
殿村桂司 Keiji Tonomura
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NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレター
ニュースレター
<AI Update> 日本の「AI法」案の概要と実務上のポイント(速報)(2025年3月)
2024年12月26日、韓国において、人工知能(AI)の開発・利用に関する包括的な法律である「人工知能の発展と信頼の構築等に関する基本法」(以下「AI基本法」といいます。)が成立しました※1。これは、韓国政府が国家的なAI競争力の強化と信頼できるAI活用基盤の構築を目指し、EUのAI法(Artificial Intelligence Act)(以下「欧州AI法」といいます。)に続き、世界で2番目となるAIの規制に関する包括的な法律を制定したものです※2。
韓国政府は、AI技術の急速な発展を踏まえ、2020年から段階的にAI規制の整備を進めてきました。AI基本法は2024年に国会に提出され、同年12月26日に成立したものであり、2026年1月22日に施行されることが予定されています※3。AI基本法は、欧州AI法と同様に、AIのリスクカテゴリ(AIシステムがもたらすリスクの分類)に応じたリスクベースアプローチを採用し、また、事業者カテゴリ(事業者の属性による分類)に応じて異なる義務を課しているなど、欧州AI法との類似点が多く見られます。加えて、後記で述べるとおり、韓国国外の事業者への適用もあるため、日本企業もその内容に注意する必要があります。他方で、AI基本法は、国家的なAI戦略の策定やガバナンス体制の整備に関する規定、AI関連の技術開発・インフラ整備・人材育成など、産業界全体の発展に向けた政府の支援方針を示す内容を含む基本法的な側面も有しており、その点では、先日日本で成立した「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律」※4と似た性質も有しているといえます。
本稿では、AI基本法の概要を紹介するとともに、日本企業への影響や欧州AI法との比較など、日本企業が留意すべきポイントについて概観します。
AI基本法は、国家レベルでのAIガバナンス体制を確立し、AI産業を体系的に育成するとともに、AIによって生じ得るリスクを予防するための内容で構成されており、主な内容は以下のとおりです。
①は、国家的なAI戦略の策定やガバナンス体制の整備に関するものであり、AI政策の中核的な方向性を定める事項といえます。科学技術情報通信部(「MSIT」)長官は、関係省庁及び地方自治体の意見を反映し、国家AI競争力の強化を目的としたAI基本計画を3年ごとに策定・施行できることとされています(第6条)。また、2024年9月に発足した「国家人工知能委員会」(委員長:大統領)の運営に関する法的根拠を整備し(第7条)、AIによって生じ得るリスクから国民の生命・身体・財産等を保護する専門機関として「人工知能安全研究所」の設置根拠(第12条)も設けられています。
②は、AI関連の技術開発・インフラ整備・人材育成など、産業界全体の発展に向けた政府の支援方針を示す内容といえます。具体的には、研究開発支援(第13条)、標準化(第14条)、学習用データ施策の策定(第15条)、AI導入・活用支援(第16条)に関する政府支援の根拠を整備しています。また、AI集積団地の指定(第23条)、AIデータセンター施策の推進(第25条)、AI融合の促進(第19条)を通じ、韓国のAIエコシステムの革新的発展を支援することを規定しています。さらに、AI専門人材の確保(第21条)、中小企業への特別支援(第17条)、創業促進(第18条)など、AI時代を牽引する人材育成と中小・新興企業の成長支援についても規定しています。
③は、AIを開発・提供・活用する事業者に対して直接的かつ実務的な影響を及ぼすものであり、事業者の関心も高い事項といえます。具体的には、AIの技術的限界や誤用・濫用などに起因する問題を事前に防止するため、規制対象として「高影響AI」及び「生成型AI」を定義し、透明性確保義務(第31条)、安全性確保義務(第32条)、事業者の責務(第34条)が定められている点が挙げられます。また、民間による自律的なAIの安全性・信頼性の検証・認証(第30条)、AI影響評価(第35条)への政府支援の根拠も設けられています。
以下では、③に関し、AIビジネスを行う事業者に影響のある義務及び当該義務の対象となるAIの定義と事業者の定義についてより詳しく紹介します。
AI基本法が対象とするAI及びAIシステムの定義・分類は以下のとおりです。
項目 | 定義 |
---|---|
AI(人工知能) (第2条第1項) |
学習、推論、知覚、判断、言語の理解など、人間が有する知的能力を電子的手法によって具現したもの |
AIシステム (第2条第2項) |
多様な水準の自律性及び適応性を有し、与えられた目標のために、現実及び仮想環境に影響を及ぼす予測、推薦、決定などの成果物を推論するAI基盤システム |
高影響AI (第2条第4項) |
人の生命、身体の安全及び基本的人権に重大な影響を及ぼし、又は危険を招くおそれがあるAIシステムで、法律で列挙する分野(エネルギー、飲料水、保健医療、原子力施設、犯罪捜査、交通手段等)において活用されるもの |
生成型AI (第2条第5項) |
入力したデータの構造及び特性を模倣して、文章、音声、画像、映像、その他の多用な成果物を生成するAIシステム |
大規模AIシステム (第32条第1項) |
学習に使用された累積演算量が大統領令で定める基準以上であるAIシステム |
AI基本法において、義務が課せられることとなる主体は「AI事業者」と定義されています(第2条第7項柱書)。AI事業者は、AI産業に関連した事業を行う者であり、「AI開発事業者」又は「AI利用事業者」のいずれかに該当する法人、団体、個人及び国家機関等をいいます。AI事業者に含まれることとなる、AI開発事業者(第2条第7項カ(가))とAI利用事業者(第2条第7項ナ(나))は、以下のように定義されています。
上記のとおり、AI基本法が対象とするのはAI開発事業者とAI利用事業者であり、AIシステムをユーザーとして利用するにとどまる場合は対象となる事業者には含まれません。そのため、単にAIを利用するにとどまる場合は、AI基本法におけるAI事業者に対する義務は課されないこととなります。
AI基本法が定めるAI事業者の主な義務は以下のとおりです。
大規模AIシステムについて以下の措置を実施し、その結果をMSITに提出する義務(第32条)
一定規模以上(利用者数・売上高等が大統領令で定める基準に該当する者)の国外AI事業者(国外AI事業者に対するAI基本法の適用については、後記3において説明します。)は、国内代理人を指定し、届け出る義務を負います(第36条)。国内代理人は、韓国国内に住所又は営業所を有する者とされています(第36条第2項)。国内代理人は、以下の業務を代理します。
MSITは、透明性確保義務(第31条)、安全性確保義務(第32条)又は高影響AIに係る安全性・信頼性確保義務(第34条)について事業者の違反の疑いがある場合、事実調査を実施できるものとされています(第40条第1項)。また、透明性確保義務(第31条)、国内代理人の指定義務(第36条)又は上記事実調査に基づく停止又は是正命令に違反した場合、3000万ウォン以下の罰金が課せられます(第43条第1項)。
韓国政府は、AI基本法の下位法令について、企業の準備期間を考慮し、2025年下半期中の制定を目標としています。また、現在、施行令案を非公開で策定中であり、7月中旬頃に告示とガイドラインと共に施行令案を公開する予定であるとされています※6。
AI基本法は、韓国国外で行われた行為であっても、韓国国内の市場又は利用者に影響を及ぼす場合には適用するとされています(第4条)。そのため、日本企業も事業活動次第ではその適用を受ける可能性があります。また、上記2.(4)のとおり、韓国国内に住所又は営業所がない韓国国外のAI事業者であっても、AI基本法の適用を受ける場合、そのAI事業が一定規模以上のときは、国内代理人の指定・届出義務を負うことになります。
AI基本法は、欧州AI法のリスクベースアプローチに一定程度準拠しつつも、以下のような相違点があります。
欧州AI法においては、リスクが最も高いAIプラクティスについては禁止するとともに、人の安全、生命や基本的人権に対する明白な脅威をもたらす場合、AIシステムを「高リスク」と分類しており、AI基本法も「高影響AI」について同様の定義を採用しています。しかし、AI基本法においては、リスク評価がどれほど高くともAIシステムを全面的に禁止するものではありません。また、罰則について見ると、欧州AI法に違反した場合の罰金は最大3,500万ユーロ(約57億円)又は全世界年間売上高の7%の罰金を科しているのに対し、AI基本法に違反した場合の罰金は最大3,000万ウォン(約300万円)に留まっており、その金額に大きな差異があります。
そのため、AI事業者に対する制約の度合い及び罰則の重さの観点で、AI基本法がAI事業者に与える影響度は欧州AI法と比べると相対的に小さいといえますが、国内代理人の指定が必要になるなど、AI事業者の事業に与える影響度は大きいものといえます。
上記のとおり、AI基本法は、韓国国内に拠点を有しない企業であっても適用対象となる可能性があるため、日本企業にとっても一定の影響を与えるものとなることが予想されます。他方で、大規模AIシステムの定義や国内代理人の指定義務を負う海外AI事業者の規模など、下位法令やガイドラインにおける補完が想定されている点もあるため、今後の動向を把握する必要があります。
また、2025年6月に発足した李在明政権は、韓国を「AIのトップ3ヶ国」の1つにすることを目標に据え、大統領府内にAI政策を統括・調整する「AI政策上級秘書官」を新設するとともに、全国的なAI転換戦略の策定・推進を担う「AI戦略機構」を設置する計画を打ち出しました。また、AI基本法の下位法令を早期に整備する方針も示しています。新政権のイニシアチブの下で、AIに関する様々な施策が行われる可能性があり、その動向にも注目する必要があります。
※2
なお、欧州AI法の完全施行は2027年8月2日であるのに対し、韓国のAI基本法の完全施行は2026年1月22日を予定しているため、完全施行は欧州AI法よりAI基本法の方が早い予定となっています。
※3
但し、デジタル医療機器に関する第2条第4項は2026年1月24日に施行されます。
※4
同法の内容については、NO&T Technology Law Update テクノロジー法ニュースレターNo.59「<AI Update> 日本の「AI法」案の概要と実務上のポイント(速報)」をご参照ください。
※5
この義務は必ずしも生成型AIのみに限定されるものではないものの、主に生成型AIにおいて問題となるため、「②生成型AIに関する義務」において記載しています。
※6
AI基本法上、大規模AIシステムの定義や国内代理人の指定義務を負う海外AI事業者の規模については大統領令において定めるものとされているほか、高影響AI該当性の確認義務の履行に関し必要な事項については告示、高影響AIの基準や例示等についてはガイドラインにおいてそれぞれ定めるものとされており、これらの下位法令等はいずれも法的拘束力があると考えられます。
本ニュースレターは、各位のご参考のために一般的な情報を簡潔に提供することを目的としたものであり、当事務所の法的アドバイスを構成するものではありません。また見解に亘る部分は執筆者の個人的見解であり当事務所の見解ではありません。一般的情報としての性質上、法令の条文や出典の引用を意図的に省略している場合があります。個別具体的事案に係る問題については、必ず弁護士にご相談ください。
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