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米国における“違法な”Diversity Equity, and Inclusion(DEI)をめぐる最新動向ーFalse Claims Act違反を理由とする執行のリスク

NO&T Compliance Legal Update 危機管理・コンプライアンスニュースレター

※本ニュースレターは情報提供目的で作成されており、法的助言ではありませんのでご留意ください。また、本ニュースレターは発行日(作成日)時点の情報に基づいており、その時点後の情報は反映されておりません。特に、速報の場合には、その性格上、現状の解釈・慣行と異なる場合がありますので、ご留意ください。

はじめに

 近時、米国のトランプ政権下において、いわゆるDiversity, Equity, and Inclusion(多様性・公平性・包摂性、以下「DEI」といいます。)及びDiversity, Equity, Inclusion, and Accessibility(多少性・公平性・包摂性・アクセシビリティ、以下「DEIA」といいます。)に関する新たな政策が打ち出されています。ホワイトハウスは、2025年1月20日及び同月21日に、「行き過ぎた無駄な政府のDEIプログラム及び優遇措置の廃止」(“Ending Radical and Wasteful Government DEI Programs and Preferencing”)※1及び「違法な差別の廃止と能力に基づく機会への回帰」(“Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-based Opportunity”)※2と題する各大統領令(これらの大統領令を総称して、以下「本大統領令」といいます。)を公表しました※3

 本大統領令を受けて、米国司法省(United States Department of Justice, 以下「DOJ」といいます。)の長官(Attorney General)が、2025年2月5日にメモランダム(“Ending Illegal DEI And DEIA Discrimination And Preferences”)※4を公表し、同省の公民権局(Civil Rights Division)が違法なDEI及びDEIAによる優遇措置、義務付け、方針、プログラム及び活動に関する調査及び執行を行う方針を打ち出しました。また、DOJの副長官(Deputy Attorney General)は、同年5月19日に公表したメモランダム(“Civil Rights Fraud Initiative”)※5において、米国連邦政府から補助金等の提供を受けるなどしている企業等の違法なDEI及びDEIAに対して連邦不正請求防止法(False Claims Act, 31 U.S.C. §3729。以下「False Claims Act」といいます。)を活用して調査・執行を行う旨を示唆しています。

 本ニュースレターでは、DEI及びDEIAをめぐる米国政権・米国当局における最新の動向や日本企業が留意すべき点について概説します。

違法なDEIに関する大統領令と米国当局の動向

1. 本大統領令による新たな解釈の提示

 本大統領令は、米国公民権法(“Civil Rights Act of 1964”。以下「Civil Rights Act」といいます。)について、前政権までとは異なる新たな解釈を示しています。具体的には、連邦政府や民間企業等によるDEI(DEIA)の名を借りた人種や性別等に基づく優遇措置は、「違法な」DEI(DEIA)であり、それは、人種や性別等に基づく差別を禁止するCivil Rights Actに違反するという解釈を示しています。

 Civil Rights ActのSection 703は、雇用者が行う個人の人種、肌の色、宗教、性別又は国籍を理由とする差別は違法である旨を定めています(42 U.S.C. 2000e-2)。そのため、雇用者が、これらの保護対象特性を理由として自己が雇用する特定の集団の構成員に一定の利益又は不利益を与える場合には、Civil Rights Act違反となり得ます。本大統領令によれば、例えば、企業がそのDEIプログラムに基づいて、特定の人種や性別等の従業員の雇用や昇進を促進する場合には、それが特定の人種や性別に対する優遇措置であり、また、それらに属さない従業員に対する差別であるとして、違法なDEIとしてCivil Rights Act違反となる可能性があります。

2 何が「違法な」DEI(DEIA)に該当するか?

 企業によるどのようなポリシーや施策等が「違法な」DEI(DEIA)に該当するかは、必ずしも明確ではありません。これに関しては、2025年3月19日にDOJと米国雇用機会均等委員会(U.S. Equal Employment Opportunity Commission)が公表したガイダンス(“What To Do If You Experience Discrimination Related to DEI at Work”)※6が参考になります※7。このガイダンスにおいては、企業がDEI(DEIA)に関するポリシーやプログラムを実践することにより、従業員の人種、性別又はその他の保護対象特性を理由として雇用上の措置を行う場合に、それが違法となる可能性があるとされています。その具体例は、以下のとおりとされています。

  • 採用、解雇、昇進、降格、報酬、福利厚生、研修へのアクセス又は研修からの排除、メンター制度、スポンサーシップ、面接の選考等における、従業員(応募者)の人種、性別その他の保護対象特性の考慮
  • 例えば、以下の行為のように、人種、性別又はその他の保護対象特性に基づいて従業員を制限又は分類すること

    • 雇用者が資金提供する職場におけるグループ(Employee Resource Group、Business Resource Groupsその他のaffinity group)への参加を、特定の保護対象グループに限定すること
    • 人種、性別又はその他の保護対象特性に基づいて従業員をグループに分離し、DEI研修やその他の研修を実施したり、雇用上の権利を付与したりすること
  • DEI研修によって、人種、性別又はその他の保護対象特性に基づく敵対的な職場環境を醸成すること
  • DEI研修に合理的な理由に基づいて反対した従業員に対して報復的な措置を講じること

 上記のガイダンスにおける例示を踏まえると、例えば、①特定の保護対象特性(例えば、女性、障害者等)の採用比率や昇進比率の目標を設定し、その達成に向けた採用・人事上の措置を実践すること、②特定の保護対象特性(例えば、非日本人)のみが参加することができるネットワーキンググループを設け、それに対して企業が金銭的な援助をすること、③保護対象特性ごとに受講グループを分けてDEI研修その他の研修を実施すること、といった取組は、すべて違法なDEIであると判断されるリスクがあります。

3 本大統領令に関して企業が着目すべきポイント

 本大統領令は、すべての米国政府当局に対し、自らの差別的かつ違法な優遇措置、方針、執行活動等を廃止するように命じるとともに、民間企業等における違法なDEI(DEIA)による優遇措置、方針、取組等を是正するように命じています。

 企業が注目すべき点として、まず、本大統領令は、各政府当局に対し、すべての政府契約及び補助金等の交付において、契約者・補助金受給者がCivil Rights Actをはじめとする差別禁止に関する法令違反となるようなDEI(DEIA)に関する施策を実践していないことを表明する条項を設けることを要求しています。このことは、事業上、米国政府との契約関係にある企業や、事業遂行のために米国政府から補助金等を受給している企業が、違法なDEI(DEIA)を実践していないことを表明することを求められ、それが虚偽であることが後に判明した場合には、調査・執行の対象となるリスクがあることを示唆しています(False Claims Actについては後述)。

 また、本大統領令は、DOJの長官に対し、120日以内に、①各政府当局の管轄領域における重点分野、②各重点分野において最も深刻で差別的なDEI施策の実践者、③民事調査の対象となる可能性のある最大9件の企業・団体・機関等の特定を含む、違法なDEIを防止するための具体的な措置・計画、④潜在的な訴訟や執行措置等を内容に含む報告書を提出するように指示しています。本ニュースレターの発行日現在、この報告書自体はまだ提出されていませんが、この要請を受けて、例えば、米国連邦通信委員会(Federal Communications Commission)では、所管分野の企業に対するDEIに関する調査を開始しています。

Civil Rights Act違反の防止に向けた米国司法省の取組

 2025年5月19日、DOJの副長官(Deputy Attorney General)が公表したメモランダムにおいて、米国政府との契約関係にある者や、政府から補助金等の資金援助を受ける者が、差別的な優遇措置、方針、取組等(違法なDEIを含む)を行っていることを認識しながら、Civil Rights Actを遵守している旨の表明を行った場合には、False Claims Actに違反するとして、調査・執行の対象とする旨の方針を打ち出しました。これは、米国政府と契約関係にある者や、米国政府からの補助金等の受給者に、Civil Rights Actを含む差別禁止に関する法令に違反するようなDEI(DEIA)を実践していないことを表明するように求める本大統領令の内容を踏まえたものです。

 そのため、企業が、そのDEI(DEIA)プログラムの一環として、例えば、特定の保護対象特性に属する者の採用率目標を設定し、当該比率の達成に向けた採用活動を行ったり、特定の保証対象特性に受講者・参加者を限定した研修やネットワーキンググループを設けるなど、特定の被用者集団に一定の利益又は不利益を与えているにもかかわらず、米国政府との契約や米国政府からの補助金等の受給において、Civil Rights Actその他の差別禁止に関する法令を遵守している旨の表明を行った場合には、False Claims Act違反を問われ、調査・執行の対象となるリスクがあります。

 上記メモランダムおいて、DOJは、False Claims Actの執行を所管する民事局詐欺対策室(Civil Division, Fraud Section)とCivil Rights Act等の執行を所管する公民権局(Civil Rights Division)の共同による「Civil Rights Fraud Initiative」を立ち上げることを発表しました。この「Civil Rights Fraud Initiative」においては、DOJの両部門が米国の各当局と緊密な連携と情報共有を図り、上記のようなFalse Claims Act違反の疑義に対する調査・執行に積極的に取り組む旨が示唆されています。なかでも、DOJの刑事局(Criminal Division)とも連携を図る旨が記載されている点は注目に値します。

日本企業への影響と今後の対応

 トランプ政権における政策の動向は、未だ不透明な状況が続いているため、DEI(DEIA)に関する同政権の施策及びそれを踏まえた各米国当局の調査・執行活動についても、今後の動向に注視した上で、企業がとるべき行動を慎重に見極めることが必要となります。現に、本大統領令をめぐっては、その違法性を主張する訴訟が提起されており、現在も係属中であることから、その動向に注視する必要があります。

 しかしながら、米国政府と契約関係にある日本企業や、事業遂行に当たって米国政府から補助金等の資金的援助を受けている日本企業にとって、DEI(DEIA)に関する方針・取組が「違法なDEI(DEIA)」であると判断されるリスクがあること、違法なDEI(DEIA)であるにもかかわらずCivil Rights Actその他の差別禁止に関する法令違反をしていない旨の表明を行った場合には、上記のとおりFalse Claims Act違反による調査・執行の対象となるリスクがある点には留意が必要です。自社のグループ会社である米国その他の海外子会社が米国政府と契約関係にある場合や、米国政府から補助金を受給している場合にも、同様の注意が必要となります。また、米国政府との契約や米国政府からの補助金受給がない場合であっても、所管当局から自社のDEI(DEIA)施策について照会を受けることや、一定の調査の対象となる可能性も否定できません。

 これに対応するため、日本企業においては、自社グループのDEI(DEIA)に関するポリシーやプログラムの内容を見直して、違法なDEI(DEIA)と判断されるリスクの有無を精査することが望ましいといえます。ポリシー等の見直しに当たっては、特に、自社のWebサイト等において対外公表しているDEIポリシーや、統合報告書等における記載や表現が、単にあらゆる保護対象特性を受容して公平に取り扱うことを超えて、特定の保護対象特性に属する者を特に有利又は不利に取り扱っていることを示唆する内容になっていないかという点に留意が必要となります。また、内部的にであっても、例えば、新卒・中途採用や昇進に関して性別による数値目標を定めていたり、取締役会の構成について性別に関するKPIを設けていたりする場合も、注意が必要となります。さらに、DEI研修が、かつてマイノリティとされていた保護対象特性に属する従業員グループの保護や活躍促進を殊更に強調することにより、それに属さない従業員(かつてマジョリティと称されていたグループ)に対する逆差別(reverse discrimination)と受け取られ、職場環境を害するような内容となっていないか、といった観点で研修内容を見直すことも重要です。

 もっとも、グローバルに事業を展開している日本企業にとっては、国内及び米国以外の外国におけるDEI(DEIA)に関する法令や情勢にも配慮する必要があることに留意が必要です。特に、欧州等では、引き続きDEI(DEIA)の取組を推進する動きがあることから、従業員とステークホルダーへのDEI(DEIA)に関するメッセージの発信及び各種施策の実践に当たっては、米国と欧州等の双方の動向を踏まえたに難しい対応を迫られることが想定されます。

 当面の対応としては、米国政府との契約締結や、米国政府からの補助金の受給に当たって、違法なDEI(DEIA)に関する虚偽の表明をすることにならないよう、契約条項や表明の内容を慎重に検討することが肝要です。また、個別のポリシーや施策の見直しをする場合や、DEIプログラムに関して米国当局から照会を受けたり、調査開始の通知があったりした場合には、外部専門家と連携して対応に当たることが望ましいといえます。

脚注一覧

※1
Executive Order 14151, “Ending Radical And Wasteful Government DEI Programs and Preferencing”(https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/ending-radical-and-wasteful-government-dei-programs-and-preferencing/)

※2
Executive Order 14173, “Ending Illegal Discrimination and Restoring Merit-Based Opportunity” (https://www.whitehouse.gov/presidential-actions/2025/01/ending-illegal-discrimination-and-restoring-merit-based-opportunity/)

※3
詳細は、NO&T U.S. Law Update~米国最新法律情報~No.140「企業におけるDEI(多様性)施策の転換を迫る米大統領令の発令と仮差止命令」(2025年3月)を参照。

※4
Office of the Attorney General, “Ending Illegal DEI And DEIA Discrimination And Preferences” (https://www.justice.gov/ag/media/1388501/dl?inlinei)

※5
Office of the Deputy Attorney General, “Civil Rights Fraud Initiative” (https://www.justice.gov/dag/media/1400826/dl?inline)

※7
詳細は、NO&T U.S. Law Update~米国最新法律情報~No.143「職場でのDEI(多様性)関連の差別に関するガイダンスの公表」(2025年4月)を参照。

本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。


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