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中国の土壌汚染問題~土壌汚染問題をめぐる巨額賠償請求訴訟

NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報

著者等
德地屋圭治洪厚鑫(共著)
出版社
長島・大野・常松法律事務所
書籍名・掲載誌
NO&T Asia Legal Update ~アジア最新法律情報~ No.176(2023年12月)
業務分野
キーワード
※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 最近、土壌汚染問題をめぐり、上海の上場国営不動産企業(上海陸家嘴金融貿易区開発股份有限公司(以下、「陸家嘴公司」という。))が巨額賠償を求めて提起した訴訟(以下、「本訴訟」という。)が中国で話題となっている。土壌汚染の防止については、中国においては、2016年に国務院が公表した「土壌汚染防止処理行動計画」をもとに、土壌汚染に関わる法令が次々と公表され、これに対する取締りも年々強化されており、土壌汚染問題や土壌汚染関係法令違反のリスクは、日系企業(特に製造業)が軽視できない問題になっている。本稿では、この話題となっている訴訟の概要を紹介した上で、中国法上、土壌汚染防止について企業に対してどのような責任が課されているか、日系企業としてどのような点に注意すべきかを説明する。

1. 本訴訟の概要

 本訴訟の被告の一社である江蘇蘇鋼集団有限公司(以下、「蘇鋼」という。)は、2014年に蘇州緑岸房地産開発有限公司(以下、「緑岸」という。)を設立したが、緑岸は蘇州市にある17の土地の使用権を有していた(これらの土地は、もともと蘇鋼の工場のあった工業土地であったが、住宅、商業及び教育等といった用途に変更されている。)。この緑岸について、陸家嘴公司は、2016年に競売を通じて蘇鋼からその95%の持分を買収し、緑岸の大株主となり、その後、2017年には、陸家嘴公司は、緑岸の有する土地の開発を始め、住宅、商業施設、学校等を建設する予定であった。

 しかし、2022年4月江蘇省人民政府の公告において、緑岸の有する17の土地の中の一部において一定の化学物資が基準値を超過していることが指摘され、陸家嘴公司は、第三者の検査機関に委託して当該指摘をうけた土地及びその他の土地に対して調査を行ったところ、一部土地にそれぞれ異なる程度の汚染が存在していることが判明した(その時点で、一部土地の開発は既に相当進んでいた。)。

 そのため、2023年11月4日、陸家嘴公司は、緑岸の土地汚染問題について、緑岸持分の譲渡当事者である蘇鋼、検査機関2社及び蘇州市の2政府機関を被告として100億4393万元(2109億円相当、1元=21円で計算)の賠償を求める訴訟を起こした※1

 これに対して、蘇鋼は状況説明の公告を公表し、当該公告において、蘇鋼は、持分譲渡の際に、緑岸の一部の土地に汚染があることを開示しており(第三者の検査機関の検査結果及び報告、資産評価報告書等)、陸家嘴公司は、取引の際、既に上記の状況を了解し、現状の瑕疵及びリスクを引き受けることを承諾し、さらに、陸家嘴公司は、関係土地の開発・建設期間中、関係規定に従って地下水遮水壁等の保護措置を取っておらず、地下水の攪乱、土壌の移動による環境の交差汚染、不適切な工事作業による二次汚染があったと反論している※2

 現時点においては、本訴訟は、既に江蘇省高級人民法院により受理されているが、判決は未了である。

2. 中国の土壌汚染に関する法令

 本訴訟は、まだ審理の段階であるため、いずれの関係当事者がどのような責任を負うかは確定していないが、土地汚染の問題が既に公となっている以上、中国の土壌汚染関係法令に従って関係当事者の責任が問われることになると思われる。中国の土壌汚染関係法令については、上記の2016年の「土壌汚染防止処理行動計画」は、土壌汚染の防止及び処理の方向性を示す指針的なものであるが、かかる指針に沿って2018年に全国人民代表大会常務委員会が制定公布した「土壌汚染防止処理法」は、土壌汚染防止に関する基本規定として関係者の権利義務を定めており、その具体的詳細な内容は、各部門の規則、規範文書、国家基準及び地方規定において補足されている。

 「土壌汚染防止処理法」では、土壌汚染の関係者に課される義務及び責任は、基本的には、①土壌汚染の防止に関する義務、②土壌汚染があった時の処理に関する義務、法的責任に分けられる。具体的には、以下のとおり整理できる。

(1) ①土壌汚染の防止に関する義務

 「土壌汚染防止処理法」では、区を設置する市級以上の地方人民政府は、国務院の規定に従い、有毒有害物質の排出等の状況に基づき、当該行政地域の土壌汚染重点監督管理事業者(土壌汚染を発生させるリスクが高い事業者)のリストを作成し、社会に公開するとされ(「土壌汚染防止処理法」21条1項)、リストに記載された土壌汚染重点監督管理事業者は、その他の一般的な事業者に比べ、より厳格な土壌汚染防止義務が求められている。

事業者の類型 主要な法的義務
すべての事業者
  • 土地使用権者が土地開発利用活動に従事し、又は企業等生産経営者が生産経営活動に従事する場合は、有効な措置を講じて、土壌汚染を防止し、減少させ、もたらした土壌汚染については法に従い責任を負わなければならない(「土壌汚染防止処理法」4条2項)。
  • 各種の土地利用に関わる計画及び土壌汚染をもたらすおそれのある建設プロジェクトは、法に従い環境影響評価を行わなければならない(「土壌汚染防止処理法」18条)。
  • 有毒有害物質を生産、使用等する場合には有毒有害物質の浸出等の防止を、施設等で撤去する場合には相応の土壌汚染防止措置を、汚水集中処理施設等を建設し運営する場合には法律規定等の要求に従った措置をとらなければならない(「土壌汚染防止処理法」19、22、25条1項)
土壌汚染重点監督管理事業者
  • 土壌汚染重点監督管理事業者は、次の各号に掲げる義務を履行しなければならない(「土壌汚染防止処理法」21条2項)。

    • (1) 有毒有害物質の排出を厳格に制御し、毎年主管部門に排出状況を報告する。
    • (2) 土壌汚染の潜在的リスクに関する検査制度を構築し、有毒有害物質の浸出等の持続的かつ有効な防止を確保する。
    • (3) 自主監視測定計画を策定実施し、主管部門に監視測定データを報告する。
  • 施設等を撤去する場合には緊急対応措置を含む土壌汚染防止業務計画の策定及び地方人民政府の主管部門への届出、生産経営用地の用途変更又はその土地使用権の譲渡等の前には土壌汚染状況調査の実施及び人民政府の部門への送付、届出をしなければならない(「土壌汚染防止処理法」22条2項、68条)。
  • (その他、「工業鉱業用地土壌環境管理弁法」においても土壌汚染重点監督管理事業者の有毒有害物質の生産設備等について詳細な要求が定められている。)

(2) ②土壌汚染があった時の処理に関する義務、法的責任

 土地に土壌汚染がある場合の処理義務については、「土壌汚染防止処理法」においては、「汚染責任者が処理義務を負う」という原則に基づき、土壌汚染を引き起こした事業者又は個人において、処理及び修復の一次的な責任を負うとされる(「土壌汚染防止処理法」45条、「汚染土地土壌環境管理弁法(試行)」10条)。

 土壌汚染を引き起こした事業者又は個人が不明確である場合は、関係政府部門が規定に従って土壌汚染の責任を負うべき者を認定するが、それでも認定できない場合は※3土地使用権者において、処理及び修復の二次的な責任を負うことになるが(「土壌汚染防止処理法」45条、「建設用地土壌汚染責任者認定暫定弁法」5条)、土地使用権が譲渡された場合は、譲受人(又は譲渡人・譲受人が定めた者)が責任を負うとされる(「汚染土地土壌環境管理弁法(試行)」10条)。土壌汚染の処理及び修復の責任は、「終身」の責任とされる(「汚染土地土壌環境管理弁法(試行)」10条)。

 「土壌汚染防止処理法」等に違反がある場合には、違反者は、行政責任、民事責任、刑事責任を負う。

 行政責任として、過料、問題是正のための業務停止、違法所得の没収、及び責任担当者に対する拘束等といった処罰がある(例えば、土壌汚染重点監督管理事業者が自主監視測定データを生態環境主管に報告していない場合、2万元以上20万元以下の過料に処するとされる(「土壌汚染防止処理法」86条1号))※4

 民事責任として、土地使用権者が法による土壌汚染リスク管理や修復義務を履行せず、それにより他人に損害を被らせた場合は、土地使用権者は責任を負うとされる(「土壌汚染防止処理法」96条)※5

 刑事責任として、国の規定に違反し、放射線を有する廃棄物、伝染病病原体を含む廃棄物、有毒物質又はその他の有害物質を排出し、投棄し、又は処分し、重大な環境汚染をもたらした者は、3年以下の有期懲役もしくは拘役、罰金を科し又は併科し、結果が特に重大である場合には、3年以上7年以下の有期懲役、罰金を併科するとされる(「刑法」338条)※6

(3) 本訴訟について

 本訴訟における関係当事者の責任について、問題の土壌汚染や土地使用権の移転等に関する具体的な事実関係は不明であるが、土壌汚染がある土地に蘇鋼の工場がありそれが原因で汚染が生じていれば、「汚染責任者が処理義務を負う」という原則により、蘇鋼においてその土壌汚染の修復責任を負うことになりうるが、この点は土壌汚染の事実関係による。汚染責任者が認定できない汚染については、現状土地使用権は緑岸が有することから、緑岸も修復責任を負いうる。緑岸が修復責任を負う場合、本訴訟における陸家嘴公司からの蘇鋼への賠償請求は、緑岸持分に関する譲渡契約の内容や、当時の当事者間のやり取り等の事実関係によることになる。

3. 日系企業にとっての注意点

 上記の本訴訟の状況や土壌汚染関係法令によれば、中国に進出する日系企業にとっては以下の点について注意が必要と思われる。

(1) 土壌汚染関係法令の遵守

 「土壌汚染防止処理法」に関しては、一般の企業としての義務のほか、土壌汚染重点監督管理事業者である場合はその義務も遵守し、そのような遵守ができる体制を構築する必要がある。一般企業としての義務のうち、特に注意が必要なのは、環境影響評価であり、環境影響評価を遺漏して処罰されるケースが散見されることから、工場等の経営においては環境影響評価の要否については常に意識しておくことが望ましい。そのほか、土壌汚染重点監督管理事業者として指定されている企業については、政府当局への届出等の義務が加重されているので、遺漏無く履行する必要がある。

(2) 土壌汚染責任の「終身」制

 上記のとおり、「土壌汚染防止処理法」においては、土壌汚染の修復責任について「終身」制とされ、汚染を引き起こした者は(その土地を譲渡等した後でも)責任を負うこととなる。そのため、中国に進出する日系企業としては、現地の工場に現実に土壌汚染が生じないよう対策をしておくことが重要である(汚染が生じれば、土地使用権譲渡後も責任を追及されうる)。

(3) (投資、合併買収による)土地使用権の直接又は間接的な取得又は売却の際の注意点

 土地使用権の直接又は間接の取得又は売却に際しては、対象となる土地の土壌汚染状況及び歴史用途を調査した上、土壌汚染状況及びそれに関わる法的責任について、関係契約において明確にする必要がある。土壌汚染については、本訴訟のように巨額の法的紛争になりえ、リスクが顕在化した際の経済的インパクトが大きく、関係契約における契約条項について慎重に検討する必要がある。契約条項については、(本稿では詳しくは触れないが)いわゆるサンドバッギング(Sandbagging)条項(相手方に表明保証違反があることを知っていた場合でも当該表明保証違反に基づく賠償請求を認めることとする条項)を入れることも検討に値するように思われる。

脚注一覧

※2
蘇鋼2023年11月10日公告
https://mp.weixin.qq.com/s/olB6nGXvhxbMiwcg_c2gHA

※3
以下のいずれかの場合は、土壌汚染責任者を認定できない場合に該当する。①因果関係が存在しない又は認定できない場合、②土壌汚染責任者の具体的な身分情報を確定できない場合、③土壌汚染責任者がなくなった場合(「建設用地土壌汚染責任者認定暫定弁法」17条)。

※4
行政責任の例として、江蘇省南京市のある会社が規定に従って土壌汚染状況調査を行わなかったケースにおいては、関係部門により是正を命じられ3万9800元の過料に処されている(寧環罰(2023)17050号)。

※5
そのほか、民法典においては、土壌汚染に責任がある者の民事責任に関する規定がある(例えば、土壌汚染に責任がある者は、権利侵害責任を負い、一定の場合の相応の懲罰的損害賠償責任を負うほか(「民法典」1229条、1232条)、国が定める機関又は法律で定められている組織から、合理的な期間内に修復責任を負うよう請求され、又は修復に必要な費用の負担等を請求されうる(「民法典」1234条)。民事責任の例として、ある会社が危険廃棄物の埋め立てにより、土壌汚染及び地下水汚染を引き起こしたケース(検察院による公益訴訟)において、裁判所は、当該会社に対する合計約713万元の損害賠償費用及び修復費用の請求を認めている(上海市高級人民法院2021年度環境資源に関する典型的な裁判例2番(https://mp.weixin.qq.com/s/4vUdi4aAwQdMi0lbkpNYrA))。

※6
刑事責任の例として、危険廃棄物の違法処置により、土壌汚染をもたらしたケースにおいて、「環境汚染罪」として、被告である江蘇省の会社は、70万元の罰金を科され、その直接責任者は、2年1ヶ月の有期懲役、かつ6万元の罰金に処されている((2018)蘇0682刑初674号)。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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