清水美彩惠 Misae Shimizu
パートナー
東京
NO&T Labor and Employment Law Update 労働法ニュースレター
裁量労働制について、2023年3月30日に、関連する労働基準法施行規則や指針等が改正され※1、裁量労働制に関するルールの見直しが行われました(以下「本改正」といいます。)。本改正は、裁量労働制に係る実態調査において、実質的には裁量がない労働者に対する裁量労働制の適用や、処遇の面などにおいても潜脱的な運用がなされていた事案が見受けられたことを受けて、規制を強化する趣旨で行われたものであり、本改正により、専門業務型裁量労働制の対象業務の追加、裁量労働制の適用・運用に関するルールの改正(専門業務型裁量労働制においても本人同意を要件とすること、同意の撤回に係る手続の義務化、撤回及び不同意の場合の不利益取扱いの禁止、健康・福祉確保措置の強化等)が行われました。本改正は、2024年4月1日から施行・適用される予定です。
本ニュースレターでは、裁量労働制について概説した上で、本改正の概要について説明します。
裁量労働制とは、業務の性質上、業務遂行の方法や時間配分等を大幅に労働者の裁量にゆだねる必要がある業務について、実際の労働時間にかかわらず、労使協定又は労使委員会の決議で定めた時間を労働したものとみなす制度です。技術革新、情報化などの社会経済の変化を背景として、業務遂行の仕方について労働者の裁量の幅が大きく、労働時間を一般労働者と同様に厳格に規律することが、業務遂行の実態等に鑑み、適切ではないと考えられる専門的労働者が増加したことから、昭和62年の労働基準法(以下「労基法」といいます。)改正により創設されました。
裁量労働制には専門業務型裁量労働制(労基法38条の3)と企画業務型裁量労働制(労基法38条の4)の2種類があります。
専門業務型裁量労働制は、厚生労働省令及びそれに基づく告示において指定される特殊専門的な業務に従事する労働者を対象に、労働時間のみなし制を認める制度です(労基法38条の3第1項1号)。具体的には、①新商品もしくは新技術の研究開発等の業務、人文科学・自然科学の研究の業務、②情報処理システムの分析又は設計の業務、③新聞・出版の記事の取材・編集、放送番組制作のための取材・編集の業務、④衣服、室内装飾、工業製品、広告等の新たなデザインの考案の業務、⑤放送番組、映画等の制作のプロデューサー・ディレクターの業務、⑥コピーライターの業務、⑦システムコンサルタントの業務、⑧インテリアコーディネーターの業務、⑨ゲーム用ソフトウェア開発の業務、⑩証券アナリストの業務、⑪金融工学等の知識を用いて行う金融商品の開発の業務、⑫大学における教授研究の業務、⑬公認会計士の業務、⑭弁護士の業務、⑮建築士(一級建築士、二級建築士及び木造建築士)の業務、⑯不動産鑑定士の業務、⑰弁理士の業務、⑱税理士の業務、⑲中小企業診断士の業務が指定されています(労基法施行規則24条の2の2、平成9年2月14日労働省告示第7号、平成14年2月13日厚生労働省告示第22号、平成15年10月22日厚生労働省告示第354号)。これらは限定列挙であるため、①~⑲のいずれかの業務に該当しなければ、本制度の適用はできません。
専門業務型裁量労働制を導入するためには、(i)制度の対象とする業務、(ii)対象となる業務遂行の手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしないこと、(iii)労働時間としてみなす時間、(iv)健康・福祉確保措置、(v)苦情処理措置等の法令で定める事項について、事業場の過半数組合又は過半数代表者との間で、労使協定を締結した上で、所轄労働基準監督署長に届け出ることが必要とされています。
企画業務型裁量労働制は、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査、分析の業務に従事する労働者を対象に、労働時間のみなし制を認める制度です(労基法38条の4第1項1号)。企画業務型裁量労働制は、典型的には、企業の経営企画の策定等を担当する労働者が想定されていますが、専門業務型裁量労働制のように法令によって対象業務が限定されているわけではなく、広く、事業の運営に関する事項についての企画、立案、調査、分析の業務に従事するホワイトカラーの裁量性を有する業務に活用できる余地のある制度とされています。具体的にどのような業務が対象となり得るかについては、「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針」(平成11年12月27日労働省告示第149号。以下「企画業務型指針」といいます。)において、対象となり得る業務及び対象となり得ない業務の例が挙げられており、参考になります。
このように、企画業務型裁量労働制は、対象業務の境界線が明確ではなく、対象範囲の特定を労使に委ねざるを得ない面があることから、専門業務型裁量労働制よりも厳格な適用要件が課されています。具体的には、企画業務型裁量労働制を導入するためには、(i)制度の対象とする業務、(ii)対象労働者、(iii)労働時間としてみなす時間、(iv)健康・福祉確保措置、(v)苦情処理措置、(vi)制度の適用について労働者本人の同意を得なければならないこと及び不同意の労働者に対し不利益取扱いをしてはならないこと等の法令で定める事項を、労使委員会の委員の5分の4以上の多数による議決により決議した上で、所轄労働基準監督署長に届け出ることが必要とされています。前記(1)のとおり、専門業務型裁量労働制の適用要件は、事業場の過半数組合又は過半数代表者との労使協定の締結ですが、企画業務型裁量労働制の場合は、さらに厳格な手続的規制として、(過半数組合又は過半数代表者により指名された)労働者代表委員をその委員の半数とする労使委員会の委員の5分の4以上の多数による決議が要求されています。
本改正においては、専門業務型裁量労働制に関し、以下の改正がなされました。
専門業務型裁量労働制の対象業務に、「銀行又は証券会社における顧客の合併及び買収に関する調査又は分析及びこれに基づく合併及び買収に関する考案及び助言の業務」(いわゆる「M&A業務」)が追加されることとなりました。これにより、対象業務の数は従来の19業務から20業務となります。
本改正により、専門業務型裁量労働制の適用に際して、労使協定に定めなければならない事項として、以下①~③の事項が追加されました。
①の事項及び③のうち同意に関する記録の保存については、企画業務型裁量労働制においては、現行法においても、労使委員会決議事項とされていますが(労基法38条の4第1項6号)、本改正により、専門業務型裁量労働制においても、制度の適用に際し労働者本人の同意を得ることが必要とされました。
本改正においては、企画業務型裁量労働制に関し、以下の改正がなされました。
本改正により、企画業務型裁量労働制の適用に際して、労使委員会による決議で定めなければならない事項として、以下の①~③の事項が追加されました。なお、前述のとおり、企画業務型裁量労働制においては、本人同意の取得、同意をしなかった場合に不利益な取扱いをしないこと、及び同意に関する記録を保存することに関する決議は本改正前から既に義務付けられていましたが、本改正により、同意の撤回の手続及びその記録の保存に関する決議についても義務付けられました。
本改正により、労使委員会の構成・運営に関して、新たに以下の①~③の要件が追加されました。
企画業務型裁量労働制を導入している使用者は、対象労働者の労働時間の状況及び当該労働者の健康・福祉確保措置の実施状況を、所轄労働基準監督署長に定期的に報告する必要があります(労基法38条の4第4項)。この定期報告の頻度について、現行法においては、労使委員会の決議が行われた日から起算して6か月以内ごとに1回とされていましたが、本改正により、労使委員会の決議の有効期間の始期から起算して初回は6か月以内に1回、その後1年以内ごとに1回行うものとされました(改正後規則24条の2の5)。
本改正においては、企画業務型指針についても改正がなされ(令和5年厚生労働省告示第115号)、様々な留意事項が追加されました。
例えば、健康・福祉確保措置に関しては、健康・福祉確保措置として定めることが適切な内容として、以下のとおり、新たに、勤務間インターバルの確保、深夜労働の回数制限、労働時間の上限措置、一定の労働時間を超える対象労働者への医師の面接指導が選択肢として追加されました(太字下線が本改正による追加事項)。その上で、健康・福祉確保措置を決議するに当たっては、「事業場の対象労働者全員を対象とする措置」として、下記①~④までの措置の中から1つ以上を実施し、「個々の対象労働者の状況に応じて講ずる措置」として、下記⑤~⑩までの措置の中から1つ以上を実施することとすることが望ましいとされました(改正後企画業務型指針(以下「改正後指針」といいます。)第3の4(1)、同(2)ハ)。なお、これらの改正は企画業務型指針において定められたものですが、健康・福祉確保措置については、専門業務型裁量労働制についても企画型裁量労働制におけるそれと同等のものとすることが望ましいとされています(平成15年10月22日 基発第1022001号)。
また、企画業務型裁量労働制の適用に関する労働者からの同意の取得に関し、①使用者は、労働者に対して、当該事業場における企画業務型裁量労働制の制度の概要、企画業務型裁量労働制の適用に同意した場合に適用される評価制度・賃金制度の内容、それに同意しなかった場合の配置及び処遇について明示した上で説明して、当該労働者の同意を取得する、②十分な説明がなされなかったこと等により、当該同意が労働者の自由な意思に基づいてされたものとは認められない場合には、労働時間のみなしの効果は生じないこととなる場合があることが、新たな留意事項として追加されました(改正後指針第3の6(2)イ)。他にも、対象労働者の要件、本人の同意の撤回、裁量性の確保、みなし労働時間の設定と処遇の確保、労使委員会の実効性確保、苦情処理措置のそれぞれの項目について様々な留意事項が追加されています。
本改正により、2024年4月以降、専門業務型裁量労働制の労使協定、企画業務型裁量労働制の労使委員会の決議において定めておく必要がある事項をまとめると、以下のとおりです(太字下線が本改正による追加事項)。
(出所)厚生労働省「裁量労働制の導入・継続には新たな手続きが必要です」(2023年3月)
本改正は、2024年4月1日から施行・適用される予定であり、新たに、又は継続して裁量労働制を導入するためには、裁量労働制を導入する全ての事業場で、本改正に対応した労使協定届又は労使委員会決議届を、裁量労働制を導入・適用するまで(継続導入する事業場では2024年3月末まで)に、労働基準監督署に届け出る必要があります。労使協定届や労使委員会決議届に不備があり、裁量労働制の適用が認められない場合には、通常の労働時間制が適用されることになり、各企業は、割増賃金の支払いが必要になる可能性があるため、注意が必要です。
各企業におかれては、2024年4月1日の本改正の施行に向けて、本ニュースレターの解説を参考にしていただき、裁量労働制の導入又は継続についての準備を行っていただければと思います。
※1
「労働基準法施行規則及び労働時間等の設定の改善に関する特別措置法施行規則の一部を改正する省令」(令和5年厚生労働省令第39号)及び「労働基準法第38条の4第1項の規定により同項第1号の業務に従事する労働者の適正な労働条件の確保を図るための指針及び労働基準法施行規則第24条の2の2第2項第6号の規定に基づき厚生労働大臣の指定する業務の一部を改正する告示」(令和5年厚生労働省告示第115号)
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
(2024年9月)
澤山啓伍、ガー・チャン(共著)
(2024年10月)
神田遵
(2024年10月)
加藤志郎、嶋岡千尋(共著)
服部薫、柳澤宏輝、一色毅、清水美彩惠(共著)
(2024年9月)
澤山啓伍、ガー・チャン(共著)
(2024年10月)
神田遵
(2024年10月)
加藤志郎、嶋岡千尋(共著)
服部薫、柳澤宏輝、一色毅、清水美彩惠(共著)