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ドイツでは、複数の当事者が同一の被告に対し共同で訴訟上の請求をすることができる集団訴訟の手続は長年存在せず、損害の金銭的救済には直ちには結び付かない、いわゆるモデルケース手続(Musterfeststellungsklagen)が存在するのみでした。個々の請求額が少額である場合には特に、個別の訴訟提起を求めることは、裁判所に大きな負担を課すことが多く、また、消費者にとっても、その負担から、請求を行うことが困難となっていました。しかし、2023年10月13日、新しい消費者権利保護法(Verbraucherrechtedurchsetzungsgesetz)(以下「消費者権利保護法」といいます。)が施行され、消費者の集団的利益の保護のための代表訴訟指令(以下「代表訴訟に関するEU指令」といいます。)※1に基づくドイツ国内法が制定され、状況に変化が生じています。本ニュースレターでは、その概要を説明いたします。
代表訴訟に関するEU指令は、直ちに加盟国に適用されるわけではなく、まずは、それに従った国内法が制定される必要があります。国内法制化の期限である2022年12月から約1年遅れで、ドイツでは、消費者権利保護法が施行されることで、その国内法制化が行われたことになります。この新しい法律は、特定の適格団体が、実質的に類似の請求を束ねて、多数の消費者のために、損害賠償請求を含む救済措置を求めるための訴訟手続を導入するものです。
消費者権利保護法は、企業に対する消費者の請求にのみ原則適用されますが、従業員10人未満で年間収益200万ユーロ未満の小規模企業は、この法律においては、消費者とみなされることになります。
消費者権利保護法は、請求原因を限定することなく、集団訴訟の提起を可能としています。これは、代表訴訟に関するEU指令によって国内法制化が求められる範囲よりも広範な請求を可能とするものです。代表訴訟に関するEU指令は、一定のEU法の違反、及び当該EU法を国内法制化している場合には当該国内法違反に基づく請求について、集団訴訟の提起を可能にするように求めています。具体的には、例えば、データ保護法の違反、製品の欠陥又は資本市場規制の侵害に基づく請求等がこれにあたります。消費者権利保護法施行前は、消費者は、(個々の消費者単位では)手続コストが高く、得られる利益も比較的少額であるため、これらの請求を行うことが困難な状況でした。
消費者権利保護法に基づく集団訴訟による請求は、「本質的に同種」の請求であることを要件とし、これが同法に基づく手続の主な制限となることが見込まれます。「本質的に同種」とは、同一又は一般的に比較可能な事象から生じる請求であり、かつ、本質的に同一の事実上及び法律上の問題によって結論が決せられる請求であると理解されます。例えば、多くの消費者の個人データに影響を与えるデータ侵害、すべての乗客に影響を与えるフライトの遅延、一連の製品に影響を与える生産上の欠陥等、一つの事象から生じる請求がこれに該当することになります。この要件は、例えば、クラスメンバーに共通する事実上の争点が個々の請求に固有の争点よりも支配的であることを要件とし、個々の請求の間でより乖離があることを許容する米国の集団訴訟手続(クラス・アクション)との対比において、より制限的です。
また、消費者権利保護法に基づく請求は、少なくとも50人の消費者が影響を受ける可能性があると原告が主張可能な場合にのみ認められます。当初から50人の消費者がその請求に含まれている必要はなく、影響を受ける消費者の数が50人以上である可能性があればこの要件を充足します。
当事者適格は、企業から受け取る資金が資金全体の5%未満である適格消費者保護団体※2、またはEUの他の加盟国で同等の請求を行う資格を有する団体のいずれかに限定されています。この点に関しては、適格消費者団体及び特定適格消費者団体にのみ消費者団体訴訟の提起を認める日本法と類似する反面、例えば、米国の集団訴訟手続のように、影響を受ける集団(クラス)に属する誰にでも当事者適格が認められる集団訴訟手続とは大きく異なることになります。
加えて、法律事務所が、20~50%の成功報酬を条件として原告を代理することが多いアメリカの集団訴訟手続との比較では、ドイツでの新しい手続は、第三者の資金援助に関する要件も厳しいものとなっています。具体的には、被告の競争業者や被告に依存している第三者、原告に影響を及ぼして消費者を害するおそれがある第三者、又は、被告が支払う賠償金の10%を超える報酬を受け取ることを約束している第三者からの資金援助を受けることはできません。
訴訟は、被告会社の所在する地方の上級地方裁判所(Oberlandesgericht)に提起する必要があります。裁判手続は、一般に以下の4つの段階に分けることができます。
その後、裁判所は、管理人を指定し、被告は、指定管理人に対し、裁判所が判示した金額を支払い、指定管理人は、これを関係消費者に分配することになります。この過程において、指定管理人は、標準化され予め定められた基準に従い、個々の請求権者の権利を確認し、決定します。この決定に対しては、指定管理人が通知した時点から4週間以内に、被告会社及び消費者が不服申立てをすることができます。指定管理人がその決定を是正しない場合、被告会社及び消費者は、裁判所による決定を求めることができます。
以上のとおり、ドイツにおいて、代表訴訟に関するEU指令の国内法制化が遂に行われ、小規模企業を含む消費者のためのより迅速でアクセスしやすい裁判手続の可能性が開かれることになりました。これはドイツ法において、最初の「真の」集団訴訟手続が導入されたことを意味します。しかし、新しい制度の導入がなされたものの、集合的な請求を行う手段として以前から行われていた手段である、単一の原告への複数請求権の債権譲渡やモデルケース手続は、今後も一定の意味を持ち続けるものと考えられます。
また、本制度は、アメリカの集団訴訟手続のような同種の手続と比較すると、その適用範囲は大幅に狭いといえます。したがって、消費者にとっては有用な制度であるものの、ドイツの消費者訴訟そのものを大きく変える可能性は低く、むしろ既存の手続に、新たな訴訟手続を加えるものであるとも見ることができます。
しかしながら、新しい制度の導入により、集団訴訟という形による消費者訴訟は、特にデータ保護、製造物責任、資本市場法といった、多くの消費者に一度に影響を与える可能性のある分野において、企業にとってより頻繁に生じ、かつ、対応にコストを要するものになることが予想されます。そのため、この新しい手続が適用されうる請求に対峙した際には、企業として、その対応方針を考えるにあたり、本制度についての検討が不可欠になると考えられます。
※1
Directive (EU) 2020/1828 of the European Parliament and of the Council of 25 November 2020 on representative actions for the protection of the collective interests of consumers and repealing Directive 2009/22/EC
※2
ドイツには、60以上の登録消費者保護団体があり、代表訴訟の担い手となる可能性があります。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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