
エンニャー・シュー Annia Hsu
カウンセル
シンガポール
NO&T Dispute Resolution Update 紛争解決ニュースレター
本ニュースレターは、「全文ダウンロード(PDF)」より日英併記にてご覧いただけます。シンガポール・オフィスの紛争解決チームについてPDF内にてご紹介しております。
シンガポール国際商事裁判所は、リライアンス・インフラストラクチャー(以下、「リライアンス」という。)によって提起された仲裁判断取消訴訟を棄却した。取消訴訟の対象となった仲裁判断は、リライアンスに対して、リライアンスの英国籍関連会社(以下、「リライアンスUK」という。)が調達契約に基づき負う債務を主債務とするリライアンスの保証債務の支払いを命じる内容である。リライアンスは、保証書の有効性を仲裁手続において争ったにもかかわらず、仲裁判断取消訴訟において、保証書に署名した従業員の署名が偽造されたものであるという新たな主張を追加し、再度この争点を蒸し返そうとした。シンガポール国際商事裁判所はこれを認めず、当該リライアンスの主張を排斥し、仲裁手続段階で保証書の偽造を理由として管轄権の欠缺を申し立てないことをリライアンスが選択した時点で、偽造を根拠とした管轄権の欠缺を主張する権利を放棄したという判断を示した。本裁判例は、仲裁手続の利用者や実務家に対し、後に権利放棄したと判断されないよう、仲裁手続において管轄権欠缺を適時に主張するよう留意すべきという教訓を示すものである。
上海電気集団がリライアンスを相手方として申し立てた仲裁では、供給契約に基づきリライアンスUKが負う債務を主債務とした保証債務について、上海電気集団がリライアンスにその履行を求めており、上海電気集団とリライアンスが締結した保証書には、当事者間で紛争が生じた場合にはシンガポール国際仲裁センター(SIAC)仲裁で解決することが規定されていた。仲裁手続では、供給契約の有効性は争点とならなかった一方で、保証書の有効性については、上海電気集団からの保証債務履行請求に対する反論という形で争点となった。
当該争点について、リライアンスは、(1)保証書の存在を認識しておらず、社内に保証書に関する記録がなかったこと、(2)保証書に署名した従業員アグラワル氏には保証書の署名権限がなかったこと、を理由として、保証書は無効であり保証債務履行請求は認められないと主張した。他方で、リライアンスは、仲裁手続において、保証書の署名が偽造されたものであるという主張は行っておらず、アグラワル氏を人証として証拠調べを求めることもなかった(なお、仲裁提起時にはすでに同従業員は退社していた。)。
その後、仲裁審問(ヒアリング)が終了した後に、仲裁廷からの質問に回答する形で、保証書原本のレターヘッドが白黒で印刷され、署名は青インクで書かれていたことが判明した。通常、社用のレターヘッドは、会社のオフィシャルな印刷物である可能性が高いため、原本はカラーであるはずであり、白黒で印刷されたレターヘッドはそれが不正に使用された事実を示唆しているとして、リライアンスは、保証書が偽造であるため無効であると主張した。
最終的に、仲裁廷は、リライアンスは保証書が偽造であることを仲裁手続において争点とはしてこなかったため、保証書の存在を認めたとみなさざるを得ないと判断し、保証書が無効であるとの結論には至らなかった。さらに、仲裁廷は、アグラワル氏がリライアンスのために保証書に署名する権限を有していたと判断したため、保証書に基づく保証債務を認め、2022年12月、リライアンスに対し、上海電気集団とリライアンスUKとの間の供給契約に基づいて支払われるべき未払いの損害賠償金を支払うよう命じる仲裁判断を下した。
リライアンスは、仲裁合意を規定する保証書が偽造されたものであるから、仲裁廷には当該紛争に対する管轄権がなかったとして、仲裁判断の取消しをシンガポール国際商事裁判所に求めた。リライアンスは、アグラワル氏が保証書に署名していないことを知ったのは2023年初頭であり、仲裁判断が公表された後に署名が偽造されたことを知ったと主張した。これに対し、裁判所は、リライアンスは保証書の署名が偽造されたものであると認識していたが、意図的に仲裁段階で管轄権に関する異議を申し立てない選択をしたと認定し、当該主張を排斥した。同裁判所は、仲裁段階において管轄権の欠缺の主張を行うべきであったにもかかわらず、それを行わない判断をした場合、当事者は管轄権の欠缺を主張する権利を放棄したとみなされると判示した。
本裁判例は、仲裁手続における被申立人は、仲裁廷の管轄権欠缺の主張を行うかどうか、弁論段階(*多くの場合「Statement of Defence」の提出まで)において慎重に検討すべきと注意喚起するものである。というのも、殆どの仲裁規則では、管轄権欠缺主張は、正当な理由等がないかぎり、遅くとも答弁書の提出時までには行わなければならないと規定されているからである。仲裁判断に不服のある債務者が、仲裁廷に対して早期の段階で申し立てるべきであった主張を持ち出して仲裁判断を争おうとしても、シンガポール国際商事裁判所はこれを許さないという教訓を示している。
※「【コラム】日本企業の国際法務と紛争③ ―「調停(mediation)」」をPDF内に掲載しておりますので、「全文ダウンロード(PDF)」よりご覧ください。
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