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NO&T Asia Legal Update アジア最新法律情報
近年、中国における人件費・環境規制対応コストの上昇、現地企業との競争激化、さらには米中対立・地政学リスクなどを背景に、中国で事業を展開してきた日系企業の間で、中国事業の再編や撤退を検討する動きが広がってきた。製造拠点の他国へのシフトや中国市場の需要鈍化を踏まえた規模縮小など、その形態は多岐にわたる。
他方で、中国の法規制はここ数年で大きく変化してきた。2019年に外商投資法が成立し、2020年に施行されたことで、外資関連の従来法が統合・廃止された経緯があるほか、2024年に施行された中国会社法の改正や外貨管理、税務管理の実務運用にも変化が見られる。これらの法改正・制度改変は、現地法人の持分譲渡や解散清算などの再編・撤退手続に大きな影響を及ぼし、過去の実務に基づく知見では対処できなくなってきている。
本稿では、最近の日系企業による中国事業の再編・撤退の動向を踏まえつつ、特に問題になりやすい点として、中国現地法人の持分(株式)譲渡※1におけるクロージング・対価の支払い問題とその対応策を概観する。
近年では、日本企業が中国事業から撤退する際、現地法人の持分(株式)を中国企業等へ譲渡する手法がよく用いられる。日本国内の株式譲渡取引であれば、クロージングは基本的に①売主から買主への株券の交付(株券発行会社の場合)又は株主名簿の書換え(株券不発行会社の場合)による株主権の譲渡と②買主から売主への対価の支払いがいずれもクロージング日当日で完了可能であり、①と②を同時履行することで、株式譲渡のクロージングを行うことができる。
しかし、中国企業の場合、株主名簿は存在するものの、中国会社法上、名簿の書換えは取引当事者間でのみ効力を有するにすぎず(そもそも株主名簿を備えていない会社も多い)、持分譲渡の対第三者効力は市場監督管理局における株主変更登記の完了によって初めて生じる(管轄当局である市場監督管理局の旧称が「工商局」であることから、株主の登記変更は実務上「工商登記」と呼ばれる。)。そして、当該登記については、登記の申請から登記変更が完了するまでに(地域にもよるが)1~2週間程度の時間を要するのが一般的である。
また、売主が中国現地法人の親会社である日本企業、現地企業が買主となる場合、譲渡対価の支払いは中国から日本への海外送金を伴うことが一般的であり、中国から海外への送金を行う場合には、上記工商変更登記(株主変更登記)の完了に加え、外貨管理当局(SAFE)による外貨登記や税務当局での譲渡益に関する申告・納税手続の完了が必要になる。その結果、書類準備や審査・承認のプロセスを経る関係で、実務上株主変更登記の完了から日本における対価の着金まで1か月以上を要するケースも珍しくない。
この場合は、売主の日本企業としては、株主名簿書換日に株主権を譲渡して引き換えに対価を受け取るという同時履行を行うことが難しく、実務上は2つの問題に直面する:①売主にとってのクロージング行為が株主名簿の書換えと株主変更登記の2段階にわたることから、対象会社の経営陣の変更を含め、いつ対象会社である中国現地法人のコントロールを買主に移転させるか、という問題と、②買主からの対価支払いについて、海外送金手続を要する場合、売主の対価受領までに時間がかかることから、その間の買主の支払い不能リスク(売主が対価の全額の着金を受ける前に、買主が支払い不能になるリスク)にどのように対処すべきか、という問題である。
上記各問題について、実務上は以下のように手当てすることが考えられる。
上記のとおり、中国会社法との関係では、株主変更登記が完了するまで、対外的には売主が株主としての地位を保有するものとして扱われる。そのため、第三者との関係で、対象会社に想定外の債務や事故が発生した場合に売主が株主として責任を負う可能性も残る。したがって、売主の立場からは、コントロール移転の時期は遅ければ遅いほど良いが、少なくとも対価の支払いを受けるまでは移転すべきではなく※2、可能であれば工商登記の「完了時」まで移転しないことが望ましい。但し、買主からは、支払いのタイミングとも関連するが、より早い時点でのコントロールの移転を求められることがよくあり、実務上、工商登記の「申請時」とすることもある。申請時点は当事者で決めることが可能であるが、完了時点は当事者も支配できないためである。もっとも、現在の実務では、登記申請から2週間以内で株主の変更登記が完了することが多く、この株主変更申請時から完了時までのリスクは、登記を管轄する当局との間で適切に事前相談及び登記書類のドラフトチェックを行うことで最小化できるはずである。とはいえ、契約上は万が一株主の変更登記が完了しなかった場合に、取引を巻き戻す手当てをいれておくことが望ましい。
また、タイミングの問題と併せ、どのようにコントロールを移転するかについても、具体的に売主・買主間で合意しておく必要がある。すなわち、対象会社の営業許可証、社印等のクロージング時交付物の特定と、対象会社の取締役(董事)、監査役(監事)及び経営陣(総経理等の中国会社法上の「高級管理人員」として定められる役職)などをどの範囲でどのように変更するかを、SPA等の取引契約に明確に定める必要がある。
更に、実質的に売主にとってのクロージング行為が株主名簿書換と株主変更登記の2段階にわたることから、それぞれの行為についてクロージング条件を設け、買主の重大な表明保証又は義務違反が発生した場合等に、取引を止める余地を残しておく必要もある。
上記のとおり、中国からの海外送金に時間がかかることから、実務上の便法としては、売主の関連法人が中国国内に口座を持っている場合、いったん買主にその口座に入金してもらうという方法をとることがある。但し、一旦売主側の口座に着金していることにより、現地での税務面の扱いが煩雑になる可能性や(預り金の名目で受領するなど、現地の税務専門家と相談した上で手当てを講じる必要がある。)、最終的に海外送金する際には、改めて買主から送金してもらうことが必要になる可能性が高い(株式の譲渡代金としての海外送金は、買主から売主に対して行うことが必要とされ、それ以外の第三者による海外送金は、銀行に認めてもらえない可能性が高いためである。)。したがって、売主が対価受領できないリスクを完全に払しょくすることはできない。
また、エスクローに類似する方法として、中国国内の銀行に共同管理口座を開設し、株主名簿の書換えか株主変更登記のいずれかのタイミングで買主が当該口座に対価を入金し、最終的な外貨送金手続完了後に売主が海外送金を受ける仕組みを構築することも考えられる。もっとも、共同管理口座の利用は売主と買主の共同指示が常に必要となり、買主の一方的な資金引き出しを防止できるが、売主・買主の間で意見の不一致が生じた場合に資金が口座から動かせないリスクがある点には留意を要する。また、この種の共同管理口座は現在中国の銀行で利用されており、筆者も実際に案件で取り扱ったことがあるが、中国の厳格な海外送金管理の下、未だ銀行にとっても運用が手探りの段階であり、銀行との共同管理口座契約の内容を含め、売主側で慎重に入金及び出金の仕組みを確認する必要がある。
更に、買主の支払い不能リスクやその他の不履行リスクへの対処としては、段階を分けて対価を受領することも考えられ、契約締結直後に対価の一部(5-10%)を手付金として受領しておくといった方法も考えられる。特に、競争法届出等、株式譲渡のクロージングに許認可が必要なケースでは、契約の締結から許認可の取得までに時間がかかる場合があり、その間の買主の支払い不能リスク等に対処するためには、手付金を受領しておく必要性が高い。
また、上記と異なる視点の問題として、中国の株式譲渡においては、買主から対価の分割払いを求められることが多く、特に対価の一部については、クロージング後一定期間を経て、対象会社に重大な表明保証違反等の問題が存在しないことを確認してから最終送金を行う、というアレンジメントを求められることが多い。これは、必ずしも買主の資力を理由として分割払いを求める趣旨ではなく、実際に中国では株式譲渡後に対象会社に重大なコンプライアンス問題が発覚することが多いため、実務上要求されるようになっている。この種の分割払いの要請については、結局最終送金までの買主の支払い不能リスクを売主が負担することとなるため、極力応諾すべきではない。仮に受けざるを得ない場合であっても、できる限り最終送金の総対価に占める割合を小さくした上で、上記共同管理口座に一旦入金してもらう、遅延した場合は遅延損害金を求める、といった手当てを講じることが望ましい。
※1
中国企業の法人形態は大きく「有限責任公司」と「股份有限責任公司」に分かれており、概ね前者が日本の閉鎖型・小型の株式会社、後者が公開型・大型の株式会社を指すが、従来からの慣例で、有限責任公司の出資エクイティ(中国語では「股権」)を日本語では「持分」と訳し、股份有限責任公司の出資エクイティ(中国語では「股份」)を日本語では「株式」と訳すことが中国法務界隈では定着しており(但し、有限責任会社の株主は「持分権者」ではなく、「株主」と訳される。)、本NLもそれに倣う。なお、日本企業の現地法人は独資又は合弁を問わず、基本的に有限責任公司である。本NLも特に断らない限り、いずれも有限責任公司を前提として書かれている。
※2
但し、2.2に記載のように、海外送金の場合、買主による送金と売主による着金のタイミングがずれることから、何をもって「支払い」が行われたとみるべきかという問題もある。
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