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デラウェア州M&A最新判例アップデート 2023年上半期編

NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 本ニュースレターでは、2023年の上半期においてデラウェア州裁判所から出された米国M&Aに関する重要判例のうち注目すべき2件を、デラウェア州のM&Aに関する過去の判例法の一般的な解説と共に紹介する。

I. In re Mindbody Inc., Stockholder Litigation (C.A.No.2019-0442-KSJM)

1. 事案の概要

 本判決は、ウェルネスサービス業界向けクラウドサービスを提供する上場会社であるMindbody, Inc.(以下「Mindbody」という。)の共同創業者、CEO兼取締役であったRichard Stollmeyer氏(以下「Stollmeyer氏」という。)が、Mindbodyを売却するに当たり、買主候補であったプライベート・エクイティ・ファンド(以下「PEファンド」という。)の1社と事前に秘密裏に協議の上当該買主候補を優先的に取り扱ったことについて、信認義務(fiduciary duty)違反による損害賠償請求が認められ、かつ最終的な買主となった当該PEファンドについても教唆・幇助があったとして損害賠償義務が認められた事案である。詳細は以下のとおりである。

2018年初頭 Stollmeyer氏が、自身が保有するMindbody株式の売却を希望するに至る※1
2018年3月 Mindbodyの第1位の株主であるInstitutional Venture Partners(以下「IVP」という。)がStollmeyer氏に対して株式の売却の意向がある旨を伝達※2
2018年8月2日 Stollmeyer氏は、投資銀行の紹介を通じて買主候補となるPEファンドであるVista Equity Partners Management, LLC(以下「Vista」という。)及び他PEファンド2社との間でコミュニケーションを開始。
2018年8月9日 Stollmeyer氏がMindbodyの第2位の株主であり、かつ、本件原告であるLuxor Capital Partners, L.P.(以下「Luxor」という。)に売却の意向の有無を確認。Luxorは当面売却の意思がない旨を伝える。
2018年9月 Stollmeyer氏が、Vistaに対して、Mindbodyを第三者に売却する意向を有している旨を伝達。
2018年10月上旬 Stollmeyer氏は、Vista主催のイベントに参加後、同社に対してMindbodyを売却することを決意。
2018年10月中旬 VistaからStollmeyer氏に対してMindbodyの買収に関心がある旨が正式に伝達。その後Stollmeyer氏から取締役会に対して当該Vistaの意向が伝達される。他方、Stollmeyer氏は過去のVistaとのやりとりやIVPの株式売却の意向等の情報を取締役会に開示せず。
2018年10月下旬 Mindbody は社外取締役により構成される独立委員会(Transaction Committee)を組成し、潜在的な買収候補者とのコミュニケーションに関するガイドラインを作成。しかし、Stollmeyer氏は、当該ガイドラインに従わず、Vistaに対して今後開始される正式な売却プロセスの詳細や自身が希望する売却価格等の情報を提供。これによりVistaは正式な売却プロセスが開始する前に、Mindbodyに対する各種調査を進めることが可能となる。
2018年11月中旬 独立委員会が正式な売却プロセスを開始。独立委員会が起用した投資銀行が買収候補者に対するアプローチを開始。
2018年12月15日 買収候補者向けのVDRを開設。
2018年12月18日 Vistaが1株あたり35ドルの買収オファーを取締役会に提出※3。それに対し、取締役会は40ドルのカウンターオファー。
2018年12月20日 Vistaは1株あたり36.5ドルのファイナルオファーを提出。当該金額にて取締役会と合意。
2018年12月23日 取締役会が買収契約を承認。買収契約には30日間のgo-shop条項が付与されていたが、Stollmeyer氏が他のマネジメントに対して緊急なオファー以外は全て拒絶するよう指示。
2018年12月24日 本件公表
2019年1月24日 委任状説明書公表
2019年2月14日 株主総会にて本件取引承認
2019年2月15日 クロージング

 クロージング後、Mindbodyの第2位の株主であったLuxorが、Mindbodyの各取締役に対して、売却プロセスにおいてVistaを優先的に取り扱ったことに伴う信認義務(fiduciary duty)違反及び委任状における重要な情報の開示義務違反を根拠とし、また、Vistaに対して各義務違反の教唆・幇助を根拠として損害賠償請求を行った。なお、Stollmeyer氏以外の取締役とはその後和解が成立したため、デラウェア州裁判所においてはStollmeyer氏に対する各義務違反及びそれらに関するVistaの教唆・幇助のみが争われた。

2. 取締役の信認義務

(1) 経営判断原則

 米国において利害関係のない独立した取締役が行う行為について信認義務(fiduciary duty)の違反の有無を判断する場合、裁判所は原則として経営判断原則(business judgment rule)を採用している。経営判断原則は、取締役が会社の利益の最大化を目指してリスクのある行為を行うことを萎縮させないために、取締役会の判断を尊重する(後知恵で判断しない)ことを目的とした基準である。米国の経営判断原則の下では、利害関係のない独立した取締役が行う行為は、①情報を得た状態で(informed)、②当該行為が会社の利益の最大化のために行われると合理的に信じて、③誠実に行われたものと推定され、裁判所は原則として取締役の判断を尊重する※4。取締役会の過半数が経営判断原則による保護を受けることができる場合には、信任義務の違反は重過失(gross negligence)があったか否かにより判断されることになり※5、理論的には重過失があった場合には信認義務の違反が認められることになるが、このハードルは非常に高いものと考えられている。経営判断原則の適用を排除するためには、取締役の信認義務違反を追及する側が上記①~③のいずれかが満たされていないことを反証しなければならず、もし反証できた場合には、取締役の行為はより厳格な、完全な公正性(entire fairness)の基準により判断されることになる。日本の経営判断原則においては、裁判所は経営判断の内容について踏み込むこと自体は否定しておらず、その内容が著しく不合理でない限り当該経営判断を尊重するというアプローチをとっているのに対して、米国の経営判断原則においては、上記①から③の要件が満たされる場合には裁判所は原則として取締役の経営判断に踏み込まない(重過失という非常に例外的な場合にしか経営判断の内容は問題としない)という点に違いがある。

(2) レブロン義務

 M&A取引においては、最も高い価格を提示した買収者に売却されることが対象会社株主の利益となる一方で、取締役としては自らの利益を考慮した提案(例えば、買収価格は低いものの、現在の取締役に対して買収後の取締役の地位や好ましい条件の職位を保証するもの)を選択する可能性があるため、上記の経営判断原則は適用されず、取締役の信認義務(fiduciary duty)として、取締役は合理的に達成可能な株主にとって最善の価格を得られる努力をする義務(いわゆるレブロン義務(Revlon duty))を負うとされている※6。レブロン義務は、経営判断原則と比較して厳格化された(完全な公正性(entire fairness)よりは緩やかな)審査基準(enhanced scrutiny)である。

 レブロン義務が適用されるのは、会社の支配権の移転が発生する取引のみであり、会社の支配権の移転に向けた一定の行為がなければ、レブロン義務は適用されず、取締役会が同意なき買収の提案を受けた段階で交渉に応じるかどうかの判断は、原則として経営判断原則の下で判断される。もっとも、レブロン義務が適用されるかどうかは具体的な事実関係及び状況によって判断され、買収者と交渉を開始する前の段階でも、買収提案に対して、対象会社がその長期的な戦略を放棄して会社の解体を含む代替の取引を模索するような場合※7には、レブロン義務が適用される可能性がある。

 以上のとおり、レブロン義務が適用される場面では、取締役は合理的に達成可能な株主にとって最善の価格を得られる努力をする義務を負うものの、デラウェア州裁判所は、レブロン義務を満たすために取締役に求められる特定の行為があるものではないとし、合理的な方法を選ぶ限り、最善の価格を得る方法を取締役が選ぶことを許容している※8。取締役会が買収者の提案を受け入れることを決定する場合、取締役会は、戦略的代替策を検討した結果、株主価値の観点から買収者の提案がより優れていると判断したことを示せるようにしておく必要があり、十分な情報収集を行い、価値の最大化のために取られた手段を示す会社売却の過程を記録に残すことが重要となる。

(3) コーウィン判決

 レブロン義務が適用されるような場面であったとしても、デラウェア州最高裁判所は、①利害関係を有しない株主(disinterested stockholders)が、②十分に情報を得た上で(fully informed)、③抑圧されていない状態で(uncoerced)行った、支配株主以外の者との取引に係る投票は決定的なものであり、取締役会の行為を浄化(cleansing)するとし、その結果、当該3要件を満たす株主総会決議により取引が承認された場合には、取締役の責任を判断するに際しては、レブロン義務ではなく原則に戻り経営判断原則が適用されると判断した(コーウィン判決)※9。支配株主が関与しない取引では、十分に情報を得た利害関係を有しない株主は取引に関する取締役の行為の是非を判断することが可能であり、その株主の判断は尊重されるべきとの考えが背景にある。

3. 本判決のポイント

(1) 本判決の意義

 コーウィン判決を通じて浄化(cleansing)メカニズムが確立されたことにより、原告株主によるレブロン義務の違反の主張は非常に困難な状況が続いていた。なぜなら、上記3要件が認定された場合、経営判断原則が適用されることになって訴訟は事実上終了するからである。その結果、2015年以降、株主がRevlon義務違反を主張してその請求が認められた例はほとんど見られなかった。これに対して、本判決は、株主に対する十分な情報開示がなされなかったことをもって浄化(cleansing)メカニズムの適用を認めず、その結果、レブロン義務違反を根拠とした損害賠償を認容した。

 本判決は、レブロン義務の違反を根拠とした損害賠償請求に対して謙抑的な従来のデラウェア州裁判所の姿勢に一定の歯止めをかけている。また、本判決は、取締役の義務違反について、買収者による教唆・幇助の責任を認めており、特にPEの買収候補者に対する一定の行動規範を示すものとなっている。

(2) 本判決の内容
  • ① Stollmeyer氏のレブロン義務違反
     デラウェア州衡平法裁判所(Delaware Court of Chancery)は、本件が典型的なレブロン義務が妥当する事案であるとした上で、Stollmeyer氏が自ら保有する株式の早期の売却を望み、また、Vistaからクロージング後における雇用の継続とそれに伴う多額の株式ベースのインセンティブを受け取ることを期待する地位にあったことをもって、利益相反状態にあったと認定した。また、取締役会は、Vistaとの交渉窓口となっていたStollmeyer氏がそのような利益相反状態にあったこと、Vistaを買収先の第一候補と考えていたこと、正式なプロセス開始前からVistaに対して一定の情報提供を行っていたこと等を知らされておらず、取締役会はStollmeyer氏を適切に監督することができなかったとした。その結果、本件における売却プロセスは、株主価値の最大化とは矛盾する方法で、特定の取締役の個人的な利益に傾倒したものとなり、レブロン義務の合理的範囲から外れており、Stollmeyer氏にはレブロン義務違反が認められると判断した。
  • ② Stollmeyer氏の開示義務違反
     取締役の信認義務の一部として株主に対する情報開示義務が認められるところ、悪意又は意図的に特定の情報の開示を怠った場合、取締役の信認義務違反を構成する可能性があるとした上で、Stollmeyer氏は、Vistaとのコミュニケーションの全容を知る唯一の人物であり、情報の非対称性を抱えた立場にあったにもかかわらず、意図的に株主に対して特定の情報を隠蔽し、さらに虚偽の説明を行ったため、情報開示義務違反に該当すると認めた。
  • ③ 損害額
     Stollmeyer氏の①の信認義務違反にかかる損害として、原告が主張するとおり、プロセスが正常に行われていた場合にVistaが1株当たり支払ったであろう金額を損害として認定した。なお、裁判所は、Vistaが1株当たり40ドル(Vistaが社内承認した価格レンジの上限)を支払うはずであったとの原告の主張は排斥し、1株当たり取引価格より1ドル高い37.5ドルを損害額の基準として認めた。また、②の情報開示義務違反に関しても、同じ損害額の基準を認めた。
  • ④ Vistaによる教唆・幇助
     ③に関連して、裁判所は、Stollmeyer氏が、VistaとStollmeyer氏が行った重要な会議やStollmeyer氏に対する相当なプレミアムを支払うとの約束に関する情報等を意図的に隠蔽したと判断した。その上で、Vistaは本件取引実行前のStollmeyer氏とのやりとりの内容を知っており、委任状説明書(proxy statement)等においてこれらの情報が十分に開示されていないこと及び当該除外されていた情報の重要性を認識していたと認定した。また、本件取引にかかる買収契約において、Vistaは、委任状説明書において重要な情報が除外されている場合に是正を行う契約上の義務を負っていた。裁判所は、Vistaが委任状説明書等について何度もレビューの機会を与えられていたにもかかわらず、重要な情報の除外について何ら指摘を行わず、結果、Vistaが当該契約上の義務を怠っていたとし、Stollmeyer氏の情報開示義務違反に意図的に加担したと判断した。そして、Stollmeyer氏の信認義務違反にかかる損害賠償義務について、Vistaに連帯責任を課した。
(3) 本判決の示唆
  • コーウィン判決の浄化(cleans)メカニズムが適用されるためには、上記のとおり①利害関係を有しない株主(disinterested stockholders)が、②十分に情報を得た上で(fully informed)、③抑圧されていない状態で(uncoerced)行った承認が必要であるところ、本判決はStollmeyer氏が利益相反関係にあったこと等について株主に対して十分な情報を開示しなかったため、②の要件を充足しないと判断した。
  • 本判決は、公正でオープンな売却プロセスの設計・構築が、上場会社である対象会社及び買主候補者の双方にとって極めて重要であることを示した。すなわち、本判決は、対象会社の取締役会及び独立委員会(Transaction Committee)が公正な売却プロセスを主導し、各買収候補者とのやりとりについて透明性を確保することの重要性を強調する一方で、最終的に買主となったVistaが公正な売却プロセスを妨げる行為を行ったと認定している。このように、買主候補者としても、対象会社側の正式な売却プロセスに準拠したプロセスを進めることが極めて重要であり、それを怠った場合には、対象会社側の取締役の義務違反について連帯して責任を負う可能性が示されている。
  • PEファンドによる非公開化取引の場合、対象会社の経営陣等の特定の既存株主が、既存の投資ポジションを一旦解消し、インセンティブ等を通じてレバレッジの掛かった当該株式に再投資するいわゆるロールオーバーが行われることが多い。もっとも、本判決で問題となったとおり、ロールオーバーの対象となる対象会社株主と、当該取引における価値の最大化を目指すその他の対象会社株主との間には潜在的に利害対立関係が生じる可能性がある。すなわち、早期の流動化を望む取締役や買収完了後における一定の雇用の継続を約束された取締役は、自己の利益を実現するため、他の株主が望むような当該買収取引を通じた価値の最大化を必ずしも望まない可能性がある。そのため、PEファンドの買収候補者としては、買収プロセスにおける適切な開示を行わない限り、少なくとも買収価格について対象会社の取締役会と合意するまでは、特定の取締役について利益相反関係を生じさせないよう、買収完了後の役割や報酬について経営陣と協議を行うことは極力避ける方が望ましいと考えられる。
  • 本判決は、日本におけるPEファンドにおける非公開化案件(特にMBO案件)においても参考になると思われる。

II. In re Edgio, Inc. Stockholders Litigation (C.A. NO. 2022-0624-MTZ)

1. 事案の概要

 本判決は、上場会社の株式対価のM&Aに関連して、株式対価の交付を受けた売主と上場会社の間で締結された契約が定める一定の契約条項について、買収防衛策としての機能があるとして、経営判断原則ではなく、より厳格な(完全な公正性(entire fairness)よりは緩やかな)審査基準(enhanced scrutiny)を適用するのが適切であるとした事案である。詳細は以下のとおりである。

 2022年3月、インターネットプラットフォームサービスを提供する上場会社であるEdgio, Inc.(以下「Edgio」という。)(旧Limelight Network, Inc.)は、College Parent, L.P.(以下「College Parent」という。)の事業部門を約3億ドルで買収することを合意した。その買収対価は株式対価とされ、Edgioの35%に相当する普通株式がCollege Parentに対して交付することが合意された。そして、同時に締結されたCollege ParentとEdgioとの間の契約(以下「本契約」という。)では、Edgioの事業運営及び株式についてCollege Parentに対して以下の義務が課せられていた。

  • ① 一定期間、Edgio の取締役会が指名したEdgio取締役の選任に賛成する
  • ② 一定期間、Edgioの日常的な事項についてEdgioの取締役会の提案に賛成する。また、それ以外の事項については、Edgioの取締役会の提案に賛成する又は他の株主の投票とプロラタで投票する※10
  • ③ 一定期間のロックアップ及び一定の譲渡制限※11

(上記① – ③を総称して、「本件制限条項」という。)

(上記① – ③を総称して、「本件制限条項」という。)

 NASDAQの上場規則では、上場会社が株式対価を用いた買収を行うためには株主の過半数の承認が必要とされているため、本件取引はEdgioの株主総会の決議にかけられ、Edgioの株主は本件取引を承認した。

 これに対して、Edgioの一部株主が、本件制限条項はEdgioの現取締役会による経営を強固にするための一種の買収防衛策であるところ、株主間の協調を歪め、現取締役に対するアクティビズム等の脅威を排除するものであるとして、信認義務の違反を理由に本件制限条項の差し止めを要求した。そして、原告は、本件は買収防衛策の導入に関するユノカル判決(Unocal Corp. v. Mesa Petroleum Co., 493 A.2d 946 (Del. 1985))に基づく厳しい司法審査基準(enhanced scrutiny)に従って審査されるべきであると主張したが、被告であるEdgioは、本件制限条項は、本件取引につき株主による承認が得られたことをもって、コーウィン判決に基づく浄化(cleanse)メカニズムの適用があるとし、Edgioの取締役会の判断を尊重する経営判断原則に従うべきであると主張した。

2. 買収防衛策導入に関する規範

(1) ユノカル基準

 デラウェア州の判例上、会社の支配権への脅威に対する買収防衛策を取締役会が導入する場合には、取締役が会社や株主の利益よりも自己の利益を追求する内在的なリスクが存在することから、経営判断原則よりも厳格な基準による審査を受けることとされている。具体的には、取締役会が経営判断原則による保護を受けるためには、①会社の方針及び効率性に対する脅威が存在したと取締役会が合理的に信じたこと(reasonableness test)、及び②防衛策の内容が提示された脅威に対して合理的なものであること(proportionality test)を立証しなければならないとされている(ユノカル基準)※12

 なお、デラウェア州の裁判所は、ユノカル基準の適用にあたって、対象会社の取締役会の行為、動機及び対象会社の取締役会がどの程度慎重に検討したかを詳細に審査する。取締役が自らの地位を守ることを唯一又は主な目的として行動したとみなされる場合には、かかる行為は無効と判断される可能性が高いため、取締役は誠実かつ合理的な調査を実施したことを示す必要がある。この要件を満たしたことを示すため、取締役会としては、買収提案の内容、性質、タイミング、株主の利益への影響、株主以外のステークホルダーへの影響、買収者の過去の行為等を考慮することができる。また、例えば、買収防衛策が社外の独立した取締役の過半数により承認されていること、取締役会が適切かつ十分に情報提供を受けていること等は、取締役が誠実かつ合理的な調査を実施したことを支える事実と考えられている。

(2) コーウィン判決

 コーウィン判決については、I.2(3)を参照されたい。

3. 本判決のポイント

(1) 本判決の意義

 取締役の信認義務違反の争い方としては、差止命令による事前救済と損害賠償による事後的救済があるが、裁判所は、コーウィン判決に基づく浄化(cleanse)メカニズムは、損害賠償による事後的救済についてのみ適用があるとした。その上で、裁判所は、本件にはユノカル判決に基づく厳格な司法審査基準が適用されるとし、被告による却下申立て(motion to dismiss)を退けた。

(2) 本判決の内容
  • ①コーウィン判決の射程
     本判決は、コーウィン判決とその後のデラウェア州最高裁の判例を引用し※13、コーウィン判決の射程がクロージング後の損害賠償に明確に限定されていることを指摘し、コーウィン判決が差止命令による救済に適用されるか否かは判例上明らかでないとした※14
  • ②ユノカル基準適用の条件
     その上で、裁判所は、原告の主張がユノカル基準によって判断されるか否かを検討した。従来の裁判例は、本件のような、ポイズンピル導入以外の場面においてユノカル基準が適用されるためには、原告が取締役会が脅威を察知した上で防御を行ったという主観的な動機で行動したことを証明しなければならず、そのような取締役の動機を見極めるために関連する全ての状況を考慮することができるとしている※15が、本判決では、訴答段階(pleading stage)において、Edgioの業績不振、アクティビスト投資家に関する市場の憶測、本件取引のタイミング、本件制限条項の内容等を考慮した上で、取締役が潜在的な脅威に対して防御を行うという主観的な動機を有していたと推論することが合理的であると判断し、ユノカル基準の適用を認めた※16
(3) 本判決の示唆
  • PIPE取引を初めとする投資契約において本件制限条項のような条項を入れることは比較的一般的であるところ、今後投資家との間で投資契約の交渉をする場合には、取締役会は、(仮に株主の同意が得られたとしても)ユノカル基準の適用があり得ることを意識する必要がある。
  • ユノカル基準の適用がある場合にその審査をクリアするために、取締役会は、取締役会議事録などの内部文書※17において、買収防衛策的な規定が必要な根拠やその合理性についての審議内容を明確かつ詳細に記録しておくことが肝要である。また、制限条項の内容が過度にならないように留意すべきである。例えば、本件でも、議決権拘束の対象が35%全体ではなくその一部だけであったり、譲渡制限期間がより短ければ、ユノカル基準をクリアできたかもしれないと言える。
  • もっとも、ユノカル基準が適用されるのは、会社の方針及び効率性に対する脅威が存在する場合(それを原告が立証できた場合)のみであるから、全ての投資契約においてユノカル基準が適用されることにはならない。この点に関して、本判決も、本件制限条項が存在するというだけでユノカル基準を発動するに足りるとは言えないだろうという趣旨を述べており、本件制限条項を入れるに至った周辺事情が考慮されることになる※18

脚注一覧

※1
その背景として当時Stollmeyer氏は19.8%の議決権比率を保有していたが、2021年10月をもって同氏が保有するClass B株式が普通株式に転換されることが予定されており、その場合、議決権比率が4%以下に低下することが見込まれていた。そこで、Stollmeyer氏は売却プロセスを早期に進めることを望んでいたと言われている。

※2
IVPは当時24.6%の議決権比率を有していたが、同社もClass B株式を保有しており、Stollmeyer氏と同様に2021年10月以降議決権比率が6%以下にまで低下することが見込まれていた。

※3
Vistaが各買収候補者にデータルームへのアクセスが付与されたわずか3日後に取締役会に対して正式なオファーを提出できたのは、上記のとおりStollmeyer氏が事前にVistaに対して情報提供していたことによる。

※4
Aronson v. Lewis, 473 A.2d 805, 812 (Del. 1984)

※5
Shlensky v Wrigley, 237 NE 2d 776 (Ill. App. 1968)

※6
Revlon, Inc. v. MacAndrews & Forbes Holdings, Inc. 506 A.2d 173 (Del. 1986)

※7
Paramount Commc’ns, Inc. v. Time Inc., 571 A.2d 1140 (Del. 1989)

※8
In re Dollar Thrifty S’holder Litig., 14 A.3d 573, 595-96 (Del. Ch. 2010)

※9
Corwin v. KKR Financial Holdings LLC, 125 A.3d 304 (Del. 2015)

※10
他の株主の賛成反対の結果が、賛成6割、反対4割だとすれば、自己が保有する35%の株式のうち、その6割分を賛成、4割分を反対に投票する趣旨と思われる。

※11
College Parentは、クロージングから2年間はEdgio株式の譲渡をすることが禁止され、その後さらに1年間は、Edgioの競合他社や、FactSet社が提供する「Shark Watch 50」に掲載されているアクティビスト投資家に対してEdgio株式の譲渡をすることが禁止された。

※12
Unocal Corp. v. Mesa Petroleum Co., 493 A.2d 946 (Del. 1985)

※13
Morrison v. Berry, 191 A.3d 268 (Del. 2018)

※14
また、コーウィン判決前に出されたデラウェア州最高裁の判例であるIn re Santa Fe判決では株主の承認によってユノカル基準の下で提起された差止命令による救済を浄化(cleanse)することができない旨が示唆されており、コーウィン判決において当該In re Santa Fe判決に変更が加えられていない点も指摘した。

※15
本判決32頁。他方、ポイズンピル導入の場合には潜在的な脅威に対して防衛を行うという取締役会の主観的な意思が推認されるとされている。

※16
本判決33~37頁。

※17
米国の訴訟手続では、ディスカバリー手続等により裁判所に開示されることになる。

※18
本判決37頁脚注153。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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