粂内将人 Masato Kumeuchi
パートナー
東京
NO&T IP Law Update 知的財産法ニュースレター
知財高裁は、令和6年10月30日、グループ内の企業が日本国外で提供する役務に関して使用する表示をウェブページに掲載した行為が日本の商標権侵害となるか否かについて、注目すべき内容の判決を言い渡しました(知財高判令和6年10月30日(令和6年(ネ)第10031号)裁判所ウェブサイト※1)。この事案では、被告(控訴人)を含むダイショーグループのSUPER SUSHI SDN. BHD(スーパースシ)が日本国外で提供するすし店の役務に関して使用する表示(被告各表示)を、被告が自社のウェブサイトに含まれるウェブページに掲載した行為が、①商標法2条3項8号に該当するか否か、及び②仮に商標法2条3項8号に該当するとして、当該行為は日本の商標権を侵害するといえるか否か、が主な争点になりました。知財高裁は、後述の「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」(共同勧告)にも言及しつつ、本件の事実関係の下では、当該掲載行為は、「被告各表示を商標として『使用』するものとはいえず」、「仮に商標としての使用等であると考えた場合でも、日本国内で提供される役務について使用されたものと認めることはできない」から原告各商標権を侵害するものではないと判断しました。
本判決は、グループ内の企業が日本国外で提供する役務に関して使用する表示をウェブサイトに掲載した行為による日本の商標権侵害の成否が問題となった点や共同勧告に言及している点等において、注目すべき裁判例と言えます。そこで、本ニュースレターでは、①本判決の事案の概要及び②本判決の判断の概要をご紹介するとともに、③本判決を踏まえた実務上の留意点等を解説いたします。
なお、本判決について、原告(被控訴人)が上告受理申立てを行っているとのことであり、今後最高裁が本件について何らかの判断を示す可能性があります。
本件の原告(被控訴人)は「すしざんまい」という名称の飲食店を全国的に展開する株式会社、本件の被告(控訴人)は魚介類及び水産加工品の輸出入等の事業を行う日本の株式会社で、被告を含むダイショーグループのスーパースシは、マレーシア及びシンガポール(マレーシア等)において「Sushi Zanmai」という名称の飲食店(本件すし店)を展開しており、被告はスーパースシ等のグループ会社に日本で仕入れた食材を輸出していました。
被告は、平成26年12月頃から、日本語で書かれた被告のウェブサイトに含まれるウェブページに、スーパースシがマレーシア等で提供する本件すし店の役務に関して使用する「Sushi Zanmai」等の被告各表示(なお、これらの表示は、マレーシア等で商標登録されていました。)を掲載していました(本件ウェブページ掲載行為)。原告は、本件ウェブページ掲載行為は、日本で登録されている指定役務に第43類「すしを主とする飲食物の提供」などを含む「すしざんまい」に関する商標(第5003675号、第5511447号及び第5758937号)に係る原告各商標権を侵害するなどと主張し、被告各表示の差止め及び削除並びに損害賠償を請求する訴訟を提起しました※2。この主張に対し、被告は、「被告各表示はスーパースシがマレーシアにおいて展開する本件すし店に関するものにすぎず、被告自身は『すしを主とする飲食物の提供』を行っていないことなどから、被告各表示に係る役務は、原告各商標の指定役務である『すしを主とする飲食物の提供』とは類似しておらず、また、被告が原告各商標を『使用』したとはいえない」などと反論しました。
東京地裁は、令和6年3月19日、被告各表示と原告各商標が類似すると認定した上で、本件ウェブページ掲載行為について、具体的な事情を踏まえて、「本件各ウェブページにおける被告各表示は、すしを主とする飲食物の提供を行う本件すし店を紹介するために掲載されたものであり、『すしを主とする飲食物の提供』と類似の役務に係るものといえるから、原告各商標の指定役務と被告各表示に係る役務とは類似するものといえる」、「被告が本件各ウェブページに被告各表示を掲載した行為は、『役務に関する広告…を内容とする情報に標章を付して電磁的方法により提供する行為』(商標法2条3項8号)に該当するといえ、被告は原告各商標を『使用』したものと認められる。」と判示しました。そして、東京地裁は、被告の反論について、「本件各ウェブページは主に日本国内の取引者及び需要者に向けたウェブページであり、かつ、被告各表示は『すしを主とする飲食物の提供』という役務に係るものといえるから、被告各表示がマレーシアの本件すし店に係るものであったとしても、本件各ウェブページに被告各表示を掲載した行為は、日本における原告各商標の出所表示機能及び品質保証機能を害し、ひいては、……商標法の目的にも反するものである」などと判示してこれを排斥し、本件ウェブページ掲載行為が原告各商標権の侵害であるとして、原告の被告各表示の削除請求及び損害賠償請求を一部認容する旨の判決を言い渡しました(東京地判令和6年3月19日(令和3年(ワ)第11358号)裁判所ウェブサイト※3)※4。被告は、第一審判決のうち被告敗訴部分を不服として控訴しました。
知財高裁は、本件ウェブページ掲載行為の商標法2条3項8号該当性について、以下の事情等を踏まえて、被告各表示は、「その態様に照らし、食材の海外輸出を検討する国内事業者に向けた本件各ウェブページの中で、被告の事業を紹介するために使用されているにすぎず、本件すし店を日本国内の需要者に対し広告する目的で使用されたものではなく、現にそのような効果が生じている証拠もない」とした上で、本件ウェブページ掲載行為は、「本件すし店の役務に関する広告を内容とする情報を電磁的方法により提供する行為」として商標法2条3項8号に該当するということはできないと判断しました。
知財高裁はまた、原告の反論に対し、(1)本件ウェブサイトの構成や記載内容によれば、「被告各表示を用いた部分が本件すし店の役務を『広く世間に告げ知らせる』という一面があることを全く否定することはできないとしても、全体からみると、本件各ウェブページは日本からの食材の輸出という役務の広告というべきであって、被告各表示を用いた部分は、ダイショーグループが展開する他の飲食店チェーンの紹介と併せて、国内の事業者に対し、ダイショーグループを通じて輸出した場合の食材の使用先や使用状況を明らかにし、これにより被告との間で食材の輸出取引を行うための誘因とする目的で使用されているというべきであ」り、「このような使用態様については、本件すし店の役務に係る出所表示機能、自他商品識別機能等を果たす態様で使用されていると評価することはできない」旨、(2)「平成26年9月から令和5年11月頃までの期間において、本件ウェブサイトに設けられた一般的な問合せフォーム(海外輸出を考える国内生産者等に向けた問合せフォームとは別に設けられたもの)を利用して行われた問合せ394件は、すべて事業に関する問合せであり、一般消費者からのダイショーグループの店舗に関する問合せはなく、本件すし店に関し、原告と関係のある事業又は企業グループであると誤解した趣旨の問合せもなかった」ことや「本件各ウェブページにおいても、一般消費者に向けて本件すし店の役務の内容を知らせる内容は乏しく、全体に占める記載の量も少ないこと」を併せて考慮すると、「本件ウェブページ掲載行為は日本からの食材の輸出という被告の役務の広告として行われたものであり、被告各表示は、輸出された食材が現地の飲食店チェーンで使用されていることを示すことを通じて被告の事業内容を紹介するために用いられているものと認めるのが相当である」旨などを判示しました。
その上で、知財高裁は、「仮に、……被告各表示の使用が本件すし店の存在を日本国内に広く知らしめるという点において『広告』に該当し、商標的使用に該当すると考えた場合」でも、「被告各表示は、日本国内における役務の提供について使用されているものではないから、原告各商標権を侵害するものではない」と判断しました。その理由として、知財高裁は、本件各ウェブページの性質や記載内容にも言及した上で、「本件すし店は、日本国外(シンガポール、マレーシア)で飲食物の提供等の役務を提供していることが認められ、シンガポールやマレーシアで商標登録されている被告各表示(……商標権者はスーパースシである。)は、現地でその役務を提供するにあたり、使用されている標章である。本件すし店が、日本国内で同様の役務を提供している事実は認められない」、「被告各表示を見た日本国内の消費者が被告各表示により役務の提供の出所を誤認したとしても、本件すし店が日本で役務を提供していない以上、その誤認の結果(原告の店であると誤認して、本件すし店から指定役務の提供を受けること)は、常に日本の商標権の効力の及ばない国外で発生することになるはずであり、日本国内で原告各商標権の出所表示機能が侵害されることはない」などと判示しました。加えて、知財高裁は、この点に関して、「もともと、一国において登録された商標は、他の国において登録された商標から独立したものとされており(パリ条約6条1項及び3項)、かつ、いわゆる属地主義の原則により、商標権の効力は、その登録された国内に限られるものと解される。外国において適法に登録された商標である被告各表示が当該外国における指定役務の提供を表示するため本件各ウェブページ上で使用された場合において、原告各商標権に基づき被告各表示の使用差止等を認めることは、実質的にみて、原告各商標の国内における出所表示機能等が侵害されていないにもかかわらず、外国商標の当該外国における指定役務表示のための適法な使用を日本の商標権により制限することと同様の結果になるから、商標権独立の原則及び属地主義の原則の観点からみても相当ではないというべきである」と判示しました。
さらに、知財高裁は、共同勧告※5について、「上記のとおり解することは、共同勧告において、インターネット上の標識の使用は、メンバー国で商業的効果を有する場合に限り、当該メンバー国における使用を構成するとされていること(共同勧告2条)とも整合するものである」と判示しました。その上で、知財高裁は、共同勧告3条(1)項で掲げられている「商業的効果を決定するための要因」について、「本件すし店が日本で役務を提供しておらず、提供する計画に着手した旨を示す状況はないこと(同項(a))、本件各ウェブページには本件すし店の日本通貨による価格表示はされておらず(同項(c)(ii))、日本国内における連絡方法も掲載されていないこと(同項(d)(ii))等が認められることに加え、前記のとおり、本件各ウェブページ自体は日本からの食材の輸出という役務の広告を目的とするものであり、被告各表示は、輸出された食材を国外で使用する飲食店チェーンを紹介するという文脈で使用されていること」という事情を総合的に考慮すると、「本件各ウェブページが日本語で作成されており(同項(d)(iv))、日本国内の顧客に対し本件すし店の役務を提供する意図がないことが明示的に表示されているわけではない(同項(b)(ii))こと」を踏まえても、「本件各ウェブページにおける被告各表示の使用は、日本国内における商業的効果を有するということはできないから、日本国内における商標としての使用に当たるものではない」と判示しました。
以上を踏まえて、知財高裁は、不正競争防止法2条1項1号及び2号に基づく請求も含めて、本件ウェブページ掲載行為は、「被告各表示を商標として『使用』するものとはいえず、商品等表示を『使用』するものともいえない上、仮に商標としての使用等であると考えた場合でも、日本国内で提供される役務について使用されたものと認めることはできない」から、原判決中の被告(控訴人)敗訴部分を取り消し、原告(被控訴人)の請求をいずれも棄却する旨の判決を言い渡しました。
本判決は国際的な要素を含む商標権の侵害に関する事案についての判断であり、その意味でも様々な注目すべき点があると思われますが、さしあたり、以下の3点に注意すべきと思われます。
まず、本件ウェブページ掲載行為が商標法2条3項8号に該当するか否かについて、第一審判決は、本件各ウェブページが日本語によって記載された主に日本国内の取引者及び需要者に向けたウェブページであること、被告各表示が「すしを主とする飲食物の提供」という役務に係るものであること等に着目して、同号該当性を認めたものと思われます。これに対し、本判決は、本件ウェブサイトの構成や記載内容を詳細に認定し、「本件ウェブサイトは、全体として、被告を含むダイショーグループが東南アジアにおいて日本食を提供する飲食店チェーンを展開するとともに、そこで提供するための鮮度の高い良質な食材を日本から輸出する事業を営んでいることを紹介するものであると認められる」から、被告各表示を付した本件各ウェブページについても、本件すし店の「役務に関する広告」に当たるとは認められない旨を判示しました。商標法2条3項8号の該当性の判断にあたり、本判決が、被告各表示、本件各ウェブページだけではなく(被告各表示、本件各ウェブページの構成や記載内容を中心に検討しつつも)、本件ウェブサイトの構成や記載内容を考慮した点は、今後、商標法2条3項8号の(「役務に関する広告」の)該当性を検討する際に参考になると思われます。
次に、本判決は、傍論ではありますが、本件ウェブページ掲載行為が商標法2条3項8号に該当すると仮定した上で、被告各表示が「本件すし店の日本国内における役務の提供に用いられているわけではない」ことを指摘しつつ、「本件すし店が日本で役務を提供していない以上、その誤認の結果(原告の店であると誤認して、本件すし店から指定役務の提供を受けること)は、常に日本の商標権の効力の及ばない国外で発生することになるはずであり、日本国内で原告各商標権の出所表示機能が侵害されることはない」と判示し、さらに、商標権独立の原則及び属地主義の観点から商標権の効力についても言及しました。近時、ドワンゴ対FC2事件知財高裁大合議判決(知財高判(特別部)令和5年5月26日(令和4年(ネ)第10046号)裁判所ウェブサイト)が、属地主義の原則に触れつつ、ネットワーク型システムの発明の「生産」(特許法2条3項1号)該当性についての判断を示しましたが、商標権侵害との関係で属地主義の原則について言及した裁判例は管見の限りでは見当たらず、その点が注目に値します。加えて、上記判示との関係では、(本件のように「すしを主とする飲食物の提供」ではなく、)旅客サービス、現地ツアー、ホテルなど、渡航前に日本で予約しておくことが少なくない役務について、出所の誤認自体は日本国内で生じているといえるケースもあると思われるところ、実際の役務提供が国外で行われることから、商業的効果が常に日本国外で生じているとして日本の商標権を侵害しないと判断されることになるのか(仮に、そのように解釈する場合、国境を越えて提供される役務に対する日本の商標権の効力は相当程度制限されかねないのではないか)、出所の誤認が国内で発生している場合には、具体的事情によっては、日本の商標権を侵害すると判断されることになるのか、などの点は必ずしも明らかではないように思われ、今後の事例の集積が待たれるところと思われます。
最後に、本判決は、「上記のとおり解すること」は共同勧告2条とも整合するとしつつ、共同勧告3条(1)項に掲げられている「商業的効果を決定するための要因」に本件の具体的な事情を当てはめて、本件各ウェブページにおける被告各表示の使用が日本における商業的効果を有するということはできないとして、日本国内における商標としての使用に当たらないと判示しました。共同勧告自体は、法的拘束力を有するものではありませんが、本判決が、管見の限りこれまでの裁判例で言及されていなかった共同勧告に敢えて触れた上で、具体的な事実を当てはめ、日本における商業的効果の有無を評価して、日本国内における商標としての使用か否かを判断している旨の判示をしたことから、今後の同種事案における検討に際しては、共同勧告を参照して検討することが考えられると思われます。
事業活動におけるインターネットの利用が欠かせない現代において、本判決が判示した点は、企業におけるインターネットを通じた事業活動に影響を与えると思われ、留意する必要があると思われます。
※2
原告は、Facebookのあるアカウントのプロフィール写真として被告各表示を掲載したこと(本件アカウント掲載行為)についても、原告各商標権を侵害するなどと主張して、当該表示の差止め及び削除並びに損害賠償を請求しましたが、本ニュースレターではこの請求に係る判断は取り上げておりません。
※4
なお、原告は、本件アカウント掲載行為に係る表示の差止め及び削除を求める請求並びに原審認容額を上回る部分の損害賠償請求をいずれも棄却した部分について不服を申し立てておらず、これらは控訴審における審理の対象とはなっておりません。
※5
2001年にジュネーブで開催された工業所有権保護のためのパリ同盟総会及び世界知的所有権機関(WIPO)一般総会において採択された「インターネット上の商標及びその他の標識に係る工業所有権の保護に関する共同勧告」 (Recommendation Concerning The Protection Of Marks, and Other Industrial Property Rights In Signs, On The Internet)
https://www.jpo.go.jp/news/kokusai/wipo/1401-037.html 参照
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