
眞武慶彦 Yoshihiko Matake
パートナー
東京
NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター
本ニュースレターの中国語版はこちらをご覧ください。
平成28年以降に発覚した自動車メーカーの燃費不正問題、完成検査問題、及び排ガス試験不正問題を受け、国は、道路運送車両法及び同法に基づく自動車型式指定規則等の改正を実施し、不正に取得された型式指定の取消、法令違反の是正に係る命令制度、報告徴収に対する罰則の強化などを行い、不正行為を防止するための対応を行ってきました。しかし、その後も、令和5年には産業機械用エンジンの排ガス試験不正及び軽自動車メーカーの衝突試験に関する認証不正が判明し、さらに、これを契機として国土交通省が自動車メーカー及び装置メーカー等85社に対して型式指定申請における不正行為の有無等に関する調査・報告を指示したところ、令和6年5月末、他の自動車メーカーにおいても、型式指定申請に係る不正行為が判明しました。このような、次々と発覚する自動車メーカーによる型式指定申請に係る不正行為を憂慮し、国土交通省は、令和6年4月、外部有識者を含む「自動車の型式指定に係る不正行為の防止に向けた検討会」を設置しました。今回公表された「自動車の型式指定に係る不正行為の防止に向けた検討会とりまとめ」(以下「検討会とりまとめ」といいます。)は、かかる検討会における議論を踏まえて対応策をとりまとめたものですが、その内容は、自動車メーカーに限らず、製造業全般に参考となる内容となっています。本ニュースレターは、検討会とりまとめとそれを受けた省令案のキーポイントをご紹介します。
検討会とりまとめは、今般の自動車メーカーにおける不正事案に共通する点として、以下の点を挙げています。
さらに、検討会とりまとめは、上記各不正行為を行った各自動車メーカーに共通する主な原因を、以下の6項目に分けて整理していますが、その中でも①は、他の全ての原因に影響を及ぼす根本的な原因であり、それが②の経営の問題を生み出し、③から⑥のコンプライアンス体制の不十分性に繋がったものと考えることができます。
検討会とりまとめは、上記原因分析を踏まえ、以下のとおり対策を提言しています。検討会とりまとめが提言する対策は、自動車メーカーに対して内部統制の強化及び徹底を求めるもの(対策1)と、国土交通省に対して監視及び規制の強化を求めるもの(対策2及び3)に分けられます。
検討会とりまとめは、対策内容を、自動車メーカー等に対して義務的に実施を求める事項(以下「義務的実施事項」といいます。)と実施を推奨する事項(以下「推奨実施事項」といいます。)に分けて提言しています。それらは、以下の表のとおり、原因分析で挙げられた6項目に対応させる形で整理することができます。但し、一部の推奨実施事項は、複数の原因への対策として機能することから、関連すると思われる複数の原因について、当該対策を記載しています。
原因 | 対策 | ||
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義務的実施事項 | 推奨実施事項 | ||
経営層における認識・取組不足等 | 経営層が型式指定や不正リスクに対する十分な認識に基づく問題把握・解決を行っていないこと。 |
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経営トップが継続的に法令遵守の必要性を発信する等の取組を行っていないこと。 |
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法令遵守の方針が全社的に明示されていないこと。 | 認証業務に係る法令遵守を経営方針に明記する。 |
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日程計画・経営資源管理 | 十分な認証業務の期間が確保されていないこと。 |
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必要に応じたスケジュールの見直しが行われず、認証業務にしわ寄せが生じる構造となっていること。 |
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認証業務のための人員や施設が不足していること。 |
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組織・責任体制 | 開発、実験、認証それぞれの組織で法令適否の判断と検証を行うことができる体制となっていないこと。 |
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それぞれの組織の責任が明確になっていないこと。 | 認証業務全般に関して責任を有する「認証業務責任者(仮称)」及び申請車種のプロジェクトを管理する「プロジェクト管理者(仮称)」を明確化する。 |
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認証過程が現場任せとなっていること。 |
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人材教育 | 法令遵守に係る教育が不足しており、法令遵守意識が欠如していること。 |
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業務内容に合わせた教育を継続的に繰り返し実施しておらず、社内に十分浸透していないこと。 |
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認証業務実施体制 | 関係業務に係る社内規定が整備されていないこと。 |
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管理職や他部署による確認体制が整備されていないこと。 | 認証業務に係る内部統制の状況評価及び報告書作成を行う。 |
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監査・内部通報制度 | 不正行為により生じる法的及び社会的責任に関するリスクを十分に認識していないため、管理職や他部署が認証業務を行う部署に対して監視を行う体制の構築が不十分であること。 | 認証業務に係る内部統制の状況評価及び報告書作成を行う。 |
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内部監査で潜在的なリスクを踏まえた調査を行っていないこと。 | 認証業務に係る内部統制の状況評価及び報告書作成を行う。 |
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内部通報制度の利用を促進していないこと。 |
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さらに、検討会とりまとめは、国による監視の強化及び規制の実効性向上のための対策として、以下のとおり「対策2」及び「対策3」を提言しています。
検討会とりまとめは、上記に加えて、国が継続して検討するべき事項として、課徴金制度や、型式指定申請の欠格条項(自動車の型式指定申請に係る不正行為をした者に対して一定期間申請自体をできなくする制度)について言及しています。課徴金制度については、導入した場合でも各国においてはいずれにせよ認証取消や出荷停止が行われていること、安全確保及び環境保全上の問題解決に直接的につながらないことを理由として継続検討とし、今回の提言には含まれませんでした。また、欠格条項については、新たな保安基準の適用期日が来てしまった場合に継続生産車の販売すらできなくなり、サプライヤーや販売店にまで甚大な機会損失が生じ得ることを理由として、こちらも継続検討を要するとされています。
国土交通省は、検討会とりまとめの提言を受け、令和7年1月21日付けで、「自動車型式指定規則等の一部を改正する省令案等について」を公表しました。当該改正案には、検討会とりまとめが、「対策2」として提言した以下の事項が盛り込まれています。
パブリックコメントの受付は令和7年2月21日に既に終了しており、この後、令和7年3月31日に交付され、令和7年4月1日及び令和8年4月1日(項目による)に施行されることが予定されています。
検討会とりまとめは、相次ぐ不祥事によって危機にさらされている型式指定制度の信頼回復とともに、日本の基盤産業である自動車業界の健全な発展を目的とするものです。国土交通省が、その公表からまもなく上記4のとおり省令の改正案を公表したことからしても、この問題に対する深刻な懸念を背景にこれらの提言を速やかに制度に落とし込んでいくという強い姿勢が見てとれます。
検討会とりまとめが指摘するとおり、自動車業界においては、これまで製品開発や製造の現場での改善活動が尊重される反面、コンプライアンスに関わる事項が現場任せになってしまったり、現場の実態を十分に理解していない経営層が現場に過度な圧力をかけてしまう傾向があったといわれています。そして、そのような傾向は必ずしも自動車業界に限ったものではなく、厳しい国際競争の中でコンプライアンスについてもより高い水準を求められるようになった日本の製造業、中でも現場と経営の距離が遠くなりやすい大企業の多くによくあてはまるのではないでしょうか。日本の製造業で多く発覚している大規模品質不正事案では、概ね検討会とりまとめにあるような各種の再発防止策が講じられてきましたが、新たな問題の発覚は後を絶たず、不正の防止が効果的に行われるようになってきたといえるのかいまだ明らかではありません。
検討会とりまとめにおいて挙げられた原因と対策は、多くの企業の最大公約数のようなものであり、各社が自社に合った具体的施策に落とし込んでいかなければなりませんが、ともすれば形式的な施策の実施に留まってしまい、実際に目指していた効果が得られたのかどうかは評価が難しいことも多く、多くの企業が悩みを抱えているのではないかと思われます。検討会とりまとめを含む他社事例の教訓を参考としつつ、社外の目を入れて新しい気づきを得るなどしながら、企業全体の経営やガバナンスにも関わる問題として、現場で発生する不正リスクへの対処に取り組む必要があるでしょう。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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