免除できないこととされています。他方、オフィサーのみに適用される規定としては、以下(4)参照。

※16
DGCL 第102条(b)(7)(i)

※17
DGCL 第102条(b)(7)(ii)

※18
DGCL 第102条(b)(7)(iv)

※19
Malpiede v. Townson, 780 A.2d 1075, 1095 (Del. 2001)参照

※20
In re EZCORP Inc. Consulting Agreement Derivative Litig., 130 A.3d 934, 944 (Del. Ch. 2016)参照

※21
DGCL Section 102(b)(7) 本文において、「no [exculpatory provision] shall eliminate or limit liability of…[an] officer for any act or omission occurring prior to the date when such provision becomes effective.」と規定されている。

※22
In re Rural Metro Corp., 88 A.3d 54, 86 (Del. Ch. 2014)参照

※23
6 Del. C. § 18–1101(c)

※24
Ross Holding and Mgmt. Co. v. Advance Realty Grp., LLC, C.A. No. 4113-VCN, 2014 WL 4374261, at *13 (Del. Ch. Sept. 4, 2014) (quoting Feeley v. NHAOCG, LLC, 62 A.3d 649, 664 (Del. Ch. 2012))参照

※25
江頭憲治郎著『株式会社法(第8版)』(有斐閣・2021年)602頁。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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