
宰田高志 Takashi Saida
パートナー
東京
NO&T Tax Law Update 税務ニュースレター
報道によれば、我が国による経済制裁に対抗してロシアが我が国との租税条約(日露租税条約)の適用を停止し、同租税条約でロシアの課税を免除されるはずである邦銀の受取利子に対してロシア国内法に定める20%の源泉徴収課税が適用され、それにもかかわらず、我が国の課税当局側では、外国税額控除を当該課税につき適用しないとの対応を取っているため、大規模な二重課税が発生しているとのことです(2024年9月4日付の日本経済新聞電子版の記事「大手銀行、日本・ロシアで二重課税 租税条約一部停止で」)。
外交問題によって、日本企業に大規模な二重課税が生じ経済活動に障害が生じかねない事態となっていることは、今回影響を受けていない企業にとっても他人事では済まされない問題と思われるのと同時に、我が国の課税当局側で外国税額控除を適用せず、二重課税をもたらす結果を生じている法解釈には疑問もあるので、解説します。
邦銀は、ロシアの子会社を通じて資金の貸付を行う場合、貸付の対価として受け取る利子について、ロシアの会社(邦銀がロシアに設立した子会社もロシアの会社となります。)から受け取ることになりますから、そのような利子はロシアを源泉地とする所得であり、租税条約で免除等の措置が取られない限り、ロシアの税制により課税を受けます。具体的には、ロシアの国内法では、そのような利子に対し20%の源泉徴収課税がなされるとのことです。
他方、そのような租税条約による免除等の措置がないことを前提とした場合、我が国の側では、他国を源泉地とする所得について、その他国で既に課税がなされていることが想定されていますから、二重課税を排除すべく、外国税額控除という課税軽減措置が適用されます。具体的には、法人税額のうち外国を源泉地とする所得に対応する金額(控除限度額)を限度として、所得(利子)の源泉地の国でなされた課税(ロシアによる20%の源泉徴収課税)を法人税額から控除してもらえることになります。したがって、ロシアによる源泉徴収課税額が控除限度額に収まる限りにおいては、ロシアに納付された税額分だけ我が国に納める法人税額が減ることになり、全体での課税負担は、日本のみで課税される場合(例えば日本で貸付を行って得られる利子について課税を受ける場合)と異ならないことになります。
以上に対し、2017年に我が国とロシアの間で締結された租税条約(日露租税条約)では、両国間で支払われる利子について基本的にその源泉地たる国による課税を免除することとされています。つまり、邦銀がロシアの会社に対し貸付を行って受け取る利子について、ロシアの20%の源泉徴収課税は免除されることになるわけです。他方、そのようにロシアの源泉徴収課税がなされない以上は、我が国の側で外国税額控除を適用する余地はなく、我が国の側で通常の課税がなされるのみとなります。
これまでの説明からすれば、我が国の企業の側では、ロシアの源泉徴収課税を免除されても、我が国の側で外国税額控除を取れなくなる以上は、日露租税条約による恩恵は全くなく、税の支払先がロシアから我が国に変わるだけという印象を受けるかもしれません。しかし、外国税額控除は、上述のように控除限度額があり、控除限度額の関係で外国税額控除の適用を必ずしも満額受けられるわけではない可能性もありますし、そもそも赤字で日本での法人税額がゼロとなっているような場合には、控除できる法人税額がありませんから、ロシアで源泉徴収課税を受けるだけ取られ損となるようなことも考えられます。よって、そのような場合のことを考えれば、日露租税条約によりロシアの源泉徴収課税が免除されることは、我が国の企業にとっても恩恵となると言うことはできましょう。
日露租税条約により、前述のように、邦銀がロシアに対し貸付を行って受け取る利子について、ロシアの20%の源泉徴収課税は免除されることになっているにもかかわらず、ロシアでそれに反する課税がなされた場合にはどうなるでしょうか。そのようなことは、今回発生した日露間の外交問題のような大事による場合よりは、邦銀がロシアで税の免除措置を受けるために必要な手続を取っていなかったであるとか、ロシアの税務当局の法執行手続に誤りがあった(例えば、税務当局の担当官が条約の規定をよく理解せず、国内法のみに基づき課税判断をしてしまうなど)というような事情による場合に、通常生じているものと考えられます。
そのような場合に、ロシアで課税を受けているからといって、日露租税条約がない場合と同じ取り扱い、つまり、ロシア側で課税がなされるが、我が国の側で外国税額控除を適用して二重課税を回避する取り扱いをなすことは、本来日露租税条約でロシア側の課税を免除し我が国の側で通常の課税を行うべきなのに、ロシアに税財源を移譲してしまうことになります。それは、我が国の税財源維持の観点からは許されるべきことではありませんし、ロシア側の課税を是正することが、本来なすべき、かつ、可能なはずのことなのですから、そのようにすべきことになります。具体的には、納税者がロシアで税の免除を受けるために必要な手続の問題であれば、納税者がそのような手続をきちんと行うべきですし、ロシアの税務当局の法執行手続に誤りがあったというのであれば、ロシアでの司法手続、日露租税条約に基づく相互協議手続その他による是正を求めるべきということになります。なお、手続を一定期間中に行うべきであったが、納税者がそれを怠ってしまい、ロシア側の課税を是正することができなくなってしまったというような場合でも、それは本来その期間中に手続を行えばロシア側の課税は是正できたのですから、納税者の問題であり、その故に二重課税となってしまっても致し方ないということはできましょう。
租税条約に反する課税が外国でなされている場合に、その租税条約に反して課された税額について外国税額控除を適用しないことは、法人税に関する法令に規定されていることですが(法人税法69条1項最後の括弧書き、同法施行令142条の2第8項5号)、それは上記のような理由に基づくものと理解することができますし、上記のような文脈で理解すべきものと言えましょう。
以上のように、日露租税条約に反する課税がロシアでなされる場合として通常想定される場合は、その日露租税条約に反してなされた課税について外国税額控除を適用せず、あくまでロシア側で納税者に課税の是正を求めさせることにより二重課税が生じないようにする(納税者の手続懈怠その他の納税者に帰責性のあるロシア側の課税の場合は、納税者に二重課税の結果を甘受させる)というのが、法令に規定されるところであり、かつ、妥当でもある結論であるわけですが、国家間の問題により日露租税条約に反する課税がなされる場合には、別途の考慮を要します。
まず確認されるべきは、租税条約がその規定※1に基づき終了すれば当然のこと、どちらの締約国も一方的にその適用を止める旨を明らかにすれば、適用あるべき租税条約が有効に存在しているとは言えませんから、租税条約がない場合と同様の取り扱い、すなわち、我が国の企業が租税条約の相手国を源泉地とする所得を得る場合について言えば、その相手国による課税を受けて我が国の側で外国税額控除を適用して二重課税を回避する取り扱いをなすのは当然と言うことです。
ただ、今回問題となっているロシアとの件では、ロシアは日露租税条約の適用を停止しているにもかかわらず、我が国の側では同条約の適用を停止していない(少なくともそのような立場を明らかにしていない)とのことです。この場合、国際法、すなわち国家間の関係の問題として考えれば、日露租税条約の一方当事者であるロシアが同条約に反する行動を取っているのに対し、我が国は同条約を維持しようとしており、我が国としては同条約が有効に存続していることを前提としてロシアによる条約違反の責任を追及し得る立場にありますから、同条約が効力を失い又は停止したものとして取り扱うのは、それと齟齬すると考えることも可能です。したがって、租税条約が終了した場合や双方の締約国により適用を停止された場合のように、租税条約がない場合と同様に取り扱うべきと直ちには結論づけられません。
ただ、国家間の問題として日本政府は日露租税条約が有効に存続しているとの立場を取っているものの、私人に対する課税については、別途の取り扱いを行うのが妥当と考える余地はあるのではないかと考えられます。特に、国家の政策形成に関与することのない一私人である納税者のことを考えれば、日露租税条約に基づきロシアでの免税措置は受けられていない現実を直視して、手続を懈怠するなどの帰責性が自らになく、ロシアでの手続によりロシアでの課税の是正を求めることができないことが明白な納税者に対し、二重課税の負担を押しつける結果となるのは、明らかに不当と言えましょう。日露租税条約に基づく相互協議等を通じて、日本政府がロシアでの課税の是正を図れる現実的可能性があるのならともかくとして※2、そのような是正を図るための日本政府による実効性のある施策がない中で、本来は二重課税はあくまで日露租税条約に基づきロシアが免税することにより回避されるべきなのだから、日本側は二重課税回避のために何ら措置を取らなくてよいとするのは、現実を無視しています。
したがって、日本が日露租税条約の適用を停止していないからといって、ロシアで同条約に反してなされた課税につき、納税者が租税条約の相手国側で税の免除措置を受けるために必要な手続を取っていなかったであるとか、相手国側の税務当局の法執行手続に誤りがあったというような、租税条約に反する課税がなされる場合として通常想定される場合と同様に取り扱えばよいということはありません。
前述のように、法人税に関する法令には、我が国と租税条約を締結している国において課される外国法人税の額のうち、当該租税条約の規定により当該国において課すことができることとされる額を超える部分に相当する金額又は免除することとされる額に相当する金額は、外国税額控除の対象となる外国法人税の額から除外されることとされています(法人税法69条1項最後の括弧書き、同法施行令142条の2第8項5号)。ただ、これは、納税者が租税条約の相手国で税の免除を受けるために取るべき手続の問題で当該相手国での租税の減免を受けられていない場合や、租税条約の相手国の課税が単純な誤りでなされている場合などを想定して、租税条約の相手国の課税が是正される可能性があるか、又は納税者に手続を懈怠するなどの帰責性があることを前提として、租税条約に基づき租税条約の相手国がなすべき課税の減免を我が国が肩代わりして引き受けてしまうことを防ぐ趣旨のものであって、国家間の問題として、租税条約の相手国は租税条約の適用を停止する旨明らかにしているが、我が国の側が適用を停止するには至っていない場合などは、想定していない規定であると考えられます。
そうであれば、法人税に関する上記規定では想定外ともいうべき、国家間の問題で租税条約の相手国での課税減免措置が受けられない場合について、同規定の趣旨が妥当する前提(租税条約の相手国の課税が是正される可能性があるか、又は納税者に手続を懈怠するなどの帰責性があること)が満たされない以上は、同規定を適用するのは、規定の趣旨を逸脱したものと考えるべきです。
租税法規は、租税法律主義の関係から、文理解釈を基本とすべきと通常考えられていますが、制度や規定の趣旨に基づき文理を離れて規定を解釈することも許される場合は当然にあり、特に外国税額控除制度に関しては、同制度の趣旨を基に、規定の文面から離れた解釈を行った事例もありますから※3、同制度の適用範囲に関する規定につき、文面から多少離れてでも、趣旨に基づき、その適用範囲を判断することに問題はないと考えられます。
ロシアが日露租税条約の適用を停止し、しかもその原因となったウクライナ侵攻及びそれに対する我が国を含む西側諸国による経済制裁が続き、その終了の見通しもない以上は、ロシアが日露租税条約に従い我が国の企業に対する源泉徴収課税を免除し又は軽減することは、当分なさそうです。そのような状態にある以上は、我が国も日露租税条約の適用を停止することが、相互主義の観点からは妥当でしょう。そうなれば、日露租税条約に反するロシアの課税を受ける我が国の企業の関係では、ロシア側の課税の免除又は軽減ではなく、日本側の外国税額控除により二重課税の回避が図られることが明確化するとは考えられます。
我が国が、現在日露租税条約の適用を停止していないのは、外交上の考慮と思われ、それ自体は外交政策の中で行うべき判断もありますから尊重されるべきではありましょうが、それはあくまで私人に過度な犠牲を強いるものではないことが前提です。ロシアとの間で取引を行う企業としては、ロシアを源泉地とする所得につきロシアで課税を受けた上で、その所得につき日本でさらに課税を受ける結果、その所得がロシアのみで課税された場合及び日本のみで課税された場合のいずれの場合よりも大きな金額の税金をその所得につき支払わなければならなくなる過重な二重課税の負担を避けられることが、日露租税条約がなかったとしても外国税額控除制度が適用されることにより、最低限受けられるべき基本的な利益です。前述のとおり、外国税額控除が控除限度額の関係で必ずしも満額の適用を受けられない場合や、控除できる法人税額がそもそもない場合などの関係で、日露租税条約が存在することにより恩恵を受けられる場合もありますが、それは上記の最低限の基本的な利益に比べれば特別な恩恵と言うべきものであって、日露租税条約の存在により今まで得られていた可能性のあるそのような恩恵の故に、上記の最低限の基本的な利益が犠牲になっても仕方ないということはありません。
他方、そのようなロシアとの間で取引を行う企業としての最低限の基本的な利益は、我が国が国内法に基づき実施する外国税額控除制度の適用により確保できるものであり、同制度の適用を惜しんで外交政策における判断の余地を狭めるのは愚かというものです。そうである以上は、外交政策上の判断で我が国が日露租税条約の適用は停止しないことは尊重されるべき一方、外国税額控除制度については、日露租税条約が失効しているのと同じように、ロシアで課される税を外国税額控除制度の適用対象として、私人の最低限の基本的な利益は確保するというのが適切あり、かつ、前述のように法解釈としても妥当と言うべきでしょう。
※1
我が国の締結した租税条約には、通常一方の締約国が一定の事前通告をなすことにより同条約を終了させられる旨の規定があり、日露租税条約にもそのような規定があります。
※2
外交上の抗議等はしているのかもしれませんが、「遺憾砲」と揶揄されることもあるように、外交上の抗議をしているだけでは、相手国に対し実効性をもって条約違反の是正を働きかけることはできません。租税条約は相互主義により締結国間で租税の軽減・免除を行うことにより二重課税の回避を図るものですから、相手国がそれに反して課税の軽減・免除を行わないのなら、我が国の側も課税の軽減・免除を行わないこととすることが、相互主義の観点からは妥当でしょうし、相手国が租税条約を遵守しないのなら我が国の側も租税条約どおりの利益を相手国側に与えないことを示して相手国側に働きかけることが、相手国に租税条約を遵守させるための実効的な働きかけと言うべきです。もちろん、外交上の考慮により、相手国が租税条約を遵守しなくても我が国の側では相手国側に租税条約に基づく利益を与え続けるということもあるかもしれませんが、そのような外交上の考慮のために私人たる納税者の利益が犠牲とされる謂われはありません。
※3
いわゆる銀行外国税額控除余裕枠利用事件(最高裁平成17年12月19日判決、最高裁平成18年2月23日判決等)では、規定の文面上は外国税額控除の適用が認められる事案について、制度趣旨を基に外国税額控除制度の濫用にあたるとして、その適用を否定しています。
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