
清水啓子 Keiko Shimizu
パートナー
東京
NO&T Finance Law Update 金融かわら版
2023年12月5日付で、投資事業有限責任組合が保有する金融商品の評価について、投資事業有限責任組合が保有する投資資産を原則として公正価値により評価するものと定めた投資事業有限責任組合会計規則(以下「新会計規則」といいます。)が公表され、施行されました。新会計規則は同日に施行されていますが、2024年10月1日以後に開始する事業年度に係る投資事業有限責任組合の貸借対照表、損益計算書及び業務報告書並びにこれらの附属明細書(以下「財務諸表等」といいます。)に適用されるものとされています。新会計規則は施行日以前に組成された投資事業有限責任組合にも適用されるため、既存及び新規の投資事業有限責任組合の両方について、新会計規則への対応の検討が必要となります。
従来、投資事業有限責任組合の財務諸表等の記載については、新会計規則の施行に伴い廃止された中小企業等投資事業有限責任組合会計規則(平成10年企庁第2号)(その後の改正を含み、以下「旧会計規則」といいます。)が適用されていました。旧会計規則も、投資事業有限責任組合が保有する投資商品については、「時価を付さなければならない」と規定していました。しかしながら、旧会計規則は、この時価の算定の方法については特段の規定を置いていなかったこと、「時価が取得価額を上回る場合には、取得価額によることも妨げない」とも規定されていたこと、また、2018年3月に経済産業省から公表されている「投資事業有限責任組合契約(例)及びその解説」(以下「平成30年モデル契約」といいます。)の別紙3「投資資産時価評価準則」の例1として示されていた投資事業有限責任組合における有価証券の評価基準モデルを参考にして評価基準を設定するケースが多かったこと等から、市場価格のない資産についてはいわゆる公正価値による評価はあまり行われてきていませんでした。
他方、金融商品の時価の算定方法については、日本においても国際的な会計基準との整合性を図る目的で、2019年に時価の算定に関する会計基準(企業会計基準第30号)(以下「時価算定基準」といいます。)が企業会計基準委員会から公表され、いわゆる公正価値を指す形で時価が定義されるとともに、これに伴う各会計基準の改正により、金融商品の時価についても時価算定基準に従うことが示されました。
今回の旧会計規則から新会計規則への変更は、上記のような会計基準の改正の流れを踏まえ、投資事業有限責任組合が保有する投資資産についても、いわゆる公正価値による評価を行うことを促進する目的でなされたものであると説明がされています※1。
具体的には、以下のような変更がなされました。
(※下線は変更箇所)
旧会計規則 | 新会計規則 |
---|---|
第7条 2 投資は、時価を付さなければならない。ただし、時価が取得価額を上回る場合には、取得価額によることも妨げない。 |
第7条 2 投資は、原則として、時価を付さなければならない。 |
3 前項の時価は、金融商品(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(昭和三十八年大蔵省令第五十九号。以下「財務諸表等規則」という。)第八条第四十一項に規定する金融商品をいう。)にあっては、計算を行う日において、市場参加者(財務諸表等規則第八条第六十四項に規定する市場参加者をいう。)間で秩序ある取引が行われるとした場合におけるその取引において、組合が受け取ると見込まれる対価の額又は取引の相手方に交付すると見込まれる対価の額とする。 | |
3 前項の時価の評価方法は、組合契約に定めるところによる。 | 4 投資に係る資産の評価方法は、組合契約に定めるところによる。 |
旧会計規則 | 新会計規則 |
---|---|
第7条 2 投資は、時価を付さなければならない。ただし、時価が取得価額を上回る場合には、取得価額によることも妨げない。 |
第7条 2 投資は、原則として、時価を付さなければならない。 |
3 前項の時価は、金融商品(財務諸表等の用語、様式及び作成方法に関する規則(昭和三十八年大蔵省令第五十九号。以下「財務諸表等規則」という。)第八条第四十一項に規定する金融商品をいう。)にあっては、計算を行う日において、市場参加者(財務諸表等規則第八条第六十四項に規定する市場参加者をいう。)間で秩序ある取引が行われるとした場合におけるその取引において、組合が受け取ると見込まれる対価の額又は取引の相手方に交付すると見込まれる対価の額とする。 | |
3 前項の時価の評価方法は、組合契約に定めるところによる。 | 4 投資に係る資産の評価方法は、組合契約に定めるところによる。 |
旧会計規則第7条第2項は、「投資は、時価を付さなければならない。ただし、時価が取得価額を上回る場合には、取得価額によることも妨げない。」と規定したうえで、同条第3項において「前項の時価の評価方法は、組合契約に定めるところによる。」と規定しており、投資資産の評価方法について取得価額によることも認めたうえで、時価の定義については組合契約の規定に委ねていました。
これに対し、新会計規則第7条第2項では、「投資は、原則として、時価を付さなければならない。」とのみ規定され、取得価額による評価に関する記載が削除されたほか、同条第3項には、第2項にいう「時価」が「金融商品…にあっては、計算を行う日において、市場参加者…間で秩序ある取引が行われるとした場合におけるその取引において、組合が受け取ると見込まれる対価の額又は取引の相手方に交付すると見込まれる対価の額」(いわゆる公正価値)を指すことを明示する規定が置かれました。新会計規則に係るパブリックコメントへの回答※2(以下「パブコメ回答」といいます。)でも、この新会計規則の「時価」に関する規定は、時価算定基準第5項に定める時価(いわゆる公正価値)を定めたものであると説明されています。
新会計規則第7条第4項は、「投資に係る資産の評価方法は、組合契約に定めるところによる。」と規定していますので、依然として投資資産の評価方法については組合契約で規定することにより全ての組合員が当該評価方法に合意していることが必要です。この評価方法の一例として、パブコメ回答ではInternational Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelinesに準拠する評価モデルを用いることが挙げられていますが、かかる評価モデルを用いることが義務づけられているものではなく、投資資産の評価方法については、公認会計士又は監査法人に事前に相談の上、全ての組合員が合意した評価内容を規定することを想定しているとされています。
なお、旧会計規則の廃止と新会計規則の施行に伴い、平成30年モデル契約の別紙3「投資資産時価評価準則」については、実務上広く使用されていると思われる直近ファイナンス価格モデルに係る例1が削除され、International Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelinesに準拠する旨記載された例2のみが推奨される評価方法として掲載される形に変更されています。
新会計規則への変更後も、時価評価はあくまでも「原則」に過ぎないことから(新会計規則第7条第2項)、いわゆる公正価値以外の投資資産の評価方法が全く認められていないものではなく、例外的にこれ以外の評価方法を採用することも可能となっています。この点について、パブコメ回答を踏まえますと、原則とは異なる評価方法を採用する場合には、かかる評価方法を採用することに合理的な説明ができるかどうかを各投資事業有限責任組合の無限責任組合員において整理したうえで、評価方法を組合契約に規定することが必要となります。
また、新会計規則は既に設立されている投資事業有限責任組合についても適用されるため、既に設立されている投資事業有限責任組合についても、新会計規則に対する対応の検討が必要です。パブコメ回答においても、存続期間の途中で評価方法を変更することが難しい場合も想定されるということは記載されていますので、従来の評価方法を変更しないという選択肢もあると考えられますが、組合の残存存続期間、投資対象資産、投資家の属性や要望等を考慮の上、存続期間中の評価方法の変更が可能かという点を加味しつつ、評価方法の変更の要否について検討し、組合員に対して説明を行い、変更しない場合には変更をしないことについての理解を得、変更する場合には組合契約を変更することが必要となります。
新会計規則の規定は、2024年10月1日以後に開始する事業年度に係る財務諸表等について適用されます※3。但し、新会計規則施行日である2023年12月5日以後に終了する事業年度に係る財務諸表等に適用することも可能とされていますので、施行日以降に設立される投資事業有限責任組合については、設立当初から新会計規則によることを前提に組合契約の規定を置くことも可能であり、当初から公正価値によるか否かも含め、その組成段階から検討が必要です。
各投資事業有限責任組合においては、これから約1年の間に、今後の議論の動向にも留意したうえで投資資産の評価方法について検討をし、組合契約の変更等適切な対応を行う必要があります。
※1
投資事業有限責任組合会計規則(案)に対する意見公募要領(https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/PcmFileDownload?seqNo=0000257613)
※2
投資事業有限責任組合会計規則(案)に対する意見募集の結果について(https://public-comment.e-gov.go.jp/servlet/Public?CLASSNAME=PCM1040&id=595223045&Mode=1)
※3
新会計規則附則第2条
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
清水啓子、鈴木謙輔、金田裕己(共著)
(2025年4月)
宮下優一
(2025年4月)
殿村桂司、小松諒、糸川貴視、大野一行(共著)
斉藤元樹、大島岳、川村勇太(共著)
清水啓子、鈴木謙輔、金田裕己(共著)
(2025年4月)
井上聡、大野一行(座談会)
糸川貴視、鈴木雄大(共著)
(2025年3月)
大野一行、酒井敦史、鈴木謙輔(共著)
清水啓子、鈴木謙輔、金田裕己(共著)
糸川貴視、鈴木雄大(共著)
不動産証券化協会 (2024年9月)
井上博登、山中淳二、齋藤理、小山嘉信、洞口信一郎、糸川貴視、粂内将人、宮城栄司、渡邉啓久、加藤志郎、北川貴広(共著)
(2024年9月)
清水啓子、鈴木謙輔、糸川貴視(共著)