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ニュースレター

会社董事による競業行為や利益相反取引も刑事犯罪に ―中国刑法第十二次改正

NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 2024年1月発行のNO&T Asia Legal Update ~アジア最新法律情報~ No.181「中国会社法の全面改正」で紹介したとおり、2023年12月に全人代常務委員会にて可決され2024年7月1日に施行される会社法改正では、利益相反取引に関する改正等、会社董事の責任強化も重要な改正内容に含まれている。すなわち、改正後中国会社法180条では、忠実義務の内容について具体的な規定(自己の利益と会社の利益との衝突を回避するよう措置を講じなければならず、その権限を利用して不正な利益を得てはならない。)を入れた上で、利益相反取引については、主体に監事を追加する、必要な内部承認手続を明確化する(董事会又は株主会に報告した上、定款に従って董事会又は株主会の決議を経る必要あり)、近親者、自ら若しくは近親者等が直接若しくは間接に支配する企業、又は関連当事者を通じて行う契約も利益相反取引規制の対象に追加する(同法182条)などの改正が行われている。このほか、董事の業務執行により故意又は重過失で第三者に損害を与えた場合は直接第三者に対し賠償責任を負うとの規定が新たに追加される(同法191条)など、総じて会社董事の責任を強化する改正がなされている。

 注意を要するのが、刑法においても、会社董事の行為に関連する刑罰等につき改正が行われていることであり、同改正は2024年3月1日から施行されている。今回はこの刑法改正の内容について紹介する。

2. 中国法での罰則の定め方

 今回の刑法改正について紹介する前に一つ説明を要するのが、中国法における罰則の定め方である。

 日本法では、刑法等以外の一般的な法律においても、罰則規定をおき、その中で行政罰である過料のみならず、刑事罰についても定めをおくのが通常である。例えば、日本の会社法では、会社法第8編として960条以降に罰則が定められており、会社取締役等の身分に関して一般の背任罪よりも責任が加重された特別背任罪(日本会社法960条)や、取締役等の贈収賄罪(同法967条。なお、同条は、民間の金銭授受等について賄賂罪の成立を認めるものであり、刑法に定める公務員を対象とする贈収賄罪と比べて処罰範囲が限定されているものの、中国刑法163条及び164条に定める非国家工作人員の贈収賄罪と類似した性質を有する。)等が規定されている。

 これに対して、中国法では、各法律の中に「法律責任」の章が設けられ、各種責任について規定されるが、その中では、民事責任のほか、過料や営業許可証の取消し等の行政上の責任についての規定がおかれることはあっても、刑事責任については、「本法の規定に違反し、犯罪を構成する場合は、法に従い刑事責任を追及する。」(現行中国会社法215条、改正後264条)といった規定をおくに留まり、具体的にどのような刑罰が科されるかは、刑法において規定される。

 このような形式になっていることから、中国刑法では、詐欺罪(中国刑法266条)、横領罪(同法270条)、業務上横領罪(同法271条)、資金流用罪(同法272条)、及び労働報酬支払拒絶罪(同法276条の1)といった一般的な財産侵害罪(第5章)に加えて、日本であれば特別法の罰則として規定されるような経済犯罪についても、具体的な罪名が規定されている。第3章の社会主義市場経済秩序破壊罪のうち、第3節の会社、企業管理秩序妨害罪には、一連の会社法関係の罰則が規定されている。

3. 刑法改正の内容

(1) 競業禁止(同類営業不法経営罪)

 改正後中国会社法183条では、董事、監事及び高級管理職は、同条各号に定める場合を除き、職務上の便宜を利用して、自己又は他人のために会社に属する商業機会を獲得してはならない、同法184条では、董事、監事及び高級管理職は、董事会又は株主会に報告した上、会社定款の規定に従って董事会又は株主会の決議を経ることなく、自ら又は他人のために会社と同類の業務を経営してはならないと定めている(現行会社法148条1項5号と基本的に同趣旨である。)。

 上記規定に対応して、改正後刑法165条では、上記同類営業行為により不法な利益を取得した場合で、その金額が「巨額である場合」や「特に巨額である場合」に限って、刑事罰の対象としている(なお、金額基準については以前の司法解釈において立件起訴基準が定められていたが、新法に対応した基準はまだ定められていない。)。

 改正前刑法においても国有企業の董事等に限定して同様の内容が規定されていたが、今回国有企業以外の民営企業の董事についても新たに処罰対象とされることになった(同条2項)点が大きな違いである。以前と比べ中国経済において民営企業の占める役割が増加し、また(かつては典型的な業務上横領罪や資金流用罪に該当する事案がほとんどであったと言われるのに対し)経済犯罪の種類も多様化してきていることを受けての改正とされている。

 国有企業等の董事と比べて、民営企業の董事等の処罰については、法令違反と、会社に重大な損害を与えたとの追加的な要件が課せられているが、このうち法令違反については、基本的には董事会や株主会への報告・承認を得ないといった手続違反を指すのではないかと思われる。とはいえ、文言上は、会社董事等に課せられた一般的な忠実義務や勤勉義務(日本でいう善管注意義務に概ね対応する。)に違反したことのみをもって法令違反が認定される余地も残っている。会社に重大な損害を与えたという点も、従前の立件起訴基準と比べてどれだけ加重された要件が定められるのかも明らかではない。

(2) 親族・友人のための不法営利罪(一部の利益相反取引)

 冒頭記載のとおり、改正後会社法182条では、直接又は間接に会社との間で契約を締結し又は取引を行うには、董事会又は株主会に報告した上、定款に従って董事会又は株主会の決議を経なければならず、近親者、自ら若しくは近親者等が直接若しくは間接に支配する企業、又はその他の関連当事者を通じて行う場合も同様とする旨、規定されている。

 この点については、あらゆる種類の利益相反取引が刑事罰の対象となっているわけではなく、改正後刑法166条は、以下の行為類型に限定して、かつこれらの行為により「重大な損失」又は「特に重大な損失」をもたらした場合(上記(1)と同様、旧司法解釈には立件起訴基準が規定されていた。)につき、処罰対象としている。他方で、主体は董事等に限らず、会社の役職員(工作人員)全般が対象となっている。

  1. 会社の営利業務を自己の親族又は友人に引き渡して経営させること。
  2. 自己の親族友人が経営管理する単位から、市場価格より明らかに高い価格で商品を購入し若しくはサービスを受け、又は、当該単位に対し、市場価格より明らかに低い価格で商品を販売し若しくはサービスを提供すること。
  3. 自己の親族友人が経営管理する単位から、不合格の商品又はサービスを調達し又は受けること。

 上記(1)と同様に、今回の刑法改正によって国有企業だけでなく民営企業の人員も対象となった。法令違反との要件が付されている点も同様であり、ここでも、基本的に、会社法182条に従って董事会又は株主会への報告・決議取得の手続を経ないことを指しているものと思われる。

(3) 私利目的による会社資産廉価株式換算、売却罪

 また、これは利益相反取引に限られないが、改正後刑法169条は、私利を図り、会社資産を低価格で株式に換算し、又は低価格で売却する行為を処罰対象としており、同条についても、今回の刑法改正によって国有企業だけでなく民営企業も対象となった。なお、この罪名の主体は直接責任主管者と規定されているが、董事等に限らず、当該行為について権限をもつ者は広く含まれるものと解されるであろう。

(4) その他の刑法改正の内容

 このほか、国家工作人員の贈収賄罪についても、科し得る刑罰の幅を拡大し(下限を5年以上から3年以上とした。)、司法当局の裁量の幅を広げたほか、そのうち厳重に処罰されるべき事由を類型的に規定する(①複数回、又は多数人に対する贈賄、②国家公務員による贈賄、③国家重点工事、重大プロジェクトにおける贈賄、④職務の獲得、職級の昇進や調整のための贈賄、⑤監察、行政執法、司法工作人員への贈賄、⑥生態環境、財政金融、安全生産、食品薬品、防災救災、社会保障、教育、医療の各分野における贈賄、⑦違法所得をもって贈賄に充てた場合)などの修正が加えられている。

4. 日本企業への影響

 上記のとおり、もともと国有企業の役職員のみに関して規定されていた競業行為や利益相反取引に関わる刑事罰のうち、一部の行為については民営企業の役職員も対象とされ、日本企業の現地法人の董事やその他人員にも適用があり得ることとなった。とはいえ、同じ行為について中国のみにおいて刑事罰として規定されているというわけではなく、日本であれば特別背任罪などの一般的な規定が適用されるところ、中国では具体的な行為について罪名が規定されていると整理することが妥当であろう。

 いずれにしても、今回の改正に関しては、日本法人の現地法人に董事等として人員を選任・派遣するにあたっては、一定の行為が刑事罰の対象となり、懲役刑の対象にもなり得るということは、研修等に際して適宜伝えることが望ましい。さらに、日本企業の現地法人やその出資先において董事等が刑事責任を追及されることは通常は想定されないかもしれないが、合弁会社において株主間で利害が対立するような場面では、これらの刑事責任の可能性が問題となる事態もあり得る。当方人員の責任が追及される状況もある一方で、相手方人員の責任を追及するに際して、(考慮すべき点は多いが)刑事手続の活用の可能性も検討すべき場合もあるであろう。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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