
村瀬啓峻 Hirotaka Murase
アソシエイト
バンコク
NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
2024年6月18日、タイ上院は同性婚を認める民商法改正案(以下、「婚姻平等法」という。)を可決した。婚姻平等法は、同年9月24日に公布され、120日の周知期間を経て、2025年1月22日に施行される予定である。婚姻平等法の施行はタイの家族法の大きな転換点であると同時に、企業にとっても、人事管理の観点から影響があることが予想されるため、本稿では婚姻平等法の概要及び企業によるその対応について述べる。
タイにおいては、結婚の伝統的な目的は子孫繁栄であるという考え方の下、長年に亘り、結婚を男性と女性の間の結び付きに制限しており、同性婚に関する法制度はこれまで整備されてこなかった。もっとも、世界各国の動向と同様に、タイでも多様性を重視する社会的変化が進み、タイ上院では、投票した152人の議員のうち130人という多数の賛成により、婚姻平等法が可決された。これにより、タイは、東南アジアでは初めて、そして、アジアでは、台湾とネパールに続いて3番目に、同性婚を認める法域となった。
婚姻平等法は、民商法(日本の民法における家族法に相当する規定を含む法律)の婚姻に関する章の定義に根本的な変更を加え、性別に中立的な定義、具体的には、結婚を「男性」及び「女性」の結び付きから「二人の個人」の結び付きに再定義し、「夫」と「妻」の用語を「配偶者」に置き換えている。婚姻平等法は、婚姻の定義を変更する一方で、婚姻の手続、効果等の規定には実質的な変更を加えていない。すなわち、同性婚者には、従来、異性婚者にのみ適用されていた全ての法的権利・義務が適用されることになる。婚姻平等法の施行により、例えば、相続権、不貞行為に対する損害賠償請求権、共同養子縁組の権利、配偶者に関する医療行為の判断権、互いの扶養義務等の法的権利・義務が、異性婚者と同様に同性婚者にも適用されることになる。
婚姻平等法においては、キャッチオール規定があり、法的に結婚を登録した配偶者は、関連する法律や規則の用語が変更されていない場合でも、当該法律や規則における「夫婦」の権利と義務の適用を受けることが明記されている。例えば、タイ歳入法の第47条は、配偶者控除として、納税者に「夫又は妻」が存在する場合の控除額を規定しているが、婚姻平等法施行後は、同性の配偶者も配偶者控除を受けられることになる。なお、婚姻平等法は、外国人にも適用され、外国人は同性のタイ人配偶者との結婚登録が可能である。
まず、上記キャッチオール規定により、法律上、異性婚者と同性婚者を平等に扱う必要がある場面が生じる。例えば、タイ労災補償法の第20条では、勤務中に負傷又は死亡した者の「夫又は妻」は、雇用主に対して労災補償を請求することができるが、この規定は今後、「夫又は妻」に限らず、全ての配偶者に適用されることになる。
次に、婚姻平等法の内容と整合するように、人事ポリシーや諸人事規程を見直すことが考えられる。具体的には、人事規程の中で、「夫婦」といった性別に基づく規定が存在する場合には、当該人事規程を改定するのが望ましいと言える。また、婚姻平等法の立法趣旨を実現できるような施策の要否を検討することが考えられ、具体的には、相談窓口等の拡充を図ること等により、従業員が性的マイノリティであることを理由とするハラスメントや差別から保護する施策の拡充についても検討することが肝要と思われる。
婚姻平等法は明示的に雇用主たる企業に対しても、異性婚者と同性婚者を平等に扱う旨を義務付けているわけではないものの、雇用主は、法的に結婚を登録した同性婚者を異性婚者と平等に扱うべきと考えられる。具体的には、人事規程の形式的な見直しのみならず、例えば、以下の福利厚生の拡充を検討することが考えられる。
なお、タイ個人情報保護法上、性的指向に関する情報は、センシティブ個人情報に該当するため、収集に際して本人の明示的な同意が求められる等、通常の個人情報よりもより厳格な保護の対象とされている。したがって、同性婚者の従業員の情報を収集するに当たっては、タイ個人情報保護法を意識しつつ、慎重に対応する必要があると考えられる。
世界的にESG経営が重視される潮流で、多様性を考慮した人事管理がますます注目される中、タイにおける婚姻平等法の施行とその人事分野での対応は注目に値する。もっとも、その対応については、各社、手探りの状態であることから、婚姻平等法が企業に与える影響及び今後の実務運用については引き続き注視する必要があると思われる。
※1
タイ労働者保護法(第34条)上、労働者は、就業規則に従い、用事休暇を取得することが可能である。用事休暇は、冠婚葬祭への出席等が念頭に置かれている。
※2
女性従業員は産休の権利が与えられ、男性従業員は出家休暇を福利厚生として与えられる場合がある。日系企業にとっては、先進的な内容ではあるものの、同性婚者を対象とした、養子縁組休暇や性別適合手術のための休暇についても、タイ企業の動向を注視しつつ、導入の要否を検討することが考えられる。
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