
逵本麻佑子 Mayuko Tsujimoto
パートナー(NO&T NY LLP)
ニューヨーク
NO&T U.S. Law Update 米国最新法律情報
NO&T Data Protection Legal Update 個人情報保護・データプライバシーニュースレター
2024年12月27日、米国司法省の国家安全保障部は、バイデン大統領(当時)が2024年2月に発令した懸念国による大量の米国人の機微個人データ及び米国政府関連データへのアクセス防止に関する大統領令※1、(Preventing Access to Americans’ Bulk Sensitive Personal Data and United States Government-Related Data by Countries of Concern(Executive Order 14117)、以下「本大統領令」といいます。)を実施する最終規則(以下「最終規則」といいます。)を公表しました※2。米国政府は、2019年5月に第一次トランプ政権下で発出された情報通信技術及びサービスのサプライチェーンの安全確保に関する大統領令(Securing the Information and Communications Technology and Services Supply Chain(Executive Order 13873))※3以降、安全保障の観点から、中国を含む懸念国からの、情報通信やサプライチェーンに対する脅威に対処するための規制を強化してきており、本大統領令及び最終規則もその流れの中に位置づけられます。この規制強化の方向性は、第二次トランプ政権の下でも大きな変化はないものと思われます。
最終規則は、生体認証情報やゲノムデータ、健康データ、位置情報データ等の機微情報が懸念国によって収集されることで、ビッグデータ分析やAIによる分析等を経て、サイバー攻撃やスパイ活動に利用されるおそれがあるほか、米国に対する潜在的な戦略的優位性の特定につながる可能性があることから、懸念国及び懸念国の個人やエンティティ等に対する、大量の米国人の機微個人データ及び米国政府関連データの提供を制限又は禁止するとともに、特定のデータ取引に従事する企業にデューディリジェンス及びセキュリティ確保義務を課しています。最終規則は、2025年4月8日に発効する予定で、企業は2025年10月6日までに、最終規則が定めるデータコンプライアンスプログラムを実施するとともに、同日以降年次監査を行う必要があります。
本ニュースレターでは、最終規則の概要を説明し、規制対象のデータ取引の主体、範囲及び規制の種類について解説します。
最終規則は、①「米国人」が、②「懸念国」又は「対象者」との間で、③「大量の米国人の機微個人データ」又は「政府関連データ」へのアクセスを伴う④「対象データ取引」に従事することを禁止又は制限しています。
米国人(U.S. person)とは、米国市民・国民・合法的永住者、米国移民法(8 U.S.C.)第1157条に基づき難民として米国への入国を認められた個人、同法第1158条に基づき亡命を認められた個人、米国法若しくは米国内の管轄権のみに基づいて設立された法人(外国支社を含む。)、又は米国内の個人を意味します※4。
最終規則では、「懸念国」又は「対象者」との取引が規制対象とされています。
現在、懸念国(country of concern)として指定されている国は、中国(香港及びマカオを含む。)、キューバ、イラン、北朝鮮、ロシア及びベネズエラの6か国です。なお、司法長官は財務長官と商務長官の同意を得て、懸念国を追加することができます。
また、最終規則では、「対象者」(covered person)を以下の5つの種類に分類しています。
上記の定義によれば、事業体が懸念国内に物理的に所在していなくても、「対象者」に該当する可能性があることに留意が必要です。なお、上記①の「米国人」の定義に該当する場合には、対象者の定義から除外されます。
規制対象のデータは、「大量の米国人の機微個人データ」(bulk of U.S. sensitive personal data)及び「政府関連データ」(government-related data)です。
「機微個人データ」(U.S. sensitive personal data)とは、対象個人識別子(covered personal identifier)※5、正確な位置情報データ、生体認証識別子、人間のオミックスデータ、個人健康データ、個人財務データ及びこれらを組み合わせたものを指しますが、個人と関係のないデータや、政府記録等から合法的に入手可能なデータはこれに含まれません。最終規則は「大量」(bulk)の機微個人データの取引を規制対象としており、「大量」か否かは、過去12か月以内に、単一又は複数の、同一の米国人と、同一の外国人又は対象者の間の取引により以下の閾値を超える場合を指します。
カテゴリ | 例※6 | 閾値 |
---|---|---|
人間のオミックスデータ | ヒトゲノムデータ、ヒトエピゲノムデータなど | 1,000人以上(但し、ヒトゲノムデータについては100人以上)の米国人 |
生体認証識別子 | 顔画像、網膜スキャン、指紋など | 1,000人以上の米国人 |
位置情報データ | 物理的な位置を1,000メートル以内の誤差で特定するデータ | 1,000台以上の米国のデバイス※7 |
個人健康データ | 身体データ、診断記録、治療記録、予防接種データなど | 10,000人以上の米国人 |
個人財務データ | クレジットカードなどの支払履歴、銀行口座の資産、借入に関するデータなど | 10,000人以上の米国人 |
対象個人識別子 | 社会保障番号、パスポート番号、口座番号、氏名、連絡先データ、IPアドレスを組み合わせたものなど | 100,000人以上の米国人 |
「政府関連データ」(government-related data)とは、政府関連拠点リスト※8に列挙された地域内の正確な地理情報データ、又は軍及び情報機関を含む米国政府の現職員、元職員、請負業者若しくは元高官にリンクしている、若しくはリンク可能な機微個人データを指すとされています。
最終規則では、以下の「対象データ取引」(covered data transaction)を禁止又は制限しています。
最終規則は、米国人が対象者との間で、対象者による大量の米国人の機微個人データ又は政府関連データへのアクセスを伴うデータブローカー取引※9を行うことを禁止しています。
取引当事者である米国人は、懸念国又は対象者との(i)ベンダー契約※10、(ii)雇用契約、又は(iii)投資契約により、懸念国又は対象者による大量の米国人の機微個人データ又は政府関連データへのアクセスを伴う取引を行う場合、下記III.2.の各要件を満たす必要があります。
なお、(iii)投資契約については、米国の不動産又は米国法人に対して直接又は間接に投資を行う契約が規制対象ですが、以下の(a)から(c)の条件をいずれも満たす場合には規制の対象外とされています。
なお、(i)最終規則に定められた禁止事項を回避又は回避する目的を持つ取引、及び(ii)米国人が行った場合には禁止対象のデータ取引又は制限対象のデータ取引の要件を満たさないこととなる取引を、当該米国人が指示することも禁止されています。
最終規則は、以下の取引を適用除外としています。
米国人が、対象者以外の外国人との間で、大量の米国人の機微個人データ又は政府関連データへのアクセスを与えるデータブローカー取引を行う場合、当該外国人が、懸念国又は対象者に対して当該データへのアクセス提供を含む、当該データの取引を行わないことを義務づける規定を契約に規定しなければなりません。また、当該契約規定の違反を認識した場合、当該米国人は14日以内に司法省に報告を行う必要があります。
上記II.4.(2)の制限対象のデータ取引に従事する場合、米国人は、①サイバーセキュリティ・社会基盤安全保障庁(Cybersecurity and Infrastructure Security Agency、以下「CISA」といいます。)の定めるセキュリティ要件に準拠するとともに、②データコンプライアンスプログラムの実施、③年次監査の実施及び④記録の保持が必要となります。
CISAは、最終規則の公表にあわせて、制限対象のデータ取引に従事するために必要なセキュリティ要件を公表しました。セキュリティ要件の詳細はCISAのリリース※12をご確認ください。
制限対象のデータ取引に従事する場合、以下の要件を満たすデータコンプライアンスプログラムを策定し、実施しなければなりません。
制限対象のデータ取引に従事する米国人は、年1回監査を実施する必要があります。監査人は、懸念国又は対象者以外の独立した者である必要がありますが、外部の第三者である必要はありません。
最終規則は、対象データ取引に従事する米国人に対し、取引日から10年間取引記録を保存すること、並びにコンプライアンスプログラム及び年次監査の結果等を保存することを義務づけています。
最終規則における対象データ取引に従事する米国人は、司法省の要求があった場合には、対象データ取引に関する情報を提出する必要があります。また、上記II.4.(1)の禁止対象のデータ取引の申し出を受け、それを拒否した米国人は、14日以内に報告書を提出する必要があります。
このほか、クラウド・コンピューティングに関連して制限対象のデータ取引に従事する米国人であって、当該米国人の持分の25%以上を懸念国又は対象者が有している場合には、年次報告書を提出する必要があります。
最終規則に違反をした者には、民事罰として368,136ドル又は取引額の2倍のいずれか高い額以下の罰金の可能性があります。また、故意の違反の場合は、さらに刑事罰として100万ドル以下の罰金、(個人の場合は)及び/又は20年の懲役が科される可能性があります。
上記II.1.のとおり、最終規則の規制対象となっている「米国人」には米国法に基づいて設立された法人が含まれるため、日本企業の米国子会社や関連会社も最終規則の規制対象となります。また、米国エンティティが取引主体でない場合でも、当該米国エンティティの指示により対象データ取引が行われる場合も規制対象となる点にも留意が必要です。
特に、上記III.1.のとおり、対象者以外の外国人(日本企業も含まれます。)に大量の米国人の機微個人データ又は政府関連データへのアクセスを与える取引に関しては、一定の規定を契約に定める必要があるため、このような取引を米国企業との間で行う場合は、日本企業も懸念国又は対象者に対して当該データのアクセスを与えないよう注意する必要があります。最終規則の発効日(2025年4月8日)より前に行われた対象データ取引については規制対象外である一方で、発効日以後に行われる対象データ取引については、当該取引が発効日以前に締結された契約に基づくものであったとしても規制対象となるとされているため、既存の契約についても契約条項の修正が必要となる可能性があります。
また、上記III.2.のとおり、制限対象のデータ取引に従事する場合、CISAのセキュリティ要件の遵守やデータコンプライアンスプログラムの実施が必要になる等の対応が必要となります。これらの対応は2025年10月6日までに行う必要がありますので、最終規則の規制対象となるか否かを確認の上、規制遵守に向けた取り組みを速やかに開始する必要があります。
※2
28 CFR Part 202. https://www.justice.gov/archives/opa/pr/justice-department-issues-final-rule-addressing-threat-posed-foreign-adversaries-access
※4
本ニュースレターの他の箇所で用いられている「米国人」も同様の意味を有します。
※5
対象個人識別子とは、大要、「対象識別子」(社会保障番号やパスポート番号等の身分証明書の番号や、口座番号、デバイスの識別子、氏名や連絡先データ、アカウント名やパスワード等のアカウント認証データ、IPアドレス等を指します。)の組み合わせ、及び対象識別子と取引当事者が開示するその他のデータを組み合わせて他の対象識別子又はその他の機微個人データとリンク可能なものを指します。
※6
こちらの表で列挙しているのはあくまでも一例であり、その他のデータも定義上含まれることがあります。
※7
「米国のデバイス」(U.S. device)とは、データを保存又は送信する能力を有し、米国人にリンクされている又はリンク可能なデバイスをいいます。
※8
28 CFR § 202.1401(1732頁以下のリスト)参照。https://www.federalregister.gov/d/2024-31486/page-1732
※9
データの販売、データへのアクセスの供与又は類似の取引で、(2)のベンダー契約、雇用契約及び投資契約を除くものを指します。
※10
雇用契約以外の契約又は取り決めのうち、支払又はその他の対価と引き換えに、クラウドコンピューティングサービスを含む物品又はサービスを相手方に提供するものをいいます。
※11
規制当局の承認データとは、企業が医薬品、機器又はその他の生物学的製剤の研究又は販売を行う前に、規制当局に提出しなければならないデータをいいます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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