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食料・農業・農村基本法の改正―“農政の憲法“改正で何が変わるか?

NO&T Food System and Nature Law Update 農林水産・食品ビジネス法務ニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

1. はじめに

 食料・農業・農村基本法の改正法(以下「改正法」という。また、同法による改正後の食料・農業・農村基本法を「基本法」又は「法」といい、改正法による改正前の法を「旧法」という。)が2024年5月29日に成立し、同年6月5日に公布され、かつ施行された。基本法は、農政の憲法とも称される法律であり、農政の基本理念や政策の方向性を示す重要な法律である。そのため、旧法の改正については、2022年9月に食料・農業・農村政策審議会に設置された基本法検証部会において議論が重ねられ、2023年9月に食料・農業・農村政策審議会の答申が取りまとめられていたところである。今回の改正によって条文数も全43条から全56条と大幅に増加した。本稿では、今回の改正法により基本法がどのように改正されたのかという点を概観する。

2. 食料・農業・農村基本法の改正概要

1. 概要

 改正法による主な改正点は、①食料安全保障の確保、②環境と調和のとれた食料システムの確立、③農業の持続的な発展及び④農村の振興に大別される。

2. 食料安全保障の確保

(1) 食料安全保障の定義

 基本法の最も大きな改正は、食料安全保障についての基本理念及びそのための平時を含めた施策に関する規定を設けたことにある。2019年以降の新型コロナウィルス感染症の蔓延や2022年2月に始まったロシアのウクライナ侵攻等により、世界的に食料生産・供給が不安定化しており、特に食料自給率の低い我が国においては、国外からの食料品の輸入が困難となってしまう状況は、国民生活に深刻な影響を及ぼしかねないことから、食料安全保障についての関心が非常に高まった。

 旧法では、食料安全保障は、「凶作、輸入の途絶等の不測の要因により国内における需給が相当の期間著しくひっ迫し、又はひっ迫するおそれがある場合」において「国民が最低限度必要とする食料の供給を確保するため必要があると認めるとき」に、食料の増産、流通の制限及び必要な施策を講じるという点にのみ規定されていた(旧法第19条)。改正法により、食料安全保障の定義が新たに設けられ、食料安全保障の確保が基本法の基本理念の一部であることが明示された(法第1条)。

 食料安全保障の定義は、「良質な食料が合理的な価格で安定的に供給され、かつ、国民一人一人がこれを入手できる状態」とされた(法第2条第1項)。旧法における「良質な食料」の「合理的な価格」での「安定的な供給」に、「国民一人一人がこれを入手できる状態」が追加された形である※1

 政府が定める食料・農業・農村基本計画においても、食料安全保障の動向に関する事項、食料安全保障の確保に関する事項の目標※2を定めることが明示された(法第17条第2項第2号、第3号)。

(2) 食料の安定的な供給と食料の合理的な価格の形成

 食料の安定的な供給を確保するためには、農業生産の基盤、食品産業の事業基盤等食料の供給能力の確保が重要となるが、人口減少による国内の需要減少が見込まれることを踏まえて、国内への食料の供給に加え、国内における食料の供給能力を維持する観点から、海外への輸出を図ることが明示された(法第2条第4項)。

 また、需給事情及び品質評価が適切に反映されつつ、食料の持続的な供給が行われるよう、食料システム※3の関係者により食料の持続的な供給に要する合理的な費用が、食料の合理的な価格形成において考慮されるようにしなければならないとされた(法第2条第5項)。なお、かかる食料の合理的な価格形成において、合理的な費用が考慮されるよう、食料システムの関係者による食料の持続的な供給の必要性に対する理解の増進、合理的な費用の明確化の促進等の必要な施策が講じられる(法第23条)。

(3) 食料安全保障の確保に関する施策

 所得金額階級別世帯数の相対度数分布において200万円未満の世帯割合が増加しているなど、経済的な理由により十分な食料を入手できていない者の増加や、いわゆる「物流の2024年問題」等の影響による食品流通への懸念、中山間部等を中心にいわゆる「買い物困難者」の増加等、食品へのアクセス自体についての課題も生じている※4。こうした課題を踏まえ、食料安全保障の定義に「国民一人一人がこれを入手できる状態」が明示されたことから、国は、地方公共団体や関係者と連携し、地理的な制約、経済的な状況その他の要因にかかわらず食料の円滑な入手が可能となるよう、食料の輸送手段の確保の促進、食料の寄附が円滑に行われるための環境整備等の必要な施策を講じることとされた(法第19条)。

 また、食料の持続的な供給に資する事業活動の促進、円滑な事業承継の促進、先端的な技術を活用した食品産業等に関する新たな事業の創出の促進、海外における事業展開の促進等が、食品産業の健全な発展のための必要な施策として追加された(法第20条)。

 農産物の輸入については、国内生産では需要を満たすことができない農産物の安定的な輸入を確保する施策として、国と民間との連携による輸入の相手国の多様化、輸入の相手国への投資促進が具体的な施策として列挙され(法第21条第1項)、肥料その他の農業資材の安定的な輸入を確保する施策としても、上記の点が講じるべき施策として規定された(同条第3項)※5。また、これまでは世界の食料需給の将来にわたる安定のために努めることとされていた国際協力の推進について、我が国への農産物及び農業資材の安定的な輸入の確保に資するために行うことが追加された(法第25条)。

 農産物の輸出については、旧法下においても、農産物の競争力の強化、市場調査の充実、情報の提供、普及宣伝の強化等の施策を講じることとされていた(旧法第18条第2項)。農産物の競争力強化の点については、輸出を行う産地の育成、農産物の生産から販売に至る各段階の関係者が組成する団体による輸出のための取組促進等が競争力強化の具体的な施策として規定され、輸出の相手国における需要の開拓を包括的に支援する体制の整備、輸出する農産物に係る知的財産権の保護、輸出の相手国における動植物の検疫等の条件についての協議等の施策を講じることにより、輸出を促進することとされた(法第22条)。

 加えて、有事への対応として、凶作、輸入の減少等の不測の要因により国内の食料供給が不足し国民生活の安定及び国民経済の円滑な運営に支障が生じる事態の発生をできる限り回避し、又はかかる支障を最小とするために、これらの事態が発生するおそれがあると認めたときから、国は関係行政機関の連携強化を図り、備蓄する食料の供給、食料の輸入拡大等の必要な措置を講じることとされた(法第24条)。これを受けて、食料供給困難事態対策についての基本方針等の策定や対策本部の設置等を定めた食料供給困難事態対策法案が今国会に提出され、2024年6月14日に成立している。

3. 環境と調和のとれた食料システムの確立

 食料システムについては、環境負荷の低減を図り、環境との調和が図られることが明記された(法第3条)。また、農業生産活動による多面的機能(国土の保全、水源の涵養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承等、食料その他の農産物の供給以外の機能をいう。)が適切かつ十分に発揮される重要性は変わらないものの、環境への負荷の低減と両立させることも求められる(法第4条)。

 環境負荷の低減については、みどりの食料システム法やみどりの食料システム戦略に基づき、持続可能な食料システムの構築に向けた必要な取組として推進されてきたところであるが、それらが基本法にも盛り込まれることとなった。基本法においても、環境負荷の低減を図るため、農薬及び肥料の適正な使用の確保、家畜排せつ物等の有効利用による地力の増進、環境への負荷の低減に資する技術を活用した生産方法の導入の促進等の必要な施策を講じることとされた(法第32条第1項)。また、環境への負荷の低減に資する農産物の流通及び消費の普及にあたり、これらの農産物の円滑な流通の確保、消費者への適切な情報提供の推進、環境への負荷の低減の状況把握及び評価の手法の開発等の必要な施策を講じることとされている(同条第2項)※6

4. 農業の持続的な発展

(1) 農業の持続的な発展についての基本理念

 農業の持続的な発展を図る点に変更はないが、(i)人口減少に伴う農業者の減少、(ii)気候の変動その他の農業をめぐる情勢の変化が生じる状況においても、食料供給機能及び多面的機能が発揮されるよう農業の持続的な発展が図られることとされた(法第5条第1項)。また、①農業の生産性の向上、②農産物の付加価値の向上及び③農業生産活動における環境への負荷の低減を図ることも追加されている(法第5条第1項)。なお、農業生産活動における環境への負荷の低減は、農業の自然循環機能(農業生産活動が自然界における生物を介在する物質の循環に依存し、かつ、これを促進する機能をいう。)の維持増進に配慮することも求められる(法第5条第2項)。

(2) 農業の持続的な発展に関する施策

 まず、望ましい農業構造の確立にあたって、地域における協議に基づき、効率的かつ安定的な農業経営を営む者及びそれ以外の多様な農業者により農業生産活動が行われることで農業生産の基盤である農地の確保が図られるよう配慮することとされた(法第26条第2項)。

 そのほか、農業の持続的な発展に関する具体的な施策として追加された主なものは以下のとおりである。

基本法 目的等 新たに追加された施策
第27条
第2項
農業を営む法人の経営基盤の強化
  • 経営に従事する者の経営管理能力の向上
  • 雇用の確保に資する労働環境の整備
  • 自己資本の充実の促進 等
第28条※7 国内の農業生産に必要な農地の確保及びその有効利用
  • 農地の集団化
  • 農地の適正かつ効率的な利用の促進 等
第30条 農業の生産性の向上
  • 情報通信技術その他の先端的な技術を活用した生産、加工又は流通の方式の導入の促進※8
  • 省力化又は多収化等に資する新品種の育成及び導入の促進 等
第31条 農産物の付加価値の向上及び創出
  • 高い品質を有する品種の導入の促進
  • 農産物を活用した新たな事業の創出の促進
  • 植物の新品種、家畜の遺伝資源、地理的表示、農業生産に関する有用な技術及び営業上の情報その他の知的財産の保護及び活用の促進 等
第37条 農業者の経営の発展及び農業の生産性の向上 農作業の受託、農業機械の貸渡し、農作業を行う人材の派遣、農業経営に係る情報の分析及び助言その他の農業経営の支援を行う事業者の事業活動の促進に必要な施策
第38条 農業及び食品の加工・流通に関する技術開発及び普及の効果的な推進 民間が行う情報通信技術その他の先端的な研究開発及び普及の迅速化 等
第38条
第2項
食料システムにおける情報通信技術を用いた効果的な情報の活用 食料システムの関係者による情報の円滑な共有のための環境整備を推進するための必要な施策
第41条 農業への著しい損害が生じるおそれの回避 家畜の伝染性疾病及び植物に有害な動植物の国内での発生予防及びまん延防止のための必要な施策
第42条
第1項、
第3項
農業資材の安定的な供給の確保
  • 輸入に依存する農業資材及びその原料について、国内で生産できる良質な代替物への転換の推進、備蓄への支援 等
  • 農業資材の価格の著しい変動が育成すべき農業経営に及ぼす影響を緩和するために必要な施策

5. 農村の振興

(1) 農村振興についての基本理念

 農村振興についても、農村の人口の減少その他の農村をめぐる情勢の変化が生じる状況においても、地域社会が維持されることが追加された(法第6条)。

(2) 農村振興に関する必要な施策

 農村の振興に関する具体的な施策として追加されたものは主に以下のとおりである。

基本法 目的等 新たに追加された施策
第44条 地域の農業生産活動の継続及びこれによる多面的機能の発揮 農業者その他の農村と関わりを持つ者による農地の保全に資する共同活動の促進に必要な施策
第45条 農村との関わりを持つ者の増加 農業と農業以外の産業の連携による地域の資源を活用した事業活動の促進 等
第46条 就業機会の増大を通じた地域の農業の振興 障害者その他の社会生活上の支援を必要とする者が能力に応じて農業に関する活動を行うことができる環境整備に必要な施策
第48条 鳥獣による農業及び農村の生活環境に係る被害の防止
  • 鳥獣の農地への侵入の防止
  • 捕獲した鳥獣の食品等としての利用の促進 等
第49条
第1項
国民の農業及び農村に対する理解と関心の深化及び健康的でゆとりのある生活の実現
  • 余暇を利用した農村への滞在の機会を提供する事業活動の促進
  • 都市と農村との双方に居所を有する生活をすることができる環境整備 等

3. おわりに

 基本法は、食料、農業及び農村に関する施策について、基本理念及びその実現を図るための基本となる事項を定める法律であり、国が定める個別の法令や国が実施する具体的な施策により、基本法の基本理念の実現が図られる。改正法により食料・農業・農村基本法に新たに盛り込まれた施策については個別法令等に基づき既に実施されてきたものも含まれているが、個別の対応だけでなく、今後の農政の方向性を示す基本法に具体的に規定された意義は大きいと思われる。

脚注一覧

※1
国際連合食糧農業機関(FAO)は、食料安全保障を「全ての人が、いかなる時にも、活動的で健康的な生活に必要な食生活上のニーズと嗜好を満たすために、十分で安全かつ栄養のある食料を、物理的、社会的及び経済的にも入手可能である」ことと定義している(外務省「日本と世界の食料安全保障」(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000022442.pdf)2頁)。後述のとおり、国内においても、経済的な理由により、又は生活エリアへの輸送状況等により、食料品へのアクセスが困難な状況が生まれていることから、「国民一人一人がこれを入手できる状態」が食料安全保障の定義に盛り込まれているものと考えられる。

※2
旧法下から食料・農業・農村基本計画に定められた食料自給率は、食料安全保障の確保に関する事項に含まれることとなった。

※3
食料の生産から消費に至る各段階の関係者が有機的に連携することにより、全体として機能を発揮する一連の活動の総体と定義されている(法第2条第5項)。環境と調和のとれた食料システムの確立のための環境負荷低減事業活動の推進等に関する法律(いわゆるみどりの食料システム法)においては「農林水産物等の生産から消費に至る各段階の関係者が有機的に連携することにより、全体として機能を発揮する一連の活動の総体」と定義されていたところであり(同法第2条第1項)、基本法における定義は同法の定義と実質的に異ならない。

※4
農林水産省「令和5年度 食料・農業・農村白書」(https://www.maff.go.jp/j/wpaper/w_maff/r5/zenbun.html)11~12頁

※5
なお、輸入については競争関係にある農産物の生産に重大な支障がある場合において、緊急の必要があるときは、関税率の調整、輸入の制限等の必要な施策を講じることができる点に変更はない(法第21条第2項)。

※6
本稿においては、環境と調和のとれた食料システムの確立の項目において、環境負荷の低減を図るための施策を取り上げているが、基本法上は、農業の持続的な発展に関する施策の一つとして規定されている。

※7
農地については、農地の確保、農地の適正かつ効率的な利用の促進のため、農業振興地域の整備に関する法律、農地法及び農業経営基盤強化促進法の改正法案が今国会に提出され、2024年6月14日に成立した。かかる改正法は公布の日から1年以内に施行される予定である。

※8
先端的な技術を活用した生産、加工又は流通の方式については、いわゆるスマート農林水産として、農林水産省によりその取組が促進されてきたが、農業の生産性の向上のためのスマート農業技術の活用の促進に関する法律案が今国会に提出され、2024年6月14日に成立した。同法については別稿において紹介する予定である。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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