水越恭平 Kyohei Mizukoshi
パートナー
東京
NO&T Capital Market Legal Update キャピタルマーケットニュースレター
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2024年11月14日、欧州連合(以下「EU」)は「EU上場法(EU Listing Act)」を統合する一連のルールを公布した。
EU上場法は、株式公開を目指す企業に適用される上場に関するルールを簡素化し、より効率的な規制枠組みを提供することを意図した一連の措置である。同法は、EUの資本市場同盟(Capital Markets Union)(消費者、投資家及び企業の便益のため、所在地に関係なく、EU域内の金融市場へのアクセスを統合し、改善することにより、EUに単一の資本市場を創設することを目的とした構想)の発展と統合を目的とし、2022年12月7日に発表された広範な一連の立法案の一部である(詳細はこちら)。
今回のEU上場法による制度見直しでは、米国・英国市場との競争を意識したと考えられる流通株式比率要件の引下げのほか、目論見書免除の拡充、財務諸表の対象期間の縮減、複数議決権制度の導入等、EU域内での上場を目指す企業の負担軽減・規制緩和につながる改正が行われている。これらは、近年の日本における新規上場の促進に向けた取り組みと軌を一にする側面と、近時の東京証券取引所による市場区分見直しによる上場要件の強化と対照的な側面とが混在しているといえる。このようにEU上場法による見直しは日本の資本市場関係者にとっても大変興味深い内容となっているため、本ニュースレターでその改正の概要について紹介する。
EU目論見書規則(Prospectus Regulation)は、EU域内における有価証券の公募又はEU域内の規制市場への上場前に、目論見書を発行しなければならないと定めている。もっとも、この義務にはいくつかの免除規定があり、その一部はEU上場法によって改正された。その概要は下記i.及びⅱ.のとおりである。
有価証券の公募の場合の目論見書免除の基準額が、12か月間で100万ユーロ(加盟国はかかる基準を800万ユーロまで引き上げることができる。)から1,200万ユーロ(加盟国はかかる基準を500万ユーロまで引き下げることができる。)に引き上げられる。加盟国は引き続き、発行会社、有価証券及び募集条件に関する主要な事項を要約した文書の作成を発行会社に求めることができる。
規制市場で既に取引されている有価証券と同種の有価証券を同一の規制市場に上場する場合の目論見書免除の基準額が、12か月間で株式資本の20%から30%に引き上げられる。例えば、EUの規制市場の一つであるユーロネクスト・アムステルダム(Euronext Amsterdam)に上場している企業が12か月の間に増資として発行する新株が当該企業の既上場有価証券の30%未満であれば、目論見書を発行することなく、同じユーロネクストアムステルダムでの取引が認められることができる。
上記の免除は、(i)発行会社が事業再生手続又は倒産手続の対象になっていないこと及び(ii)関連する各国の規制当局(national competent authority)(以下「NCA」)に簡易的な文書を提出すること(当該NCAの事前承認は不要)を条件として、規制市場又はSME growth markets(中小企業向け成長市場)に上場している有価証券と同種の有価証券の公募にも適用される。
また、他の有価証券の転換・交換、又は他の有価証券上の権利の行使によって発行される有価証券を規制市場に上場する場合の免除基準も、12か月間で株式資本の20%から30%に引き上げられる。
過去18か月間継続して同一の規制市場で取引されている有価証券と同種の有価証券の公募を行う場合及びそれらを規制市場に上場する場合についても、新たな適用除外が認められる。但し、これは(i)当該有価証券がエクスチェンジ・オファー、合併又は会社分割による買収に関連して発行されるものでないこと、(ii)発行会社が事業再生手続又は倒産手続の対象となっていないこと、(iii)簡易的な文書が管轄を有するNCAに提出され、当該NCAによる事前の承認が不要であることを条件として適用される。これらの適用除外は、(i)から(iii)の要件を充足することを条件に、SME growth marketsに上場している有価証券の公募にも適用される。
上記の適用除外に該当する有価証券に係る新株予約権の無償割当て(ライツ・オファリング)も当該適用除外の対象とされる。
資本性証券に係る通常の目論見書(Standard equity prospectuses)に記載すべき財務情報は過去3年間から過去2年間に、非資本性証券に係る通常の目論見書(Standard non-equity prospectuses)に記載すべき財務情報は過去2年間から過去1年間に短縮される。
基本目論見書(Base prospectus)の12か月間の有効期間中に新たな年次又は中間の財務情報がある場合、目論見書補遺(Supplement)は要求されず、参照する方法で組み込むことができる。
資本性証券に係る目論見書は300ページを上限とする。
目論見書の様式と順序はさらに標準化され、欧州委員会(European Commission)が2026年6月5日までに採択するEU委任法令(Delegated Act)により、さらなる情報が提供される。目論見書のテンプレートやレイアウトも、標準規格の導入によりさらに詳細に規定される。
但し、EUの規制市場への上場と同時に、EU域外の投資家に対して公募又は私募を行う場合(例えば、1933年米国証券法に基づくルール144Aに従った米国における私募)には、ページ数の上限及び標準規格は適用されない。
ESG関連情報に関しては、EU委任法令により、(i)適用のあるEU規則に従ってサステナビリティに関する報告を行うこと、及び、(ii)ESGへの配慮やESGに関する目標の推進に関する情報を非資本性証券に係る目論見書に記載することについて、規制される予定である。
有価証券の公募を行う場合に作成される目論見書について、投資家が有価証券の購入又は引受けの承諾を撤回することができる最短の期間が、最終的な募集・売出価格の決定後又は目論見書補遺(Supplement)の公表後2営業日から3営業日に延長された。
投資家が目論見書の紙媒体を請求する権利は廃止されたが、投資家は、請求すれば電磁的方法で目論見書を無料で入手する権利が与えられる。
EU追加目論見書(EU Follow-on prospectus)が、簡易目論見書(simplified prospectus)とEU復興目論見書(EU Recovery prospectus)に代わって新たに導入される。EU追加目論見書はより簡潔な内容となり、株式の場合、50ページを上限とする。かかる目論見書は、規制市場若しくはSME growth marketsに18か月間継続して上場している発行会社が(i)有価証券の公募を行う場合又は(ii)規制市場に上場を移行する場合に使用される。
EUグロース発行目論見書(EU Growth issuance prospectus)は、EUグロース目論見書(EU Growth prospectus)に代わるものである。EUグロース発行目論見書はより簡潔な内容となり、株式の場合、75ページを上限とする。かかる目論見書は、非上場の(i)中小企業(SMEs)、(ii) SME growth marketsに上場している(又は上場しようとする)非中小企業(non-SMEs)、(iii)(a)EU域内における対価総額(有価証券の価格にEU域内において公募される有価証券の数を乗じて算出される、公募による調達額の総額)が12か月間で5,000万ユーロ未満であり、(b)MTFで取引されている有価証券がなく、(c)前年度の平均従業員数が500名未満であるその他の発行会社による有価証券の公募において使用される。
IPO時の株式の公募では、目論見書の発行からクロージング日までの最短期間が6営業日から3営業日に短縮される。
EU域外の発行会社がEU域内で上場又は公募を行う場合の目論見書は、NCAの事前承認を得る必要があったが、当該目論見書が権限を有する第三国の当局によって承認され、また、委任法令によって定義される同等性制度(Equivalence regime)に準拠している場合には、加盟国のNCAへの事前届出で足りる。
2024年10月28日、欧州証券市場機構(European Securities and Markets Authority)は目論見書規制に関する助言案に関するコンサルテーション・ペーパーを公表した。最終版は2025年第2四半期に公表される予定である。
自己株式取得については、(すべての取引を詳述するのではなく)集計形式で取引を報告することができる。
複数の規制市場に上場している発行会社は、(上場しているすべての国のNCAにではなく)流動性の観点から最も関連性が高いとみなされる市場のNCAにのみ、関連するすべての取引を報告することで足りる。
市場調査(Market sounding)(潜在的な投資家に対し、可能性のある取引やそれに関連する条件に対する関心を測るために情報を伝達すること)の概念は、取引公表前の情報の伝達にも適用される。これにより、発行会社及び潜在的な投資家は、情報の伝達後に取引の公表が行われない場合にも、市場調査に関するセーフハーバーの恩恵を受けることができることとなる。
内部情報(Inside information)の開示義務は、長期にわたるプロセスの中間段階には適用されないこととなり、最終的な事象(Final event)のみ、発生後可能な限り速やかに開示されなければならず、それで足りる。例えば、合併の場合、主要な内容について合意され、経営陣が合併契約をサインオフすることを決定した後、速やかに開示が行われるべきこととなる。
なお、長期にわたるプロセスの最終的な事象・状況を非網羅的に列挙し、それぞれについて、それが発生したとみなされ、開示されるべき時点を定める委任法が採択される可能性がある。
「経営責任を負う者(Persons discharging managerial responsibilities)」(以下「PDMR」)及びPDMRに密接に関連する者が、発行会社の株式、債権又はその他の金融商品に関する自己勘定取引について届出を行うことが要求される基準額が、暦年内で5,000ユーロから暦年内で20,000ユーロに引き上げられる。各加盟国は、この基準額を10,000ユーロから50,000ユーロの間で調整することができる。現行どおり、基準額はすべての取引を相殺せずに加算して計算される。
取引禁止期間(Closed periods)(発行会社が公表を義務付けられている財務報告の公表前の30日間。当該期間において、PDMRは発行会社の有価証券に関連する取引を行うことが一般的に禁止される。)において、PDMRが積極的に行った投資決定に関連するものでない場合、又は専ら外部要因による場合には、PDMRは取引を行うことができる。
投資会社(投資銀行、証券会社その他の投資調査業務を提供する会社)は、発行会社の時価総額が一定の基準を超えると、仲介手数料として受け取る支払いと、投資調査(Investment research)を提供することで受け取る報酬を区分することが要求されてきた(リサーチ・アンバンドル・ルール)。EU上場法は、顧客に対する透明性を高めることを条件に、投資会社が時価総額に関係なくこれらの手数料を区分しないことを認める。
見直し後の制度では、発行会社がスポンサーとなる調査(Issuer-sponsored research)(発行会社自身が費用を負担する調査)が推奨され、そのために発行者がスポンサーとなる調査についてEUの行動規範(Code of conduct)が導入される。
規制市場に上場するための流通株式比率要件(Free float requirements)は、25%から10%に引き下げられる。もっとも、加盟国は、十分な流通株式が存在すると判断するための追加要件を設けることができる。
さらに、発行会社は流通株式が1つ以上のEU加盟国で一般に流通することを確保する必要があったが、EU上場法によってこの制限が撤廃される。
この指令は、MTFへの上場後も支配株主が会社の支配権を保持できるよう、加盟国に複数議決権株式制度(MVS制度)に関する最低限の共通ルールを定めるよう求めている。無議決権株式(Non-voting shares)、拒否権付株式(Shares with veto rights)、ロイヤリティ株式(Loyalty shares)(保有期間に応じて議決権が増加する株式)は本制度の対象外である。この制度はSME growth marketsを含むMTFへの上場を目指す未上場企業を対象とする。
MVS制度の採用は、国内法に基づく特定の多数決要件によって株主総会で決定される。複数の種類株式が存在する場合、MVS制度の承認にあたっては、当該制度の影響を受ける株式の種類ごとに個別に議決権が行使されなければならない。
加盟国は、(i)MVSを保有していない株主の利益の保護と、(ii)透明性及び情報に基づく投資意思決定を促進するための一定の要件を定めなければならない。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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